17話 声
「じゃあ明日ねエレナちゃん!」
「うん明日ね。絶対に仲直りさせてあげるから。安心しなよ!」
頼もしいなぁ、エレナちゃんは。
わたしはエレナちゃんにエールを送った――
「頼りにしてるぞ!エレナ!」
――マサト口調で。
「ひゃぁいぃ~」
なにこれ面白い。
頬を赤く染めていたエレナちゃんがハッと我に返り、ジトーとこちらを横目で見てきた。
「レア……あんたね……レアとして生きていくんでしょ? 余計なことして遊ばないの! あたしだって慣れるのに余計に時間かかるよ!」
「はーい……ごめんなさい」
「やるなら全部うまく行って、あたしを誉めるときにしてよ」
それはいいんだ……。
「うん……わかった」
釈然としないもの感じはしたけど、エレナちゃんという味方に秘密を打ち明けて、わたしは頭のモヤモヤが少し晴れるのを感じた。
話して良かった。
エレナちゃんがいて良かった。
わたしは顔が緩むのを止められなかった。
ゆるゆるの顔を見て何か思うことがあったのか、エレナちゃんはわたしに話し始めた。
「レア。実はあたしね、ここ最近あんたの様子が少し変わったと思ってたんだよ。話すと確かにレアなんだけどさ。どこか違和感がある。何か演じてるみたいな感じがあってさ。あの"魔物なりかわり騒ぎ"はまさかねって思ってたけど。今日呼び出された時は、実はほんの少しだけ緊張してたんだ」
「そうだったんだ……」
それなのに来てくれたんだ。
エレナちゃんはやっぱりすごい。
「でもね、さっきからのレアを見てると、演じてる感じじゃなくて自然だよ。記憶が戻る前とはちょっと違うかもしれないけど、演技って言うよりちょっと成長したのかなって感じ」
「そうかな?」
「うん。あたしは直接マサト様に会ったことはないけど、多分レアとマサト様は元々結構似てるんじゃないかな? 変に元気な時のレアを演じようとすると逆にボロが出るかもよ? ここ最近のあんたは、一人でいるときの顔と話しかけた時の顔が全然違ってたしね。」
一人で考え込んでいても、話しかけられればいつものレアを演じようとする。ここ最近のわたしが意識してやっていたことだ。
図星だと思った……。
「変……だったかな?」
「ちょっとね。おばさんとおじさんも変化に気付いてると思うよ。多分気付いた上で指摘したり問い詰めたりしてないんだと思う」
自分でも感じていた。
ママは間違いなく気付いてる。パパはどうだかわからないけど。
「……わたしが話すのを待ってる……てこと?」
「どうかね? 本当のところはわかんない。判断できないだけかもしれないし、見て見ぬふりしてるだけかもしれない」
「うん……」
「いつかは話さないとね」
「それは……」
わたしはママとパパには知られたくなかった。
ママとパパにとって、レアの前世の記憶は異物だ。
不純物の混ざったわたしを、もう娘と思ってくれないかもしれない……。
そんなのいやだ……。
うつむきながらくちびるを尖らせて考えていると、エレナちゃんが話し始めた。
「レア……あたしね、あんたが打ち明けてくれて本当に嬉しかったよ。最初にあたしを選んでくれたのもね。多分おばさんとおじさんも知りたいと思ってるはずだよ」
「うん」
わたしは黙り込んでしまった。
ママとパパに打ち明ける?
だめだ……怖い……。
わたしが尖らせていたくちびるをぎゅっと結んで、眉間にシワを寄せていると、心配そうな顔のエレナちゃんが口を開いた。
「あんまりいっぺんに考えないで、一個ずつ解決していこう! とりあえずは明日! ね!」
エレナちゃんは気持ちの切り替えさせ方が上手い。
わたしが11才の頃、こんなにできたかな?
いや、無理だったな……。
わたしが11才の頃なんて、ポテチを食べた手でゲームのコントローラーを握った友達を怒鳴って定規で決闘してたくらいの時期だ……。
わたしが11才になる頃は上手くできるようにしよう。
エレナちゃんみたいに。
「うん。そうだね。明日頑張ろう!」
そんな話をしていると、さっき砕いた大岩の周りに人が集まって来ているのに気付いた。
何か尋ねられたら面倒だな。
「じゃあエレナちゃん、そろそろ帰ろ――」
と言いかけた瞬間だった。
心臓がドクンと脈打ち、頭の中がグチャグチャに掻き回されるような感覚に陥った。
わたしは耐えきれず座り込んでしまった。
なんだ……これ。
「どうした!? 大丈夫!? レア?」
エレナちゃんの声に返事する余裕がない!
苦痛に必死に耐えていると、周囲の音が聞こえなくなった。
深い静寂の中、誰かが声を発した。
「選べ」
何!?誰の声!?
「選べ。我が供物よ」
供物……?
「運命の分かれ道だ」
運命の……分かれ道……?
何がなんだかわからない!
誰? 何が起こってる?
混乱する頭の中から先程までの苦痛は消えていた。
ゆっくりと周囲に音が戻っていき、エレナちゃんがわたしを呼ぶ声に気がついた。
「レア! ねえレア! 大丈夫? 返事してよ!」
「エ……エレナ……ちゃん?」
「気がついた!」
「何が……あったの?」
「こっちが聞きたいよ! どっか痛くない?」
「うん。今は痛くない」
「ビックリしたよ! 突然しゃがみこんで、すごい形相だったよ」
「声は? 声は聞こえた? 供物とか分かれ道とか」
「いや? 聞こえなかったよ。それよりあんた治療術師の先生にみてもらった方がいいよ! どっか悪いのかもしれないよ?」
エレナちゃんには聞こえてなかった……?
わたしの頭がおかしくなったんだろうか?
そうでないとしたら、あれは精霊の声?
わたしに何か伝えようと?
でも供物って……。
わたしは霞がかかったようにハッキリしない頭を回転させながら、エレナちゃんと帰路に就いた。