15話 告白
試験での失敗から今日で3日目。
今日までの間、わたしは全力で空回っていた。
「おはよう!テテスちゃん!一時間目の教室一緒に行こう!」
「ひっ!」
ビクッ!と肩を強張らせたテテスちゃんは、そのまま教室の外に駆けていった。
「テテスちゃん!お昼一緒に食べよう!」
「い、いやっ! 来ないで!」
ガタガタっと机ごと後ずさる姿は、わたしの心を確実に削った。
授業が終わったタイミングで「テテスちゃん!お手洗い一緒に行こう!」と詰め寄った際は、おしっこを我慢していたらしいテテスちゃんに、強制的な開放感を味わわせてしまった。
テテスちゃん本当にごめん……。
「金魚が全然餌を食べないから!」と、どんどん餌を入れてしまう人と同じだ……。
食べたくもない餌を追加された金魚は、食べ残しによる水質悪化で死んでしまう。
今わたしはそんな状況になっていた。
ダメだとわかっているのに、何かしないと頭が変になりそうだった。
わたしはこんなにバカだったか?
8才の感情を制御できない……。
したくないコミュニケーションを追加した結果、友情が死んでいくのを感じる。
でも、放っておいて勝手に良くなるものではないのも確かだ。
もう手詰まりだ……。
感情は蓄積していく。
痴呆症の老人は誰かに嫌なことをされても、されたことはすぐに忘れてしまう。しかし「この人は嫌」という感情は消えずに残り「何だかわからないけどこの人が嫌い」という状態になるという。
恐らく、いつかわたしが魔物ではないと理解できる日が来ても、負の感情を完全に拭い去ることはできないだろう。
わたしが純粋な8才だったなら、悲しさをまっすぐ行動で表して解決したのかもしれないけど、今のわたしがそれをやっても、24歳の記憶のせいで白々しくなってしまい怪しさが倍増する。
悲しいのは本当なんだけど……。
テテスちゃんは鋭い、きっと感じ取ってしまう。
もしかしたらテテスちゃんの異常なほどの怖がり様は、わたしの中のマサトにうっすら気づいているからかもしれない。
もしそうだとしたら、テテスちゃんにとって、親友の中に得体の知れないものが入り込んでいる状態なわけだ……。
周囲と距離を置かれた机にしばらく突っ伏して考え、わたしは覚悟を決めた。
テテスちゃんに正直に話そう……。
前世の記憶の事を。
このままの状態でいても、わだかまりが募っていくだけだ……。
真実を知ったテテスちゃんがわたしから離れていったとしても、同じクラスに魔物がいると思われている今よりはいい。
テテスちゃんにとっても、わたしにとっても。
そう決心してわたしは行動を開始した。
が、
「テテスちゃんがつかまらない!」
テテスちゃんは早退していた。
そりゃそうだ。テテスちゃんにとっては、自分を付け狙う得体の知れない何かがいる学校なのだ。
帰りたくもなる。
テテスちゃんの方も精神をすり減らしていたんだ。
3日間必死に耐えてたんだな……。
早く誤解を解いてあげないとかわいそうだ。
おそらく二人きりで会話する機会は今後容易に得られないだろう。
誰かに仲介してもらうしかないか……。
もう仲介者は一人しか思いつかなかった。
* * * *
「勇者ぁ!?」
エレナちゃんは呆れた顔で、こめかみをポリポリ掻いた。
「うん。そうなの」
「あんたが? あの? 勇者? マサト?」
「そう。それであってる」
「こんな人気のないところに呼び出して、何を言い出すのかと思ったら、勇者ごっこの相手をしろってこと?」
「ごっこじゃないの!」
「あーはいはい、そうね。そりゃあすごいねー! そういうのはもう卒業したかと思ってたよ」
「だからね――」
「あーわかったから。帰ってからね。帰ってから相手してあげるから」
「んもう! 信じてよ!」
「信じてって言ってもねー……」
「じゃあ何か魔法使うから言ってみてよ!」
「魔法って言ったって、あんた2年生でしょ? 基礎魔法くらいしか――」
「いいから! なんにする? わたしが使ってたやつでエレナちゃんが知ってるのでいいから!」
「勇者マサトの魔法ってこと? んーじゃあ有名なやつで『ファイヤーフラッシュ』とか――」
「ファイヤーフラッシュ!!」
ズバン!!という音と共に閃光が走り、威力を抑えたファイヤーフラッシュが学校裏庭の大岩を砕いた。
「これでいい?」
どうだ!とばかりに後ろを振り返ると、エレナちゃんはカバンを地面に落として、口をあんぐり開けていた。
弾けとんだ岩の破片がエレナちゃんの頭にコテンと落ちた。




