27話 短剣
足を止めれば止めた分だけ人が死んでいくような気がした。
息切れや足の疲労に構っていられる場合じゃない。
もたつく足をなんとか動かし、学校へと続く道をひたすら走った。
学校は村の大体中心くらいの位置に建っている。
建物自体の作りは頑丈だけど、籠城戦を目的に作られているわけじゃないので、四方のどこからでも進入できてしまう。
建材が強いだけで、構造自体は戦いには向いてないのだ。
こんな村に何かが攻めてくるなんて、たぶん誰も想像していなかったからだろう。
おそらく今、学校の入口で一斉に魔法を撃ち、魔物の進入を防ぐ形になっているはずだ。
基本的な魔法ならみんな使えるから、数さえ揃えば魔物にもそれなりに対抗できる。
でも村の学校で習う程度の魔法では魔物を殺すには至らない、人の魔力と魔物の数での消耗戦になれば、結果は見えている。
人間側は決め手に欠けるし、なにしろ魔物の数が多い。
わたしが探しながら走っているせいもあるだろうけど、もう立ち止まることなく十数匹は魔物を殺している。
避難場所として人が逃げ込んでいる学校には、おそらく魔物も集まってきている。
人は休む暇もなく交代で魔法を放っているだろう。
一向に減らない魔物の数に絶望しながら……。
どうかわたしが着くまで持ちこたえてて……。
そう祈りながら走り続けた。
いつも歩く通学路はその様相をガラリと変え、地獄が顕現したかのような凄惨な光景が広がっていた。
武装して魔物に対抗しようとしたのか、農具を持って死んでいる数人の集団。
頭はなくなっているけど、服装に見覚えのある死体がある。たぶん木材加工のお店の息子さんだ。まだ15かそこらだったはず。
苦々しい気分でその場を後にする。
赤い血の塊のような物をかばうようにして死んでいる女性がみえた。
背中には大穴が空いており、やはり頭は無い。
目で確認はできないけど、何をかばっているかは見えなくてもわかった。
かばうことができなかったことも。
わたしは顔をしかめ、歯をギリっと食い縛った。
わたしのせいだ……。
わたしがもっと早く来ていれば……。
森になんて逃げ込んでなければ……。
悔やんだところでもう遅い。
けど悔やまないなんて無理だ。
もっとうまくやっていれば救えた。
そう思うと焦燥感が押し寄せ、くらくらとめまいがしてきた。
そのせいで平衡感覚が狂い、足がもつれてドタっと転んでしまった。
急いで起き上がろうと足に力を入れたが、なぜかうまく動かすことができない。
一拍遅れて太ももの筋肉がひきつり、締め上げるような痛みが襲ってきた。
まずい! 痙攣だ!
無意識の内にマサトの頃の感覚で動いていたけど、今のわたしは8才の体だ。
思い返せば今日一日動きっぱなしだった。
オーバーワークだったんだ!
「ぐっ……」
痛みをこらえて立ち上がろうとするけど、足の筋肉が言うことをきかず、立つことができない。
ためしに治療の魔法を使ってみたけど、筋肉の不随意運動はケガではないからか効き目がなかった。
「はぁ……はぁ……レア……大丈夫!?」
少し遅れてママが追い付いてきた。
「うん……大丈夫なんだけど……ちょっと……まずい……足が……言うこときかない……」
のんびりマッサージや温めてケアしてる時間なんてない。
でもなんとかしないと……。
とにかくやってみるしかない……。
そう思いママに声をかけた。
「ママ……わたしの腰に付いてる短剣を取って!」
「え、ええ。わかったけど……どうするの?」
ママは嫌な予感がしたのか、わたしの腰に提げてあった短剣を引き抜き、おそるおそるわたしに手渡してきた。
ママのその予感は正しい。
わたしは短剣を受け取り、グッと歯を食い縛ると、それを勢いよく太ももに突き刺した。
ためらいなく刺した短剣は、大した抵抗もなくズブリとわたしの肉に食い込む。
「レア!」
「うぐっ……」
痛みに耐えるわたしの声と、ママの叫び声が重なった。
痙攣は止まり、残ったのは痛みだけ。
ずりっと刃を引き抜くとドロリと血が流れ出した。
「なんてことを……」
「ごめんママ……これしか思い付かなかった……」
マルタおばあちゃんとパパからのプレゼントで一番最初に切ったのが『わたし自身』なんて絶対にふたりには言えない。
魔法で出す刃物は魔力の調整を誤ると燃え上がったり、破裂したりする可能性があったので、自分の体には使いたくなかったのだ。
わたしの魔法の規模で失敗すると、両足を失いかねない。
もっとも確かめてはいないけど、短剣の方も何らかの魔道具っぽいのでリスクはあった。
魔力を流してないので、発動はしていないけど。
ドロドロと血が流れ出す傷口に回復魔法をかけて治療する。
結構血を失ったけど、まだ大丈夫。
わたしは戦える……。
短剣を刺す時はスカートをまくり上げていたんだけど、体を伝ってかなり血で汚してしまった。
元々魔物の返り血が付いて汚れてたから、もう今更だ。
短剣は綺麗に手入れをしている時間などないので、簡単な血振りをし、少し血が残ったまま腰に着けている鞘にしまった。
錆びないといいんだけど……。
「レア……」
複雑な表情で呟くママの方をなるべく見ないように、わたしは複雑な表情で促す。
「行こう、ママ……みんなの所へ!」
そういって動かし始めた足は、先程よりも少し重いような気がした。