20話(表) 知るはずのない魔法
凍りついた……。
沈黙と緊張で空気が張りつめる。
黙ったままじゃダメだ……。
なにか言わないと……。
「ママ? レア……だよ?」
声が震える。
声だけじゃない。
足が震えて立ってるのがやっとだった。
「違うわ」
「魔物をやっつけた……から? わたし魔法の才能があるって先生に誉められ――」
「違う」
「学校の噂のせい?」
「それも違う。学校での噂は私の所にも回ってきたけど、信じてなかったわ」
「じゃあなんで!」
心からの悲鳴だった。
どこがダメだったかわからない。
何をどう言えば、ママの娘のままでいられるのかがわからなかった。
火球を構えた状態を維持してママが話し始めた。
「あなたは魔物と戦う時、加速の魔法を使ってた」
わたしはゴクリと唾をのんだ。
「あなたが本当にレアだったなら、加速魔法なんて使えるわけないの」
「学校で習っ――」
「ちがう!」
わたしが咄嗟についた嘘はすぐに阻まれた。
ドクドクと体の外にまで鳴り響きそうな心臓の鼓動に合わせて、ぐらぐらと視界が歪む。
「加速魔法は7年前に禁止されたの」
わたしが死んだ後だ……。
「加速魔法は先代の勇者様がよく使っていた魔法だったから、当時は人気があって、みんなこぞって覚えた……」
先代の勇者……。
わたしの……こと……?
ママは言葉を続ける。
「だけど、加速魔法の制御ができるほど魔力の扱いに長けた人なんてそうそういなくて、結局みんな無理に使って事故が多発したの」
わたしも覚えがある。
放出する魔力量の制御が難しくて、つい速度を出しすぎ、色んなものに激突していた。
動体視力に合わせた速度になるよう魔力量を調節するのは、かなり練習しないとできなかった。
「ある日、この国の第2王子がお忍びで城下町にでたの。馬車に最小限の護衛を連れて……」
説明の意味がわかってきた……。
「もうわかったと思うけど、加速魔法を使って制御不能になった若者がその馬車に真横からぶつかったの」
「それで……どうなったの……?」
震える声で聞いた。
「護衛一人を残して全員亡くなったわ。生き残った護衛も処刑は免れたけど、護衛師団を解雇されて王都から追い出された」
わたしは黙って聞いていることしかできなかった。
「そんな事件があって、王国から御触れが出されたの。加速魔法は禁呪として封印すべしって」
涙が出るのを必死にこらえて話に耳を傾ける。
「レアが加速魔法に触れる機会があるとすれば、1才の時だけ。そんな赤ちゃんに魔法は無理……」
ママは悲しそうな顔で話し続ける。
「だから……あなたは……レアじゃない……」
「御触れが出された年の記憶違いかもしれない! わたしが3才くらいだったら言葉もわかるし! 儀式も呪文もその時に――」
ママは記憶違いなんかしない。わかってる。
それでもわたしは諦めることが出来なかった。たとえそれが悪足掻きだとしても。
「いいえ。間違えないわ。忘れられるわけがないもの……。ただ一人生き残った護衛の名前はエイデン。私の夫でレアの父親よ。私たちは事件の当事者なの。7年前に王都から出て、夫の故郷に帰ってきたの」
なにも言葉が出なかった……。
「あなたが何者かわからないけど……お願い! レアを返して! 私達の娘を……たった一人の私の娘を!」
ママの顔が涙で濡れていた。
泣かないで……レアはわたしだよ?
ここにいるのに……。
わたしはここにいるのに!
「……わたし……レアだよ……」
もう壊れた玩具のように、うつむいて言葉を繰り返すことしかできなかった。
涙が自然に溢れ出て、家の床にボタボタと落ちる。
もうここにはいられない……。
家の外に駆け出そうと玄関に走ると、帰って来たパパとぶつかった。
「おう! 元気いいな! でも前見て走……レア? 泣いてるのか……? どうした?」
辺りを見回したパパが異常に気付いた。
「なんなんだ、これ。魔物? 死んでるのか? ママ、なんで火球なんか出してる? まだ魔物がいるのか?」
うろたえるパパを振り切って、わたしは外に駆け出した。
「お、おい! レア! どこに行く! 戻ってこい!」
大声で戻るように叫ぶパパの声は聞こえたけど、もう戻れない……。
わたしは家の裏手の柵を越えて、夕方の薄暗い森に入っていった。