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11話 今日のところは

「ありがとう。おばあちゃん。大切にするね!」

「ああレアちゃんの料理楽しみに待ってるからね」

「本当にありがとうな、マルタさん。今度何かいっぱい買っていくよ」

「いいんだよ。元手なんかかかってないんだから。それよりエイデン……すり替えたりして町で売っ払うんじゃないよ。レアは見分けるよ。確実にね」

「わ、わかってるよ。そんなことしないって。大分気に入ってるみたいだしな」

「それならいいんだがね。お前さんも娘に嫌われたくはないだろう?」

 そういっておばあちゃんはニタっと笑った。


 パパが小さい頃からここで雑貨店を開いているおばあちゃんは、何かパパの突かれたくない過去を知っているのかもしれない。


「レアの悲しむ顔は見たくないし、実は貯金も結構増えてきてるんだ。だから安心しろ! レア!」

「良かろう、信用する」

「あはははっ! こりゃ心配なさそうだねぇ」


 三人でひとしきり笑うと、外が薄く夕暮れ色に染まっているのに気づいた。 


 そろそろ帰ろうかと、店の出入り口の方に歩き出すと、おばあちゃんが店先まで見送りに来てくれた。


「それじゃあ、気をつけてお帰り。ターナちゃんにもよろしくね」

「ああ、マルタさんも元気でな」

「おばあちゃん、またね」


 永い別れの挨拶を交わした後のように、家の方に進んでは振り返って姿を確認するのを何度か繰り返した。


 

 そしてこれは、わたしとおばあちゃんの

『本当の』別れの挨拶となった。



 帰り道、またパパとわたしは手をつなぎ、道行く人に声をかけたりかけられたりしながら、ゆっくりと家路を歩いた。

 行きの時と同じような会話を繰り返しながら、

わたしは何となく村人たちとのあたたかい関係をいとおしく思った。


 わたしはこの村が好きなんだなぁ。友達もおばあちゃんも、村のみんなも。


 そしてパパも……ママも。


 わたしは一つ気になっていたことをパパに聞いた。


「ねぇパパ」

「ん?」

「今日はありがとう」

「おいおいなんだ? そんなおりこうそうなこと言って」

「おりこうだもん。でも何で今日はこんなにいろいろしてくれたの? お祝いでもないのに?」


 今日は、わたしはもちろん誰の誕生日でもないし、何か誉めてもらうようなこともしていない。

学校の試験もこれからだ。


「ああ。それはな。昨日ヨダレでベトベトのレアを眺め」

「ヤメテ」

パパは動じず続けた。

「眺めているときにな、ママに言われたんだよ。最近なんだかレアの元気がないから喜ばせてあげてってな」


 やっぱりママはわたしの様子が変わったことに気付いている。

 きっと疲れて早く寝ちゃうからってだけじゃないんだろう。

 それだけなら体力を使うようなことじゃなく、別のことで元気づけようとするだろうし。

 まぁ今朝のでっかい卵はめちゃくちゃ元気出たけど。


「俺は今朝のレアは元気そうに見えたけど、最近なんか悩みでもあるのか?」


 パパがまっすぐ聞いてきた。


 わたしは記憶が甦ってから、今までずっと考えていた。

 いくら考えても、どんな方法を想像しても、その悩みは解消しなかった。

 それどころか、レアとして行動すればするほど深まっていく。


「うん。ちょっとまいってる」

「そうか。学校の悩みか? 勉強とか友達の? パパ勉強の話なら力になれると思うぞ? こう見えて2級魔法師持ってるからな!」

「ううん。そうじゃないの。でもありがとう」

「パパに相談しにくいことならママに相談するといい。パパもママもレアの味方だ。レアに元気になってほしい。そう思ってる」


 わたしは胸がギュっとなり、目頭が熱くなった。

 歯を食い縛り表情を気取られないように耐えた。


 その優しさがつらかった。


 わたしはこの村を離れて、魔王を倒し、人々を救わなければならない。


 村のみんなと、パパやママと離れて行かなくてはならない。



 一緒にいたい。


 離れたくないよ。

 


 わたしはやっぱり自分が8才の女の子なんだと思い知った。


 いくらマサトの記憶を持っていて、人格が混ざっていようと、その精神は8才の女の子のもので、(もろ)く、そして弱い。

 


 使命が重すぎるよ。



「ねぇパパ、例えばの話なんだけどね。とっても大事なものがあって、それを持ってると、とっても幸せな気分になるの。でもそれとはべつに、他のみんなにとって大事なものがあって、昔それを守るって大事な人と約束したの。でもそれのためには、今わたしの大事なものを捨てなきゃならないの。そんな時、パパだったらどうする?」

「難しいな……。やりたいこととやるべきことが食い違ってるってことか。それパパには言えないことなのか?」

「例えばの話だよ」

「そこまで言って例えばもクソもあるかよ」

「うっ……」

 喩えが下手ですみませんね!


「まぁそういう悩み事もあるよな。そうだな……俺だったら、どっちを取るかを考えるより、本当にどちらかを取らなきゃいけないのか始めから考え直してみるよ。それにな、ずーっと考え事をしてふさぎ込んでると、同じ考えがグルグル回るだけで、新しい考えなんて浮かばないぞ」


「なるほど」と思い、あごに手を当てて考え込もうとすると。


「まぁ要はだな、今日のところはうまい飯を食って、ぐっすり寝よう! ってことだ! いい匂いがしてるぞ! 走れ!」

 

 そういってパパは走り出した。

 話すのに夢中で気づかなかったが、もう家のすぐ近くまで来ていた。

 晩御飯のいい匂いがふわりと鼻をくすぐり、お腹がぐぅ~と鳴った。


 今日のところは、か……。


 ……うん。それもいいのかもね。


 わたしはパパの提案に乗っかる事を決め、開けっぱなしの玄関に向かって走りだし、ママの待つ家へと駆け込んでいった。



 うん。今日のところは。


 今日のところはこれでいい





 その日は母親が子供達を叱るような声と、楽しげな笑い声が夜遅くまで聞こえていた。

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