第五十二話
ともあれカブトエリアに急ぐ事になった。時間が経てば経つほど、食べられたりして卵の数は減っていく事が予想されたからだ。
ドーム広場の南出口から、再び洞窟内に侵入する。広さは剣を振り回すのに何も問題は無い程だ。最初の出入口より若干光源に不安を感じるが、先頭を歩いているロベリアは、お構いなしにどんどん先に進んで行く。
二番手にはプリシラが付き従っている。まったく無警戒なロベリアとは正反対に、かなり緊張した様子で辺りを見回していた。
三番手はレイラで四番手がアリシアだ。竜也は殿を務めていた。
「ねぇ、ねぇ。カブトエリアって、どんな敵がいるの? でっかいカブトムシのような敵なの?」
竜也は、自分の前を歩いているアリシアに声を掛ける。アリシアは若干歩調を緩めて竜也に並ぶ。
「正式名称は、ジャイアント・スタッグビートル。通称『カブト』ですが、クワガタムシという昆虫に似ています。巨大な顎は鋼鉄すら噛み砕きますので、絶対に正面には立たないで下さい。弱点属性は氷です。その硬い殻から剣もほとんど効かない為、氷属性の魔法以外の攻撃方法では、倒すのにかなりの時間を要します」
「私達が氷系の魔法でダメージを与えて行きますので、タツヤ様は側面より注意を引き付けて私達にタゲが来ないように仕向けて下さい」
前方を歩いているレイラが、アリシアの言葉を引き継いで発言する。
「戦闘は二の次です。『カブト』はノンアクなので、卵を回収したら地下三階のグレムリンエリアまで即行で向かいます」
プリシラの言葉に竜也は、聞き慣れない単語を聞き付けて首を傾げる。
「ノンアクってなに?」
「攻撃性の高い敵は、此方を見つけると襲ってきます。こういう敵をアクティブな敵と呼んでいます。逆に此方を認識しても襲って来ない敵もいます。こういう敵をノンアクティブな敵と言い、略してノンアクと呼んでいるのです」
竜也の疑問に、プリシラが答える。
「つまり『カブト』は、此方が攻撃さえしなければ襲って来ない敵って事?」
プリシラは、肯定の意をもって頷く。
そういえばジャイアント・キャタピラーも、此方が攻撃を仕掛けなければ襲っては来なかった。ジャイアント・スタッグビートルも、その特性通りなら戦わずに卵だけを回収して先へ進む事が出来る。
戦闘は無しという状況に、竜也は安堵の溜め息を吐く。
「油断は禁物です。なぜ少量の卵がカブトエリアに置いてあるのか? という疑問があります。『カブト』は卵を食べません。これはトラップで、卵を取りに来た者を捕獲、または強襲する為の罠だという可能性が考えられます」
先頭を歩いているロベリアが、なかなか真面な事を言っている。『芋』との戦闘の時もそうだったが、戦闘に関する事柄だけは信用してもよさそうだと竜也は判断する。
しばらく洞窟内を進んで行くとドーム広場に似た空間にたどり付いた。やはり野球場のように広々とした空間だったが、ドーム広場と違う点は、幹幅が数メートルもある巨大な樹木が数十本も生えていて、天井に届こうかという枝葉を伸ばしている所だった。
その幹には、巨大なクワガタが数匹見て取れた。外見はオオクワガタのようで、思わず竜也はうめき声を漏らしていた。もしも現実世界に持って帰る事が出来れば、高値で売れそうな姿をしていたからだ。
フラフラと巨木を見上げながら近づいて行く竜也を、ロベリアは押しとどめる。
「先程の私の言葉を聞いていなかったのですか? 不用意に私の前に出ないで下さい」
竜也は未練がましくオオクワガタを見つめていたが、やがて諦めるように視線を周囲に戻した。
あれはオオクワガタでは無い。ジャイアント・スタッグビートルというモンスターなのだ。それに元の世界に連れて帰る手段が無い。自分自身も帰れる手段が分からないのだから、それどころでは無いのだ。
「どうやら中央付近に卵はあるようです」
ロベリアの言葉に木々の奥を見てみるが、巨木に視界が遮られて奥の様子は窺えない。
「行ってみましょう」
プリシラの言葉に皆は、用心しながら歩を進める。林という程のものでもないが、点在している巨木の影に何者かが潜んでいそうで緊張感は高まっていく。
竜也は盾と青銅の片手剣を構えて慎重に皆の後に付いて行く。ノンアクだと聞いている『カブト』だが、いきなり襲って来ないかと、傍を通り過ぎる時には特に警戒する。
こういう場面での不意打ちは後方から来る事が多い。後方をも見回しながら、やがて広場中央にたどり着いた。
そこにある一本の巨木の根元に、直径十五センチほどの『芋』の卵を発見する。
皆の視線が、その卵に集中した瞬間であった。
竜也は頭上が一瞬薄暗くなったような気がして、頭上を仰ぎ見た。そこには小鬼に似たモンスターが、短剣を構えて飛び掛ってきた所だった。
慌てて回避しようとしたが、そのモンスターの視線は自分には注がれていなかった。
標的はアリシアだと判断した竜也は、剣を振り上げた。重い感触と共に小鬼に似たモンスターは、地面に変な角度で突っ込んで動かなくなった。
同じように二匹の小鬼に似たモンスターが地面に転がる。ロベリアとプリシラに撃退されたモンスターだった。
一呼吸遅れてアリシアが倒れる。その様子を竜也は、真冬に冷水でも浴びたかのような麻痺した感覚で見つめていた。
自分が小鬼に似たモンスターを倒すのが少し遅かったのだ。小鬼に似たモンスターの短剣は、アリシアの胸に深々と突き刺さっていた。
アリシアが、薄らと眼を開ける。アリシアに縋り付いて名を呼んでいるレイラに弱々しく笑い掛ける。
「干ばつに、悩まされている村を……。救いたかった……」
使い魔であるカエルのマコトも姿を現し、心配気に主人を見やる。
「まだよ!」
ロベリアがレイラを押しのけてアリシアに取り付く。
「私の【全快】の魔法は時間が掛かりすぎて、こんな時に掛けている余裕は無いかもしれないけど、仕方ないわ。周りをお願い!」
ロベリアはアリシアの胸に手を当てて治癒魔法を唱え出す。
その様子を見つめていたプリシラは、周りを見回して顔面蒼白になる。周りにはグレムリンが、自分達を取り囲むように姿を現していたのだ。
竜也も周囲の様子に気付き、驚愕の表情を浮かべる。小鬼をちょっと太らせたような体格をしている敵は、数百匹もいるからだ。
「馬鹿な……。私のコタロウの探知には、何も映っていなかったのに……」
レイラが茫然と呟く。
「魔法の結界や潜伏は、術者の能力以上の物は見抜けないものです」
プリシラは、油断なく格闘用の爪が付いた武器を構えながら説明をする。
ただし、罠があると警戒していたロベリアの使い魔までもが潜伏を見破れなかったとなると、グレムリンが指揮を取っているとは考えにくい。黒幕は他に居る筈だ。しかも飛び切り頭の良い奴だ。
しかし、その前に目の前の敵をどうするか思い悩む。このパーティーの中で治癒魔法が使えるのはアリシアとロベリアだけだ。アリシアは倒されているのでロベリアだけが回復の要となるのだが、ロベリアがアリシアに付きっ切りで戦闘に参加できそうに無いとなると、ここは自分とレイラと勇者様だけで乗り切らなければならなくなる。
頼りになりそうにない似非勇者様だが、猫の手も借りたいこの状況では頼りにせざるを得ない。他に当ては無いのだ。
「グレムリン。通称『小悪魔』よ。本来なら地下三階に生息する魔族でゴブリンより力も素早さも格段に上です。集団戦闘に優れているので連携技に注意して下さい」
プリシラの説明に、竜也は油断なく辺りを警戒しながら頷く。説明の途中に飛来して来た矢を盾で弾く。奇声を上げて飛び掛って来た二匹の『小悪魔』を横薙ぎの一閃で吹き飛ばした。
一匹は腹を切断されて絶命したが、もう一匹の方は短剣で防いでいた。のっそりと起き上がると残忍な笑みを浮かべる。その余裕の表情が闘争心を委縮させる。
側面から放たれた矢が佩楯の隙間に突き刺さり、竜也は片膝をついた。ここぞとばかりに襲い掛かって来た一匹を 剣を跳ね上げるようにして斬り伏せて立ち上がる。再び飛来してきた矢が、頬を掠めて後方へ流れていった。
竜也は、それでも引かなかった。ぐるりと『小悪魔』達を見回し、アリシアの様子を横目で確認する。ロベリアの治癒魔法を受けてはいるが、まだ時間が掛かりそうだった。
そしてロベリアは、魔法を詠唱しながら此方の様子を気に掛けている。もしも自分が窮地に追い込まれたら助けに入ろうとしているのだろう。そうなればアリシアの命は助からない。なんとしても、ここで踏み止まらなくてはならなかった。
ここでアニメの主人公なら、何かの力に覚醒しそうな場面なのだが、現実はそうはいかない。飛来してくる矢に防戦一方だ。
避けた矢が、ロベリアに向かって飛んで行ってしまった。
ロベリアは右手をアリシアの胸に当てて魔法を唱えている。その右側から矢は迫って行く。
竜也は注意を促す声を上げる間もなく、凍り付いた思考で矢を見つめる事しか出来なかった。
しかしロベリアは、飛来してくる矢を左手で難なく掴み取り、あまつさえその矢で更に飛来してきた矢を払い落とした。
竜也は、安堵の溜め息を吐く。
自分が避けた矢が、ロベリアに向かっていった時には肝がつぶれる思いをしたが、ロベリアはそこいらの雑魚に殺られるほど間抜けでは無かった。
ロベリアの心配よりも、自分の心配をした方が良さそうだった。数匹が同時に飛び掛って来たのだ。
剣を横薙ぎに一閃させて間合いを開けさせようとしたが、剣を掻い潜った一匹に、足にしがみ付かれてしまった。鎧の継ぎ目から短剣を突き刺してくる。
竜也は、闇雲に振り払った。右脇腹に激痛が走っている。剣が痛みで持ち上がらない。
ロベリアが、助けに入るべきか迷いを見せている。今ロベリアに助けてもらうという事は、アリシアの死を意味する。なにが何でも、この場は耐え忍ばねばならない。
竜也が焦れた心で必死に防戦を繰り広げている最中、突如『小悪魔』の集団の中に爆発が起こった。爆発は数カ所で立て続けに起こり『小悪魔』達は恐慌を来して逃げ惑いだした。
その中を数人の集団が『小悪魔』達を撥ね飛ばす勢いで駆け寄って来た。エレーナ達のパーティーだった。素早くアリシアを取り囲む。
「替わります」
ローレンスは、ロベリアに代わってアリシアの治癒に当たる。ローレンスは、この学院でドリーヌに次ぐ治癒魔法の使い手だった。アリシアの胸に手を当てて【全快】の魔法を唱える。手の平から淡い輝きが放たれ身体全体を覆い尽くす。
「治癒魔法は……。魔法全般が不得手で申し訳ありません」
「いえ、命を繋いでいただけでも御手柄です。後は任せて下さい」
取り乱し気味のロベリアに、ローレンスは優しく声を掛ける。
ロベリアは立ち上がり、周囲を見回す。大剣を構えて本領の戦闘に加担しようとするが、さすがは学年トップ集団。一騎当千の力で『小悪魔』達を蹴散らしている。自分が出しゃばるまでもなく、すぐに戦闘は終わりそうだった。
ジェレミーが敵のど真ん中に突っ込み、無双を繰り広げている。シェリルは集団で固まっている敵のど真ん中に【火炎球】を投げ込んでいる。ミルドレッドは水妖を召喚して戦わせていた。
水が女性の姿を形作っているのだが、控えめな胸には核弾頭の翳りが見て取れた。
ロベリアは、胡乱な視線を竜也に向ける。案の定、竜也は口元から血を流しながらも、水妖を見つめていた。口元から血を流しているという事は、腹部への傷は思った以上に深いようであったが、自分の命よりもスケベ心が優先なのだ。
エレーナが腹部に手を当てて治癒魔法を唱えながら、水妖を見せないように必死で視界を遮ろうとしている。思わず呆れ気味の溜め息が漏れる。
ふと、視界の隅にレイラが映る。レイラは突っ伏すように地面に倒れていた。嫌な予感が脳裏を掠める。
ロベリアはレイラの元に駆け寄った。
「ローレンスさん! 早く来て下さい!」
ロベリアの只ならぬ様子に、ローレンスは彼女を見やる。そして、その傍に倒れているレイラに視線を向けた。
アリシアへの魔法を掛け終わると、急いでレイラの元へ向かう。ロベリアの声で異変に気付いたエレーナが先に来ており、治癒魔法を掛けている最中だった。
「心肺停止状態よ! 急いで!」
エレーナに代わってローレンスが魔法を唱え出す。あらかた残党の掃討が終わったジェレミー、シェリル、ミルドレッドも一堂に会して、心配気にレイラの様子を窺う。
レイラの使い魔であるコタロウも心配気に主人の傍で様子を見守っていた。そのコタロウの姿がスッと半透明になり、やがて消えて見えなくなった。
皆は、その様子を愕然とした思いで見つめていた。誰も言葉は無かった。いまだに信じられないとでもいうようにレイラを見やる。
時が止まったような感覚の中、彼女がもう二度と眼を開ける事は無いという現実だけが重く伸し掛かっていた。




