表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/58

1話 わたしと俺

 長い髪を布でまとめた後ろ姿の女性。

 リズミカルにトントンと包丁で野菜を切る音。

 時折聞こえてくる鼻歌は、ご馳走を食べる家族の笑顔でも想像して、自然にもれてしまうのだろう。

 グツグツと音がなる鍋からはスープの香りが漂ってくる。

 開けっぱなしのドアから見える外は夕暮れ。


 ママが晩御飯を作っているのだ。

 この匂いはわたしの好きなメニューに違いない。


 先日までのわたしなら手放しでよろこび、にこにこしながらママに「おてつだいすることない?」と聞いて、つまみ食いのチャンスを窺ったことだろう。

 だが今のわたしはそれどころではなかった。


 早く行かないと。


 この家を出て探しに行かないと。



 突如としてわたしの日常を破壊した出来事は、つい先日ママとの買い物の帰りに起こった。

 ママは体の不調を心配してくれたけど、

 そうじゃない。


 わたしに前世の記憶が甦ったのだ。

 ――いや、正確じゃないな。

 前世の記憶には違いないけど、あまりにも濃すぎる。

 なにせ体感的には前世の自分の死がつい先日のことなのだ。


 わたしの名前はレア、そしてマサト。

 より詳しく言うと、8年分のレアと24年分のマサトだ。

 もうわたしの中には、わたしの3倍もの量のマサトの記憶が入っている。人格もかなりマサトとまざってしまっていて、わたしの自我がどちらのものか、もうわからなくなっていた。

 わたしが自分を「わたし」というのは、わたしのレアとしてのささやかな自己主張だ。

 先日までのマサトだった記憶もあるので、少し照れ臭い。


 照れ臭いと言えば、記憶が甦ってからもレアとして行動しているので、家族や友達と会話する時なんかは、背中に蕁麻疹が出てるんじゃないかと思うくらいむず痒い。

 レアとしての行動は8年の記憶とレアの人格があるので容易いのだけど。マサトの記憶が邪魔してどうもやりづらい。慣れるまで少し時間がかかりそうだ。


 とにかくわたしは記憶が甦ってからの数日、レアとして普段通り行動しながら、家を出て使命を全うする手段を考えている。


 使命を果たさないと、人間は滅ぶからだ。


 わたしは、こことは別の世界から召喚された勇者で、8年前に魔王に挑み、そして殺されたのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ