第五十七話
ヘメロは、並走するレプリーから作戦内容を聞きながら、広場の外周を走っていた。すぐ真後ろにはディノザウルスが大口を開けて迫って来ている。前方には十三名の選抜された生徒が魔法攻撃の準備をして待ち構えていた。
選抜から漏れた竜也、アリシア、ドリーヌ、プリシラは、広場中央で待機となった。エレーナとアナベルも、副作用が収まるまで待機命令が出ている。
ロベリアは、ジェレミーの代わりに指揮官として、十三名の生徒達のすぐ傍で采配を振るっていた。
「射撃用意!」
ロベリアの指示に、十三名の生徒が一斉に魔法を詠唱する。皆の手には武器等を持っていないのだが、弓を構えて矢を番えるような仕草を、完璧なシンクロで成し遂げる。
魔法の詠唱が終わると、皆の手には光で出来た弓と矢が、うっすらと視認できる様になっていた。
ヘメロとレプリーが、射線上から左右に退く。
「撃て!」
ロベリアが、ゆっくりと頭上に振り上げていた腕を素早く振り下ろすと同時に、攻撃命令を言い放つ。
その瞬間、一斉に番えられていた矢が放たれた。紫色の光の矢は直線上に居る『恐竜』に全弾命中する。
『恐竜』の身体は一瞬、紫色の光に包まれる。バチバチと紫電が身体中を走り回り、『恐竜』は立ち止まって悲痛な咆哮を上げた。しかしその咆哮は、再び回復したバトルスフィアを消滅させる効果を持ってはいなかった。
—— 行ける! という思いが皆の胸に宿る。しかし深追いはせず、素早く『恐竜』に背を向けて蜘蛛の子を散らしたように退却にかかる。
『恐竜』が再び皆を追い掛け回す。
「タゲ確定! 現在のタゲはサフラムさんが持っています。他の皆さんは、私の元に集まって下さい」
ロベリアの指示にサフラム以外の者は、ロベリアの元に集合する。サフラムは、大口を開けて噛み付こうとやっきになっている『恐竜』を従えながら広場の外周を大きくまわって皆の元に戻ってくる。
「射撃用意!」
ロベリアの指示に、再び皆は魔法を詠唱する。今回は、ヘメロとレプリー、そして治癒魔法の副作用から回復したエレーナとアナベルも加わっていた。
「撃て!」
サフラムが射線上から退避した瞬間に、ロベリアが号令を掛ける。振り下ろされる腕と同時に【雷の矢】が『恐竜』を強襲する。悲痛な咆哮を上げながら一瞬動きを止めるものの、再び皆を追い掛けだす。
「タゲ確定! 現在のタゲはナターシャさんが持っています。他の皆さんは、私の元に集まって下さい」
ロベリアの指示に、ナターシャ以外の者はロベリアの元に集合する。
「タゲの移行に、法則性があるわね」
ジェレミーの呟きに、エレーナは頷いて見せる。
「最初にタツヤがタゲられた時から、おかしいと思っていたのよ。タツヤのヘッポコ攻撃でタゲが移行する筈が無いから……」
竜也が聞いていたら憤慨しそうな内容をサラリと言う。
本来なら敵対心を一番稼いでいるセシルか、雷撃系ならセシルと同格の攻撃力を誇るミルドレッドにタゲが移る筈なのに、学年序列の下位の者ばかり狙われているのだ。
「次に狙われるのは、プリューマさんの可能性が高いですわね」
ジェレミーはタゲの移行法則が、本当は実力のあるロベリアを除いた学年序列の下位順だと踏んで予測を立てる。
学年最下位のアリシアがタゲられていないのは、B班の攻撃時にアリシアより更に弱い竜也が居たからだと推測していた。
次点のプリシラだけが抜けているのが謎だが、A班のロベリアの敵対心コントロールのなせる業としか言いようが無かった。愕然とさせられる事も多いが、それでも王家の血を引くサラブレッドなのだ。
「プリューマさんが、次に狙われると分かっているのなら、それを逆手に取って何か出来ないかしら?」
エレーナは『恐竜』の攻略法の効率に思考を巡らせる。
「次のタゲは、プリューマさんへ移行する事が予測されます。プリューマさん以外の方は、続けてもう一発【雷の矢】を撃って下さい」
「それは駄目だよ!」
ジェレミーの指示を聞いて、竜也は慌てて止めに入る。
「射撃用意!」
しかし『恐竜』は、もうすぐ其処まで迫って来ていた。ロベリアが号令を掛けてしまう。皆は戸惑いながらも魔法の詠唱を開始する。一発目は問題なく撃てる筈だ。問題は二発目なのだが、指揮を取っているのはジェレミーなのだ。他の者が何を言おうが、ジェレミーの命令が無い限り、勝手な行動は取れない。
「撃て!」
ナターシャが射線上から退避すると同時に、ロベリアが号令を掛ける。振り下ろされた腕を、素早くまた頭上に持っていく。
【雷の矢】を受けた『恐竜』は、怒りの咆哮を上げる。
ロベリアは頭上に腕を掲げたまま、ジェレミーに視線を向けた。彼女が総指揮権を持っているのだ。どうするのかと、その眼が問い掛けていた。
ジェレミーは、竜也がどのような意図で、あのような発言をしたのかと、問い掛けるような眼差しを彼に向ける。
「あ、いや……、根拠は無いんだよ。ただ漠然と、なにか不味かったような……」
竜也自身も明確な理由は分かっていなかった。友人の義明の家に遊びに行った時に、漫画を読みながら漠然とニルヴァーナ・オンラインを始める前までやり込んでいたVRMMOゲームの攻略を見ていただけなのだ。
印象では必死に距離を取って全員で一斉に魔法を撃って、また必死に逃げ回るという事を繰り返していたように思う。逃げきれなくて捕まったら手痛いダメージを食らっていた事くらいしか覚えていない。
この攻略方法は、そこからヒントを得たのだ。だから竜也自身も、明確な根拠を持っている訳では無かった。
「射撃用意!」
竜也の態度が、要領を得ない曖昧なものの為、どうしたものかと思い悩んでいる内にロベリアが第二撃目を指示する。
プリューマ以外の皆は、再度魔法を詠唱しだす。
『恐竜』はジェレミーの予測通り、プリューマを追い掛け始めた。ジェレミーは、その事には安堵する。しかし竜也が、なぜ連続攻撃に異を唱えたのかを考えている暇は無さそうだった。
「次に狙われるのは、アマンチャさんだと予測されます」
「撃て!」
ジェレミーの指示と、ロベリアの攻撃命令が重なった。
全員が魔法を放ち、アマンチャは逃走しようと背を向け、他の皆は再度魔法を詠唱しようとした時だった。『恐竜』は、激怒の咆哮を上げながら、首を大きく後方に反らせる。
—— まずい!
全員がそう思った時には、既に遅かった。『恐竜』は、火炎の息を皆に浴びせるように吐き出した。【耐火】の魔法で耐性を付けてはいたが、距離が近過ぎた。集団で固まっていた為に、ほぼ全員が火炎の息の餌食となってしまったのだ。
悲鳴を上げてバタバタと倒れる仲間を、戦慄の思いで見つめていた竜也は、ふと自分にしがみ付いて震えている娘の存在に気付いた。同じ待機組のアリシアだった。一年生の中で一番か弱そうな印象を持つ娘だ。
今の自分を、アリシアに重ねてみる。自分も何もできずに、ただ震えているだけの弱者に過ぎない。勇者になる為には、ここからまず一歩を踏み出さなくてはならない筈だ。
身体は勝手に動いていた。竜也は『恐竜』の真正面に躍り出ていた。
「僕が相手だ! かかってこい!」
大声で『恐竜』の注意を引きつつ、側面へ回り込む。眼下に倒れている皆から注意を逸らせる為だ。
効果はあったようで『恐竜』は、竜也を注意深く睨め付けながら、視線で追い掛けて来た。
我に返った待機組のメンバーも、それそれの役割を果たす為に動き出す。ドリーヌを筆頭にプリシラ、アリシアが倒れている仲間の元へ駆け付ける。
先ほどタゲを受け持っていて、火炎の息の被害を免れたプリューマが竜也の傍へ駆け付けて来た。
プリューマは、背負っている長杖を構えると、何やら魔法を唱え出した。
「【降雷】!」
プリューマが吠える。ミルドレッド以外の者は使えない雷撃系最上級魔法だった。天空より雷を降らせて敵を撃つ特性上、地下迷宮の中では使えない筈の魔法だった。
ある程度の知能を持っている『恐竜』は、訝しげな表情で頭上を見上げる。
その隙にプリューマは『恐竜』に接近すると、渾身の力を込めて長杖で『恐竜』の足を打ち付けた。
長杖は鋼鉄製の芯が仕込まれていて、魔法の媒体としての効力よりも、打撃等の攻撃に特化している特注品だった。
ロベリアをも上回る、世紀末風上腕筋の圧倒的な筋力パワーは凄まじく、五~六トンはあろうと思われる『恐竜』の足がぐら付いた。
魔法の攻撃より、よほど破壊力が有りそうだった。
騙された事を悟った『恐竜』は、怒りの咆哮を上げてプリューマを追い掛け始める。
「あ、あの……」
竜也は唖然と、その様子を眺めていた。
「僕の勇士は、お預けですか……?」
そして、誰にともなく呟くのであった。




