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22話(裏) 私のレア

 もう喉が枯れて声が出ない。

 口の中で血の味がする……。

 私は最後の力を振り絞って叫んだ。


「レア! ごめんなさい! あなたが悩んでいるのに気付けなかった! 私が……一番に気付かないといけなかったのに……。帰って……来て……私の……レア……」


 もう言葉にならなかった……。


 これが最後の叫びになるだろうと思った。これでダメだったらもうレアは私の元に帰ってこない。

 そう思うと悲しさが込み上げ、(のど)()まって声がでなかった。


 そのすぐ後だった。


 後ろの茂みから音がした。


「レア? そこにいるの?」


 私は後ろを振り返り、枯れ果てた(のど)で必死に声を出した。


 ガサガサ音がする茂みに一歩二歩と近づく。


「レア……なの?」


 さらにもう一歩近づこうとしたその時だった。


 ガサッ!という音と共に、茂みから巨大な爪が私に向かって飛び出した。


 魔物だ!

 近づきすぎた!

 避けられない!


 私は咄嗟(とっさ)に顔を守り、後ろに倒れ込んだ。

 魔物相手に無意味だとわかってはいたけど、それぐらいの反応しか出来なかった。

 私は次に(おとず)れるであろう、自分の死の瞬間を覚悟した。


 死ぬ前にもう一度レアに会いたかった……。


 しかし魔物の爪が私に届く様子は無く、代わりに(ほお)にブワッと風が当たるのを感じ、私はおそるおそる目を開けた。



 その姿はまるで一幅(いっぷく)の絵画のように見えた。

 服や顔は泥で汚れていてお世辞にも綺麗とは言えないけど、体を(おお)う魔力のきらめきと剣を降り下ろした勇壮な姿。

 その光景が私に与えた驚きと感動は、小さい頃に見た有名な絵画を遥かに上回った。


 私の中に自然と言葉が浮かぶ。


 勇……者……。



 そこにはレアがいた。



 レアは私を貫く寸前の魔物の爪を、手に(まと)わせた風の刃で魔物の腕ごと切り飛ばしていた。

 高く舞い上がった魔物の腕が地面にドサリと落ちると、驚きで固まっていた時間が動き出す。


「グギャァァー!」と魔物が()いた。


 最初に口を開いたのはレアだった。


「ママ……すぐ終わるから……。ちょっとだけそこで待ってて」


 まるで宿題を終わらせて遊びに行く前のようなセリフ。私は魔物を前にしているにもかかわらず、恐怖を感じていない自分に気付いた。


「ええ……早めにね」


 そう(つぶや)くと、自然と涙が頬を伝っていた。

 喜びで満ちている心が、自然に出させた涙だった。


「うん!」


 レアは魔物の方を向いたままそう答えた。

 歓喜の色を隠せない声は、顔を見なくても表情がわかる。


 激昂(げきこう)した魔物がレアに素早く飛びかかる。


 大きく爪を降り下ろすが、レアには当たらない。

 最小の動きで魔物の爪をスッと(かわ)し、3回ほど続けた所で魔物の周囲を一回りした。

 小さな背中が私の目の前に来たとき、レアは風の刃を纏わせた手をヒュッと横に()いだ。


 少し間を置いて、立っているレアの横からドサッと倒れこむ魔物が見えた。

 それを確認したレアは、横薙ぎにしたままの手を下ろし、風の刃を解いた。


 指先に火球を作ると、それを魔物に放ち死体を燃やす。


 永い沈黙の時……。

 不思議と不快感はない。


 レアは燃える魔物を見つめ、私はレアをじっと見ていた。


 レアが何か決心したように小さく(うなず)くと、スッとこちらを振り向いた。


 泥と魔物の返り血がついたレアの頬には、涙で一筋の線ができていた。

 それを袖で拭ったレアは、はにかんだ笑顔で私に言った。


「ママ……わたしね……勇者なの」


 レアの顔は炎で赤く照らされていた。




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