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第八十二話 

「ちょっと! 横取りされちゃったじゃないのっ!」

「いや……。俺のせいじゃ無いから……」


 グラナダに睨まれたルシアは、どう考えても言い掛かりにしか聞こえない文句に、複雑な表情で眉根を寄せる。彼女の傍若無人ぼうじゃくぶじんな我がままは今に始まった事ではなく、彼はいつも振り回されていた。


「まぁまぁ……。レベル1では、どう考えたって勝てっこないから戦闘はすぐ終わるわ。その後に仕切り直しすれば良いじゃない」


 レクス・エールーカの出現に、慌てふためいて逃げようとした男を見やり、クッキーはヤレヤレと言うように肩をすくめて見せる。


 素早く逃げ出した男であったが、バトルフィールド圏外への脱出が不可能である事を知らないらしく、見えない壁にぶち当たって驚愕きょうがくの表情を浮かべている。まぁ、レベル1では仕方が無い。


 レクス・エールーカに体当たりを食らってあえなく昇天するかと思っていたのだが、男は側面へ辛うじて逃げ延びた。その後も必死に側面へ逃がれ続ける。『R芋』が追い掛けるようにグルグルと回る様子をクランコミュニティのメンバーは、腹を抱えて笑い転げながら眺めていた。


「おいおい、しぶといな。いつまで回り続ける気だ?」

「こんな回避方法があったとは……。しかしウケる……」


 ワイワイ騒ぎながら、場違いな闖入者ちんにゅうしゃに歓声を上げていたのだが、それが五分も続くと苛立ちに変化していった。


「いい加減にしろよ! いつまで独占してるんだよ! いつまで回り続けたって倒せっこないじゃん!」


 レクス・エールーカのHP(ヒットポイント)は、129849も残っているのだ。このまま戦えば、あと三日間も掛かる計算になる。


 その前に力尽きてしまうという事は、誰の眼にも明らかなのに、男は諦める様子を見せなかった。


「いや……。お前らこの戦い方を、よく見ておいた方が良いぞ」


 うんざりした様子で苛立ちをにじませているクランコミュニティのメンバーに声を掛けたのは、コイチだった。


「特に足さばきは一級品だぞ。リアルでどんな武道をやっていたかは知らんが、結構やる事は間違いなさそうだ」


 コイチの言葉に、ディアスは頷いて見せる。


「お前の足さばきに似ているな。奴は剣道経験者かな?」

「足さばきの基本ってのは、どの競技に係わらず似ているもんだ。確かに剣道にも似ているが、奴が凄いのはそれだけじゃあ無い。間合いの取り方、剣の持ち方も独特の物のように見える」


 その言葉に皆は眼を見張る。間合いの取り方が上手いという事は、みんな良く分かっていた。近過ぎればクネクネダンスに弾き飛ばされ、遠すぎれば特攻されて頭突きを食らうか、み付かれるのだ。回り込もうとした事は、実は何度もあるのだが、今まで上手くいった試しは無かった。


 感心して戦闘の様子を解析するように見守っていた皆は、それも三十分もすると、みんな戦闘の様子を見る事も飽きてしまっていた。


「おーい、遅れてごめーん……」


 そこへ大遅刻をしてブッキスがやって来た。戦闘を観戦している皆の所まで駆け寄って来ると、いぶかしげに戦闘をしている者を見やる。


「あれ? 僕らのメンバーが戦ってるんじゃないの?」


 ブッキスはレクス・エールーカと戦闘を繰り広げている男を見やり、不思議そうに呟く。


「げっ! レベル1? なにこれ? チート?」


 ディアスは肩をすくめてみせる。確かにチートっぽいが、そうでは無い事を彼は分かっていた。


 剣技には色々なパターンが用意されているのだが、上手く繋げないと技の出し終わりに課せられる硬直時間に反撃を受けることになる。硬直をキャンセルして出せる業は決まっていて、それを繋げて連撃コンボを狙って行くのが普通の戦闘スタイルだ。


 しかし、この男は剣技を使わずに戦っているのだ。もっともレベル1なので剣技を一つも覚えていないのだから当たり前なのだが、それでいて剣の扱いは普通に剣技を使って連撃コンボを放っているのと同等の威力とスピードがあった。


 そしてシステムアシストを使ってないのだから当たり前の事なのだが、技の出し終わりに硬直時間が無いのだ。チートと言えばチートだった。


「貴方が遅刻したせいで取られちゃったのよ! この責任は重いわよ!」

「そうだそうだ。お前を待っていたから取られたんだぞ」


 待つ気が無かった事を棚に上げて、皆でブッキスを吊し上げる。クランコミュニティのいじられキャラである彼は、事ある毎に叩かれる。わざと馬鹿にされる行動を取っていじられキャラを演じているのか、素で馬鹿なのかは区別が付きにくい輩だった。もし本当に全てを計算している確信犯なら相当知略に長けていると言えた。


 いつもの事なので、黙っている者も慎み深く必死に笑いを噛み殺しながら、その様子を見守っている。


「罰として南西にちょっと行った所にキング・キャタピラーの群れが居るから釣って来なさい」


 クッキーが、にやにや笑いを噛み殺しながら命令を出す。


「えーっ……」


 ブッキスは不満そうに口を尖らせる。しかし、クランコミュニティの姫の命令は絶対だった。しぶしぶキング・キャタピラーを釣りに行く。


「キング・キャタピラーなんか持って来て、何をするんだ?」


 ディアスの疑問にクッキーは、にやりと意味深な笑みを漏らす。


「間合いの取り方の練習よ。もしかしたら、このゲームの戦闘システムを画期的に変えてしまう程のものを私達は見てしまったのよ」

「なるほど……。それは良い考えだ。 —— すまんが俺にも一匹釣って来てくれ」


 ブッキスが、キング・キャタピラーを引き連れて必死の形相で帰って来ると、ディアスはブッキスにすかさず追加注文を出す。


「ちょっ……。ちょっと、待って……」


 ブッキスは、荒い息を吐きながらその場に座り込む。キング・キャタピラーは、クッキーが【タウント】を発動させてタゲを取ってくれているので座り込んでいても問題は無かったが、百メートルを全力で走って来た程の疲労度が身体を蝕んでいた。


 連続で釣って来るには、もう少し時間が欲しかった。場所が少々遠いのも懸念材料だった。


 ブッキスは、クッキーの戦闘の様子を横目で見ながら呼吸を整える。


 このゲームの釣り役は、足が速い事と持久力がある事が絶対条件だった。ブッキス自身陸上部所属で、ある程度は走れるのだが、こんなマゾゲームは初めてだった。


 盗賊シーフのジョブ特性の【逃げ足】で、釣ったモンスターを引っ張る時のスピードは若干アシストされているものの、足の速いモンスターは巨万ごまんといた。【物理回避率アップ】のジョブ特性があっても無傷では帰って来られないのだ。


 ブッキスは、すがるような視線をグラナダに向ける。せめて敵を釣って来る時に削られたHPだけでも回復して欲しかった。


 その視線を受けて、グラナダは仕方が無いと言うように回復魔法を掛けてやる。


「その代りディアスさんの分と一緒に、私のも一匹釣って来てね」


 ブッキスは、クラナダの要求に不満の表情を露わにする。皆が、自分のやつもと次々に追加注文を出す様子に顔を青ざめさせていく。


「いくら回復魔法を掛けてもらってHP満タンにしてもらっても、しんどさは残るんだよ。さすがに大量に釣って来るのは無理だからね! なんか痛みは無いのに疲労度が有るって、このゲームのシステム変じゃない?」


 ブッキスの抗議の声に、ディアスは小首を傾げる。確かに精神力を使い過ぎたりすると、現実で味わうような疲労感が出てくるのは事実だ。今まで疑問にも思っていなかった事だが、確かに不思議な現象ではあった。


「やっぱり助けてー」


 クッキーは、キング・キャタピラーに噛み付かれて、HPを半分に減らした所で助けを呼んだ。


 クランコミュニティのメンバーは、姫のピンチに我先にと救援に向かう。タウント系のスキルでタゲを取り、四方を取り囲んで物量作戦で敵をほふる。


「ありがとう……。やっぱり間合いの調整なんて一朝一夕に出来る物じゃないわね」


 クッキーは、赤色域にまで減衰した自分のHPゲージを見やり溜め息を吐く。改めてレクス・エールーカと対峙している男を見やり、常人では無い事を再認識していた。


 呼吸を整えたブッキスが再びキング・キャタピラーを釣りに向かう。しばらくして大量のキング・キャタピラーを釣って帰って来た。HPゲージはレッドゾーンに入りかけている。


 素早く皆がタウント系のスキルを発動させたり、敵対心上昇の高い【閃光フラッシュ】の魔法を掛けたりしてタゲを取っていく。


「釣って来る数が一匹多いんじゃないの?」


 クッキーの指摘にブッキスは、立ち止まりかけていた足を再びトップギアに入れ直す。


「ちょっと! だれか取ってー」


 ブッキスは、皆の周りをグルグルと回りながら助けを求める。


 しかし皆も、現在タゲを取っているキング・キャタピラー一匹に苦戦していて、ブッキスを助けに行く余裕が無かった。それどころか大量に死人が出てしまいそうな状況に陥ってしまっていた。


 パーティー崩壊の危機を救ったのは、アヤメだった。咄嗟とっさに範囲効果のある【睡眠スリープ】の魔法でキング・キャタピラーを眠らせて、一匹ずつパーティー戦の要領で倒していく。


「ソロでキング・キャタピラーを倒すなんて、やっぱりちょっと無理があったわね……。それよりアヤメちゃんありがとう。危うく死人が出る所だったわ」

「いや、出てるから……」


 クッキーの言葉にアヤメは、ぼそりと突っ込みを入れる。


 クッキーは、いやな予感がして後方を振り返った。ちょうど真後ろにブッキスがうつ伏せに倒れていた。

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