第九十二話
翌日、宿直室にログインを果たす。再びゲーム世界で最初に出現するポイントに戻されていたらどうしようと考えていたのだが、杞憂に終わったようだ。
さっそくサラスナポスの町に戻る。レトロ感あふれる街並みは、もうほとんど修繕され、町を一刀のもとに横截している石畳の中央通りも、綺麗に再舗装されて真新しい輝きを取り戻していた。
中央通りの片側には露店の類が立ち並び、活気にあふれた呼び声が飛び交っている。その声に釣られた大勢の人々が群がっていて、結構な賑わいを見せていた。
その反対側には店舗型の店が軒を連ねている。竜也は、その店の看板を眺めながら東へと歩を進める。看板には簡略化された絵が描かれており、おおよそ何の店かは分かる様になっているのだが、説明書を読んでいない竜也には簡単な物しか見分けが付かなかった。
分かるものの代表として、エレーナ達と一緒に鎧を買いに行った鍛冶屋の鉄床がある。その他には、食料品店のコッペパン。薬品店のフラスコ。魔法屋の巻物等が挙げられる。
剣の簡略図が書かれた看板もあるのだが、これは武器屋なのだろうかと首を傾げる。鍛冶屋との違いは何なのだろうという疑問が湧く。
竜也は知らなかったが、剣の簡略図が武器屋で、鎧の簡略図が防具屋。そして鍛冶屋は武具の卸売りの他にメンテナンスを生業としているのだった。
どんなに高級な武具でも耐久度は使用に際して低下してゆき、ある一定以下に陥ると武器、防具破損という現象を引き起こしてしまうのだ。
そのため定期的に鍛冶屋でリペアしてやらないと、壊れて使い物にならなくなるのだった。
ふと魚のマークが書いてある看板を見つける。まさか魚屋という事は無いだろう。
他にもいくつか意味不明の看板を見つける。後でゆっくりと時間が取れる時に色々な店を回ってみようと心に決める。
魔法屋は簡単に見つかった。さっそく扉を潜る。
「いらっしゃいませ!」
元気よく出迎えてくれたのは、メイド服っぽい服装の自分と同じ年頃の娘だった。竜也は、まず胸の大きさを確認する。普通だった。興味を無くした竜也は、キョロキョロと店の中を見渡す。
壁には、巻物の材料となるなめし皮が大量に掛けられている。棚には羊皮紙にフラクトゥールのような文字で、何やら書き綴られている巻物がズラリと並んでいた。カウンターのディスプレイには、犢皮紙と呼ばれる子牛の皮を使った高級そうな巻物まで置いてあった。
しかし、どれがなんの魔法の物なのか見当も付かない。
「えーと、魔法戦士レベル1で覚えられる魔法って何があるんですか?」
メイド服の店員は、僅かばかり竜也を注視する。まるでプレイヤーと同じで、注視する事によって名前等の情報が視界の右下に表示される機能を使っているかの様だった。
「魔法戦士にクラスチェンジする事が出来たのですね。おめでとうございます」
店員の娘は、竜也の職業を見て賛辞を贈る。
「魔法戦士レベル1での適正魔法は【毒】があります。水属性弱体魔法。習得適正レベル1。習得適正時消費精神力は350。習得適正時詠唱時間1.00秒。習得適正時再詠唱時間10.00秒という魔法です。販売価格は一万ゴルドとなります。今なら……」
「ちょっ……ちょっと待って」
竜也は軽いパニック状態に陥りながら、メイド店員の言葉を遮った。聞き慣れない言葉が飛び出してきたからだ。
「習得適正って何?」
「習得適正とは、その魔法を使う事の出来る適正レベルの事です。例えば魔法戦士には習得適正レベル3の【回復】という魔法がありますが、べつにレベル1でも覚えられますし使う事も出来ます。ただし消費精神力や詠唱時間、再詠唱時間が適正レベルとかけ離れる割合に応じて跳ね上がります」
竜也は理解したと頷く。しかし、もう一つ気になる言葉があった。通貨の単位がゴールドではなくゴルドだという事だ。異世界では確かゴールドだと聞いた筈だった。
確認を取る為に、右手人差し指を軽く振ってメニュー画面を呼び出す。ステータスを開いて通貨の単位を確認しようとする。所持金が何処かの項目に表示されていた筈なのだが見当たらない。
適当に各項目を開いて回って、やっと所持金の欄を見付ける。現在はディアスにレクス・エールーカ討伐時に出現した金の宝箱から出た品物の金額を多少もらっていて、初心者には多すぎる程の金額が表示されていた。
その際末尾に付いている通貨の記号『G』を注視する。ポップアップメニューが開き、説明が出てくる。確かに通貨の単位はゴルドだった。
「それじゃ【毒】の魔法と【回復】の魔法を下さい」
「お買い上げ有り難う御座います。【毒】の魔法が一万ゴルド。【回復】の魔法が一万二千ゴルド。合計二万二千ゴルドになります」
竜也は腰に下げている巾着袋を取り出す。中から金貨二枚、銀貨二枚を取り出して支払う。そして二枚の巻物を受け取った。
習得方法は簡単。巻物を広げた時に出てくる『この魔法を覚えますか?』という問いと共に浮かび上がる Yes ボタンをクリックするだけだ。
二つの魔法をすぐさま覚える。覚えるのは簡単だが、使い方がイマイチ分からなかった。PK目的の輩から受けた傷を、グラナダという娘に治して貰った事があるのだが、その時は患部に手の平を宛がうだけで詠唱もなしに魔法が発動していたのだ。心の中で魔法を唱えても発動するという事なのかと首を傾げる。
試しに自分の左手の甲に右手を当てて【回復】の魔法を唱えてみる。しかし何の変化も現れない。HPがMAX状態なので何の変化も現れないのか、魔法の発動に失敗しているのかの判別が付かなかった。
精神力も減ってはいない。魔法戦士にクラスチェンジした事によって精神力は格段に向上し、現在の最大精神力は3584となっている。ただし体力は幾分減って7158となっていた。
体力が500程減った代わりに精神力が1000程上がったので、数値的にはお得だと思う事にする。
今度は、ロベリアに教わった通りにリズム、テンポ、抑揚に注意して実際に声に出して魔法を唱えてみる。絶対に魔法を発動させてやるという強い意志を持つことも忘れない。
左手の甲が淡い光に包まれた。魔法が発動している証拠だった。
—— 結構疲れるな……。
竜也は独り言ちる。精神力が減って多少の疲れを感じていたが、それ以上に魔法の発動条件が厳しく気疲れの方が大きかった。
ともあれこれで魔法も使えるようになった。これからどうしようかと思い悩む。学院のガーディアンを倒した事により、エレーナの自分に対する好感度がどの様になっているか確認の為、彼女に会いに行く事にした。




