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どこへ向かっているのかはわからなかったが道中の
エレベーターの中で凪雨が口を開いた。
「飯黒 拓真、お前は第七区に配属になった。それと
もう知っていると思うが、ウィルの防衛軍には、階級こそあるが、全員が専用機を獲得することが可能だ。
ただし、設計図などは自身で工面するように。」
俺はこの制度についてずっと疑問に思っていた。軍隊だというのに商売のようなことが頻繁に行われているのだ。使える設計図を作るとそれを買おうとするものが現れる。それに加えて著作権みたいなものも存在する。つまるところ、使える武器の設計図を描くことができればそれの収入だけで生きていくことができるのだ。兵士が、稼ぐことに躍起になって巨大生物と戦うことを二の次にしているような姿を見ると、俺は心底軽蔑していたし、見ていて不愉快で滑稽だった。
七区の格納庫に着くと、凪雨は俺を連れて行き、奥の方へと歩いて行った。途中、七区統括の機体『死神』
が置かれていて、周りの機体とのあまりの差に俺は
一瞬気圧された。俺はそれを表に出さないようにしつつ、凪雨について歩いて行った。
「今日からここがお前の格納庫だ。基本フレームはお前が決め次第支給してやろう。後はここにいるメカニックたちにあいさつでもしておけ。それと格納庫ならば独房ではないが、滞在を許可する。それでは。」
凪雨は長い髪を翻して帰っていった。俺は格納庫におりていくと、窓の外から宇宙を眺めた。いつみても
綺麗だと思う。頬杖をついて眺め続けていると、急に小突かれた。
「よう、特級犯罪者。あいさつ代わりにと言っては
なんだが何したんだ?」
「あ?なんだ、ジジイ。茶でもすすって黙ってろ。」
と俺が言うと、ジジイは持っていたハンマーを容赦なく、俺のすねに振り下ろした。弁慶の泣き所とは言ったものだが、悶絶する痛さだった。俺は声もなく、
倒れこむと脛を抑えて転げまわった。数分経って、
ようやく痛みが収まってきたので、俺は立ち上がると、
ジジイから十分に距離をとって、ジジイをにらみつけた。
「・・・何すんだ。てめえ。俺が刃物持ってたら
殺してたぜ。」
「お前さんが俺のことをジジイ呼ばわりするからだろうが。まだまだピンピンしてるわ!!」
「うるせえ!!さっさとくたばっちまえ。第一俺は
自分で望んでこんなところに来たんじゃねえんだ。
それに、こんなぼろっちい格納庫で仕事してるやつなんか腕のほどが知れてるぜ。」
俺が放った言葉はジジイには効果があったようで、
またハンマーで殴りかかられるのではないかと、準備をしていたのだが、ジジイは持っていたハンマーを
腰に着いたベルトにしまい、そこら辺にあった段差に
座り込んだ。
「そう言われると、返す言葉もねえんだが、お前さんは惑星カイラムでの戦いを知ってるかい?もう何十年も前の話なんだが、その時はここの格納庫のパイロットが一番の戦績を上げてたんだ。その時の機体は
俺が設計した。最近はここに寄りつくパイロットもいなければ、亡霊の格納庫なんて呼ばれることもあるけどな。」
「・・・ガードナー・スワップ。惑星カイラムでの大規模戦闘において巨大生物レミアルを単騎で討伐。
その後も数々の戦線で活躍したが、惑星アルカード
での任務中、原因不明の惑星の崩壊により、巻き込まれ死亡。使用機体は燕を基本フレームとして、推進用
ブースターとして初めてα粒子を使用。コアジェネレーターを軸に装備を構築し、彼の機体から、エナジーヴェールとリフレクターシールドの着想を得た・・・
だったか。」
おれがそういうと、じじいはきょとんとした顔をしてこちらを見た。
「なんだ、お前さんガードナーを知ってるのか。それじゃあ話が早い。奴の推進用ブースターを作ったのは俺だ。エナジーヴェールもリフレクターシールドも
俺が作った。」
「はっ!!その年じゃあしょうがねえが、ぼけるのもたいがいにしとけよ、爺さん。それを作ったのは、まぎれもなく、人類連合の最高位の科学者たちだ。
第一あんたが作ったってんならこんなところで一体何してんだよ?こんなところには役立たずのポンコツしか配属されないぜ?」
「確かにお前さんの言う通り、今じゃあ奴らからも
うっとうしがられて、こんな場所に送られちまったが
いまだに俺抜きでは進められていない研究もある。
人類連合の奴らなんぞ、どうせ自分のことしか考えておらんからな、頼み込んできたところをすぐにたたき出してやったわ。」
「そうかい、で人類連合のお偉いさんがあんたのとこにくる研究っていうのは一体何なんだよ。」
「Ω粒子の研究、開発だ。」
俺はその言葉に吹き出してしまった。この宇宙には
このウィルも含めて、ある粒子をエネルギーとして
活用している。豊富にあるのはα粒子とβ粒子で
希少価値の高いγ粒子も存在する。αとβは性質的に
反対に位置しているので一緒に使うことはできないが、粒子にはそれぞれ得意とする分野がある。Ω粒子というのはそのα粒子とβ粒子を半分で混合したもので、二つの反対の性質を兼ね備えた最高の粒子と言われているが、先ほども述べた通り、反対の性質を持っているため、混合すれば打ち消しあって消えてしまうことから、世間では幻の粒子と呼ばれている。つまり、実現不可能だということだ。それを真面目な顔で言うものだから俺にとっては失笑以外の何物でもなかった。」
「お前さんならそんな反応すると思ったわ。論より証拠という言葉もあることだし、見せたほうが早いかもな。」
ジジイはハンマーをそこらへんに投げ捨てると、なんだか大きめの装置をもってこちらのほうへと歩いてきた。そしてそれを俺の目の前に置いた。一見すると、
正直言って何に使うものなのか全く見当がつかない。
「まさか、こんながらくたから、Ω粒子が出るっていうんじゃないんだろうな?悪いが爺さんの妄想に付き合ってる暇は俺にはないんだ。今だってここからどうやって脱出しようか考えてるところだしな。」
「まあ、そんなに邪険にしてくれるな。見た目はひどいが、しっかりと仕事はしてくれるから、大丈夫だ。」
ジジイは次にα粒子とβ粒子のつまった缶を取り出すと、装置にセットし、最後にγ粒子の感を取り出して、セットした。γ粒子は非常に希少価値が高く、
それは巨大生物の中で、γ粒子を使っている希少個体の機構を傷つけずに取り出さなければ手に入れられないことが関係している。じっさい、俺もテレビでしかγ粒子を見たことがなく、いま目にしている光景を信じることができなかった。
「なんだ、γ粒子がそれほど珍しいか?お前さんは
七区の区長のところに配属になってるから、これから
何回でも見れるけどな。とりあえず、先にこれだ。」
ジジイがその装置のスイッチを入れると、がらくたが
静かに動き始め、最初αの赤に包まれ、次にβの青に
かわり、消えた後にγの黄色が現れ、しばらくすると、
急に紫の粒子が爆発するかのようにあふれ出した。
その紫の粒子こそ、Ω粒子と呼ばれているものだった。
それはすぐに消えてしまったが、俺の脳裏にしっかりと焼き付いて離れることはなかった。
「どうやって、作ったか知りたいか?」
「・・・人類連合の連中には教えなかったのに、俺には教えるのか?何を考えてる、じじい。」
「何を考えてるって言われてもなあ・・・俺が教えたいんじゃなくてな、お前さん、気づいてないかもしれないが、知りたくてたまらないって顔してるぜ。
Ω粒子を見てるときなんか、子供みたいな顔をしてたしな。それに、一つ言っとくが俺は連合の奴らみたいにずるがしこくない。嘘が言えない性格でな。」
「見たところ、α粒子と、β粒子を混ぜてから
γ粒子を混ぜることで、Ω粒子が発生してるみたいに見えたけどな。それじゃあ、純粋なα粒子とβ粒子でできてるとは言えないしな・・・。むしろ、γ粒子の
性質を利用することによって、相殺されている力をうまく働くように調整してるのか・・・?」
「割といいところに目ぇつけるじゃねえか。確かに
このお前が粒子にはγ粒子を混ぜることなく、作用させてる。γ粒子の大きな特性、中和によって、相殺しあってるα粒子とβ粒子がうまく働くようにしてるんだ。」
「・・・すげえな・・・。」
俺はそう言いながら、この装置を手に取ったが、装置自体はそこら辺のごみで作ったのではないかというほど、粗末な見た目をしているが、中の回路は複雑に入り組んでいて、じじいが手練れのメカニックであることは、言わずともわかることだった。俺が熱心に
装置を眺めていると、急に格納庫全体に警報が鳴った。
「楓型アンゲルスが、第三警戒ラインを突破しました。
七区のパイロットは、直ちに出撃準備をして、各個
出撃、区長の指示に従い、対象を排除してください。」
「なんだよ、タイミングの悪い時に・・・。おい、ジジイ、さすがに、このぼろ格納庫にも機体ぐらいはあるんだろ?とりあえず、それで出る。」
俺は、装置を地面に置くと、ジジイに向かってそういった。ジジイは俺の後ろのほうを指さし、俺はその方向に振り返ってみると、あろうことかそこにあったのは、何世代も前のオールドタイプの機体だった。
「さすがに冗談・・・だよな・・・?」
ジジイはやれやれといった顔で、ハンマーを自分の
腰のポケットに、突っ込んだ。
「俺は、うそをつくのが苦手だってさっきからお前さんには言ってるだろ。正真正銘、その機体が、この格納庫にある、一番状態のいい機体さ。」
俺は、あまりにびっくりとしてぽかんとしてしまった。
こんなに古い機体では、全力でも、今の汎用機の通常速度に追いつけないかもしれない。その程度の性能しかないのだ。初出撃のパイロットをこの機体に乗せるというのは、戦場に死ぬために行くようなものだ。
「大丈夫さ。今回は粒ぞろいの七区が担当だ。お前さんの出番なんてないうちにかたづいちまうだろうよ。
初出撃なんだから、誰も責めやしないさ。」
俺は、ジジイに言われるがまま、着替えると、オールドタイプの機体に乗り込んだ。コックピットの狭さが、
あの日の出来事をよみがえらせ、乗っただけだというのに、吐き気がしてきた。
「くそっ!!家のシェルターだって、同じくらいの狭さだろうが・・・!!」
額には脂汗がにじみ、心臓はバクバクと破裂するほどまでに、加速して、脈打っていた。
「おいおい、心拍数が異常だが、大丈夫か?お前さん、
あがり症にしても度ってもんがあるぞ。」
ジジイから入った通信も無視して、俺は、吐き気を抑えると、深呼吸をした。
「もう大丈夫だ。問題ない。出してくれ。」
そういったものの、操縦桿を握った手が震えで、うまく動かすことができなかった。そんな状態で、俺は
一人宇宙空間の中に放り出された。宇宙空間では、上も下でも、七区の機体が光の尾を出しながら、俺の機体をおきざりにしていった。
「これより、作戦行動に移る。指令室からの情報では、
楓型の砲台は射程距離が伸びているようだ。よって、
第一作戦を、遠距離からの砲台破壊とし、その後は、
銛を打って、地雷で破壊する。」
区長からのオープン回線で、七区の機体すべてに作戦行動の情報が入った。さすがに、船の近くで浮いているのはあまりにも情けないので、俺は震える手で、機体を前へと進め、戦闘宙域にたどり着いた。ほかの機体は、長距離射撃用の武装で、まだ遠くにいる、楓に向かって、射撃をしていた。しかし、俺の武装は、
みじめなもので、今では見かけない実弾のアサルトライフルと、ついていてもいなくても変わらないような
盾だけだった。何もできずに、ほかの機体が射撃しているのを見ていると、他とは違う、黒い機体が俺のほうへと近づいてきた。
「お前は何をしている?どうして、そんなにみっともない、機体と武装なんだ?正規兵には最低でも最新機が配備されるはずだが。まあいい。武器がないのなら
これを使え。」
区長だと思われる、女の声がして、黒い機体は自分の背中に手を回すと、長距離射撃用の武器をこっちのほうに放った。俺は慌てて、手を差し出して、武器を受け取ると、スコープを覗いた。震える手では、標準が合うはずもなく、たまに引き金は引くものの、一発も命中することはなかった。
「第一作戦、失敗。敵アンゲルスの砲台をすべて破壊できませんでした。後退しつつ、砲台を中心に迎撃を行ってください。砲台を殲滅しだい、第二作戦に入ります。」
どうやら、楓の砲台を破壊することはできなかったようで、周りの機体はあっという間に後ろに引いて行った。俺は、機体としての性能も低いうえにまともに
操縦することもできていないので、ほかの機体にかなり遅れていた。できる限り、全力で後ろに引いていると、急に機体の中に警告音が鳴った。
「楓があなたの機体を標的にしました。エナジーヴェールを展開し、回避行動をとってください。」
「エナジーヴェールは張れないし、この速度が全速力だ。ちなみに持ってる盾はおまけだ。」
「その声・・・おにいちゃん!!?そんなところで何をしてるの!!早く逃げないと、敵の攻撃が・・・。」
俺は震える手を、操縦桿から手放した。どうあがいても、これでは間に合わない。死を直前にして、ようやく俺の心は冷静になれたようで、そうしたら、手の震えも徐々に消えていった。
「悪いな、輝夜。俺の部屋にあるガラクタは全部捨てといてくれ。」
俺は一言だけそういうと、指令室からの通信を切った。
正直言って、こんなにあっけなく死んでしまうのかという気持ちはあった。警報の音も次第に遠くなり、
モニターには近づいてくる敵の攻撃が表示されている。完全にあきらめようとしたとき、前方で爆発が起こり、警報の音が消えた。
「怪我をしていないか、飯黒 拓真。聞けば、お前は
特級犯罪者らしいな。聞きたいことは山ほどあるが、一旦ここは退け。」
『死神』と呼ばれる、七区区長、アシュリーの凛とした声が、コックピットに響き渡った。俺は、まともに戦えていないのはわかっていて、ここは後退して迷惑にならないようするべきだということもわかっていたが、それでも、機体さえ操縦できればという気持ちを捨てきれず、機体を動かすことができなかった。
「俺はまだ・・・・」
「弱者と臆病者が生き残れるほど、この戦いは甘くない!!お前のせいで誰かが死ぬ前に船に戻れ。これは命令だ。」
その気迫に俺は押し負けて、機体を後退させた。遠ざかっていく、漆黒の機体から、体の何倍もある、大きな鎌の光が、何度か交差するのが見えると、大きな爆発が起こった。
「区長機による敵の撃破を確認。繰り返します。
区長機による敵の撃破を確認。障害は排除されました。」
俺はそのアナウンスを聞きながら、自分の格納庫に戻ると、コックピットから降りた。急に解放されたような感じがして、ヘルメットを取ると、どっと汗があふれた。
「最初の出撃とはいっても、目も当てられないような状況だったな。お前さん、新兵よりも悪目立ちしてたぜ。」
「・・・うるせえ・・・。わかっててもできねえんだよ・・・。」
俺は気力もなく立ち上がると、出口のほうへと向かって歩いて行った。疲れた。家で暮らしているうちに、
昔のことを忘れることができるかもしれないなどと思っていたが、どうやら思い違いも甚だしかったらしい。実際に出撃してみればあのざまだ。俺の頭の中には家に帰りたいとという気持ちで埋め尽くされていた。
「おい!!お前さんは特級犯罪者なんだから、ここから出ちゃダメだろう!!?聞こえてんのか!!?
だれかそいつ止めてくれ!!」
ジジイがそう俺に向かって言ってるのが聞こえていたが、今の俺には不思議な見えない力が働いていて、
逆らうことができなかった。出口のドアを開けると、
そこには、紫の髪をした少女がたっていた。
「こんにちは。飯黒 拓真。そんなに不健康そうな
顔をしてどこに行こうというのかしら?」
それが俺とアシュリーの出会いだった。