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バケツ一杯の春  作者: 文鳥
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バケツ一杯の春

冬の童話祭2017参加作品です。初めて童話を書かせて頂きます。

今後とも宜しくお願い致します。

あるところに、『赤頭巾』と呼ばれる女の子がいました。


ある日のこと、赤頭巾はお母さんに言われて、余分の“火の水”を一杯取りに行きました。


今日は珍しく雪が止んでおり、お日様は真っ白に燃えています。

何十年もの間こんこんと降り積もってきた雪も今朝は堅く引き締まり、大地はまるで雪花石膏の板のようです。それが日の光を浴びて、沢山の小さな小さな鏡のようにキラキラキラキラ光るのです。

赤頭巾は、その渾名の由来でもある赤い毛布ケットを頭にかついで、空のバケツを片手に提げて、雪原に飛び出しました。


その時、ザァッと風が吹いて、


「こんにちは。一寸ちょっと道をお尋ねしますが」


風と共に、どこからともなく、見知らぬ人が出て来たのです。


赤頭巾はすっかり驚いて、その人をまじまじと見つめました。

どうやら男の子のようです。年の頃は赤頭巾より少しばかり上でしょうか。旅人の装いで、灰色の外套を着て、フードを深く被っています。髪も眼も真っ黒で、大きな瞳などはまるで黒曜石のようでした。

そんな男の子の後ろから、彼と同じ年頃に見える女の子がひょいと顔を出しました。その女の子を見て、赤頭巾は今度こそ本当に言葉を失いました。

女の子は、これまで赤頭巾が見たこともないような、お姫様のような綺麗な姿をしていたのです。

やはり旅人の格好をしていて、白いマフラーを、長い髪ごと首に巻きつけています。その髪は春の野原のような若葉色をしていました。そして、桜の花びらのような薄桃色の瞳が、小さく整った顔をより一そう美しく見せるのでした。もっとも、赤頭巾は生まれてこのかた、春の野原も桜の花も見たことは一度もありませんてしたが。


「一寸、道をお尋ねしますが」


黒髪の男の子が繰り返しいました。


「【雪掘りの町】が何処にあるか知らない?僕達そこに行きたいのだけど、情けないことに、道に迷ってしまったんだ」


どこもかしこも雪で真っ白で、道らしい道なんてどこにもないんだもの。

そう言って困ったような表情を見せる男の子に、赤頭巾は警戒を解き、彼女は笑って答えました。


「【雪掘りの町】なら、ここからずっと北よ。あたしが“火の水”を汲む場所の更に先だわ。そこまでなら案内してあげる!」





黒髪の男の子はカガミ、薄桃色の瞳の女の子はハルと名乗りました。赤頭巾とカガミとハルは、三人仲良く、ゆるやかな雪丘を渡って北を目指しました。


「キミはいつもこの道を通るの?」

「そうよ。ここから幾らか先に、“火の水”の湧く泉があるの。それを汲んでくるのがあたしの毎日の仕事よ」


カガミの問いかけに、赤頭巾はそう答えました。すると、ハルがキョトンとして云いました。


「“火の水”って何ですか?」

「“火の水”を知らないの?あなた、やっぱりこの国の人じゃないのね」


地から本物の水のように湧き出る“火の水”は、辺り一面が雪に覆われた北の国にとって貴重な資源です。暖炉の火に注げば、部屋がたちまち暖かくなるのです!


「それを汲むためだけに、毎日、こんなに長い道を歩くのですか⁉︎貴女のような、こんなに小さな女の子が……」

「こんなにも何も、水汲みは女子供の仕事じゃない。……確かに、いつも通る道だけど、これまでは何もなかったけれど、危険はあるかも知れないわ。少し離れたところに魔物の住処があるし、最近は、“異端児ゼルダ”とかいう恐ろしい怪人が出没するって噂も聞くわ」

「……異端児……」

「それでも、行かなきゃ、家族の皆が凍えてしまうもの」


赤頭巾は少しだけ大人びた声音でそう云いました。

かつては、赤頭巾の住む村にも“火の水”の泉があったそうです。しかし、何十年も冬が続く中で際限なく汲み取り続けた結果、赤頭巾の生まれる頃には村の泉はすっかり枯れ果ててしまいました。

それで、赤頭巾のような小さな女の子達が、一日も欠かさず、村から何里も離れた場所まで汲みに行かなくてはならないのでした。


「ところでカガミさんとハルさんは、〈雪掘りの町〉に行ってどうするの?そこで仕事を見つけて住み着くの?」


カガミがそうだね、と頷きました。


「確かにあの町は、各地からやって来た移民が多く住んでいると聞くね」

「そうよ、あそこでは“旧い時代の遺物”が掘り出せるから、住民はそれを売ってお金に換えるんだってお父さんが云ってたわ」

「うん。でも、僕達はお金が欲しいわけじゃないよ。〈雪掘りの町〉に定住するつもりもない」


「私達は、〈雪掘りの町〉の、更に先を目指しているのです!」


ハルが白い息を吐きながら、声高々に云いました。


「〈雪掘りの町〉の先に、【冬の女王様】が住む塔があるのです。私達はそこまで行って、【冬の女王様】に会って、塔から離れてくれるよう頼まなくちゃいけないのですよ」

「冬の女王様……?」


今度は、赤頭巾がキョトンとする番でした。


「貴女はご存知でないですか?何十年もの間この〈北の国〉で冬が終わらないのは、冬の女王様が塔に入ったままだからなのですよ。そして、春の女王が塔を訪れれば、この国にも春が訪れるんです」

「国王様からもお触れが出てるんだ。【冬の女王様】を塔から離れさせた者には、好きな褒美を取らせるって」


ここでカガミが、内衣嚢うちポケットから一枚の紙片を取り出しました。どうやら、新聞の記事を切り抜いたもののようです。


「ほら、これを読んでみて」


赤頭巾は困ってしまいました。彼女は字が読めなかったからです。

赤頭巾がもじもじしていると、ハルは首を傾げ、カガミは少ししてからハッとしました。カガミは赤頭巾の持つバケツをちらと見ました。それから、先の発言などなかったかのように、自分で切り抜きに書かれたお触れの文を読み上げました。


「『冬の女王と春の女王を交替させた者には好きな褒美を取らせよう。ただし、冬の女王が次に廻って来られなく方法は認めない。季節を廻らせることを妨げてはならない。』」


何故、今更になって、そのようなお触れが出たの?

冬が終わって春が来れば、この国はどう変わるの?

そして、カガミとハルは、褒美として何を望むの?


頭の中に次々と湧き上がった疑問を、赤頭巾が声に出そうとした、その時でした。



カガミが赤頭巾の前に現れた時と同じ唐突さで、何疋もの魔物が、三人の前に現れたのです。



雪狼ゆきおいの……⁉︎」


それは、直前に赤頭巾が云った、近くの森に住み着く魔物でした。狼どもはナイフのような牙をギラギラさせて、グヮアグヮア唸りながら、赤頭巾たちに襲いかかったのです!


「……ハル。僕が狼を倒す間、この子を守っていておくれ」


カガミは落ち着いて身構えて、前方に突き出した手のひらを一番近い狼へと向けました。


その手のひらから、燐のような、青い火が吹き出しました。


青い炎は飛びかかってきた狼にぶち当たり、その白銀の毛皮に燃え移って、あっという間に全身に広がりました。その狼が断末魔を上げるまでもなく、肉の焼ける匂いすらしませんでした。残るのはほんの少しの灰ばかりです。

赤頭巾は呆然と、その光景を眺めていました。

カガミは襲いかかってくる雪狼の牙を避けては焼き、爪をいなしては焼き、焼いて焼いて焼き続けました。足元の雪が熱気で少し溶けて、カガミは一度だけ体勢を崩しました。すぐに立ち直しましたが−−その拍子にフードが外れて、フードから零れ落ちた髪が、パッと冷たい風に煽られました。

その黒髪の隙間から覗いた、髪と同じ色をした“狐の耳”をピンと逆立てて、カガミは再び焼いて焼いて焼き尽くしたのです。



「“異端児ゼルダ”……」



全ての雪狼が焼き殺されてから、赤頭巾はようやく、呻くようにそう呟きました。


いつの頃からか、この国の中でだけ生まれてくるようになった、人間とも魔物ともつかない異質の存在。

人から生まれたにも関わらず体に獣の部位を持ち、少数ではあるが、人智を超えた〈異能〉を持つ者さえいる。

一部の者は、上空から悪魔がばら撒いた鏡の破片から、彼等は作り出されたのだと信じてやまない。


「それが、あんただったなんて……」


赤頭巾の視線に気が付いたカガミが、背に流れたフードの掴んで被り直し、俯きながら後退りました。赤頭巾のそばに立っていたハルが駆け出して、そんなカガミに寄り添います。

赤頭巾もまた、一歩踏み出しました。カガミがぎょっとしてまた後退ろうとします。

赤頭巾は足元の雪を蹴散らすようにずんずん歩いて、カガミの目の前に立ちました。そして、


「−−ありがとう!」


そのままの勢いで、お日様よりもキラキラした笑顔で頭を下げました。

カガミとハルは仰天したやら安堵したやら、それぞれが漆黒と桜色の目を白黒させて、それから赤頭巾と同じように笑ったのです。





北の空の端から、白い煙のような雪雲が立ちました。それはどんどん広がってお日様を覆い隠し、空全体が白っぽい灰色になった頃にはもう、黙々《もくもく》と雪を吐き出し始めておりました。

ちょうどその頃に、赤頭巾とカガミとハルは、目的地の泉に到着しました。


今はまだ“火の水”をたっぷりとたたえた泉はこの寒い中でも凍りつくことなく、琥珀色に透き通った液体をこんこんと湧き出しています。

赤頭巾はいつものように泉の縁で身を屈め、火の水をバケツで掬いました。


「それじゃあ、僕達はここでお別れのようだね」

「うん。カガミさんもハルさんも、道中では気を付けて」

「ありがとうございます!貴女も元気でいて下さいね!」


「さよなら」

「さよなら」


お別れはあっさりとしたものでした。


まだ見ぬ塔を目指して雪の中を歩いていく少年と少女の後ろ姿を、しばらくの間、赤頭巾はじっと見つめました。それから遠ざかる二人に背を向けて、赤頭巾は来た道を引き返しました。

三人分の足跡は、降り始めた雪によって既に消えかけておりました。

赤頭巾は、明日も、明後日も、“火の水”を……冬が終わらぬこの北の国にとって、ひとときの春にも等しいぬくもりの源を……バケツに掬いに行くのです。その日一日一日を生きるために、友達と遊んだり、学校に行って読み書きを習ったりも出来ずに、です。

でも、そんな日々の足跡は、その日のうちに雪に埋もれて消えてしまうのです。今日だって、冬の女王様について教えてくれたハルと、雪狼ゆきおいのから赤頭巾を護って戦ってくれたカガミ、そんな二人と共に歩んだ軌跡もこの地には決して残らないのです。


そのことをにわかに淋しく思いつつ、赤頭巾は重くなったバケツを頭の上に乗せて、ひとり帰路につくのでした……。





〈おしまい〉

以下、パク……モチーフにした童話作品一覧です。


『赤ずきん』(グリム童話)、『雪の女王』(アンデルセン童話)、『雪渡り』(宮沢賢治)、『水仙月の四日』(宮沢賢治)、『バケツ一杯の空気』(フリッツ・ライバー)

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