10話 運命
店内には本当にいろいろなものが並んでおり、どこに何が置いてあるのか、全く法則性を見つけられない。新しく入ってきたものを空いている場所にただ置いていっている、そんな感じに見える。そういう陳列は古いものほど奥に行ってしまい、お客さんの目につかなくなる。
そういうところにこそ掘り出し物があるのだ。
わたしは低い身長を存分に活かし、しゃがみこんで一番下の棚を覗き込んだ。
大人が見にくい場所には見逃されたお宝が必ずあるはず。
床に膝をついてコトリコトリとビンやら何やらを丁寧にどかしていくと、おばあちゃんが
「おや目ざといね。レアちゃんは商売人の素質があるかもね」
と、つぶやいていた。
パパは裸の女の人の像を難しそうな顔で眺めていた。
棚の中身を出しては吟味し、ピンとこない物を元に戻す。それを繰り返していく内に、少しずつ手元に候補が集まっていく。
見つけたお宝をテーブルに並べていくと、おばあちゃんが「あーあーあったね、そんなの。」と小さくうなずいていた。
そんな時間が続く間、パパは退屈そうに店内をうろうろしていた。
棚二つ分の吟味が終わる頃、パパが店内の散策に飽きてイスに座ってため息をつき
「やっぱり女の子は買い物が好きなんだなー」
と、つまらなそうにつぶやいた。
「まぁ女の子は大抵そうだけどね、でもこの子のは女の子の買い物っていうよりも、買い付けに来た商人って感じだね。あたしも近づいて眼鏡で見なきゃ詳しくはわからないけど、あの子の集めてる物、魔道具が多いよ」
「へぇ~、俺にはガラクタにしか見えんがね」
「それに……あの子がテーブルに並べてる順番。あれも意味があるね」
「意味?」
「大まかだけど価値の高い順に並んでるよ。500セラくらいから1000セラくらいでね。あれはたぶん、あんたにねだるか、あたしから値切るつもりで確保してるんだろうね。だめだったら少しずつ左にずらしていって、あたしらの妥協点を探って行く。どっちにしても500セラで終らせるつもりは無さそうだよ」
「へぇ。値段も書いてないのにわかるのか。うちの娘にそんな知識があったとはね」
「才能かもしれないねぇ」
「商人の才能かー、女商人レア! レア魔道具店! かっこいいかもな!」
「ああ、この歳でこんだけできりゃあ、やり手の店主兼看板娘で結構いい線行くかもねぇ」
そんな二人の会話を聞き流しながら、3つ目の棚に移動しようとした時、棚と棚の間にキラっと光る何かが落ちているのを見つけた。
低い身長のわたしが、目一杯屈まないと見えない位置にそれはあった。
なんだあれ?
すき間の中はほこりが積もっていてよく見えない。
これこそ真の掘り出し物との出会い?
まぁこういう期待は大抵裏切られるものだけどね。一生懸命取り出したのに、ガラスの破片とか1円玉だったなんて話はよくある。
しかし見つけてしまった以上、あれがなんなのか確かめないと気が済まない。
わたしの腕なら入るかも……。
そう思い隙間に手を当ててみる。
入るには入りそうだが、ほこりまみれの隙間には何かいるというのもまた……。
しかしお宝を前にして引き下がるというのも癪だ。
ええいままよ!
わたしは意を決して手を差し入れた。すき間は狭かったが、なんとか腕が入る。ぐいぐいと奥に手を押し進めると、指先に固いものが当たった。
あと……すこし……。
ふんぐっ! 二の腕が……痛い……。
んぐぐぐ……。
顔を真っ赤にして「もうだめ……」と思った時、スッと腕が入っていき、あっけなくお宝を手にすることができた。
ふと顔を上げると、パパが涼しげな顔で棚をずらして隙間を広げ、わたしを手伝ってくれていた。
「あ、ありがとパパ」
「おう」
そう言って何事もなかったように、またイスに腰掛けた。
わたしの全力を持ってしても成し遂げられなかったことは、パパにとってなんでもない事だった。
頼もしい……。
成人男性の腕力。
もうわたしには無いものだ。
そして、たぶんもう……。
思わぬところで、妙な喪失感に打ちひしがれたわたしは、気を紛らわすように、手に取った物を確認した。
短剣だった。
柄頭の部分に赤い魔石のようなものが埋め込んである。鍔は植物の蔦のような装飾が施してあり、鞘の部分も同じモチーフで飾られていた。
なんだろう。
妙に気になる。
目が離せない。
鍔の部分に何かが刻印されていたが、読めなかった。
公用語じゃないのかもしれない。
「おや、見ないと思ったらそんなところにあったのかい」
おばあちゃんがズイっと身を乗り出してきた。
「それはね、何年か前に旅装束の女の子が忘れていったんだよ。路銀が尽きたから何か買い取ってくれって。なんだか急いでる様子で、北の方の香料とか王都で売ってるようなアクセサリーなんかをたくさん持ってきてね。あんときゃ家にある金がスッカラカンになるまで買い取ったよ。相当な金持ちの御令嬢かと思ったんだけど、旅先で換金するために軽くて高価なものを選んで持ち歩いてたみたいでね、旅慣れてる感じだったし、よく分からない娘だったよ。しっかりしてるように見えて短剣なんか忘れていくしね。しばらくは忘れ物として取っておいたんだけど、いつからかなくなっちまってね。そうかいそんなとこに……」
わたしはなぜだかこの短剣に惹かれていた。
理由は自分でもわからない。
なんとなく、ただなんとなく。
これしかない。
そう思った。
「おばあちゃん……わたし、これが欲しい……」
「うーん……売り物じゃないんだけどねぇ……。エイデン、女の子に刃物はいいのかい?」
「まぁいいだろ。その内料理なんかも習うんだろうし。ちょっと早い気もするが、本人がこれがいいっていうなら、俺はいいよ」
「ありがとう! パパ!」
「だけど、それ500セラ以上するんじゃないのか? 飾りとか高そうだけど?」
「500セラでかまわないよ。本気で値段をつければ100000セラくらいはつけるかもしれないけどね」
「100000セラ!? いや悪いよ!」
「まぁ元々は忘れ物だ。旅装束の娘には悪いけど、ここに何年も置きっぱなしよりは、レアちゃんの料理の練習に使われる方がいいだろ。いいよ500セラで持っておいき」
「ほんとにいいのか?」
「じゃあ100000セラ払うかい?」
「いやいや無理無理! そんな金あったら町に引っ越してるよ!」
「じゃあ黙って500セラ置いていきな」
「なんだか悪いなマルタさん」
「いいんだよ。そのかわりレアちゃん。お料理の練習してあたしにご馳走しとくれよ。待ってるから」
「うん! おばあちゃん! ありがとう!」
「いい返事だ。こりゃあ長生きしなくちゃならないねぇ」
わたしは短剣にはめられた血のように赤い魔石を食い入るように見つめながら、心臓が「トクン」と脈打つのを感じた。
この日
レアの
運命の歯車が
回り始めた