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私の勇者様 ~勇者育成計画~  作者: 荒木 リザ
第三章 ロベリア受難編
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第五十三話 

 地下迷宮ダンジョンでの戦闘訓練及び、ジャイアント・キャタピラーの卵の探索は三時限目の途中で打ち切られていた。一年生の全生徒は聖堂に集まっている。レイラの死因について査問会が開かれているのだ。


 重い空気が立ち込める中、微かに嗚咽が漏れてくる。

 竜也は壇上だんじょうに安置されているひつぎを、虚ろな表情で見上げていた。レイラが眠っている柩だ。その柩を眺めながら、自分の弱さを罪のような意識で捉えていた。


 そもそも自分が頭上より奇襲を掛けて来た『小悪魔』に、ちゃんと対応できていれば今回の件は、違った結果をもたらせていたであろう。自分の過ちが、一人の命を奪ってしまったのだ。


 その事に付いてどう償えば良いのか、竜也には全く見当もつかなかった。ただ自分のせいで、結果として人が一人死んでしまったという事実に茫然ぼうぜんとするばかりだった。


 ロベリアも仲間の死という現実に愕然がくぜんとさせられていた。あのパーティーの中では自分だけが指揮官としての訓練を受けていたのだ。


 パーティーリーダーはプリシラだったが、プリシラは所詮平民だ。レイラもアリシアも平民だし、竜也に関しては戦闘も素人の初心者だ。この中で的確な判断を下せるのは自分だけだったのだ。


 その自分の判断が間違っていなかったか思い返して見る。敵の待ち伏せが予想されたのに潜伏ハイディングを見破れなかったのは、大きな失態だ。『小悪魔』如きの潜伏を見破れない筈が無い。もしかしたら上級魔族が勇者育成計画を察知して、来たる日に先駆けて此方こちらの計画を潰そうと暗躍している可能性も考えられた。


 それと竜也にばかり気を取られていた事にも原因はある。パーティー全体への注意が散漫になっていた事は否めない。無情な事を言うようだが、竜也の命が危ないとなれば、アリシアを見捨ててでも竜也を助けに行くつもりでいたのだ。


 指揮官として、無情に配下の者を死地へおもむかせる事や、大儀の為に小事を犠牲にする事には覚悟が出来ている。と、思っていた。


 しかし、自分の決断の結果で人が死ぬのと、自分の判断ミスで人が死ぬのとでは訳が違う。言い逃れをするには、あまりにも事が大きすぎた。ロベリアには、まだまだ経験が不足している事柄であった。


 聖堂の奥に面している扉が開き、エレーナが入室して来た。今まで奥の控室での査問会に呼ばれていたのだ。まずはプリシラから始まりアリシア、ロベリア、竜也と、レイラと同じパーティーの者が呼ばれ、その後そこへ駆け付けたジェレミー、シェリル、ローレンス、ミルドレッド、エレーナが順番に呼ばれていたのだ。


「査問会はこれで終わりだそうです。今日は全員寮に帰って良いとの事です」


 エレーナの言伝ことづてに、皆は静かに立ち上がる。のろのろと壇上だんじょうに安置されているレイラのひつぎに手を合わせ、弔いの言葉を掛ける。すすり泣く声が少し大きくなる。それでも大半の生徒がまなじりに涙をためながらも、口元を引き結び悲しみに堪えていた。


 やがてレイラに最後のお別れを済ませると聖堂を後にしていく。


「死んでしまった者を生き返らせるような魔法は、本当に無いの?」


 レイラのひつぎを前に、竜也は横で手を合わせているエレーナにそっと尋ねる。


「前にもロベリアさんから聞いたと思うけど、生命に係わる秘術というものは、人が軽々しく手を出すべき領域では無いのよ」


 エレーナは、項垂うなだれている竜也を促して聖堂を退室する。


 ロベリアはその様子を見送り、最後にレイラのひつぎに手を合わせて弔いの言葉を心の中で告げると自分も聖堂を後にした。


 外の様子は、もう夕闇が迫っていて薄暗くなっている。査問会は数時間行われていたのだ。

 使い魔のソウイチロウを呼び出し、竜也の監視を命ずる。レイラの使い魔であるコタロウの特殊能力が形見になってしまった。


 ソウイチロウが竜也を尾行して校舎へ向かうと、ロベリアは懐から奇妙な形をした宝石を取り出した。転移魔宝石だ。その宝石を頭上に掲げ、コスタクルタ城の私室を思い浮かべながら強く握り締めて砕く。砕けた魔宝石から光のシャワーが降り注ぎ、ロベリアの身体を覆い尽くしていく。


 一瞬の酩酊感めいていかんの後、ロベリアはコスタクルタ城にある私室に転移していた。まず眼に付いた事柄は、絨毯じゅうたんが変わっている事だった。剣の稽古けいこによってげたあともなければ、紅茶のシミも無かった。


 もともと無頓着な性格なので、剥げていようがシミがあろうが気にはならないのだが、一つ気になる事柄があった。人に見られて恥ずかしい物をヘッドボードの下に隠していたのだが、もしかして見つかってしまったのではないかと懸念したのだ。絨毯を敷き替える時に、家具やベッドを移動した筈だからだ。


 ロベリアは内心冷や汗をかきながら、ヘッドボードを渾身の力を込めて持ち上げて横へずらす。STR(ストレングス)1300を超えるロベリアだからこそ一人で移動できるのであって、侍女達では非常に困難を要する。毎日掃除をおこなっている彼女達でも、この下のモノは流石に見つけられまいと思っていたのだが、考えが甘かったのかもしれない。


 ヘッドボードの下より出て来たモノを、そっと手に取る。定位置にあった事はあったのだが、侍女達が見て見ぬふりを決め込んでいるのかもしれなかった。こればっかりは探りようが無い。薮蛇やぶへびになる可能性があるからだ。


 ヘッドボードを元に戻してから、机上に置いてある鈴を鳴らす。すぐさま侍女達が部屋へ入って来た。


 六人の侍女達の顔をおもむろに眺め回す。いつもの様子と変わりはない。ふと、一人の侍女が明後日の方向に眼を泳がせている事に気付く。竜也に名を聞かれて図々しくも名を名乗っていた不届き者だ。確かキャナルと言った筈だ。問い詰めてやりたいのは山々だが、この場はじっと我慢する。


「儀兄上とサーヤに内謁したい。二人の現状は?」


 一人の侍女が、一歩前に進み出る。


「スベイル様は、今朝方に国際連合会よりお帰りになられました。現在は、ここ数日の業務停滞の後処理の為、執務室にこもって書類の整理をなさっておられます」


 すかさずその横に居た、もう一人の侍女が一歩前に進み出る。


「サーヤ様は魔道の研究とやらで、地下の研究室に籠っておられます」


 それを聞いてロベリアは、ヤレヤレというように軽く肩をすくめてみせた。そして素早く寮の門限までの時間を計算し、少しゆとりがある事を確認する。


「一時間後に、例の場所に連れて来られるか?」

「お任せ下さい」


 侍女は恭しく頭を下げて部屋を出て行く。その横に居たスベイルの担当らしい侍女も一緒に出て行った。


「夕食は、ロンブスのムニエルが食べたいな。三十分で用意できるか?」


 素早く二人の侍女が視線を交わす。非常に困難な要求だったからだ。


「なんとか致します」


 二人の侍女が、恭しく頭を下げて部屋を出て行く。

 ロベリアは無言で両手を左右に広げた。それが合図であるかのように残った二人の侍女が服を脱がしにかかる。現在のロベリアの服装は学院の制服である純白の長衣ローブ姿だ。瞬く間にロベリアは一糸まとわぬ素っ裸になった。


「湯浴みをなさいますか?」


 ロベリアは無言で頷く。ガウンを掛けようとする侍女の手を押しとどめる。


「隣接しているプライベート浴場で構わん」


 そのまま素っ裸で浴室へ向かう。


「そうそう……」


 ロベリアは不意に振り返り、浴室へ付き従って来ようとしている侍女へ視線を向けた。


「食事の注文に一つ追加で、二二五七年物のハーフボトルのワインを頼む」


 一人の侍女が、恭しく頭を下げて部屋を出て行こうとする。


「まて」


 ロベリアは、その侍女を呼び止める。


「エリス、お前が行ってくれ」


 エリスと呼ばれた侍女は、怪訝けげんそうに眉根を寄せた。普段は無頓着な姫様が、やたらと注文を出している事をいぶかしみながら、今しがたワインの注文を伝えに行こうとしていた侍女を見やる。新米侍女のキャナルだ。彼女に、この後の姫様のお世話を任せるのは少々心許ない。前回の殿方を招待しての一件も、筆頭侍女のエグマ様に大目玉を食らったばかりなのだ。


「キャナルはまだ新米で、一人で姫様の対応を任せるには少々不安が残ります。出来れば……」

「よい!」


 ロベリアは、エリスの言葉を遮る。


「私は多少の粗相など気にしない。お前が行ってくれ」


 姫様にそこまで言われれば、なにも言えない。キャナル一人を残して行くのは心許ないが、命令どうりにするしか無かった。


 エリスはキャナルを不安気に見やってから、恭しく頭を下げると部屋を出て行った。


 ロベリアは、内心ほくそ笑む。

 普段無表情なロベリアが、心の内で悪魔の笑みを浮かべている事を察知したキャナルは、背中に言い知れぬ悪寒を感じ取っていた。


「今からお前は、私の人形になりなさい」


 ロベリアからの突拍子もない要求に、キャナルは眼を白黒させる。


「返事は?」


 キャナルは返事をしなかった。返事をすれば『人形が何を喋っている』と言い掛かりを付けて来るかも知れないからだ。

 しかし無視はできない。返事をしない訳にはいかないのだ。


「分カリマシタ」


 キャナルは少し考えた後、裏声で返事をした。たまらずロベリアが噴き出す。普段無表情なロベリアが笑うのを、キャナルは初めて見た。


 ロベリアは浴場へ向かう。一つの扉の向こうは脱衣所になっている。その向う側の扉の奥が浴室になっているのだ。プライベート浴場とはいえ、さすがは姫様専用の浴室で、脱衣所だけでもかなりの広さがある。その奥の浴室は、一般市民の大浴場並みの大きさがあるのだ。


「貴女も一緒に入りなさい」


 ロベリアの要求にキャナルは逡巡しゅんじゅんする。


「そうか、人形は一人で着脱できないのだな? 手伝ってやろう」


 ロベリアは、キャナルの服を脱がしにかかる。


「お止め下さい。姫様と一緒に入浴など恐れ多いです」


 キャナルは必死に抵抗するが、STR1300を超えるロベリアの腕力に敵う訳が無い。やがてキャナルも一糸まとわぬ素っ裸にされてしまった。


 仕方なしにロベリアに付いて浴室に入る。色々な効能があるとされる各地の温泉の湯が入っている浴槽が三つ。ジェットバスが一つ。その奥にはサウナ室まで設けられているのだ。


 ロベリアは、一つの浴槽に入る。そばで棒立ちになっているキャナルに一緒に入るように命令する。


 キャナルは、恐る恐る一緒の浴槽に入った。しばらくは、二人とも無言で湯に浸かっていた。始めは緊張していたキャナルも、徐々にリラックスしてくる。

 しかしそれも適度な時間までで、その後はゆだってくる。湯から上がりたいのは山々だが、姫様の手前、勝手な行動は出来なかった。


「絨毯を替えたのは、誰がやったの?」

「筆頭侍女のエグマ様の命令で、私達の班が取り替えました」

「ヘッドボードの下にある物を見てしまったわね?」

「はい……」


 のぼせてしまって頭がクラクラしている所に質問を受け、何も考えずに答えてしまう。答えてしまってから、しまった! と驚愕きょうがくの表情を醸し出す。


「貴女意外に、それを見た者は何人いるの?」

「あまり人の眼には触れられたくない物である事は分かりましたので、咄嗟とっさに私が隠しました。たぶん私以外に気付いた者は居ないと思いますが、口封じとか、お手打ちとかはご容赦願えませんか?」


 ロベリアは、必死の様相ですがってくるキャナルを憮然ぶぜんとした表情で見やる。


「私が、そのような事をする者だと思っているのか?」


 キャナルは一瞬の呆け顔をさらした後、首をブンブンと振り回す。どうやら思っていたようだ。


 ロベリアは、キャナルのコメカミをガッツリと引っつかむ。


「痛い! 痛いです! 姫様!」

「ヘッドボードの下にあった物の事は忘れなさい。良いな?」

「分かりました! もう忘れました! 姫様、放して下さい!」


 ロベリアはキャナルを開放する。キャナルはコメカミを押さえながら、恨めし気な視線をロベリアに向けていた。


 ロベリアが浴槽から出て洗い場に向かう。キャナルは慌てて付き従った。アルガラン共和国産の最高級天然海綿を湯に浸し、よくほぐしてボディーソープで泡立てる。きめ細かい泡が大量に出来上がったら優しく肌を撫でるように、姫様の女性としてはやや広い背中を洗っていく。


 背後から見てさえ、その広い背中からはみ出ている横乳は、コスタクルタの至宝の証だ。まだ成長途中であるキャナルは —— 願わくは、これくらい大きくなりますように……と、願を懸けて洗っていく。


「今度は、私が洗ってやろう」


 全身を洗い終わるとロベリアは、キャナルに自分が今まで座っていた場所に座るように促す。


「そんな……、姫様に身体を洗ってもらうなど恐れ多いです」


 キャナルは、滅相もないとばかりに両手を振って遠慮するが、無理矢理に座らされてしまった。


「人形は大人しく、されるがままになっていなさい」


 ロベリアは海綿を取り上げ、ボディーソープで素早く泡立てるとキャナルの身体に塗りたくる。いちいち大仰おおぎょうに反応する所が面白い。


 何故こんなに苛めたくなるのかと思っていたら、エレーナに似ているのだ。しかも発育途上である筈の胸は、エレーナより既に大きいのだ。あと数年もすれば、壮麗の美女になる事は間違いなかった。


 竜也が思わず名前を尋ねた事も理解できる。女性としては、かなり大柄なロベリアからすれば妬ましくもあった。


「姫様、くすぐったいです。そこは駄目です」


 敏感な所を触られて、キャナルは身体をよじって逃れようとする。ロベリアはキャナルを逃がすまいと組み伏せて色々と刺激を与えていく。キャナルは本気で抵抗しだすが、逃れる事は難しそうだった。


「姫様! 何をやっているのですか!」


 突如、頭上より声が掛かった。ロベリアとキャナルは、驚愕きょうがくの表情で頭上を見やる。そこには筆頭侍女のエグマとエリスが立っていた。エリスは前回の教訓を生かし、姫様の様子がおかしい事からエグマに相談に行ったのだった。


「これは、その……。洗いっこをしているのです」


 そんな言い訳は通用しなかった。ロベリアは、それから小一時間も懇々(こんこん)と説教を食らう羽目に陥ってしまった。

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