第七十六話
それからしばらく後、魔族軍からの襲撃は鎮静化されていた。
竜也はもういない。竜也だけでなく被害も甚大な物になっていた。内側から襲撃された事で、学生兵にも死者が出てしまったのだ。セント・エバスティール魔法学院の生徒も、六名もの死者を出してしまっていた。
ロベリアは、竜也の指揮方法を真似て必死に状況把握と部隊の再編成をおこなっていた。それが終わると、魔界の入口に赴き、掘削作業の進捗状況を確認する。
もう夜が明け始めて、うっすらと東の空が明るくなり始めていた。予定では、そろそろ魔界の入口は開通する頃なのだが、昨晩の奇襲によって作業は少し遅れていた。
大方の指示が済むと、再び張り直した簡易テントへ向かう。
テントの中には、アクィラ騎士団暫定団長のエミリオと、フィジケラス魔法学校のクリスティナの他に、ローレンスとアマンチャが居た。なにやら報告があるようで、思い詰めた顔をしていた。
ちなみにセント・ギルガラン騎士学校のスティーブンとレプリーは、ロベリアの護衛としてずっと傍に控えている。
ロベリアが上座の指揮机の前に座ると、ローレンスが前に進み出て来た。片膝を付いて恭しく頭を垂れる。
「夜が明け始めたので、シェリルさんとセシルさんの使い魔と交代でハヤトを上空監視に放ったのですが、ミューレ山脈の戦闘の様子が思わしくないので報告に上がりました」
ローレンスは切羽詰まったような様子で、必死に訴えかけるように話し出す。
「ミューレ山脈の尾根に先に到着したのは、どうやらウリシュラ帝国軍のようで、地の利を取られた形で戦闘に突入した模様です。
我が軍は消耗戦を避けるために一歩引いた形で迎え撃っていたのですが、そこへ魔の者が背後より強襲を掛けてきて、現在は乱戦となっております」
ロベリアは指揮机の背後に、再び3Dマップを展開する。ミューレ山脈に標準を合わせるとピンチアウトを繰り返して拡大していく。黄色い点と赤い点、そして黒い点が混ざり合って戦っている様子が見て取れた。
ウリシュラ帝国軍は乱戦に強い。現在の様子は最悪な状況と言えた。
ふと、一体どこの騎士団が派遣されているのか気になって、戦場をもう少しだけ拡大してみる。黄色のコスタクルタの軍旗は、エメリアノフ騎士団の物だった。ローレンスの父親が率いている騎士団だ。
尾根という地の利を取られても、中間距離から安定した攻撃をおこなえる魔攻特化型の騎士団だった。
軍を派遣するのがウリシュラ帝国軍より少し遅れたので、尾根を取られると踏んでの采配だったのだろうが、魔の軍に加担されてその指図が裏目に出てしまっていた。
背後から魔の者に奇襲を受けて乱戦に持ち込まれたとなれば、中間距離から遠距離の攻撃を得意とするエメリアノフ騎士団は非常に危うい。
「コスタクルタ城のサリアに、言伝を頼めるか?」
ロベリアの言葉にアマンチャは、待っていましたとばかりにローレンスの側方に片膝を付いて頭を垂れる。
小粒の水晶球に、エメリアノフ騎士団の窮地の現状を思念で書き込み、アマンチャに手渡す。
アマンチャの肩に飛来したツバメのショウタは、水晶球を口に咥えて飲み込むと、すぐさま簡易テントを飛び立った。
「ローレンスよ。父親の心配をするのは仕方が無い事だが、此方も戦場に立っているのだ。まず目前の戦局に集中せよ」
ロベリアの言葉にローレンスは、涙を堪えた瞳で頷く。シェリルをも上回る魔力総量を持つ彼女だが、精神面が弱い事が勿体なかった。
「伝令ー!」
突如、簡易テントに伝令の騎士が駈け込んで来た。
「申し上げます! 魔界の入口が開通いたしました! 魔界側に閉じ込められていたキルスティン騎士団と連絡が取れ、スベイル王子は無事との報告がありました!」
思わずロベリアは立ち上がっていた。ロベリアだけでなく、テント内に居るすべての者が立ち上がっていた。
「魔界の内部の状況は、どのようなのだ?」
「はっ! 四方を敵に囲まれて総攻撃を食らっていた様ですが、そのことごとくを撃破。入口に作られていた砦を落として占拠しているとの事です」
ロベリアは、思わず拳を握りしめていた。魔界進攻の大きな足掛かりとなる事は間違いがなかった。
「それとスベイル王子が、此方へ向かっているとの情報があります」
言っている側から、簡易テントの入口にスベイルが現れた。
「やぁ、心配かけたみたいで申し訳ないね」
いつもの飄々とした態度でテント内を見回す。ロベリアのアダマンタイト製の鎧が、斬撃によって破損している事に気が付き眉根を寄せる。
「儀兄上、御無事で何よりです」
ロベリアを筆頭に、テント内の皆が片膝を付いて頭を垂れる。
「その様子だと、大変な苦労を掛けたみたいだね」
スベイルはテント内に入って行き、指揮机の背後に展開されている3Dマップを見やる。
そこには、コスタクルタ王国のエメリアノフ騎士団を表す黄色い点と、ウリシュラ帝国軍を表す赤い点、魔族軍を表す黒い点が入り乱れている様子が映し出されていた。
その様子を眺めて少し渋い顔をする。ロベリアが『将軍』の技能を持っている事を公表してしまった事と、敗戦の色が濃厚なエメリアノフ騎士団の様子に、事態が思ったよりも深刻だという事を理解したのだ。
「状況はどの様になっている?」
飄々とした態度が一変して、一気に険しくなったスベイルの顔付きに、ロベリアは神妙な顔付きになる。
「魔界の入口の掘削作業を開始してから数度の襲撃を受け、騎士団長のウォルター殿、タツヤを始め四三二名もの戦死者が出ております。ミューレ山脈での戦闘の様子は、御覧の通り魔族軍の参戦によって混戦模様となっております。さきほど本国のサリアの元へ言伝を送っておりますので、今頃は援軍が派遣されているものと思われます」
スベイルはウォルター騎士団長と竜也の死という訃報に思いっきり顔をしかめる。
「ウォルター殿ほどの者が、なぜ倒されたのだ?」
信じられないと言うように問い質す。
「敵の潜伏は想像以上に巧妙で、不意を突かれて不覚を取ったものと思われます。またウォルター殿を倒した魔人は、魔王クラスの実力があると想定され、最初の襲撃の折り死者五十八名の内、二十四名がこの魔人に倒されております」
その報告にスベイルは、ピクリと眉を跳ね上げる。
「やけに詳しい数字まで分かっているのだな? ウォルター殿亡き後、軍隊の指揮を取っていたのは副団長のエミリオ殿か?」
訝しげに指揮机に置かれている水晶球を見やる。昨晩の襲撃の際に壊されなかった物を、再び稼働させているのだが、このような敵索方法を用いている指揮官は今まで居なかった筈だ。
「いえ、ウォルター騎士団長戦死の訃報に不甲斐なくも私は放心してしまい、その折りに指揮を取っていたのはタツヤです。
その後も彼は斬新な発想で、3Dマップと水晶カメラを併用した敵監視や、座標を明確化して兵の位置、陣形、体力等の管理体制を整え、その他にも使い魔による伝達、敵索方法なとを立案、そして『将軍』の技能を遺憾なく発揮して采配を振るっておりました」
ロベリアは、3Dマップを全兵士の体力、精神力が一画面に収まっている画面に切り替える。ある人物の名前をタップしてから3Dマップに切り替えた。
すると先程タップした人物が、黄色く点滅して場所を知らせていた。
その様子にスベイルは眼を見張る。これは画期的な戦闘指揮支援システムだった。
「敵もタツヤを脅威と認めたのでしょう。三回目の襲撃では、彼が標的となっていまい、昨晩の攻撃で、タツヤは命を落とす事になってしまいました」
スベイルは静かに眼を閉じ、ウォルターや竜也、その他多くの戦死者達の為に冥福の祈りを捧げる。
「詳細は後ほど聞こう。魔界の砦には一万もの兵を残しておけば十分だ。魔界の入口には二万の兵を置いて行く。学生兵達は、ただちに下山。我々も本国へ帰り、早急にウリシュラ帝国への対策を立てる。ただちに準備に取り掛かってくれ」
スベイルの命令に一同は深々と頭を垂れ、すぐさま準備に取り掛かった。




