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第九十三話 

 竜也は、魔法学院の学生寮の前までやって来ていた。エレーナに、学院のガーディアン討伐の報告をする為だ。


 学生寮も修繕が始まっていて、土工や左官職人達が煉瓦レンガの破片を一カ所に集めたり、測量をおこなったりしていた。


 その作業を横目に見ながらエレーナの部屋の目前まで歩を進める。しばらく中の様子をうかがうが人の気配はしない。かまわずドアを軽くノックする。返事は無い。


 不意に背後に人の気配を感じて振り返った。

 そこにはエレーナがたたずんでいた。しかも右肩には妖精竜がチョコンと留まっている。


「その妖精竜は……?」


 竜也の戸惑いの問いに、エレーナは右肩に留まっている妖精竜に眼をやり、それから愛おしそうに喉の辺りを指先ででる。


 妖精竜は気持ちよさそうに眼を細めながらも、グルルと少々剣呑(けんのん)な低い唸り声を上げた。


「使い魔のタツヤ2号です。貴方が学院のガーディアンを倒して下さったお蔭で、再び召喚の儀を行う事が出来ました。本当に有り難う御座います」


 —— 2号って……。


 竜也は愕然がくぜんとしながら使い魔の妖精竜と、エレーナの顔を交互に見比べた。確か一度死んだ個体は二度と還らない筈だ。今現在エレーナの肩の上に留まっている使い魔は、先代とは違う妖精竜という事になる。


 —— だからといって、その名前は無いだろう……。


 エレーナのネーミングセンスに、二の句が継げずに押し黙る。いや、そんな事はどうでも良かった。


 竜也は、右手人差し指を軽く振ってメニュー画面を出すと、現在時刻というボタンをタップしてこよみを表示させる。確かに使い魔召喚に適した星の並びとなる四月十一日を一日過ぎていた。


「この町と学院を解放して下さった事に対して、何かこの恩に報いられる術は無いかと考え、以前に言われていた異世界の私と連絡を取る為に手を握らせてほしい、という願いを受諾する事に致しました」


 竜也は、思わずエレーナを抱き締めたくなる思いをグッとこらえる。エレーナにもう一度会えるという思いは至上の喜びだった。


「ありがとう」


 竜也は、差し出される手を恐る恐る握った。エレーナもその手をやんわりと握り返してくる。その柔らかい感触にドキリとさせられる。本物の人間の感触と遜色そんしょくは無かった。


 見た目も何もかも全てがリアルと同等と理解していた積もりだったが、直に触れると更にその思いは増大する。


 その手を握り締めながら竜也は眼を瞑る。そうしながら万感の思いを込めてエレーナに思念を送った。


 反応はすぐ様あった。エレーナが最初に示した感情は驚愕きょうがく。そして竜也が生きていた事に対する喜び。


 —— やはり元の世界に戻っただけで、生きていたのね?


 エレーナの思念の声を聴き、思わず目頭が熱くなった。涙は後から後からあふれ出してくる。しばらく声が出せなかった。


 目頭を押さえて必死に平静を取り戻そうとするが、あふれ出して来る涙を止める事は出来そうに無かった。

 エレーナの声が聴けただけで、この様になるとは自分自身も思ってもみなかった。


 —— タツヤ……。


 エレーナも竜也の様子に共感したように涙ぐむ。


 —— 生きていると信じていたわ。


 二人は、しばらく言葉にならない万感の思いを思念で伝え合う。


 —— 僕が死んでしまった後の戦闘は、どうなったの?


 いくばくか冷静さを取り戻すと、竜也は自分が死んでしまってからの一番の心配事を聞いてみる。


 —— タツヤが魔王と思われる魔人を倒してくれたお蔭で、私もロベリア王女も無事でいられたわ。甚大な被害が出てしまったけど戦闘は鎮静化され、その後に魔界の入口も開通されてスベイル王子とキルスティン騎士団の無事が確認できた所で、私達学生兵の遠征は終了。今は通常の学業に戻っているわ。

 でもミューレ山脈に進軍していたエメリアノフ騎士団が壊滅。ウリシュラ帝国との小競り合いは今でも続いているわ。魔界とウリシュラ帝国が裏で通じているとしか思えない有り様に、上層部はアルガラン共和国とオセリア連邦に同盟を呼び掛けて、ウリシュラ帝国と魔族軍の討伐を考えているみたい。


 竜也は取り敢えずエレーナ達が無事と知り、安堵あんどの溜め息を吐く。


 —— 竜也は今どうしてるの? ちゃんと元の世界に帰れたのよね?

 —— うん……。それと建国王サトシ・コスタクルタの仲間達もどうやら同じ時代の人間らしくて、そちらの世界で死んだ者は此方こちらに帰って来ているみたい。ただし時間軸がずれているみたいで、無事でいるのかどうかは分からないけどね。

 —— タツヤは無事なの?

 —— 僕は多少の時間軸のずれで済んだみたいで問題ないよ。


 エレーナも竜也が無事と知り、胸をで下ろす。


 二人はお互いが無事と知り、そこでやっと肩の力を抜いて人心地を取り戻していた。


 エレーナは、竜也の思念に触れ、自分自身の思念を絡ませ、一つになる感覚に身を委ねて、恍惚とした溜め息を吐いていた。


 しばらくそのまま安穏な時を過ごす。ずっとこのまま繋がっていたいという思いはあるのだが、そうもいかない。


 —— エレーナ……。魔界の軍勢が攻めて来るのは、二二七三年の十月二十八日だよ。来たる日に備えてロベリアさんと相談して、しっかりと準備しておいてね。

 —— タツヤ……。その件で一つ相談があるのだけど……。


 エレーナの躊躇ためらい気味な物言いに竜也は首を傾げる。


 —— 来年の使い魔召喚の儀式で、もう一度タツヤを召喚したいと思っているの。良いかな?

 —— 当り前じゃないか!


 竜也は、エレーナの逡巡しゅんじゅんを吹き飛ばす勢いで即答する。


 魔物も居ない平和な元の世界で、快適に悠々自適に過ごしているのであれば、死と隣り合わせの自分の世界に再び召喚するという事を躊躇ためらっていたエレーナは、竜也の覚悟を聞いて安堵あんどの溜め息を漏らす。


 —— 僕は何を置いても、何と引き換えにしても、何を犠牲にしてもエレーナの為なら全てを捨てる事もいとわないよ。


 竜也は、現実世界に帰って来た時の事を思い返す。あの時は『帰って来られた』という思いよりも『帰って来てしまった』という思いの方が強かったのだ。


 再びエレーナの元に戻れるという思いに、竜也は歓喜していた。


 —— 来年……。


 二人は、待ち遠し気に来たるその日を思い描く。再び巡り合う事が出来たなら、まずは思いっきり抱きしめ合いたい。そして今度こそ、身も心も一つに……。段々と、その空想は淫らな妄想に変容していく。


「ハックシュン!」


 その時、ゲーム世界のエレーナが盛大なクシャミをした。少々わざとらしいそのクシャミに竜也は眉根を寄せる。異世界に居るエレーナとの交信が途切れてしまったからだ。


「失礼……。余りにもむず痒いベタ甘な思念に、思わずクシャミが出てしまいました」


 竜也は盛大なクシャミと同時に解けてしまった手を、もう一度繋ぎ直そうとする。しかしエレーナは、その手をかわして一歩後退る。


「ちょっと! まだ話の途中なのに……。もうちょっとだけ話をさせてよ!」

「このゲームは18禁です。倫理規定に反する行為は、このゲーム全般で禁止となっております」

「それは分かっているよ。でも頭の中で何を考えたって、それば自由なんじゃないの? 僕達は思念で語り合っているだけで、実際には何もしていないんだよ!」

「私にも、その思念は伝わって来ていました。私と同じ姿で、同じ声で、あの様な淫らな妄想に期待に胸を躍らせているような姿は見たくありません!」

「同じって事は、君も実はエッチな事に興味津々だったりするわけ?」


 竜也のセクハラな突っ込みに、エレーナは眉根を寄せる。再びアカウント停止処分にするかどうかを迷っている眼だった。


 しかし竜也は、その事に気付いて居ない。


「だいたいエレーナの胸はペッタンコなんだよ。期待に胸を躍らせる事すら出来ないじゃないか」


 そして止めの一言を言い放ってしまった。


「貴方の今の発言は、ハラスメント防止システムの定義に抵触します」


 エレーナは、非常に冷たい視線で竜也を見やりながら機械的に無感情に言い放つ。


 その言葉が終わらない内に、目前に『EJECT』と書かれたシステムメッセージのウインドウが現れた。


「ちょっと!」


 竜也は泡を食ったような素っ頓狂な声を上げていた。


「警告じゃなくて一発退場? なんでだよ! 全然エレーナと一緒じゃないじゃないか!」


 目前のカウントダウンを愕然がくぜんと眺めながら抗議する。しかし如何いかんともし難い。黒と黄色の警戒色で描かれたカウントは無情に進んで行き、やがて0になって強制退場となってしまった。




               ◇




 竜也はゆっくりと眼を開いた。フルフェイスのヘルメット型ゲーム端末機の遮光シールドは透明になっていて、自室の天井が透けて見えていた。


 その天井を見やりながら小さく溜め息を吐く。アカウント停止により、また三日間のあいだゲームにログイン出来なくなってしまったのだ。


 何故これくらいの事でアカウント停止処分になるのかと首を捻る。その様子は、おっぱいの事となると見境が無くなる事を自覚していない様だった。


 しばらくはベッドに寝転んだまま不貞腐れていたのだが、来年に再び召喚される事を考えると、こんな事をして油を売っている場合では無い事に思い至った。


 竜也はヘルメット型のゲーム端末機を脱ぐと、気合を入れて勢いよく跳ね起きをした。


 エレーナが来年自分を召喚する理由は、勇者としての部分も期待しての事だ。その期待に応える為に、少しでも強くなる努力を試みなくてはならない。


 —— まずは腕立て伏せ百回! ……を何セットしようか……?


 腕立て伏せ百回は、なんとか出来る筈だ。異世界でトレーニングした成果は、元の世界に帰って来ても持続している。


 とりあえずは限界に挑戦してみて、そこから判断して計画を立てていく事にする。腹筋もスクワットも百回は出来る筈だ。腕立て同様、限界までやってみて今後のトレーニングメニューを考える事にする。


 問題は背筋だった。うつ伏せ状態からジタバタともがいているだけの背筋は、明らかに他の部位より劣っていると思われた。


 竜也は部屋の中を見回す。足を固定できそうなものを探すが、適当な物が見当たらない。ドリーヌが身体を張ってくれたようなご褒美があったら俄然がぜんやる気も出るのだが、背筋だけは何だかやる気がしない。


 トレーニングジムにでも通った方が良いのかと考える。格闘技を習うというのも手だ。剣道よりは総合格闘技系の方が良いように思えた。その理由は、片手剣と盾での攻防と、剣道の攻防はまったく違うものだからだ。


 もう一つの理由は、片手剣と盾での練習はニルヴァーナ・オンラインで出来ると踏んでいたからだった。


 ランニングは取り敢えず十km。徐々に距離を増やしていき、最終的には四二.一九五kmを二時間で走れる様になる。


 無理だ。とは思わない様にしていた。出来るだけの努力はする積もりだった。エレーナに再び会えた時に失望させるような事は出来ない。


 思い立ったが吉日。竜也はさっそく腕立て伏せから始める事にした。


 —— 来年!


 竜也は、気合を入れて腕立て伏せをしながら来たる日に思いを馳せる。


 —— もう一度召喚されたら……。


 大きく息を吐きながら最初の百回をこなし、身体を起こす。もう一度召喚されたら……。そこで思い悩む。


 —— エレーナに再び会えたら、やっぱり一番初めにエッチの続きがしたい!


 動機は不純だったが、モチベーションはこれ以上ないというほど上がっていた。


 竜也は、すぐさま腹筋を始める。


 —— そしてコスタクルタ王国を魔族軍より救って見せる!


 ゲームの世界のような滅亡した有り様になんか絶対にさせてなるものか! という思いを胸に竜也はトレーニングを続けて行く。


 腕立て伏せ、腹筋、背筋、スクワットをこなし二セット目に突入する。サーキットトレーニングのような速いテンポでおこなっているので既に息はかなり荒い。しかしテンポを緩めるような事はしない。最大限の力を発揮してトレーニングを続けていた。


 トレーニングを続けながらゲーム世界での学院の様子を思い浮かべていた。学院の皆が全員討ち死になんて未来は、到底受け入れられるものでは無い。何としてもそんな未来は回避しなくてはならないという使命感のような物が沸き立ち、アドレナリン作用を伴って一人バトルスフィアを形成しだしていた。


 勇者として新たな技能スキルの覚醒だった。


 竜也は気付いていない。元の世界に帰って来てからゲーム世界での出来事すべてに、この要素が含まれていた事に……。


 勇者としての自覚だけは一人前に育っている様だった。


 来たる日に向け、竜也は黙々とトレーニングを続けていく。その量は既に通常の高校生が部活で行うトレーニング量を遥かに超え、プロのスポーツ選手に迫るトレーニング量になっていた。


 —— エレーナ……。待っていて! 僕は本当の勇者に成って、エレーナの元に帰ってみせるよ!


 竜也は、エレーナに届けとばかりに強い思念で語りかける。


 —— 待っているわ!


 その時、微かにエレーナの声が聞こえたような気がした。






                               END

これで『私の勇者様 ~勇者育成計画~』は終わりです。楽しんで頂けたのなら幸いです。最後までお付き合いいただき有り難うございました。

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