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バケツ一杯の春  作者: 文鳥
4/5

注文の多いお菓子の家


あるところに、ヘンゼルとグレーテルという幼い兄妹がいました。

ある飢饉の時、兄妹は、お父さんとお母さんに森の中で置き去りにされてしまいました。


兄妹は森の中を彷徨っていましたが、やがて、一軒の素敵な家に辿り着きました。しかし、そこには恐ろしい人喰い魔女がいて、魔女は二人を食べてしまおうとしたのです。



けれども、ぼくとわたしはいつまでもいつまでもしあわせにくらしました。





「この【雪降らずの森】を抜ければ、ついに【雪掘りの町】に着きますよ、カガミ!」

「うん。それにしても、此処は本当にすごい所だねえ。僕、雪のない地面なんて初めて歩いたし、“木”や“土”を見たのも生まれて初めてだよ」


いかなる奇跡か、いつまでも経っても冬が終わらない北の国で唯一、雪が降らない(・・・・・・)という魔法の森。木なんかみんなザラメをかけたように霜でぴかぴかしていて、そんな木々の隙間をどうどうと疾り抜ける風は相変わらず冷たく、しかし見慣れた雪は少しも見当たらないのです。

そんな森を訪れた旅人の少年と少女……カガミとハルは、白くて平らじゃない、黒くて凸凹した土の上を、実に愉しく歩いておりました。


「私の胃時計ストマクウィッチはもう夕方の五時です。早く町に着きたいものですね」

「胃時計って……あのね、この広い森を通り抜けるには一日以上かかるよ?いくら雪が降らないとはいえ、この寒い中で野宿しなくちゃならないんだ」

「私は野宿は嫌ですよう。だってこの森、恐ろしい“人喰い魔女”が出るって噂じゃないですか!夜眠っているうちにぱくっと食べられちゃいそうです」

「でも、こんな森の奥に泊まる場所なんて……」


「それならば、ぼくたちの家に泊まればいいさ」


凍てついた風がどうと吹いてきて、枯れ木はごとんごとんと鳴りました。

その風に乗って聞こえてきた声に、二人はぎょっとして振り返りました。


そこにはいつの間にか、一人の少年が立っていました。カガミと同じ年頃に見えますが、青い眼を幼い子供のようにキラキラさせて二人を見ています。

柔らかな茶色の髪は頭の後ろで束ねていて、その髪の隙間からは、髪と同じ色をした“猫の耳”が生えていました。


「あ、貴方は?」

「ぼくはヘンゼル。此処から少し進んだ先にある森の中の家で、双子の妹と一緒に暮らしているんだ。君達は?」

「……ええっと……僕はカガミでこっちはハル。この森を抜けた先を目指して旅をしているんだ」

「つまりは旅人だね?だったら尚更、ちゃんと屋根の下で寝て体力を補った方が良い。あゝ大丈夫、宿代なんて求めやしないよ。肥ったお方や若いお方は大歓迎さ」


屈託のない笑顔を見せるヘンゼルに、カガミは少しだけ警戒を解きました。そして、一寸苦笑して云いました。


「僕らは片方しか兼ねちゃいないよ。若いけど肥えてはいないもの」

「君達になら、ことにカガミにはそんなこと関係ないさ。……だって、君はぼくと同じだもの」


ヘンゼルは山猫の耳をぴくぴくと動かして、カガミが生やす“狐の耳”を指差しました。


『悪魔がばら撒いた鏡の破片から造られた存在』とも称される、人から生まれたにも関わらず体に獣の部位を持つ存在−−“異端児ゼルダ”。


同じ異端児なのだから、決して遠慮はないのだと。ヘンゼルはそう云い切ったのです。





その家は意外に立派な造りで、綺麗な家具も沢山、“火の水”をたっぷりと注がれた暖炉の火は盛んに燃えております。加えて家の裏には大きなかまどもあるのだとヘンゼルは教えてくれました。


「グレーテル、いま帰ったよ。お客さん連れて来たよ」


カガミとハルを居間の椅子に座らせたヘンゼルは、台所に引っ込みました。

しばらく経って、台所から一人の少女が顔を出しました。


「こんにちは、カガミにハル。わたしはグレーテルよ。ヘンゼル兄さんとは双子の妹」


ヘンゼルと同じ顔、同じ“獣の耳”を持ち、肩まである茶髪は束ねず下ろしていました。


「ごめんなさいね、今“お肉”は切らしているの」


そう云いつつもグレーテルは、牛乳だの、お砂糖のかかった焼き菓子だの、苹果りんごだの、胡桃だの、美味しそうなご馳走を卓子テーブルの上に並べてくれました。

なお、グレーテルに勧められるままカガミとソラが食べている最中、ヘンゼルは顔を出しませんでした。


「貴女たち兄妹は、ずっとこの森に住んでいるのですか?」

「ええ。お父さんとお母さんに捨てられる前は、【雪掘りの町】の近くにある工業都市で暮らしていたわ。でも、飢饉でお金も食べさせるものもないからと、不吉な“異端児”なんて要らないからと、そう云われて捨てられたの」

「「…………!」」

「ああ、二人ともそんな顔しないで、この家で暮らし始めてからは幸せになれたから。生活に必要なものは森を抜けた先の市場で買ってきて、あとは兄さんと二人きりで悠々自適な毎日よ」


……この家は自分達を甘やかして守ってくれる、お菓子の家のようなものだと。此処は二人だけの世界なのだと。

グレーテルはにっこりと笑って語ったのでした。


「誰もわたし達を異端児だと虐げず、何者もわたし達の邪魔をせずわたし達は咎められることがないのだから!」





「もし鉄砲や弾丸たまを持っているなら差し出して頂戴。鉄砲を持ったままやすむという法はないわ」

「帽子と外套と靴は取ってね。金物類とか尖ったものは皆ここに置いてね」

「折角だしクリームを塗りなさいな。外は非常に寒いでしょう。へやの中があんまり暖かいとひびがきれるから、その予防よ」


グレーテルは、口が達者なのかはたまたお節介な性格なのか、料理を食べ終えた二人に多くの“注文”をしました。

その後、彼女は寝室に二人を通すと、可愛い奇麗な寝台ふたつに白い巾をかけてくれました。カガミとハルは、ゆっくりと眠ることが出来たのでした。





「二人共、お早う!」


翌朝、寝室の中に入って来たのは兄の方(ヘンゼル)でした。


「お早うございますヘンゼルさん。妹さんは?」

「グレーテルは、森の外の市場へ買い物に行ったよ。……なあ、カガミ。この家にぼくと同じ年頃の男の子が来るのは久し振りで、ぼく達と同じ異端児ゼルダが来るのは初めてだったんだ。だから、二人きりで話がしたい。ハルも良いかな?」

「私は構いませんよ!男と男の友情に口を出すほど野暮じゃあありません」

「男と男の友情って……でも、僕も嬉しいよ!」


こうして、ヘンゼルはカガミを連れ立って、家の裏の竃がある場所へと向かいました。

その間、二人はたわいもないことを話し続けましたが、それはとてもとても楽しい時間でした。


「ほら、これが昨日に話した竃だよ」

「うわあ……本当に大きいね!こんな立派な竃で焼いたなら、料理もさぞかし旨くなるだろうね」

「……ああ。とても美味しいとも!」


ところが。

竃の前まで来た時、ヘンゼルは、不意に真剣な顔つきになって云いました。


「カガミ。この家で、ぼく達と一緒に暮らさないか?」

「えっ?」

「ぼく、カガミと一緒に居てすごく楽しいんだ。グレーテルもカガミのことを好いて、一緒に暮らして構わないと云ってくれたし……ハルは無理だけどカガミだけなら助けてあげられるよ」

「助け……?だけど、僕達は旅をしていて……」

「雪の降り止まない世界を旅して何になるの?森の外には、ぼく達を差別して虐げる醜い大人達しか居ないのに。此処には、冷たくて重たい雪が存在しない、平和で幸せな毎日があるのに」

「確かにこの家は、凄く住み心地が良いけれど……僕は此処に、本当の幸いを見出すことは出来ないと思うんだ」


カガミは一寸ちょっと哀しそうに答えました。


「『この北の国に春を訪れさせる』。それが僕達の旅の目的なんだ。その目的を、その夢を実現させるまでは、僕は立ち止まる訳にはいかないんだよ」


だから、ごめんね。カガミはヘンゼルにそう云いました。

すると、


「そっかあ」


ヘンゼルは、


「残念だわ」



隠し持っていたナイフで、カガミをぐさりと刺しました。



「……な」

「本当に、残念だわ。わたしも兄さんも、貴方のことを気に入ってたのに」

「君は……グレーテルさん?」


カガミは黒曜石のような眼を見開き、信じられない、というような表情で呻きました。痩せっぽちの体はがたがたがたがた震え出しました。


「どういうことなの……?だってヘンゼルさんは、グレーテルは市場に行ったって、」

「お金がないのに、買い出しに行ける筈がないじゃない」


グレーテルは、舌舐めずりをして口角を吊り上げました。


「お金もお肉も、貴方達から貰わないと、ね?」

「…………!」


グレーテルが再びナイフを振り上げました。

カガミは刺された脇腹を手で押さえ、指の間から血を流しながら、それでも物凄い速さでげ出したのでした。





「カガミ。早く捕まりなさい。観念なさい。サラダはお嫌い?それならこれから火を起こしてフライにしてあげましょうか?とにかく早く観念なさい」


ふっふっと笑って叫びながら、きょろきょろ青い眼玉を動かしながら。

黒々とした地面の上に点々と落ちた血の跡を辿って、人喰い魔女(グレーテル)は少年を追いました。

そしてとうとう、森の外れまで辿り着きました。


【雪降らずの森】のすぐ外では雪が降っていて、風花は此方まで飛んで来ました。ちらちらと細雪が降り注ぐ中、いつの間に合流したのか、若葉色の髪の少女に寄り添われて黒髪の少年は立っていました。


その時、“熱せられた”風がどうと吹いてきて、枯れ木はごとんごとんと鳴りました。


その風に乗って飛んできたダイアモンドダストと、その美しさを引き立てるような青い“火の粉”を、猫の耳を持つ異端児ゼルダは見ました。

狐の耳を持つ異端児ゼルダが放った蒼炎も、舞う銀花も……鏡の破片を散りばめたようにキラキラキラキラ輝きました。


「……ぼく、初めて見た。……なんて綺麗な、」


されど、次の瞬間。


炎は双子の体に燃え移り−−断末魔を上げる余地さえ与えずに−−その身を焼き尽くしたのでした。





ハルがカガミの脇腹に手のひらを当てると、そこから白い光が溢れ出して、次に手を離した時には、ナイフで刺された傷は跡形もなく消えていました。

それから二人は、あの家の裏の竃の前まで戻って来ました。


カガミが竃の鉄の戸を押し開けると、そこには、幾体もの、肉を削がれ焼き焦げた人骨が残っておりました。


「僕達みたいな“お客さん方”かな?」

「でしょうね」


竃の一番奥の一番古そうな頭蓋骨は、男の子の骨なのかそれとも女の子かも分かりませんでした。ただ、普通のヒトの頭蓋骨とは僅かに形状が異なっていて、山猫のそれにも似ていました。


「この骨は、ヘンゼル?それともグレーテル?」

「……さあ。私にも分かりませんよ」

「まあ、“人喰い魔女”の片割れなのは確かだね」

「……ええ」

「……それとも、あの双子ふたりの良心だったのかな」

「…………」

「よく考えてみれば分かったんだよ。親に捨てられて身寄りもなく、お金も食べ物もない子供達が……極限の飢えと寒さの中で……生きる為の道は、限られていたことなんて」


それから、二人とも氷のように沈黙しました。

【雪降らずの森】の外に出て少し経つまで、彼等は何も云いませんでした。



蕭々《しょうしょう》と雪は降り続けます。いつまでもいつまでも降り続けます。

その雪の中を、まだ見ぬ塔と冬の女王様を探して、春の女王様と狐の子は旅を続けます。





〈おしまい〉

以下、モチーフにした作品一覧↓


『ヘンゼルとグレーテル』(グリム童話)、『注文の多い料理店』(宮沢賢治)

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