第六十八話
「それは、あまりにも横暴です。タツヤは私のものです。せいぜい参謀として貸し出すくらいが関の山ですね」
当然と言えば当然だが、エレーナがその場に割って入って来た。
—— 貸し出すって、僕はモノじゃないから……。
竜也は、エレーナの救援に感謝しつつも、この状況に狼狽えていた。今はこんな事をしている場合では無いのだ。いったん敵が下がったとはいえ、いつまた攻撃が再開されるか分からないからだ。
それに爆発によって埋め立てられた魔界の入口の掘削作業の進捗状況や、今回の戦闘での反省点を検分、解析、精査し、改善していかなければならなかった。
チクチクと言い合いをしている二人の間に割って入る。
「今は、そんな不毛な言い争いをしている場合じゃないよ。僕の話を聞いてよ!」
竜也のあまりにも真剣な眼差しに、二人は言い争いを止める。
「まずは、現状の把握が急務だよ。斥候の騎士がもう帰って来てるから報告を聞こうよ。それから今後の為に、僕が思った事を実行してもらいたいんだ」
やる気になっているというより、切羽詰まっているといった感じの竜也に、エレーナとロベリアは顔を見合わせる。とりあえず斥候の騎士を通す。
斥候の騎士からの報告は、潜伏によって隠れている敵への対応と、被害報告だった。
『見破り』、『無効化』といった特殊能力を持つ使い魔による歩哨と、結界の類に入る防御能力を持つ使い魔によって兵を囲って防衛に当たっている様だった。
被害の方は、死者五十八名、重傷者二六三名、軽傷者二三七六名との事だった。
軽傷者のほとんどが既に手当てを受けていて、じきに動く事が可能との事。酷い者でも翌朝には回復しているとの見込みらしい。
重傷者とは、【全快】の魔法を受けた者で、丸一日は動くことが困難だという事だった。
死者五十八名の内、二十三名は掘削作業員と、その場に居合わせた兵士達で、奇襲によって浮き足立っていた序盤に散った犠牲者だった。その中の一人が、ウォルター・ドレークマン騎士団長だった。
あとの三十五名の内、十五名は各小隊で不運に見舞われた者達だった。そして残りの二十名は同じ小隊の者だった。
「ロベリアさんは、小隊を現す黄色い点が二つ消滅した事に気付いていた?」
竜也の沈痛な視線を受けて、ロベリアは喉元に言葉を詰まらせる。竜也は兵が死んだ事を非常に悲しんでいる。優しすぎる。兵を駒として扱わなければならない将校としては致命的ではないかと少々心配になる。
「いや……」
ロベリアは短く答える。
「僕は消滅する様を見ていたんだよ。データを取ってもらうよう頼んだ敵がいたでしょう? あの敵が一小隊十名を倒したんだ。そしてすぐ隣にいた小隊をも全滅させているんだ。
一つ目の黄色い点が消えてから、二つ目の黄色い点が消えるまで一分も経って無いんだよ。この正体不明の敵に倒された兵の数が、死者の三分の一を超えるって異常だと思わない?」
ロベリアは、しばし思案に耽る。確かに他の小隊が戦った敵は雑魚だろう。数だけは把握しきれないほど居たのだが、黄色い点と接触した黒い点は、ことごとくが消滅していたのだ。それを考えると、この二つの小隊の全滅は有り得ない事態だった。
それにしても竜也の動向を探る能力は凄まじい物だった。あの乱戦の中、小隊を表す黄色い点は、ほとんど重なり合うように二千もあったのだ。その中のたった二つの点の消滅を見ていたとは、とんでもない洞察力だった。
「この全滅した二つの小隊の隣に居合わせた小隊に聞き込み調査をおこなって、どんな敵だったのか徹底的に調べてみてよ。どんな些細な事でも良いよ。
それと倒された兵のあり様を見れば、どのように倒されたのかが分かるよね? 対策の手助けになると思うから、それもお願いね」
斥候の兵が下がっていく。
倒された味方の傷跡を検分して、敵の正体を暴くとは斬新なアイデアだった。戦争とは無縁の世界に生きていた筈なのに、次々に奇抜とも取れる指示を与えていく竜也を見やり、ロベリアは不思議に思わずには居られなかった。
竜也が提案した奇妙な案は、まだまだあった。味方部隊全員にナンバーを振り分けたのだ。これによって速やかに指示が伝達できる様になるというのだ。
伝令の方法も、簡単な物なら使い魔に任せるようになった。使い魔の速度は、人間の数倍速い。しかも片道は帰還指示により、どんなに離れていても一瞬で帰還できるのだ。
その他は、地図に座標を書き込んで、兵達に現在位置と基準座標の把握の徹底を促せた。これにより、簡単な指示で機敏に兵の移動が可能になるというのだ。
機動性は使い魔の伝令と、座標の把握により数段向上しそうだった。
敵の監視、状況把握には、水晶球の監視カメラを無数にばらまくという案が出された。学院などにある防犯水晶カメラを彼方此方に設置して、一括して手元の水晶球に映し出すというのだ。
術式を組み上げる技術は、学院生達では困難を要する為、宮廷魔術師並みの魔道士を呼び出して、すぐさま作成に取り掛からせた。
「後はパーティーの体力、精神力等を一括管理して見られる画面ってあったよね? あれを3Dマップに同時に映し出す事って出来ないかな?」
「それはシステム的に不可能だ。フリックひとつで兵のステータス画面に切り替える事は可能だが、二万もの兵のステータスを一画面に収めても文字が小さすぎて読めぬだろう」
竜也は、弱ったと言うように顔をしかめる。どの隊がピンチに陥っているのかを瞬時に把握できれば、応援を回すなどの対応が素早く出来ると思ったのだ。
「とりあえず、その画面を見せてよ」
竜也の要請に、ロベリアは右手人差し指を振りメニュー画面を出す。幾度となく操作を繰り返し、全兵士の体力、精神力を一画面に映し出す。しかし、さすがに小さすぎて見えない。
画面の右上と左下の端を両手の人差し指で引き延ばすように広げていく。両手をめいいっぱい広げた最大まで拡大してみるが、やはり二万もの兵士の情報は見づらかった。
「体力の少ない順に並び替えられる?」
ロベリアが画面を操作すると、一瞬で入れ替わった。
「こう言う事は出来るぞ」
ロベリアが、ある人物の名をタップしてから3Dマップ画面に戻す。そうすると先程タップした人物が居る場所が、黄色く点滅をしていた。
これで誰がピンチに陥っているのか、何処に居るのかがすぐに把握できそうだった。
竜也は、ひとまず安堵の溜め息を吐く。これで問題は粗方解決できた。しかし、とんでもない大問題を発見してしまった。
「さっき体力の少ない順に並べ替えた時のワーストワンの体力は、7637だったよね? それって僕じゃないの?」
ロベリアも、体力の少ない順に並び替えた時に、それには気付いていた。誤魔化す為に慌てて3Dマップに切り替えたのだが、気付かれていた様だった。
「タツヤ殿。今ここに居る兵は、この国最強のアクィラ騎士団だ。この中で一番体力が低いからといって悲観しても仕方ないぞ。それに、いくら体力があろうが勇者にはなれぬ。己を貫き通す強い信念があって、初めて勇者への道は開かれるのだ」
竜也は、しばし思案に耽る。エレーナにも同じような事を言われた記憶がある。確かに悲観していても仕方がない。
「分かってるよ。もうそんな事で勇者になるのは無理とか言わないよ……。それにしてもトップの体力が14021ってあったけど、それってロベリアんさだよね?」
ロベリアは言葉に詰まる。そこまで見ていたとは、かなり目敏い。
「二番の人が12998だったから、ブッチギリじゃない。おまけに妖精竜まで使い魔にして、ロベリアさんこそ真の勇者じゃないの?」
「勇者は一人しかなれぬという法律や、しきたりは無いので、もちろん私も勇者になる為の努力は怠っておらぬ。そなた一人に全てを背負わす事は致さん」
竜也は、大きく息を吐いた。張り詰めていた重圧から抜け出せたように気が楽になる。
「ありがとう。気負いが良い感じに抜けて、心が軽くなったよ」
竜也は、プレッシャーから解放され、晴れやかに笑ってみせる。
普段無表情なロベリアも、口元をほころばす。
二人は、しばし見つめ合う。
「私も、勇者になる為の修練を始めようかしら」
その和やかな雰囲気を切り裂くように、エレーナは二人の間に割って入った。今度はロベリアと張り合おうとしている様だった。
竜也は、そんなエレーナを胡乱な視線で見返す。短気で、独占欲が強くて、嫉妬深くて、見栄っ張りで、そのうえ負けず嫌いと来た。
—— エレーナ……。お願いだからもう少し優美に振る舞ってよ……。
竜也は、そんなエレーナに懇願するような視線を向ける。見た目がいくら清楚で可憐でも、心が綺麗でなければヒロインにはなれない。
—— 見た目も残念な胸の為、微妙なんだから……。
ついつい隠していた本音が、ポロリと出てしまった。
その思考を読んだエレーナは、竜也の頬をつねり上げる。
ロベリアは、そんな二人を見やり大きく溜め息を吐いていた。




