14話 代償と救済
「ねぇ、テテスちゃん」
特に用事はない。
だけど、口内炎をつい舌で触ってしまうような心境で、テテスちゃんに話しかけてみた。
「ひっ! な、何?レア……ちゃん……だよね……?」
あからさまに噂の影響を受けている……。
最近感じていたみんなとの距離感以上に距離を感じる。距離というか、すでに見えない壁がそびえ立っていた。
ここ数日のわたしの態度が悪い方に影響しているのは明らかだった。
「そうだよ。わたしレアだよ? どうかしたの? テテスちゃん」
ケガの程度を確かめるように傷口をつついた。
だめだ……このセリフは漫画とかだと、なり替わってる奴のセリフだ……。
今のテテスちゃんには、わたしの笑顔が下から懐中電灯で照らされたような、含みのある笑顔に見えているに違いない……。
「な、なんでもないよ!? そ……そうだ、わたし、お手洗いに行ってくるね」
「わたしも一緒にいくよ」
「あっ! そうだ! わ……私先生に呼ばれてたの!」
「じゃあわたしも――」
「来なくていい!!」
かなり痛い傷口だった。
テテスちゃんは目に涙を浮かべて駆けていった。
泣かせてしまった……。
でも泣きたいのはわたしだよ……。
親友やクラスメイトからの魔物扱いは正直結構こたえた。
テテスちゃんのあの様子じゃあ、今日汚名返上するのは無理そうだな……。
一部の先生には賞賛されたりもしたけど、そんな名誉いらない、この状況を無かったことにできるなら、是非とも名誉返上したい。
とりあえず今日は自分の席でおとなしく、ほとぼりがさめるのを待つことにした。
多分数日もすれば噂も落ち着くだろう……。
* * * *
結局テテスちゃんに逃げられたあと、誰とも会話することなく学校が終わってしまった。
「大人っぽい雰囲気を纏ったわたしに、みんなが話しかけづらそうにしている!」
なんて言っていた今朝までの調子に乗った自分をトイレに流したい。
そんな調子で魂の抜け殻のように帰り道を歩いていると、後ろからバシンと肩を掴まれた。
「レア!」
痛てっ!と思い振り返ると、エレナちゃんがニヤニヤしながら立っていた。
「あぁエレナちゃんか」
「『あぁ』とは何さ! 聞いたよ! 今朝の試験の話! スゴいの出したって?」
エレナちゃんは家の近所に住んでる年上の友達だ。
背が高くて運動が得意。短めに切り揃えられた深緑の髪が汗と共に夕日に照らされると、紅葉に囲まれた緑色のひとひらと、その合間から見える沢のきらめきを思わせてとてもきれいだ。
かっこよくも可愛くもあって、実は女の子のファンが多い。
わたしにとっては、昔からよく一緒に遊ぶ、なんだか本当のお姉ちゃんみたいな感じの子だ。
まぁ今のわたしから見ればかわいいものだけど。
「たまたまだよ。なんかちょっと調子良い時ってあるでしょ?」
「そーかなー? 才能が花開いたんじゃない? レアは昔から変なところで変な才能を発揮してたからね。まぁ、あたしはレアが魔物にすり替えられたってのは信じてないよ。」
「あたり前田のクラッカーだよ」
「なにそれ? 悪魔の呪文?」
「そうだよ」
いつものように馬鹿な話をしていると、学校ですり減った心の余裕が少しずつ回復していくのを感じた。
エレナちゃんはやっぱりカッコいいなぁ……。
わたしは自分の半分も人生を経験していない女の子に頼もしさを感じていた。
マサトだった頃はこんなに心が弱くはなかった……。
やっぱりわたしは8才女児か……。
もうかつての仲間達を引っ張っていくリーダーシップはないのかもしれないな。
ニアにやってもらうか……。
勇者ニアの誕生だ。
なんてことを考えていると、他と比べて少しだけにぎやかな場所にでた。
村の商店街という言葉は少しおかしい気もするけど、ここはそんな感じの場所としか言いようがない。
この村で一番商店が集まった場所。と言ってもあるのは20店舗にも満たないけど。
飲食店や菓子店もあり学校帰りの寄り道には最適な場所だ。
村を横断する大通りに面しているので、村では一番人通りが多く馬車も通る道だ。
ガラガラガラっと馬車が一台通っていく。
さりげなく道路側を歩き、腕で馬車からわたしをガードしてくれるエレナちゃんには正直言って惚れる。
そういう気遣いができる人は男女問わずモテるのだ。
今わたしは女の子だから、女の気持ちもわかるし、昔は男だったから男の気持ちもわかる。
間違いなくエレナちゃんは生粋の人たらしだ。
末恐ろしい11才女児……。
この後エレナちゃんは多分甘いものを食べる提案をしてくると思うけど、お菓子を口に含んだエレナちゃんの笑顔はちょっとした兵器だ。
卵の時みたいにならないように注意しなきゃな……。
「ねーレア、あれ食べていこう!」
「うん。食べよう」
「あれ、口の中パッサパサになるけど美味しいんだよねー」
「うん。パッサパサになるよね」
昔マサトだった頃にも同じお菓子を食べたことがあったけど、口の中がパッサパサになるだけで、たいしておいしく感じなかった。
それが今やお気に入りのお菓子のひとつだ。
パッサパサなのは変わらないけど、なぜか捨てきれない味わいだ。
わたしとエレナちゃんは道が別れるまでパクパクとお菓子をかじって、モガモガと口を動かし、フゴフゴとしゃべりながらバイバイした。