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第九十話 

 サラスナポスの町で装備を整えた竜也達は、再びセント・エバスティール魔法学院の正門前まで来ていた。


 レベル2では装備できる金属鎧の類は無く、硬革の服という要所々々をニカワで固めた皮を張り付けて防御力を少々上げているだけという、初期装備よりは幾分かマシ程度の物しか無かった。


 大きく装備が変わった点と言えば、皮の盾を新たに購入した事だった。金属で補強されている訳でもなく、防御力は無いよりマシ程度の物だったが、使い方次第で金属の盾では真似のできない奇策に用いる事が出来そうだった。


 現状のレベルでは、これ以上の装備は望めなかったので、これで戦闘に参加するしか無かった。

 不安が無いと言えば嘘になるが、大幅に装備を更新して重量の変化や動きに制限を受けたりして、本来の動きが出来なくなれば本末転倒なので、これで良しとする事にする。


「では、今からルベル・スコルピウス討伐戦を執行する。今回の戦闘はレイドパーティーで突入可能なので、本来なら二十四名のフルレイドで挑みたかったが、リアルの都合などにより十九名プラス助っ人のタツヤ君とで突入となる。

 しかし前回は十六名で突入して相手のHPを二十五パーセント未満にまで削る事が出来たのだし、攻略も見えて来た。今回こそは倒せると確信している。

 戦術は俺のパーティーがルベル・スコルピウスを担当。エルヴィンさんのパーティーで湧き出る雑魚処理を担当。タマモンのパーティーは、魔法での攻撃、弱体、時々支援という形でお願いする。

 スペリオーレとルシア君は、タマモンのパーティーに編入。タツヤ君は俺のパーティーに入ってくれ。

 敵のHPが二十五パーセントを切るとウェネーヌム・カウダを連発して来て回復が厳しくなるので、俺とクッキーさん以外は特殊攻撃の範囲から離れるようにしてくれ」


 ディアスは、レイドパーティーのメンバー全員を見回す。皆の精悍な顔付きは頼もしくある。


「では行くぜ!」


 ディアスの気合の声に応えるように皆が呼応する。そして皆はセント・エバスティール魔法学院の門を潜っていった。


 見えている景色が同じなのに、別の次元にでも入ったかのような違和感に、竜也はゾクリと背中を震わせた。うなじの辺りがチリチリと泡立つ感覚は、突入前より増している。この感覚は、思っていたより敵の強さは巨大なようだった。


 ゆらりと目前の空間に歪みが生じたかと思うと、巨大なさそりが姿を現した。全長約十メートル。メタリックレッドの全容は、意外にも不快感や嫌らしさは覚えない。巨大ロボのような感覚だった。


 シャープな印象の体付きから延びるはさみは、鋼鉄すら切り刻みそうな力強さが感じられる。それでいて鋭敏な感覚をも持ち合わせていた。


 それ以上に視線を奪われたのは、高々と掲げられた尻尾の先に光る毒針だった。頭上の高角度から打ち込まれる毒針は、視界に収まりきらない。これは厄介な攻撃になりそうだった。


 ディアスは真正面からルベル・スコルピウスに特攻していく。クッキーとコイチが両側面に取り付く。アヤメはPTメンバーに色々なバフを掛けながら、左寄りの前方から攻撃を始める。ブッキスは、背後から【暗殺】(アサシネイション)のジョブアビリティーを発動させて攻撃をしていた。成功すれば一撃で敵を葬る事が出来る必殺技だ。


 ブッキスの攻撃は、見事に空振る。


「ハイレベル・ノトーリアス・モンスターに【暗殺】(アサシネイション)が効く訳ないでしょう!」


 グラナダが、後方よりブッキスに突っ込みを入れる。


 竜也は、右寄りの前方から攻撃をする事にした。まずは間合いを計る為に、足裁きに注意して防御重視で様子を見る事にする。


 ルベル・スコルピウスの外殻は、鋼のように固く刃が通らない。澄んだ金属音を響かせて皆の剣をはじいていた。


 しかし全くダメージが通っていない訳では無かった。レクス・エールーカの時と同じく緑色のゲージが若干薄い緑色に変化していた。


 皆は剣技を使って猛烈な勢いで攻撃を加えていく。敵のHPはミリ単位だが、それでも確実に削れていった。


「敵弱点属性確定! 氷!」


 後衛のチームの誰かが叫んだ。後衛チームは氷属性の魔法に切り替えて、一斉射撃を放つ。


 ルベル・スコルピウスは、四対の歩脚部とはさみを無茶苦茶に振り回して暴れ出した。両側面から攻撃を仕掛けていたクッキーとコイチが弾き飛ばされる。幸い軽傷で済んだので、グラナダの回復魔法を受けてすぐさま戦線に復帰していった。


「雑魚が沸いたぞ!」


 誰かの叫びと共に、エルヴィンと呼ばれていたパーティーリーダーらしき男と、そのパーティーメンバー達が小型のさそりに向かっていく。小型といっても一メートル以上はある。名称はジャイアント・スコーピオン。そんな敵が五匹も現れたので、一気に後衛部隊が崩れる。まともに戦ったら『サソリ』五匹と戦う事は、無謀行為に他ならないのだ。


 【睡眠スリープ】の魔法で眠らせたり、レジストされた敵は【重力グラビディ】の魔法や【拘束バインド】の魔法で足止めをしたりして各個撃破を狙う。


 次から次へと沸く雑魚のさそりを、後衛部隊が必死に処理していく。一気に後衛の動きが慌ただしくなった時だった。頭胸部前方にある五対の真っ赤な単眼が光りを帯びたかと思うと、はさみを高速で打ち鳴らしながらディアス目掛けて襲い掛かっていった。


 バックステップではさみを回避しようとしたディアスであったが、逃げきれずに捕まってしまう。HPはMAX状態から一気に黄色域まで減少していき、赤色域寸前で減少は止まった。


 グラナダが上位の回復魔法をかけてHPを回復し、クッキーが【タウント】を発動させてターゲットを自分に向けさせる。


 またまた『赤い蠍』の眼が光りを帯びたかと思うと、今度は尻尾の毒針を頭上より振り下ろしてきた。


 真上からの攻撃という事と、そのあまりの素早さに尻尾の先は掠れて見えない。


 竜也は、咄嗟に盾を頭上にかざして毒針の攻撃から身を守る。毒針は皮の盾を貫通して目前まで迫っていた。あと数センチ深く食い込んでいたら、脳天に毒針を打ち込まれていたかも知れなかった。


 一瞬のうちに打ち込まれた毒針によってディアス、クッキー、コイチ、ブッキス、アヤメは解毒不可能な毒に侵される。


 クラナダは回復に大忙しだ。アヤメと後衛部隊のタマモンのパーティーも、回復補助を手伝う。


 自然に毒が回復するまで耐え、なんとかピンチをしのいで再び総攻撃に移る。敵のHPは半分まで削れて黄色域に達していた。


 見掛けの強固そうな装甲に反して、防御力はそれほど高くは無いようだった。見た目は甲虫や甲殻類のような固い殻を持っているのだが、実際には蜘蛛くもこうサソリ目の節足動物であり、それほど固くは無いのだ。


「腹部、部位破壊成功!」


 側面から攻撃を加えていたコイチの声が響く。

 そちらへ視線を向けると、腹部を覆っている外殻が飛散して光の粒子となって消えていく様子が見て取れた。


 —— 部位破壊とは?


 ゲームのシステムを全く理解していない竜也は、内心小首を傾げる。装甲破壊という事で防御力低下が期待できるのかも知れないが、今は余計な事を考えている余裕が無いので取り敢えず保留にする。


 コイチは、自分の身長と同し長さがある大剣を振り回し、今まで以上に大ダメージを与えていく。竜也の想像通り、ある条件を満たすと部位を破壊する事が出来て、ダメージが通りやすくなるのだった。


「左鋏部(きょうぶ)、部位破損!」


 アヤメの方を見ると、鋏が破壊されて無くなっていた。これでモルス・フォルフェクスの攻撃力が半減した事になる。


 このまま行けば楽勝とまでは言わないまでも、思ったより楽に倒せるのでは? と思っていると、再び頭上から毒針の攻撃が襲来して来た。


 特殊技の前に眼が光り、尻尾がユラリと大きく揺れる事を発見していた竜也は、大声で頭上警戒を呼びかける。


 盾を持っているディアスとクッキー、アヤメは素早く頭上に盾をかざす。クッキーは防御が間に合わず毒状態になってしまう。盾を持っていないコイチとブッキスは自前のAGI(アジリティー)能力で回避に成功していた。


 毒状態になったのがクッキー一人だという事に安堵あんどしていたのだが、HPが二十五パーセントを切ってHPバーの色が赤色になると、連続して特殊技を使って来るようになった。


 さすがに避けきれずに次々と毒状態の者が増えて行く。ディアスとクッキー以外の者は、慌てて下がるが時すでに遅かった。竜也以外の前衛全員が毒状態に陥ってしまった。


 後衛陣は、再び回復に大忙しとなる。そのため雑魚処理部隊への回復が疎かになってしまって、エルヴィンが倒されてしまった。


 雑魚処理部隊もギリギリの攻防を繰り広げていた為、一気に崩れる。コイチ、ブッキス、アヤメ、竜也が雑魚処理部隊の支援に回る。


 なんとか総崩れは免れたが、毒の回復する暇を与えない程の特殊技の連続攻撃に、少しづつ防戦一方に追い込まれていく。


 攻撃力不足と、後衛の回復魔法の連発による敵対心ヘイトの増大でタゲが安定せず、ルベル・スコルピウスは後衛部隊の方までフラフラと寄っていって、ウェネーム・カウダを連発しだした。


 盾も持っておらず、前衛ほどの回避スキルも無い後衛部隊の者は、次々に毒に侵されていく。逃げ回る者も、バトルフィールド圏外に逃げる事は出来ない。もう総崩れ状態と言っても過言では無かった。


 ディアスは、無念そうに歯噛みする。タゲの固定が維持できず、防御力の弱い後衛に向かってウェネーム・カウダを連発されては、フルレイドで回復要員を人数制限ギリギリまで増やしたとしても、攻略できるかどうか怪しい。他に攻略法を模索する以外、打つ手は無かった。


 皆が、今回の攻略は失敗かと無念に思っているその時、竜也はディアスのそばまで寄って行った。


「ねぇ、部位破壊ってあの尻尾の毒針には出来ないの?」


 竜也の疑問にディアスは、頭上高々と掲げられている尻尾の先の毒針を見上げる。あの高さに剣は届かない。魔法でも余程命中精度の高い物でないとピンポイントで狙う事は不可能だろう。


「位置的に無理がある」


 ディアスの答えに、竜也は不敵に笑ってみせる。


「僕が何とかしてみるよ」


 竜也はルベル・スコルピウスに不用意に近付いて行く。ウェネーム・カウダの攻撃範囲に入った瞬間に、頭上より毒針が竜也の頭上目掛けて飛んで来た。


 竜也は盾をかざして頭部を守る。盾に毒針が食い込んだ瞬間に、盾を捻って毒針が抜けないようにして剣で毒針を撃ち付ける。


 木製の盾に、相手の剣の刃を食い込ませて動きを封じるという戦法がある事を、何かの本で読んだことのある竜也は、それを実践したのだ。


 ルベル・スコルピウスが、強引に毒針を引き抜こうとする。竜也は空中に身体を持っていかれそうになって慌てて毒針を開放した。


 毒針が連続で竜也を襲う。竜也は同じ要領で何度も毒針を盾に食い込ませて動きを封じて攻撃を繰り返す。眼が慣れてきて毒針の動きを完全に追えるようになると、今度はカウンター気味に毒針に向かって剣を撃ち付けた。


 澄んだ金属音と共に毒針が弾け飛ぶ。空中高くまで舞い上がった毒針は、光の粒子となって飛散した。


「おおおー」


 皆の感嘆の声があがる。余程の動体視力が無い限り、剣での攻撃は不可能な事なのだ。さすがはレクス・エールーカをソロで倒したつわものだと皆は感服する。


 これでウェネーム・カウダが来ないとなれば勝算はある。数人が倒され、雑魚処理が追いつかない状態になっていたが、コイチ、ブッキスが、雑魚処理に回り、アヤメが回復補助を手伝う。

 ディアス、クッキー、竜也でルベル・スコルピウスを攻撃して何とか残りのHPを削り取り勝利する。


 皆は、この戦闘の立役者である竜也を取り囲んで称賛する。


「お疲れさん。さすがは現在ニルヴァーナ・オンラインの最強候補と噂されているだけの事はあるな」


 ディアスの言葉に竜也は小首を傾げる。自分は、この戦闘で二戦目なのだ。ゲームシステムもまだ分かっていないような素人が最強候補とは大袈裟すぎる。


「最強候補って事は他にも何人かいるんです?」


 それでも好奇心から聞いてみる。


「うちのクランコミュニティにもコイチとアヤメちゃんが居るぞ。コイチは剣道のインターハイ選手だったし、アヤメちゃんはシステムを上手く使い切るセンスに長けている。対戦型格闘ゲームでは有名人らしい。

 その他には、オセリア連邦のカインズやオズスポポーン。ウリシュラ帝国のルドラやエヴィー・ハルヤマ辺りが候補かな?」

「それよりも宝箱よ! また金の宝箱が出たわよ!」


 クッキーとグラナダが、早くも宝箱に飛び付いている。大きさはレクス・エールーカを倒した時に出現した物と同じ大きさだ。開けられないか試してみて、鍵が掛かっている事を確認する。


「ブッキス、出番よ!」


 グラナダの要請に、ブッキスはシーフツールを用いて開錠を試し見る。鍵は、簡単に開ける事が出来た。モンスターからドロップした宝箱は、盗賊シーフがいなくても開錠ヒントを元に、なんとか開けられる仕様になっているのだが、やはり盗賊シーフがいると簡単かつスピーディーに開ける事が出来るのは確かだった。


 さっそくクッキーが蓋を開けて中身を確認する。グラナダもクッキーの背後から箱の中身を覗き込む。


 ダークインゴットが一ダース。魔法の巻物スクロールが一枚。その他はポーションや安物の素材だった。


 クッキーが巻物スクロールを宝箱から取り出す。注視するとポップアップメニューが開き、名称やカテゴリー等が表示される。


 【エアロⅡ】 風系精霊魔法。習得適正レベル33。習得適正時消費精神力680。習得適正時詠唱時間(キャストタイム)3.75秒。習得適正時再詠唱時間(リキャストタイム)6.00秒。


 習得適正レベルとは読んで字の如く、その魔法を使う事の出来る適正レベルで、その時の消費精神力が680。詠唱時間キャストタイム3.75秒。再詠唱時間リキャストタイムが6.00秒という事だ。


 レベルが足りてなくても覚える事は出来るが、消費精神力や詠唱時間キャストタイム再詠唱時間リキャストタイムが適正レベルとかけ離れる割合に応じて跳ね上がるのだ。


 逆にレベルが上がって行けば、消費精神力や再詠唱時間リキャストタイムは減少していくという仕様だった。


「エアロⅡって店で売っていたっけ?」

「売っていません。モンスタードロップのみで、しかもグリム大森林に生息するドロセラ・ロツンディフォリアからしかドロップ報告が無いので、激レア魔法となっています」


 クッキーの疑問に、ルシアが答える。

 ドロセラ・ロツンディフォリアとは食虫植物の一種なのだが、巨大化したドロセラ・ロツンディフォリアは、人間すら捕食するモンスターと化していた。


 大陸中央部に広がるグリム大森林にしか生息していないという点と、ドロップ率の低さが激レア度に拍車をかけていた。


「競売所の最終履歴って幾らくらいなの?」

「履歴は自分で出品して自分で買っている輩が数人いるだけで、当てになる金額じゃないです。まぁ、既存の魔法とは一線を画する存在となる事は、レアな金の宝箱から出て来る事を見ても確実でしょう」


 ルシアの見解を聞いて、ディアスは頭を抱える。


「すまない。売値を頭割りした金額をタツヤ君にも支払おうとは思っているのだが、魔法の巻物スクロールの値段が未定の為、しばらく待ってほしい」


 ディアスの要請を、竜也は心ここに有らずといった感じで聞いていた。彼の関心事は、聖堂の魔法陣が無事かどうかという事に向いていたのだ。


「別にお金なんて要らないです。学院の中の様子を見てきたいので、僕はこれで失礼します」


 竜也は皆に挨拶をしてパーティーを抜ける。そのまま学院の校舎右側にある聖堂へ向かって歩き出した。


「おい。クランコミュニティに誘わなくて良いのか?」


 コイチがディアスにそっと囁く。ディアスは無言で竜也の背中を見送っていた。


「まだ時期草々だな。金に興味が無いとなれば、なにに興味があるのか? なんの為にゲームをやっているのか? 等を見極めてからの方が良いだろう。俺達は前線攻略とPvP特化型のクラコミュだが、タツヤ君は全く別の目的の為にゲームをやっているように見えるからな」


 ディアスの見解に他のメンバーは、同じ思いで竜也の背中を見送っていた。

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