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私の勇者様 ~勇者育成計画~  作者: 荒木 リザ
第四章 魔界進攻編
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第六十九話 

「申し上げます。全滅した二つの小隊のすぐ間近に居た小隊からの聞き取り調査が終了いたしました」


 しばらくしてやって来た調査班の者は、そう言って恭しくロベリアの前に膝を付いてこうべを垂れた。


 現在ロベリアは、コルネホ山の尾根の一角に簡易テントを張って、その中に作戦司令部を置いていた。


 アルガラン共和国軍が、すぐ目の前に陣をいているのに危険と思うかもしれないが、断崖絶壁に近いコルネホ山にテントを張るほどの平地は存在しないのだ。


 それにアルガラン共和国軍は動かないと読んでいた。もし動き出した時の対応も検討済みだった。


 テントの中には、ロベリアの他にセント・ギルガラン騎士学校のスティーブンと、フィジケラス魔法学校のクリスティナ、ウォルター親衛隊騎士団長亡き後、騎士団をまとめている副団長のエミリオ・コーティス、そして作戦参謀として竜也が呼ばれていた。


「報告を聞こう」


 ロベリアが鷹揚おうように声を掛けると、調査班の男は顔を上げた。


「敵の主力部隊はゴブリン、グレムリン、オークで八割方を占めていました。その他に報告に上がったのが、ミノタウロス、サイクロプス、オーガ、ガーゴイル、そしてたった一匹だけですが人間型ヒューマノイドの魔人が居ました」


 ロベリアは眉根を寄せる。敵もある程度の集団で行動している筈である。単独行動を取るという事は、隠密系の任務を帯びているか、それとも余程腕が立つかのどちらかだ。


「その魔人が曲者でして、ウォルター騎士団長を倒した輩が、この魔人だという証言が寄せられています。また、逃走の途中で立ち塞がった兵を三人もほふり、その後もたまたま逃走径路に居合わせた二つの小隊を全滅させている事が確認されています」


 エミリオが歯軋はぎしりする音が聞こえた。団長を殺害され、怒りに震える拳を膝の上に載せてうつむいている様子は痛々しい。


 それにしても凄まじい戦闘力だ。死者五十八名のうち二十四名が、この魔人に倒された事になる。


 ウォルター騎士団長は、四十を過ぎているとはいえ筋肉の衰えは一切無く、この国最強の剣の使い手だったのだ。そのウォルターを奇襲攻撃の不意打ちとはいえ倒し、あまつさえ二つの小隊と三人を倒した腕前は驚駭きょうがいの一言に尽きる。


「その魔人は三日月刀シミターを両手に持つ独特の風貌ふうぼうで、その二刀流による特有の剣さばきに、大半の者が瞬殺されています」

「魔法は使わなかったの?」


 竜也が、調査隊の者の言葉を遮って質問する。


 エミリオがいぶかしげに竜也を睨む。作戦参謀としてロベリア王女の薦挙せんきょによってこの場にいる事を許されている人物なのだが、どうも解せなかった。


 見る者が見れば、その者がまとっているオーラで実力の程は計れる。どこからどう見ても平民としか思えない力量に、本当に大丈夫なのかと確認を取るようにロベリア王女に視線を向ける。


 調査隊の者も、ロベリア王女を差し置いての発言に戸惑いを隠せないでいる様だった。


「この者は異世界より召喚された勇者だ。この戦いにおいて、そしてコスタクルタの未来において重要なキーパーソンとなる者だ。この者には行動、発言の自由を与えている。構わず答えてやってくれ」


 その言葉に調査隊の者は、仰々しく頷き言葉を続ける。


「倒された者の致命傷となる傷は、すべて斬撃による物でした。周りからの報告でも、魔法を使っていた形跡は見受けられなかった様ですが、相手は魔人です。如何いかな魔法を隠し持っていても不思議ではありません」

「魔人は、魔法を得意とするの?」


 またまた竜也が質問をする。そのあまりにも常識的すぎる質問に調査隊の者は口を呆けたように開けたまま一瞬固まってしまった。


 エミリオも一様に軽蔑けいべつの眼差しを向ける。こんな常識的な事も知らないのでは、作戦参謀が務まる筈が無い。


「先にも申した通り、この者は異世界からの召喚者だ。此方こちらの常識が分からなくて当たり前なのだ。その代わり、この者が居た世界の知識が役に立つのだ。答えてやれ」


 ロベリアの言葉に、口を呆けたように開けていた調査隊の者は、慌てて説明に入る。


「魔人は、その個体によって魔法を得意とする者、肉弾戦を得意とする者など千差万別です。強いて言うならコスタクルタ軍のように魔法戦士系の者が多いでしょう」

「タツヤ殿は、各国の軍事的特徴を覚えているかな?」


 急にロベリアから話を振られ、竜也は慌ててロベリアに向き直る。


「ええと……。コスタクルタ軍が魔法戦士系で、ウリシュラ帝国軍が戦士系、オセリア連邦軍が魔法使い系、アルガラン共和国軍が、戦士系と魔法使い系の兵が半々だったよね?」


 ロベリアは、大きく頷いて見せる。


「魔人が魔法戦士系だとして、それが何かに関係するのか?」


 ロベリアの問い掛けに、竜也は首を左右に振る。


「今のところは状況把握の一端に過ぎないよ。魔人が、いったいどれほどの強さがあるのか? という事を詳しく聞きたいな」


 それから竜也は、この世界の魔人というものについて講義を受ける事になった。その話によれば魔人と言えど、一人の力はそれ程大した強さは無いようだった。


 間違いなく今回現れた魔人は、魔王クラスだというのだ。指先をパチッと鳴らすだけで天変地異をき起こしたり、城を焼き尽くしたりするような、とんでもない力が無くて何よりだ。


 しかし安心はしていられない。二万の軍隊の包囲を切り抜けて、逃げ切った手並みは十分すぎる脅威と言えるからだった。


 その他には、サイクロプス、オーガ、ガーゴイルについて講義を受けた。

 サイクロプスとは、通称『一つ目巨人』と呼ばれる巨人族で、身長約三メートルから四メートルもあり、その巨体から振り下ろされる棍棒は原始的な武器でありながら酷烈なダメージを与えて来る脳筋系の巨人だそうだ。


 オーガとは、通称『人食い鬼』と呼ばれていて、身長は二メートル前後と人間より少し大きい位なのだが、人間を遥かに超える筋力の持ち主で、スパイクドクラブというトゲトゲの付いた金棒を愛用しているらしい。元の世界の日本の鬼に似ているのかも知れなかった。


 ガーゴイルとは、通称『魔石像』と呼ばれていて、鋭いくちばしと爪を持ち、背中に生えたコウモリのような翼で空を飛ぶ事が出来る妖魔の類いらしかった。


 幸いにもこの三種は、力は人間よりも強いらしいが魔法も使わず、アクィラ騎士団なら十分対応できるとの事だった。



 次にやって来た調査隊の報告は、掘削作業の進捗しんちょく状況だった。

 と言っても、いったいどこまで掘り進めば地下帝国へ繋がるのかが不明な為、曖昧な説明に終始した。


 この件に関して竜也は、地下帝国側に取り残された兵達の心理状況を分析し、向こう側からも脱出の為に埋め立てられてしまった洞窟を掘り返していると考えていた。


 その点は間違いが無いと確信している。ただ、いつまで掘らなければならないのかが分からなかった。見通しが立たないのでは、兵や土木作業員をどのように休ませて良いものかが、判然としなかった。


 とりあえず、兵達に第一戦闘配備から第二戦闘配備への移行を通達し、一息つく。


 フィジケラス魔法学校の食糧調達班の者が『K芋』を連れて来たので、兵達に順番に食事休憩を取らせる。


 休憩や睡眠に関しては、ロベリアに任せる事にした。どうやらロベリアは、三日三晩不眠不休で作業に当たらせる様だった。さすがに心配になるが、エレーナの考えも、これくらいは当然だという事だった。


 三日間も徹夜という状況に愕然がくぜんとしていると、エレーナが透明なガラスの器に盛り付けた何かを持ってきた。


「キング・キャタピラーの一番おいしい部分をもらってきました。はい、あーん」


 竜也の口を、有無を言わせず開けさせると『K芋』の角切りゼリーを放り込む。


 竜也は眼を白黒させる。そんなに無理やり食べさせなくても、この一番おいしい部分は食べられるのだ。


 それに周りの眼が気になる。辺りに視線を向けると案の定、冷たい視線が注がれていた。エレーナも、それは分かっている筈なのに、何故こんな恥ずかしい真似をしているのかと彼女の心を覗いてみる。どうやらロベリアへの対抗心が、このような行動を取らせている様だった。


 竜也は内心ため息を吐く。自分の品格をおとしめてまでやる事では無い。


「ところで、この一番おいしい部分って、いったいどの部分なの?」


 エレーナのスプーンを持つ手が止まる。すかさずプロテクトを張った心の奥に一瞬見えた光景は、想像していた物よりグロテスクでは無かった。


「大丈夫。それを知っても、ちゃんと食べられるよ」


 竜也は、エレーナからスプーンをかすめ取りみずからの口に運ぶ。あっさりとした極上スイーツの味はしつこさが全く無く、甘い物が苦手だという事を忘れさせてくれる。


 エレーナが安心したように一息つく。

 竜也は悪戯心から、隙を付いてエレーナの口に角切りゼリーを放り込んだ。


 意表を突いた竜也の行為に、エレーナは驚愕きょうがくの悲鳴と共にゼリーを飲み込む。


「タツヤ……。貴方は此方こちらのド甘い方を食べたいのかしら?」


 エレーナが、自分用に用意していた大皿を竜也の前にチラつかせる。

 そのあまりの量の多さに、見ているだけで口の中が甘ったるくなってくる。


 エレーナは、その大皿の中身をスプーンですくうと、竜也の眼の前に突き出した。


「さあ、口を開けなさい」


 口元に差し出されるスプーンからのがれるように、竜也は後ずさる。その分、エレーナはスプーンをもって追い詰めていく。


「ご、ごめん……。ちょっと悪ふざけが過ぎちゃったかな? 許して……」


 その謝罪の言葉を無視して、エレーナは問答無用で竜也の口にスプーンを突っ込んだ。


 竜也は、心の中で悲鳴を上げる。『K芋』は『芋』より更に甘かった。砂糖を何十倍も甘くしたような刺激のある甘さに、気分が悪くなる。


 その様子を眺めている周りの人々の反応は、更に冷たくなっていく。

 スティーブンは、眼を真ん丸にして茫然自失ぼうぜんじしつに陥っていた。中等部の時の清楚せいそ可憐かれんなエレーナを知る彼は、悪夢でも見ているかのような気分になっていた。


「エレーナさん! 少し度が過ぎましてよ!」


 クリスティナが、見かねたように注意を促す。


 エレーナは、そこでやっと我に返った。周りを見回して、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして項垂うなだれる。


 暴走魔女クリスティナにたしなめられるとは、とんだ醜態をさらしたものだった。


 —— エレーナ……。本当にもう少しお淑やかになろうね……。


 竜也にまでたしなめられてエレーナは、穴があったら入りたい心境に陥っていた。

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