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私の勇者様 ~勇者育成計画~  作者: 荒木 リザ
第三章 ロベリア受難編
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第五十八話 

 その後の戦闘は、全員が治癒魔法を受けて回復するまでプリューマが広間の外周を『恐竜』を引き連れて時間を稼ぎ、今度はヒットアンドアウェイに徹して、なんとか辛勝といった感じで討伐に成功した。


 皆は戦闘の余韻に浸りながら、奪還したジャイアント・キャタピラーの卵をドーム広場に布置しなおして地下迷宮ダンジョンを後にした。


 竜也は、まったくの出番なしだった戦闘に不満少々、安堵あんど少々と言った複雑な面持ちで食堂の席に着いていた。


 皆が火炎の息(ファイヤーブレス)に倒された時、『恐竜』の前に格好良く躍り出たは良いが、思った以上に足がすくんでしまっていた事を思い返していた。


 あの時、プリューマさんが援護に来てくれなかったら、いったいどうなっていたのかを想像して身震いする。イップスのような症状から脱却する為には、まだ少し時間が掛かる様だった。



 厨房のカウンターへ昼食を取りに行っていたエレーナが帰って来る。手にしている山のように盛られたパスタの大皿を竜也の前に置く。自分用にも同等の量を盛った大皿を用意していた。


「こんなに食べられないよ」


 竜也は、自分の目前に置かれたパスタの山を呆れ顔で見やる。一見すると普通のカルボナーラのように見えるが、オーソドックスなロングパスタに交じって、様々な形のショートパスタが混じっている。


 詰め物がされているトルテッリや、マカロニやペンネと言った有名物から、名前は知らないが見た事はあるという形の物、現実世界でも見た事の無い物まで様々なものが混じっていた。正直食べづらいように思える。


「残したら私が食べて上げるわ」


 エレーナは、この大食いの此方こちらの世界の人々の中でも、更に大食いだった。通常の人の一.五倍は食べている。という事は、目前に置かれた大皿の半分が自分の担当という事になる。それだけでも絶対に無理だと思われた。


 これだけ食べて、なぜ太らないのかとエレーナの胸を注視する。おっぱい鑑定三級の魔眼をもってしても、一向に大きくなっている気配は見られない。もうこれ以上の成長は絶望的なのかもしれなかった。


 —— ナターシャさんの例もありますし、まだまだ希望はあります。


 エレーナは、パスタを食べながらムッとした顔で竜也を睨む。


 —— ナターシャさんって、最近彼氏が出来たみたいだよ。


 竜也の思念に、エレーナのフォークを持っていた手が止まる。初耳だった。

 エレーナは、なぜ自分の知らない情報をタツヤが持っているのか、その情報源は何処なのかと、問い詰める視線で竜也を凝視する。


 —— レプリーさんに聞いたんだ。


 いつレプリーと話す機会があったのかといぶかしむ。そして衝撃的にひらめいた。レプリーとジュリアは親友同士だ。よく一緒にいる。そしてジュリアとナターシャは、親友同士とまでは行かなくても仲が良い。こういう経路で情報が回って来たのだと推測する。


 もしかして、ジュリアとまだ会っているのかといぶかしむ。嫉妬に満ちた視線を竜也に向けるが、竜也はその視線を飄々(ひょうひょう)かわしてみせた。


 —— おっぱいは、揉まれると大きくなるっていう迷信が、僕の居た世界には有るんだけど、試してみる?


 そして、事も無げに自分のペースに巻き込んでいく。


 エレーナは、竜也の提案に顔を赤らめる。その言い伝えは、エレーナ自身も聞いた事があった。女性ホルモンの分泌を促進させるように揉まれると、胸が成長するらしいのだ。


 しかし竜也には、バイタルデータ収集装置という腕時計形式の呪いのアイテムが装着されているのだ。いったい何処までのデータをサンプリングされているのかは不明だが、あまり人には知られたくないデータが残る事は必須である。


 心情的には是非にでもお願いしたかったが、その点が躊躇ためらわれた。


 二人が思念で会話している様子を、こっそりと見つめていた者達は、エレーナが顔を赤らめている様子に胡乱うろんな視線を向ける。


 よもやエレーナほどの清楚な人格者が、思念でエッチな話をしているとは今まで思ってもいなかったのだが、この頃は少々怪し気に思うようになっていた。それが確証に変わったのは、先程のバトルスフィアがピンク色のムードに染まった件でだった。


 エレーナの扇情的な表情を、ある者は面白気に、ある者は呆れ顔で、ある者はやっかみの眼差しで見つめていた。



 突然、食堂の出入口の扉が荒々しく開かれ、ナターシャが騒々しく入って来た。


「大変よ! 今、地下迷宮ダンジョンから二年生と三年生のお姉様方が帰って来られたのだけど、二年生で一名、三年生で四名もの死者が出たそうよ!」


 ナターシャの情報に、食堂内にいる全員が愕然がくぜんとなる。騒めきは、さざ波のように広がっていく。過去に例を見ない異常事態に、皆は浮き足立っていた。


「詳しい内容は分かりまして?」


 ジェレミーの要請にナターシャは、使い魔であるウサギを呼び出した。名前はアキラ。跳躍と聞き耳が特殊能力だった。


「アキラ、お願い!」


 ナターシャの指示にアキラは、耳をピンと立てて周りの音を採取、選別していく。雑音と思われる音をカットして、目的の音声を聞き付ける。


 ナターシャ自身も、左耳に左の手の平を当て、眼をつむってアキラの聞いている音声を聞いていた。


「どうやら、今から査問会が開かれるようよ。二年生首席のリリメイア様は、聖堂の奥にある控室に、三年生首席のメリンダ様は、生徒指導室に呼ばれているわ」


 ナターシャは、他に有力な情報は無いかと、二年生と三年生の集団が控えている聖堂の音声の拾得に努める。


 しばらく生徒指導室と聖堂の音声を聞いていたナターシャは、うつむいていた顔を上げて眼を開けた。


「二年生のレイドパーティーは地下六階でルベル・スコルピウスに襲われたようよ。やはり退路を断たれてパニックになっている所を、鋏角きょうかくと毒針の連続攻撃に一人が瞬殺されたみたい」


 —— ルベル・スコルピウス。通称『赤いさそり』です。ジャイアント・スコーピオン、通称『サソリ』のノトーリアス・モンスターで、大きさ、パワー、スピード、すべてが通常種の三倍の威力を持っています。


 —— それは赤いから?


 エレーナの思念での説明に、竜也は突っ込まずにはいられなかった。

 しかしエレーナは、大真面目に頷く。


 —— 良く分かりましたね。この世界において竜と虎が特別な存在であるのと同様に、赤い変種は通常種の三倍の威力を持っていると思ってもらって構いません。


 竜也は複雑な面持ちで考え込んでしまった。某アニメを見ていない竜也でも、何となく知っている赤イコール三倍という法則が、この世界に根付いている事だ。微妙にゲームの世界っぽくて釈然としない気持ちになる。この世界はゲームの世界では無いと割り切った筈なのに、またしても心が揺らぐ。


「三年生のレイドパーティーは……」


 竜也が物思いにふけっている間に、再び情報収集を終えたナターシャが、言葉を発した。


「地下七階の通路でフェーリス・ティグリーナ三匹を含むダビーキャットの集団に遭遇。その圧倒的俊敏性を捉えきれずに消耗戦となり四名が死亡、十二名が【全快リカヴァリ】の魔法を受ける程の怪我を負い、現在も起き上がれない状態となっているみたいよ」


 —— フェーリス・ティグリーナ。通称『虎猫王』よ。ダビーキャット、通称『虎猫』の『NM(エヌエム)』なのだけど、虎の名を冠するという事は、どういう類いのものかもう分かりますよね?


 エレーナの説明に、竜也は神妙な顔で頷いた。食堂内は、再び騒然となっていた。


「何を騒いでいるのです?」


 食堂の出入口から、スベントレナ学院長が姿を現していた。

 スベントレナは皆を見回し、その様子から地下迷宮での二、三年生の一件がもう知れ渡っている事を悟る。


「現在、査問会が開かれて状況把握に尽力しています。詳しい発表は後程いたしますので、噂話に躍らされないようにお願い致します」

「あの……」


 はしたなくも、レトロなダイニングチェアを蹴倒す勢いで立ち上がったのは、パメラだった。


「二年生で一名、三年生で四名もの死者が出たと聞いたのですが、名前を教えて頂けないでしょうか?」


 パメラは両手を胸の前で揉み絞り、心配気に問い掛ける。パメラは、ドリーヌに次ぎ兄弟が多く、二年生と三年生に一人ずつ姉がいるのだ。


 それを聞いた皆は、もう一人兄弟がこの学院にいるアマンチャを見やる。アマンチャにも二つ年上の姉がいるのだった。


 アマンチャは顔面蒼白で、今にも倒れてしまいそうな硬い表情で、学院長を注視していた。


 スベントレナも、パメラとアマンチャを見やり、躊躇ためらいがちに言葉を発する。


「二年生で亡くなったのは、バネッサさんです」


 パメラは、安堵あんどに胸を撫で下ろす。


「三年生で亡くなったのは、ロレインさん、ビビアンさん、ネジェドリーさん……そしてシャルロットさんです」


 アマンチャが、大きく息を吸い込むかすれた音が食堂内に響いた。信じられないと言うように頭を左右に振りながら、その場にくずおれる。そのまま茫然自失ぼうぜんじしつに陥ってしまった。


 パメラは、自分の姉が無事だった事には安堵あんどしたものの、級友の姉の死にたまれない気持ちになる。

 その場にいた全員が、悲痛な表情で押し黙ってしまった。


 竜也も痛まし気に、その様子を見つめていた。昨日に続き、今日も死者が出たのだ。過去に例を見ない異常事態だと言ってはいるが、自分がこの世界に迷い込んで一月も経たない間に、こうも身近に死人が出ると、暗然たる思いに押し潰されそうになる。


 —— 早く強くなって、皆の助けになれるように頑張らなくては……。


 拳を強く握りしめ、そう強く心に刻み付ける。


 重苦しい心境で沈み込んだ皆の耳に、アマンチャのすすり泣く声だけが陰鬱いんうつに響いていた。


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