第四十五話
竜也は帰還指示により、エレーナの元に呼び戻された。一瞬の酩酊感の後、目前にエレーナの姿を確認する。
エレーナの眉が跳ね上がった。隣にはドリーヌとセシルが居た。唖然とした表情で呆けている。そして周りには、大勢の学院生達が居た。
皆は、待ってましたと言わんばかりの期待と興奮に彩られた表情で、竜也を見つめていた。
ここは食堂だった。昼休みはまだ少しあり、昼食後の団欒を楽しむ生徒達が、けっこう残っていた。
エレーナは、引き攣った顔のまま硬直してしまう。
—— やってしまった……。
竜也は裸だった。気が動転していて早くあのベッドの上から連れ戻したくて、服を着たかどうかの確認を取る事を忘れてしまっていた。
竜也も混乱した思考のままだったので、どこに呼ばれるのかとか、まったく考えていなかった。
「きゃーーーーっ!」
食堂中に嬌声が響き渡る。
竜也も、股間だけは必死に服で隠しているものの、もう慌てふためいたりはしなかった。もうこういう状況に慣れてしまっていた。
「ごめんなさい。私のミスだわ」
エレーナも引き攣った顔ではあるが、狼狽えてはいなかった。
「エレーナは悪くないよ。悪いのは僕の服を脱がしたロベリアさんだよ」
竜也は、嬌声を聞きつけて更に集まって来た学院生達を見やる。食堂の出入口は、竜也の裸を一目見ようという生徒でごった返していた。
「サービスショットでポロリもあるよ、みたいな事した方が良いのかな?」
「絶対にやめなさい!」
エレーナも、苦笑いをするだけの余裕はあった。
出入口からスベントレナ学院長が、人混みをかき分けて姿を現した。
「エレーナさん、タツヤ殿。これはいったい、どういう状況なのですか……?」
それから二人は、生徒指導室に連行されていった。
◇
生徒指導室ではスベントレナ学院長が、呆れたように二人を眺めながら詰問していた。
エレーナは、今朝方のロベリアとの諍いから、昼休みのやり取りまでを掻い摘んで説明していく。
「ですからタツヤの貞操の危機という事態に、緊急手段としてやむなく帰還命令を出したという次第です」
本当は、少し事情は違うが概ね辻褄は合う。
「緊急避難みたいな特例法は、この世界にはないのです? 僕の居た世界では、自己または他人の生命、貞操、自由または財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が、避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り罰しないって法律があるんですけど……。
これに照らし合わせると、エレーナの仕出かした行為は、十分に緊急避難の条件を満たせていると思います。元凶のロベリアさんの方こそ罰するべきではないのですか?」
スベントレナは事の顛末を聞き、思案顔で押し黙る。ロベリアは、いったい何を考えているのやら……。
「ロベリアさんからも事情を聴取しない事には処分を決めかねるので、一旦この件は保留とします」
エレーナと竜也が、安堵の溜め息を吐く。
「話は変わりますが、勇者育成計画の方は、ちゃんと進んでいるのですか?」
エレーナと竜也の顔が、安堵の表情から一気に凍り付く。
「今日の訓練は、ロベリアさんとの諍いのせいで、頓挫しています。タツヤもかなり無理をしての訓練続きだったので、今日一日休ませる事にして明日から再開します」
「そうですか。猶予も無いので厳しい訓練になると思いますが、頑張って下さい」
スベントレナに激励され、竜也は引き攣った顔で頷く。脳裏には拷問のような特訓状況が浮かんでいた。
ようやく二人は、生徒指導室から解放された。午後の授業は始まってしまっていた。
エレーナも三時限目はサボる事にして宿直室へ向かう。タツヤに詰問する事柄は山のようにあった。
「—— それで……。二人きりの話し合いが、何故ベッドの上で数人の美女に囲まれるような事態になっていたのかしら?」
宿直室に着くと、さっそく竜也に詰問を始める。
エレーナの剣呑な視線に晒されて竜也は身を縮める。
「心を読んでくれても良いけど、僕も状況を分かって無かったんだよ。昼食で出て来たナントカ・ドラゴンのスープが原因だと思うんだけど、意識が飛んでしまって気付いたらベッドの上だった、という次第で……」
竜也は面目なさそうに、上目使いにエレーナの機嫌を窺う。
「ナントカ・ドラゴン?」
エレーナが、訝しむように眉根を寄せる。
「ウリシュラ帝国の砂漠地帯に住むドラゴンだとか言ってたような……」
「あの場所に生息している竜族は、サンド・リザード、サブルム・リザードとデザート・ドラゴン、ワースティタース・ドラゴンの四種類が居るはずだけど、どれなのです?」
「ワースティタース・ドラゴン」
竜也の答えに、エレーナは眼を見開く。激レア種で一般には出回っていない食材だ。味は竜族の中でトップクラスと聞いている。聞いているだけで食べた事はおろか、見た事すら無いのだが……。
実は、もう一つトップクラスの効果があるのだ。
「私も昨日の夜、少し調べてみて初めて知ったのですが……」
エレーナは頬を真っ赤にして、言いにくそうに言葉を発する。
「ドラゴンのテールスープには媚薬効果が含まれているみたいなのよ。だからゴズの森での出来事は、それが原因なんだからね!」
エレーナは、更に恥ずかしそうに俯きながら言い放つ。
「そんなツンデレ言葉で言い訳しなくても、エレーナの事は良ーく分かってるよ」
竜也は、わざとらしく意味深に言う。
「へ……、変な言い方はしないで……」
更に言い訳をしようとしたが、言い訳が通用しない相手なので、そのまま押し黙る。
その表情が可愛いらし過ぎて、竜也はエレーナをそっと抱きしめた。エレーナも怖ず怖ずとだが抱きしめ返す。
その時だった。宿直室の扉がノックされた。もう誰が訪れて来たのか確認するまでもなく分かっていた。
果たして、部屋に入って来たのはロベリアだった。
「ロベリアさんって何時も良い所を邪魔するよね。もしかして僕達をいつも尾行してたりするの?」
「いいえ……」 —— 尾行しているのはタツヤ殿だけです。
と、心の中で付け加える。
「それで、何しに来られたのです?」
エレーナは突っ慳貪に言い放つ。今朝のやり取りのためか、かなり警戒の色を強めていた。
「本当は潜在能力の件を、食事の後に話し合う予定をしていたのです。まさかタツヤ殿がダウンされるとは思ってもみなかったもので、誠に申し訳ありませんでした」
ロベリアは頭を下げる。
「タツヤ殿の意識が回復したようなので、話の続きをしようと思いやって来ました」
「食事にワースティタース・ドラゴンのスープを出したそうですね? それで、真面に話し合いをする気だったのですか?」
「どういう意味ですか? 私は侍女に、今すぐ持って来られる昼食を頼んだだけです。たまたまワースティタース・ドラゴンのスープがあったのでしょう」
ロベリアは、素っ恍けてみせる。その様子を竜也とエレーナは、胡乱な視線で見つめていた。
もともと表情の読みにくい相手なので、真意の程は計り兼ねた。
「タツヤの服を脱がせたのは、やり過ぎではないのですか?」
「タツヤ殿が倒れて苦しそうだったので、侍女達が脱がせていました。私が脱がした訳ではありません」
「パンツまで脱がす必要は、絶対にないと思われますが?」
「その……。中のアレも、非常に窮屈そうにしておられましたので、解放して差し上げたまでです」
ロベリアは、真っ赤に染まった頬に両手を添え俯く。
エレーナは、大きくなったアレとは一体どんな物なのかを必死で想像してみようとする。竜也のアレの感触は知っていても、実際に見た事はまだ無いのだ。
「ちょっとちょっと、話がおかしな方向にずれてるよ。潜在能力の件で話し合いをするんだよね? 僕のアレの話は傷付くこと多いからやめてよ!」
話が触れてほしくない部分に寄っていったので、竜也は慌てて修正しようとする。
エレーナも、タツヤの嫌がる話を続けようとは思っていない。ロベリアを敵と見做した視線のまま話題を変える。
「タツヤの潜在能力とは、いったいどんな物なのです? 私には、潜在能力を感じる事は出来ないのですが……」
「あの場には沢山の人々が居たので、そう言いましたが、潜在能力というより体質です。これによって一番初めに計画していた勇者育成計計画が、もしかしたら意味をなさない物になるかもしれないのです」
竜也は固まってしまった。そのままベッドにへなへなと座り込む。この八日間の訓練が無駄だったかもしれないと言われれば虚脱感も沸く。
エレーナは竜也の心境を慮りながら心配気に肩に手を置く。思念で絶対に無駄な事なんかでは無いと励ます。
「なぜ今までの訓練が、意味をなさない物になるのか、理由を聞かせて下さい」
「今までの訓練が意味をなさないのではなく、これからの訓練が意味をなさなくなるかもしれないという事です。その理由ですが……」
ロベリアは、しばし押し黙る。どこまで喋って良い物やら考えあぐねる。
そこら辺の話を、竜也と二人っきりで話そうと思っていたのだが、よく考えてみたら竜也に教えるという事はエレーナにも知られるという事を意味していた。ここで喋ってしまっても差しさわりは無いだろうと判断する。
「コスタクルタ王国の建国王サトシ・コスタクルタという人物をご存知ですか?」
ロベリアの質問にエレーナは首を縦に振る。自国の英雄王を知らない国民は居ないという程の有名人なので、エレーナは当然知っている様だった。
竜也は首を傾げている。何か引っかかるものを感じていた。
「サトシという名前、もしかして彼も使い魔として召喚された人間なの?」
「ちがいます」
ロベリアは、少し苦笑いを浮かべる。
「後にも先にも使い魔として召喚された人間は、タツヤ殿ただ一人です。しかし建国王は異世界人で、タツヤ殿同様、特殊な体質の持ち主でした」
竜也は驚愕の表情で固まってしまった。名前からして日本人だ。そのサトシという人物はどうやってこの世界にやって来て、その後どうしたのかが凄く気になる。
「ごめん、体質の件を聞く前に聞いておきたい事があるんだ。少し時間をもらえる?」
ロベリアが頷く。
「まず、そのサトシ・コスタクルタという人物が、この世界にやって来たのは、どれくらい前なの?」
「コスタクルタ王国建国時なので二二七二年より前になります。王が戴冠時に四十歳位だったという事を鑑みると、二三○○年前後だと推測できます」
竜也は、自分が四十歳までこの世界で生きている光景を、思い浮かべてみようとする。しかし、まったく想像が出来なかった。
まぁ、それは元の世界で生きていたとしても同じだったような気がするので、取り敢えずは置いておく。
本人に会って話をしてみたいと思ったのだが、二三○○年も昔の人間では仕方がない。せめて何か書き記したものを残していないのかと考え、古文書をの件を思い出す。
「古文書を読ませてよ。いったいどうやってこの世界に来たのかとか、いろいろ書いてあるよね?」
「古文書は此方の世界の言葉で書かれています。タツヤ殿には読めないでしょう。私が読んで差し上げても良いのですが、その為には結婚して頂きます」
またその話が蒸し返されてきた。竜也は密かに溜め息を吐く。
「じゃぁ、どうやってこの世界に来たのか、その後どうなったのかとかも教えてくれないの?」
竜也は、恨めしそうに上目づかいでロベリアを睨む。
「どうやって来たのかは内緒ですが、建国後はこの国で天命を全うしたと記されています」
元の世界に帰らなかったのか、帰れなかったのかは分からないが、この世界に骨を埋めたという話に、此方の世界で老後まで生活している未来を想像してみる。
途方もなくなり、エレーナを見上げる。エレーナは不安気な竜也の心を励ますように、肩に置いている手に力を込める。
「じゃぁ、建国王と同じ特殊な体質とは、どんなものなの?」
ロベリアは、懐から小さな水晶球を取り出すと、両手で掲げ持ちながら魔法語を一言唱えた。水晶球は淡い水色に輝きだす。光りが落ち着くと、そこには竜也のバイタルデータがすべて表示されていた。
ピコピコと跳ねあがる心電グラフに、目まぐるしく変動する数値類を眺め、竜也とエレーナは小首を傾げる。
よくは分かっていなかったが、たぶん正常値の範囲内だと思われた。
「もうご存知でしょうが、タツヤ殿の左腕に付けられたバイタルデータ収集装置より読み取っている生体兆候です。この数値は私やエレーナさん同様、まったく異常のない動きを見せています」
次にロベリアは右手人差し指を軽く振る。シャラランという軽快な効果音と共に、半透明のメニュー画面が目前に現れた。
その画面を幾度となくフリック、タップしてセント・エバスティール魔法学院一年生の名簿を映し出す。
更にエレーナの名前をタップして、下段までフリックしていく。最下段にある使い魔詳細をタップすると竜也のステータスが映し出された。
その画面の上部を右手親指と人差し指でつまむように持ち、それぞれ逆方向に弾くようにフリックすると画面は竜也達の方へくるりと反転した。
竜也とエレーナは、まじまじとその画面を見やる。そして二人は、驚愕の表情を浮かべる。
竜也は、戦士のレベルが2になっている事に驚いていた。
エレーナは、技能の欄の『おっぱい鑑定 三級』の文字を唖然と眺めていた。
「2って数字のところ! これって職業の欄だよね? 僕のレベルは2に上がったの?」
竜也は、ベッドから勢いよく立ち上がり、強く握った拳を振り立てる。
「間違えました。この画面を見てもらっても良く分からないので、一週間前の映像が水晶球に記録されているので、そちらを見て下さい」
竜也一人のステータスだけ見せても、異常を分かってもらいづらい。ロベリアは、画面に手の平を振りかざして消すと、先程の水晶球を懐から取り出した。
「ちょっと待って!」
竜也は、慌ててロベリアの行動を止めにかかる。
「今すごく重要なものを見た気がするんだけど、その説明はないの?」
「ただ単にレベルが2に上がっただけです」
ロベリアは面倒臭そうに言い放つ。
「僕はすごく感慨深いものを感じるんだけど、ロベリアさんにとってはそれだけなの?」
「それだけの事と言わざるを得ないのです。あまり見せたくは無いのですが、この記録水晶球に映っている私達のステータスを一緒に見てもらえれば納得がいくと思います」
ロベリアは水晶球を操作して、一週間前のレクス・エールーカとの戦闘の様子を映し出す。
「現在水晶球に映っている映像は、エレーナさんとタツヤ殿が戦闘をしている様子です。ドリーヌさんが戦闘サポートで、ジェレミーさんとセシルさんが休憩に入った所です」
「ロベリアさんは、何をしているの?」
竜也の突っ込みに、ロベリアは余計な口をはさむな、と言いたげな視線を向ける。
「少し野暮用でコスタクルタに帰っていました」
その発言に竜也とエレーナは、互いに視線を交わす。
—— 絶対あのクイーンサイズのベッドで寝てたと思うな……。
—— そう言えは、私達の戦闘が終わって交代する時、ロベリアさんは香油の良い香りをさせていましたよね。湯浴みとかもしていたのでしょうね……。
竜也とエレーナは、思念でロベリアの疑惑について語り合う。鋼の意思でベッドに飛び込む事を思い止まったロベリアが聞けば、憤慨しそうな内容だった。
「真面目によく見て下さい。何か異変を感じませんか?」
ロベリアは、竜也とエレーナが視線で会話しだしたので注意を促す。
「すごい! ロベリアさんの体力って14021もあるの? 学年最下位の割には精神力も13594もあって、エレーナより多いんだね……」
竜也はロベリアの圧倒的な数値に驚愕の眼差しを向ける。体力はロベリアの次にジェレミーが多くて12928。その次は少し数値が落ちてドリーヌの10875。エレーナの10663。セシルの10641と続く。
精神力はジェレミーよりエレーナの方が若干多くで、エレーナが12816。ジェレミーが12750。セシルが11143。ドリーヌが10296だった。
竜也は、自分の体力との差を見比べて唖然としてしまう。自分が圧倒的に弱すぎて涙が出てくる。
「先ほどレベル2になった事が、それだけの事と言ったのは、タツヤ殿の体力の上昇具合と私達の体力差を見てもらえれば分かります。タツヤ殿は自分がレベル1の時の体力を覚えていますか?」
竜也は首を横に振る。
「7600台だった事は覚えてるけど……」
「レベル1だった時の体力は7626です。レベル2に上がって現在は7637です。たったの11しか上がっていません。精神力も3しか上がっていません。その他のステータスも各々1しか上がっていません。そしてレベル2に上がってから一週間が過ぎた今でもまだ2のままなのです。タツヤ殿が一週間にレベルが1上昇すると仮定して、スキル上昇率も同じだとしたら、私の体力に追いつくには十年かかります」
竜也は十年という年月に、途方もない重みを感じていた。そしてそれは、そのまま恐怖感へと変容していく。この十年かかる修業を一年(正確には八ヶ月)でやり遂げなくてはいけないのだ。双肩に掛かっているプレッシャーは、凄まじく重い物になっていた。
「レベル上限があるかもしれないし、レベルは上がれば上がるほど、次のレベルまでの経験値は増えていくだろうし、不可能に近いような気がして来るよ……」
竜也は泣き言を呟く。やはり勇者なんて大それた者には、なれないような気がしてならない。
—— 大丈夫よ。私が絶対に勇者にしてみせるわ。
エレーナは、そんな竜也を励ますように思念を送る。
「話がずれましたが、私達の最大値ではなく、変動している数値とタツヤ殿の数値を見比べてみて下さい。何か異変を感じませんか?」
ロベリアは、何処までも話を脱線させていく竜也に溜め息を吐きながら先へと促す。
竜也は半分近くまで減っているジェレミーとセシルの体力を何気なしに眺めた。休憩に入っている為か、徐々に体力が回復していく。これがどうかしたのかとエレーナに視線を向ける。
エレーナは、さすがに竜也の体力と精神力が不変な事に気付いていた。いくら自分がタゲを取って戦闘しているとはいえ、まったく無神経に戦闘を繰り広げられるものでは無い。
では竜也の、このステータス異常は何なのか……。
言い知れぬ不安に竜也の手を取る。暖かい血の通った何の変哲もない手だ。手の平は剣の修業のせいで、豆がつぶれて皮がめくれている。それさえなければ女性も羨む綺麗な手だった。
ロベリアは、竜也の手に縋るエレーナを憐憫の眼差しで見やる。
建国王とその仲間達が本当はどうなったのかは、この二人には絶対に言えない。一部の王族と『将軍』の技能を持つ者だけが知る秘密だった。
竜也は、エレーナの徒ならぬ様子に気付き、小首を傾げる。ロベリアも、いつになく重苦しい雰囲気を醸し出している。
「どうしたの?」
竜也はキョトンとしている。
「何でもありません。建国王と同じ体質というのは、魔法でも使わない限り精神力は減らない体質だという事です。他にも筋力は酷使しても減らないなどの特典もあります」
これは良い事なのだという方向に持って行く事にする。
「ただし、その為に勇者育成計画が成り立たないかもしれない、という事態が起きてしまったのです」
竜也とエレーナは、怪訝そうに眉をひそめる。
ロベリアは、注意を完全に此方に引き付ける事が出来て、ひとまず安心する。
「実際にグラウンドのトラックを走って経験していると思いますが、走ると呼吸が乱れて息が苦しくなったと思います。
しかし、タツヤ殿は特異体質上、ただ単に走っているだけでは体力は減らないのです。これでは限界まで走ってもらって、ぶっ倒れたら魔法で回復して、また走ってもらうという事が出来ないかもしれないのです。
ここら辺の検証を一度やってみたいと思うのですが、宜しいですか?」
竜也は、眉根を寄せて困惑気味だ。宜しいも何も、やらされるのだろう。
「ぶっ倒れるまで走って、もし治癒魔法を掛けてもぶっ倒れたままだったら、どうするの?」
「その時は、実際に体力が減るような訓練をメインにやっていきます。例えば一人ではとても倒せないノトーリアス・モンスターに挑んでもらい、死に掛けたら回復してまた戦ってもらうとか……」
「ちょっと待って! そんなの嫌だよ。一歩間違えたら死んじゃうよね?」
竜也は悲鳴を上げる。
「まぁ、それは冗談ですが、それに近い訓練をやらざるを得なくなります」
「冗談でも何でもないじゃん……」
竜也は独り言ちる。まぁ、どちらに転んでも命懸けな事に変わりは無かった。
「では、今日一日は休んで英気を養ってもらって、明日に備えて下さい。まずは検証を行って、その後に本格的に訓練を始めるとしましょう」
ロベリアは立ち上がり、流麗にお辞儀をして宿直室を出て行った。
「英気を養え、だって……」
完全にロベリアの気配が消えると、竜也はエレーナをそっと抱き寄せた。やっと邪魔者が居なくなって二人で密な時間を過ごせそうだった。
エレーナは、胸に伸ばされた手を掴み、押しとどめる。
「おっぱい鑑定三級ってなに?」
エレーナの冷やかな視線に、竜也は凍り付いてしまった。エレーナの追及は、まだまだ続きそうだった。
「エクストラスキルだって、すごーい。さすがは勇者様って感じよねー」
なんの感情も表していない能面と氷のような視線、そして完全な棒読みで称賛されて竜也はたじろいでいた。はっきり言って怖い、逃げ出したいくらい怖い。
「エクストラスキルって、なに? さっきの水晶球には、そんなこと書いてなかったでしょう?」
「私は貴方の主人。貴方の全てが分かるのよ。例えば、特殊能力が無い事とかね」
何時ぞや振りに、再び殺意が込み上げてくる。使い魔とはいえ相手は同じ人間なので、プライバシーを尊重して無闇に能力等を覗かないようにしていたのだが、まさかこんなとんでもなく破廉恥な能力を身に付けていようとは思ってもみなかった。
「技能習得には、さぞ血の滲むような猛特訓をなされたのでしょうね……」
嫉妬心が、怒りの炎にさらに油を注いでいく。いったい、どれだけのおっぱいを見てきたら、このような能力が身に付くのか想像も出来ない。想像もしたくない。
「侍女の中に真のヒロインを見つけたんですって? 貴方がロリコンだったなんて知らなかったわ」
竜也は少し疎ましくなってきた。確かに侍女の娘は幼かったが、エレーナよりも格段に胸は大きかったのだ。
その考えを読んだエレーナは激昂していた。それでも竜也は、これだけは譲れなかった。
竜也はエレーナの両肩に手を置き、大真面目に宣言する。
「僕はロリコンじゃないよ。僕は大きなおっぱいが大好きなんだから」
真摯な説得力のある言葉だった。熱意に溢れるその真剣な瞳を見返し、エレーナは空いた口が塞がらなかった。
健全で潔白でありながら嫉妬心に駆られる言い分を聞き、エレーナは茫然自失に陥ってしまった。




