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23話 勇者だから

 わたしは飛びつきたい心を抑えて、ゆっくりとママに近寄った。地面に尻もちをついているママにそっと手を伸ばすと、ママはわたしの手をギュっと握ってくれた。


 そのままママを立ち上がらせようと後ろに引っ張ったけど、握力と腕力が足りず、掴んだ手がするりと抜けて、わたしも後ろに倒れ込んでしまった。


 ママが尻餅をついたわたしをきょとんとした顔で見ている。


 ママがこらえきれず、口元に手を当てて笑いだした。


「フフフッ」

「アハハ!」


 ママが笑うとわたしもつられて笑ってしまった。


「フフ……頼もしい勇者様ね」


 喋りづらそうにママが冗談を口にした。

 わたしはママの声が枯れたままのに気付くと、すぐに立ち上がり、土で汚れたお尻をパシパシとはたきながら素早くママの方に走る。


「ママ。(のど)……治すね」


 わたしはそう言うと、ママの首にゆっくりと手を伸ばした。


 お互いに示し合わせたわけじゃないのに、その時わたしたちの間には暗黙の了解が確かに存在した。


 わたしはママの拒絶を恐れない。


 ママはわたしに対して無防備になることを恐れない。


 ママはわたしが手を当てやすいように(あご)を上げて目を閉じ、その生殺与奪(せいさつよだつ)をわたしに(ゆだ)ねた。

 わたしは無防備になったママの首に手を当てがい、治癒の魔法を発動する。

 柔らかい光が手の周りを包み、その光は手を当てたママの首に広がった。


 外傷じゃないので、どれぐらい魔法をかけたらいいのかわからなかったけど、かけすぎて体調を壊す副作用もないので、いつもより多目に魔力を出す。


 頃合いを見て魔力を止めると、すぅっと光が消え治療が終った。


 わたしは母親に拒絶される可能性を微塵(みじん)も感じていない、普通の少女の姿をママに(しめ)し。


 ママは子供から危害を加えられることなど思いつきもしない、あたりまえの母の姿をわたしに見せた。


 武道の(かた)を演じるように、しめやかに行われた一連の動作は、わたしたちが家族に戻るために必要な儀式のように思えた。


 そうありたいと思う「いつものわたしたち」の姿を互いに示し、わたしたちが家族であることを暗黙のうちに認め合った。


 今ならわたしはすべてをママに話すことができる。


「ママ。声はどう?」


 わたしの言葉で治療の終わりを知ったママが、声を出して確認する。


「あー、あー。いいわ……治ってる。レアは治療術師にもなれるわね」


 ママがにこやかに微笑み、わたしの中の異常性を何でもない事のように話した。


 ママは口には出さないけど、覚悟を示した。

 その決意にわたしも応えないと……。

 わたしは眉をキッと寄せ、口を開いた。


「ママ……わたしは――」


 わたしがそう言いかけた時、ママが突如それを(さえぎ)った。


「レア。いいの。そんなのは後回しにしましょ」


 そん……なの……?


 そう言ったママのイタズラっぽい笑顔を見ていると、今まで肩肘張(かたひじは)っていたのが馬鹿らしくなった。

 わたしの中で何かが柔らかく溶けていく気がした。


 確かに今は一刻も早く村の状況を確かめないといけない。


 村の方から来たママが会話を(さえぎ)るんだ。たぶん村はわたしの予想した通り、魔物が暴れているに違いない。


「村に魔物がでたの?」


 そう尋ねるとママはコクっと(うなず)いた。


「エレナちゃんが知らせに来てくれたの。村に魔物が出たからって。最初に『レアはどこ?』て聞かれた時は意味がわからなかったけど、今ならわかるわ」


 わたしはその様子を想像して少し苦笑いを浮かべた。

 だけど、エレナちゃんがそんなにうろたえていたなら、村の状況はわたしの想像より悪いのかもしれない。


 早く行かないと!


「ママ、急ごう!」


 村を救えるのはわたししかいない。

 わたしは村を救いたい!


 やりたいこととやるべきことが一致するのをハッキリと感じた。

 早く行って村を救おう。


 わたしは……勇者だから!


 そう心に決めると、ママの手をとって走り出した。





 

 尖兵2匹を軽々と倒せたし、マサトの頃と同じように魔物なんて恐れる必要はない。

 村を(おそ)う魔物もきっと尖兵か歩兵程度で、わたしが行けば何とかなるはずだ。


 この時わたしはまだそう思っていた。

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