第四十二話
エレーナとロベリアは、学院の宿直室に来ていた。
ロベリアは、竜也が宿直室に居ない事を訝しむように辺りを見回した後、エレーナの様子を盗み見る。
エレーナは出来るだけ平静を装って、一緒に訝しむ振りをしながら辺りを見回した。
「何処に行ったのかしら……。帰還指示を出して呼び寄せますね」
エレーナの帰還指示を受けた竜也は、エレーナのベッドの上から自分のベッドの上へ瞬間移動する。
ベッドの上に現れた竜也を見て、エレーナとロベリアは驚愕の表情を浮かべた。
その表情を見た瞬間に竜也は、なぜ二人がこんなに驚いているのか、その理由に思い当たった。いまだにエレーナのパンツを頭に被ったままなのだ。その事をすっかり失念してしまっていた。
竜也は顔を隠す為に顎下までパンツを引っ張って顔面を隠す。ちょうど股を通す場所から両目を出している状態だ。
しかしこんな変装では、正体はバレバレだった。
「変態!」
エレーナの、フルスイングの平手打ちを食らう。分かってはいたが凄まじい威力だ。コモド・ドラゴンの尻尾の攻撃を思わせる平手打ちの衝撃に、竜也はベッドの反対側まで吹っ飛ばされて転げ落ちた。
「タツヤ殿は、いったい今までどこに居られたですか?」
ロベリアの剣呑な雰囲気の追及に、竜也とエレーナは冷や汗をかきながら必死に言い訳を考える。
「タツヤ殿に取り付けたセンサーで、すべては分かるのですよ」
一週間が過ぎても呪いの腕時計は外れていなかった。エレーナが学院を卒業するまで外れないように設定しなおされたのだ。救いはエッチな事を考えると、アレが締まって激痛を与えるというアイテムの装着は免れたという事だった。
実はロベリアは、本気でサーヤに作成を依頼したのだが、健全な男子は常時エッチな事を考えているものだと諭され断念したのだ。
—— 今もエッチな事を考えているのだろうか……。
胡乱な視線を竜也に向ける。パンツを仮面のように被った馬鹿面を凝視する。エッチな事を考えていた事は疑いようが無かった。それどころでは無い。二人の様子に徒ならぬ気配を感じる。いったい二人で何をしていたのか非常に気になる。
「今朝方、私が寝ぼけてタツヤを学生寮に召喚してしまったのです」
「僕はちょっとした悪戯で、エレーナの部屋のクローゼットを物色していただけだよ」
ロベリアは、二人を睨め付けながら溜め息を吐く。
「エレーナさん、タツヤ殿。御二方に重要なお話があります」
ロベリアの改まった様子に、竜也は椅子を用意して勧める。エレーナは珈琲を用意してキャリーテーブルに置くと竜也の横に座り直した。
竜也とエレーナはベッドに腰掛けている。緊張した二人は、お互いに固く手を握り合っているのだ。この二人の間に割って入らねばならない事には非常に躊躇いを感じる。
「単刀直入に言います。タツヤ殿を、ぜひ我が夫に迎えたいのです」
「「はい?」」
スベイルとサーヤ同様、竜也とエレーナの言葉も重なった。そして暫し硬直する。しかしそこからの行動は、スベイル達とは異なっていた。
あきれたように呆けていたスベイル達とは違い、エレーナの眼は戦闘態勢に移る時のように細められる。完全に敵として認識している眼だった。
「突然の申し入れですが、ただ単にタツヤが好きになったという訳では無いように思われますが、なにか理由でもあるのですか?」
「理由はあります。ですが、私がタツヤ殿を好きになってしまったという事が前提です。主人と使い魔の絆の深さは、私自身も重々承知しています。無茶を言っている事は分かりますが、タツヤ殿を私に下さい」
竜也の心は、いまだに呆けていた。結婚前の挨拶のようなやり取りに茫然自失に陥りながら —— この場合、僕は婿養子になるのだろうか? と飛躍した妄想を広げていた。
「理由を仰って下さい。一国の王女様ともあろう御方が、好きになったという理由だけで伴侶を決めるなど聞いた事もありません」
エレーナの思考はエキサイトしていた。竜也が結婚後の事柄にまで妄想を広げている事が、油を注く結果をもたらしていた。
「あのー、僕の意思は無視ですか?」
エレーナが、嫉妬心から暴走を始めそうな予感を感じ取った竜也は、彼女に助け舟を出してやるべく口を開く。
「ロベリアさんの告白は突然の事で、僕自身いまだに戸惑いの中に居るんだけど……。でも明白な事は、ロベリアさんの申し出は受けられない、という事だよ」
エレーナの嫉妬心に囚われかけていた心が、一気に和らいだ。互いに握り合っている手に力を込める。このまま行き付く所まで行ってしまいそうな勢いでボルテージが上昇してきて二人は見つめ合う。
「理由は、タツヤ殿がもと居た世界が関係しているのです」
ロベリアがポツリと呟いた。その言葉に竜也の心は一気にそちらに傾く。互いに握り合っていた手の力が緩む。
竜也はエレーナの手を放し、ロベリアを真正面から見据える。エレーナの不安な気持ちは痛いほど伝わってくるが、今のロベリアの発言は聞き捨てならなかった。
「僕の元居た世界と結婚が、どうして関係あるの?」
ロベリアは、何かを躊躇うように開きかけた口を閉じる。それから怖ず怖ずと言葉を選びながら喋りだす。
「『将軍』の技能を持つ者だけが閲読を許されている古文書があります。あまり興味が無かったので、さわりの部分だけを流し読みしただけで最近まで放置していたのですが、ここにタツヤ殿が元いたと思われる世界の事柄が書かれているのです。
タツヤ殿は、此方の世界に渡って来た折に、何らかの事故で『将軍』の技能が使えなくなっているだけだと推測できるので、もし私の夫になって下さるのなら、この本の内容をお教えする事が出来ます」
「ちょっと待って下さい。それは物で釣っているように聞こえます」
エレーナは、古文書の内容を取引材料のように使っている事を指摘する。
「私はエレーナさんに比べて、あまりにも不利なので色々な物を利用させてもらいます。例えばタツヤ殿は大きな胸が好みのようですし、この胸も利用させてもらいます」
竜也の眼が驚愕に見開かれる。吸い寄せられるように、ロベリアのおっぱいに顔を近付けていく。早くも巨大な胸の淫力に引きずり込まれていた。
「今の言葉は、淑女にあるまじき発言ですよ!」
「恋する乙女は、淑女ではいられません」
とうとう声を荒げてしまったエレーナを、余裕の表情で見下しながらロベリアは胸を張る。その誇らしげな巨大な胸を、竜也はずっと眺めていた。
—— エレーナ、落ち着いて……。
暴走しそうな勢いのエレーナを落ち着かせる為に、竜也は淫力に引かれて大気圏に突入しかけている精神を強引に引き戻した。
—— 僕の心を見て……。心はエレーナと繋がっているんだよ。僕はエレーナを裏切らないから、少しだけロベリアさんと話をさせてよ。僕が元居た世界の話は、是が非でも聞きたいんだ。
—— 身体はロベリアさんの胸を求めているわよね?
竜也は言葉に詰まる。確かにそれは否定できない。ロベリアの胸は、巨乳好きにはたまらない魅力がいっぱい詰まっている。おっぱい星人を自認する竜也にとっては、まさに至宝だった。
またまたおっぱいに対する賛辞を長々と連ねている竜也に、エレーナの怒りは頂点に達した。
「私の事を裏切らないって言うのなら、元の世界の話なんか聞かないでよ!」
完全にエレーナは暴走していた。その様子を竜也は溜め息を吐きながら見やる。少しめんどくさいな、と考えてしまった。
その心を読んだエレーナは、激昂してそのまま宿直室を出て行く。竜也は追いかける事はしなかった。
「タツヤ殿……」
「今は黙ってこの部屋から出て行って下さい」
竜也は、ロベリアの言葉を遮るように冷たく言い放つ。
ロベリアは、竜也の表情から何かを悟ったように立ち上がると、一礼して宿直室を出ていった。
竜也は静かに怒っていた。突拍子もない事を言い出したロベリアに……。感情のままに言い放ったエレーナの言葉に……。
エレーナを大切に思う心と、元の世界への帰還方法の模索は、また別問題だ。
エレーナを追い掛けない代わりに、ロベリアの話も聞かない。これが竜也に出来る最大の譲歩だった。
竜也は大きく息を吐き、息苦しさに辟易しながらパンツの仮面を脱ぎ捨てた。




