26話 友の言葉
目視で確認した魔物は3匹。
勝負は一瞬で済む。いや、勝負というより駆除に近い。
わたしは走り出すと同時に、使い慣れた風の刃を右手に纏わせた。
そのまま道をただ歩いている魔物に向かって駆け、こちらに気付いた魔物が振り返るその間際、肩から腰を斜めに切り分けた。
切りつけた勢いのまま返す刀でぐるんと横に回転し、半壊した家に顔を突っ込んで死体を貪る魔物に刃を投げつけた。
回転しながら飛んで行った刃が、魔物の後頭部に深く突き刺さる。
魔物はそのまま「ふしゅぅぅ……」と一鳴きした後、貪っていた死体に顔からビシャッと倒れ込んで絶命した。
残る最後の一匹はこちらの動きを察知し、屋根から飛び掛かってきたが、わたしが放った魔法によって空中で爆散し、前方の家の屋根に降る臓物の雨となった。
降り注いだ魔物の血肉によって前方一部分の炎の勢いが一瞬だけ弱まった。しかし燃えさかる炎は完全には消えず、魔物の肉片を燃料にして、紫色の毒々しい煙と共に再び勢いを増した。
後に残ったのは魔物2匹の死体と飛び散った肉片のかす。今は後始末をしている時間も惜しいので、放っておくしかない。
当然村人の遺体の埋葬も……。
紫色の煙が晴れると、わたしはママの方を振り向き声を張った。
「ここは終わり! 次っ!」
口を開けてポカンとしていたママが、わたしの声に気付き、あたふたと返事をする。
「え、えぇ……行きましょ」
ママを驚かせちゃったかな……。
8才の自分の娘が魔物3匹を一瞬で殺す光景は、少し刺激が強すぎたかもしれない。
わたしが勇者で魔物を倒せる、というところまではママは2回見てる。
でもわたしが鍛え抜かれた『世界最強の勇者』だった事はまだ教えてない。
少しずつ理解してもらおうと思っていた……。
こんな形で披露するつもりはなかったのに。
いつも抜き差しならない状況が、わたしに取りたくない選択肢を選ばせる。
でも今日、わたしがどれだけ早く魔物を殲滅したかで、生き死にが分かれる人がきっといる。
そう考えると、力を出し惜しみして、もたもたしてはいられなかった。
「ママ。ついてきてね!」
わたしがそう告げて、道なりに走りだそうとした時、ママが口を開いた。
「待って! レア。村のみんなを守るなら、闇雲に魔物を殺してまわるんじゃダメ」
わたしは走り出した体に足でブレーキをかけて「ズザッ」と止まった。そのまま振り向き、ママの言葉に耳を傾ける。
「村のみんなで決めた有事の際の避難場所があるわ。レアを見つけたっていう合図を見たら、パパとエレナちゃんもそこに集まる事になってるの。たぶんまだ生き残ってる人はみんなそこに集まってるはず。そこを目指しましょう!」
そんな場所あったっけ?
と思ったけど、よく考えたらそんな場所は1ヵ所しかないな。
大勢の人間が入れて、頑丈な作りの村の中心にある建物。
「学校!」
ママはコクッと頷き、わたしの答えを肯定した。
パパ達の避難場所はてっきり隠れ家みたいなものを想像していた……。
生きてる人は避難していて、わたしはそこを守ればいい。
少し考えればわかる事なのに……わたしは冷静さを欠いていた。
ママが教えてくれなかったら、学校の廃墟と死体の山を見ることになっていたかもしれない……。
そう思うと背筋が凍りついた。
やっぱりわたしは一人じゃダメだ、冷静にまわりを見渡せる仲間がいないと……。
かつて一緒に戦った仲間達の顔が頭をよぎる。
ミコット、先生、ゲイル……そしてニア。
今思い返すと、わたしはみんなに頼りきりだった。
戦いに必要なのは単純な戦闘力だけじゃないのよ。
いつだったかミコットに言われたのを思い出す。
その言葉の重要さが今になってわかる。
みんなはいない……わたしがちゃんとしなきゃ……。
「行こう! 学校へ!」
「ええ。急ぎましょう!」
わたしたちは方向を村の中心部に変えて、再び走り始めた。
冷静にならなきゃ……。
そう思うだけで冷静になれるなら人は苦労しない。
考えをめぐらせているつもりになっているだけ。
この時のわたしもそうだ。
魔王の軍勢に8年もの歳月を与えてしまった意味に、思い至らなかったんだから……。
この後わたしはミコットの言葉の本当の意味を知ることになるのだ。