30話 闇
大地が唸りを上げ、ところどころの地面がボコボコと音を立てて小さく隆起する。魔物達は本能で危険を察知したのか、わたしから距離をとっていくがもう遅い。
魔力を調節する隙がなかった為、威力の加減ができず、魔法の範囲が広くなることだけが予測できた。
人に当てるな!
荒ぶる地の精霊に声が届くかはわからないが、心の中で叫んだ。
周囲に轟く地鳴りがスっと収まったその瞬間、大砲が発射されたような「ズドン」という音と共に、地面から巨大な牙が無数に飛び出し、瞬時に魔物共を串刺しにした。
空に血しぶきが舞い上がり、叫び声をあげる暇もなく魔物共の命が一瞬の内に刈り取られる。
衝撃の直前に高く跳躍し、危機を逃れた魔物がそのままこちらに跳んできたが、着地点の牙に穿たれ「ぐぶっ」と血の泡を噴きながら、わたしの目と鼻の先で死んだ。
わたしの背が低いせいで、高密度で生える牙の奥がどうなっているかは確認できないが、ちから無く洩れ出る魔物の断末魔が戦いの終わりを告げていた。
わたしが魔力の放出を止めると、地面から生えていた牙の先端がぐにゃりと固さを失い、そのままドサッと土に変わっていく。
辺りの地面には耕した後のような土と、血を噴く魔物の死体だけが残った。
戦いが終わったという安堵のせいか、傷を負いすぎたからか、わたしは意識を保つのがやっとで、今にも倒れてしまいそうだった。
意識がもたない……。
せめて刺された場所の治療だけでも……。
そう思い、傷の確認をしようと刺傷部に手を伸ばし服を捲ろうとしたが、手に力が入らず服を掴めない。
ああ……血を失い過ぎた……。感覚に覚えがある。
また……死ぬのかな……。
傷の確認はあきらめ、服の上から手をあてがい治癒の魔法をかけた。痛みのおかげで傷の位置は明白だった。
朦朧とした意識の中、ひとまずの治療を終え、ママの方を向こうとしたその時。
「グギャァァァ!」という声が響き渡り、緊張が走る。
声の方に目をやると、一匹の尖兵が学校の屋根からこちらに飛び降りてくるのが見えた。
魔物はドスンとわたしの目の前に着地し「ぶしゅぅぅ……」と息を吐くと、その巨大な爪を振り上げた。
こいつをどうにかする力はもう残っていない。
ママにわたしの死体を見られたくない……。
わたしは小さいからすぐに食べられるでしょ?
願わくば……ひとのみで……。
今にも消えそうな意識でそんなことを考える。
降り下ろされる爪が見える。
意識を失う寸前のわたしは、まぶたを開けていることができず、ゆっくりと視界が狭まっていく。
意識が薄れ行く最中、わたしの前を何かが高速で通り過ぎた。
目の前が完全に真っ暗になるその間際、上半身が吹き飛んで下半身だけになった魔物が見え、わたしの意識は途絶えた。
* * * *
気がつくとわたしは、何もない真っ暗な闇の中で、ただ浮かんでいた。
手足を動かしてみたが、光がなく、何かに触れている感触も全くないので、動かしているつもりの手足が本当に動いているのか感じることができない。
思考はぼんやりしているが妙に冷静で、ここがどこなのか闇に浮かびながらしばらく考えていた。しかし、五感から入る情報が全くないため、答えにはたどり着くとこができないだろう思い、わたしは考えるのをやめた。
ただ浮かんでいるだけの時間。
普段なら退屈で死にそうになるところだが、不思議と心地よい。
『退屈で死にそう』という言葉を思い浮かべた事により、頭の片隅でくすぶっていたひとつの可能性が、より強く頭に焼きついていた。
死
状況から考えれば「わたしは死んだ」というのは、かなり整合性がある。
これが……死か……。
そう思いかけた時だった。
「贄よ」
どこからか声が聞こえてきた。