表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の勇者様 ~勇者育成計画~  作者: 荒木 リザ
第二章 竜也受難編
40/93

第四十話 

 ロベリアは一瞬の酩酊感めいていかんの後、眼を開けて周りの様子をぐるりと一瞥いちべつした。転移先として座標指定してあった、コスタクルタ城にある私室だった。


 五十畳ほどしかない狭い部屋だが、サラスナポスの町にある学生寮から比べると、天国と思えるほどの広さがあった。


 足首まで埋まるほどの毛足の長い絨毯じゅうたんは、シックなモダン柄だ。ただし部屋の中で剣の稽古を密かにおこなっていたので、ある部分は禿げていた。


 家具類はすべてチーク材で作られた最高級品だったが、残念ながらファッションにあまり興味が無く、ドレスの類は百着にも満たないので、中身は寂しい物だった。


 そして部屋の一番奥には天蓋てんがい付きのクイーンサイズのベッドが鎮座ちんざしていた。


 エレーナと竜也のたわむれのせいで、十九時からはジェレミーとセシルの戦闘のサポートに付いていたので、休憩もろくに取れずにクタクタだ。


 このままベッドに飛び込み爆睡したい衝動に駆られるが、鋼の意思をもって耐え、本棚から一冊の本を取り出すと読みふける。『将軍ジェネラル』の技能スキルを持つ者だけが閲読えつどくを許されている古文書だった。


 そこで竜也の特異な体質と同様の事項が書かれている記述を見つける。この本を渡された当初は、適当に流し読んだだけだったので、詳しく内容を把握していなかったのだ。脳裏に引っ掛かっていた疑問が解消されると、机上に置いてある鈴を鳴らした。


 いつも学生寮で寝泊まりをしていて、コスタクルタに帰って来るのは、月に一度あるかないかという有り様で、しかも現在の時刻は早朝三時過ぎだというのに、まるで待ち構えていたかのように、すぐさま侍女達が部屋へ入って来た。


 ロベリアは無言で両手を左右に広げる。ゴズの森で戦闘をしていた恰好のままなので、板金鎧プレートアーマ姿のままだ。ただしバシネットは被っていなかった。


 侍女達は心得たもので、すぐさま鎧の留め金を外しにかかる。


「儀兄上とサーヤに内謁したい。至急に手配してくれ」


 ロベリアの要請に、一人の侍女が恭しく頭を下げて部屋を出て行く。


「湯浴みをなさいますか?」


 鎧の留め金を外している侍女の一人が、問い掛けてくる。ロベリアは無言で首を振った。


 その様子を聞いていた一人の侍女が、恭しく頭を下げて部屋を出て行く。


 すべての鎧のパーツが外され、キルト地の鎧下を脱がされると、ロベリアは一糸まとわぬ素っ裸になった。


 さきほど出て行った侍女の一人が、湯を張った桶を持って部屋に入ってきた。侍女達はタオルでロベリアの身体を丁寧に拭いていく。


 髪もくしけずり終わると、香油を全身に擦り込んでいく。CHR(カリスマ)が五十も上昇する高級品だった。もともと極上のダイナマイトボディーが、さらに艶めかしく怪しく光り輝く。


 香油を擦り込んでいる侍女は、同性でありながらも、その見事なボディーラインと巨大な胸に顔を赤らめていた。ここまで神々しいと肌に触れること自体が、いけない事のように思える程だった。


 ロベリアは、両手を若干開いた体勢のままだ。服を着せられるまで、その体勢のままだった。


 目前にある大きな姿見鏡の前で、侍女が選んでくれたドレスをチェックする。フリフリの可愛らしいドレスだけは止めてくれと注文してあるのだが、それならと胸元の大きく開いたセクシー系のスレンダードレスをチョイスされていた。露出している二の腕の筋肉は女性としてはかなりの物だ。太すぎる。お尻も大きすぎる。スレンダードレスが一番似合わない体型なのではないだろうかと勘繰ってしまう。


「おかしくないか?」


 侍女達は無言だった。侍女達の顔が似合わないと雄弁に語っていた。


「とてもよくお似合いですよ」


 一瞬どころか二呼吸遅れて侍女達は、強張った表情をぎこちない笑顔で包んで称賛の声を上げる。


 ロベリアは溜め息を吐いた。もともとファッションには興味が無い。これで構わないと思い、このまま部屋を出ようとする。


「お待ち下さい」


 筆頭侍女のエグマが、非常に困ったという表情でロベリアを呼び止めた。


「その……、しばらく姫様が城を離れられている間に、いくばくか胸が成長なされた御様子で、少しドレスのサイズが合っていないように思われます。もう一度お召替え願えませんか?」

「胸ではなく尻のサイズが、だろう。太ったと正直に言えばよかろう」

「太ったとは滅相もない。女性らしさが増して、それ故にその格好で殿方の前に出るのはどうかと思った次第です」


 ロベリアは、姿見鏡に映る自分の姿をもう一度チェックしてみる。たしかにスレンダードレスがはちきれんばかりのムチムチボディーは、妙にエロティックだった。


 結局フォーマルドレスに着替えさせられる。あまり変わってない外見に渋い顔をしていると、長袖のボレロを合わせてくれた。


 本当はゴージャスなフリフリドレス系が似合う筈なのだが、本人はそれを嫌っていた。そして自分は、ドレスが似合わない体型なのだと勝手に思い込んでいた。


 一昨日サラスナポスの町の鍛冶屋で、礼装用の鎧が売っていた事を思い出す。値段も一千万(ゴールド)と手頃だったのでドレスの代わりに普段着として着用する為に、今度数着注文しようと心に決める。五万Gの出費で涙を流していたエレーナが知れば、気を失いそうな程の金銭感覚だった。


 装飾品を付けて身支度が済むと内謁に向かう。侍女達がすでに、すべての手配を済ませていた。


「応接室Bの間が用意されております。すでにスベイル様は、おいでになられておられます。サーヤ様は、あと五分ほどで到着になります」


 応接室Bの間に付くと、王子付きの侍女達が恭しく頭を下げてお辞儀をしてきた。軽く手を挙げて挨拶を返して部屋へ入っていく。


「やあ、ロベリア。こんな早朝にどうしたんだい?」


 義兄のスベイルが、いつもの軽い調子で声を掛けて来た。緩いウェーブのかかったプラチナブロンドと、甘いマスクは宮廷の女官達に絶大な人気がある。

 しかし早朝の非常呼集とはいえ、ナイトガウン姿での出迎えは、レディーに対して失礼だとは思わないのかと疑問に感じる。そこら辺が少しだらしなかった。


「朝早くから御足労願い、真に申し訳ありません」


 ロベリアは、形式ばった口調で頭を下げる。

 スベイルは、豪勢な革張りのソファーチェアーに、ゆったりと身を委ねていた。その他には、ガラス製のセンターテーブルがあるだけの質素な部屋模様だった。ローボードもキャビネットも家具類は何もない。周りの壁は石造りで窓の一つもなく額縁すら飾られていなかった。


 これは、盗聴を防ぐための処置で、内密の話をするための部屋だった。


「それで、勇者君に何かあったのかい?」


 爽やかな笑顔は崩さぬまま、要点は付いてくる。軽い調子から周りの者に馬鹿に見られがちだがうつけでは無かった。


「内容は、サーヤが来てからお話し致します」


 スベイルは、肩をすくめてみせる。なにか面白い話題は無いかと少し考え、極上の話があった事を思い出す。


「停学になったんだって? 授業にも全然出ていないようだし、卒業危ういんじゃないの?」


 スベイルは、さも愉快そうに破顔する。しかし嫌味な笑いでは無い。まわりに居るすべての者をなごませる特殊な才能が彼にはあった。


「停学になったのは単なる巻き添えで、私には何も落度は無いのです。それと学院に行けないのは、災厄対策に追われているからです」


 ロベリアは、いつもの無表情で答える。義兄の特殊能力も、ロベリアには通じていなかった。


「遅れてすみません」


 そう言って部屋に入って来たのは、宮廷魔術師のサーヤだった。少し尖った耳は、エルフと呼ばれる長耳長寿族の血が混ざっている事を表していた。格式を重んじるコスタクルタ王国に、オセリア連邦出身の者がいる事自体がまれな事であった。


 サーヤは深々とお辞儀をすると、ソファーチェアーに腰を下ろした。右手にスベイル王子、左手にロベリア王女という位置取りだ。


 サーヤは、内謁の発端人であるロベリアに視線を向ける。


「停学になったそうですね。王家の者で停学になった者は、ロベリア王女が初めてだそうですよ」

「停学の話は良いのです!」


 ロベリアは、思わす声を荒げてしまった。強固な扉は音を一切通さないが、外で待機しているであろう侍女達に聞かれたのではないかと不安になり、こっそりと扉に視線を向ける。


 スベイルが、何がおかしいのか笑っている。とりあえず、それは無視してロベリアは本題に入る事にした。


「このような早朝に集まって頂いたのは、勇者の嫌疑の掛けられた男の件で、重要な事項が分かったからです。

 お二方とも早朝から夜遅くまで諸国への対応や雑務に追われてお忙しい事や、私自身もノトーリアス・モンスターとの戦闘中に抜け出して来ていて時間も無い事から、このような時間帯になってしまった事を、お詫び申し上げます」


 そのように前置きしてロベリアは、二人を順に見回す。二人とも、その件で呼ばれた事は見当が付いていたようで、話の続きを促すように少し頷いただけだった。


「勇者の嫌疑を掛けられた男……タツヤ殿は、セント・エバスティール魔法学院高等部一年生のエレーナ・エルスミストさんが、使い魔召喚の儀式で召喚した『人間の男』だと思われていました」


 ロベリアは『人間の男』という部分を強調する。さすがに二人は眉根を寄せていぶかしむ。サーヤが開発したセンサーが、どんな物かはスベイルも知っている。とうぜん開発した本人も知っている。人間のバイタルデータをすべて読み取り解析する装置だ。

 十日前に、ロベリアの要請により作り上げたサーヤの最高傑作だった。


「まさか……」


 スベイルは真剣な表情で、ロベリアを見つめる。滅多に見せないスベイルの真顔をサーヤは固唾かたずを飲んで見守る。ロベリアは、いつもの無表情だった。


「召喚された勇者は、実は女性だったとか……」

「ちがいます」


 ロベリアは、間髪を入れずに即答する。


「じゃあ、亜人だったとか……? それじゃ、いまいちインパクトが弱いな……。魔王の手先だったとか……?」


 ロベリアは、スベイルを無視して懐から小さな水晶球を取り出すと、ガラス製のセンターテーブルに置き、両手をかざして魔法語ルーンを一言唱えた。


 水晶球は、淡い水色に輝きだす。そこには竜也のバイタルデータがすべて表示され、目まぐるしく数値を変えていた。


「まずは、タツヤ殿のバイタルデータを見てもらいます。ここにはタツヤ殿の生命兆候が映し出されています」


 どこか異常な数値を出している訳でもなく、普通の人間と同じような数値に、二人は小首を傾げる。


 ロベリアは、さらに右手人差し指を軽く振った。シャラランという軽快な効果音と共にメニュー画面が現れる。パーティーリストを開き、現在パーティーを組んでいる六人の詳細を出す。その画面の両端を持ってガラス製のセンターテーブルに押し付けると、画面はガラステーブルに重なった。


「次に現在のパーティーの様子を見てもらいましょう。現在はエレーナさんとタツヤ殿が、戦闘を繰り広げています。ドリーヌさんが戦闘サポートで、ジェレミーさんとセシルさんが先程から休憩に入っています」


 ガラステーブルに映し出されているのは、六人のステータスだった。

 これが何か? という顔でステータス画面を見ていた二人は、ある異様な現象に気付く。全員のステータスの数値が目まぐるしく動いている中、竜也の数値だけがまったく動いていないのだ。


 正確にいうと、先程まで戦闘を繰り広げていたジェレミーとセシルの体力と精神力は、最大値から半分近くまで減少している。その数値が休憩を取る事によって徐々にだが、回復の傾向にあるのだ。


 反対に現在戦闘を繰り広げているエレーナの体力と精神力は、徐々にだが減少傾向にあった。


 待機中のドリーヌの体力と精神力は変動なしだ。と思っていたら体力とSTR(ストレングス)が若干回復した。


 このようにステータスは、めまぐるしく変動しているのだ。しかし、その中で竜也のステータスだけは一切不変だった。


「これはどういう事ですの?」


 サーヤが、ガラステーブルに映し出されているステータスを眺めながら、いぶかしむように呟いた。


「タツヤ殿の呼吸や心拍数など、腕を手に取って確認してみれば誰でも分かる状態、または数字は、どこにも異常な所は見当たりません。

 ですが私の『将軍ジェネラル』の技能スキルによって表されている一般の人々が見られない隠しステータスを見てもらうと、通常の人間では有り得ない現象が見て取れます。

 例えば通常の人間は筋肉を酷使すると筋力は低下していきます。たっぷりの栄養と休養を取って初めて筋力は回復、増大します。

 これを超回復と言いますが、タツヤ殿の筋力アップの瞬間を、バイタルデータを収集している水晶球が記録に成功しているので、映像と一緒に見て下さい」


 ロベリアは水晶球を操作して、竜也とコモド・ドラゴンが対峙している所まで時間を巻き戻し、その様子を写し出す。


 『大トカゲ』が咆哮ほうこうを上げながら竜也に突進していく。竜也が剣を突き立てる。『大トカゲ』は怯まずに突っ込んで行き、尻尾の攻撃を繰り出す。その攻撃は竜也の頬を掠め、しころを吹き飛ばした。


 ガラステーブルに表示されている竜也の体力ゲージが、ガクンと削られる。数値にして百五十ほどが持って行かれていた。一切動かなかった竜也のステータスが初めて動いた瞬間だった。


 体力ゲージの横に表示されている精神力ゲージは不動だ。普通は何か行動を起こすにも精神力は使われる筈なのだ。

 特に意思を強くもって挑むような行動には、体力だけでなく精神力もけっこう使う筈なのだが、竜也の精神力ゲージは不動だった。


 次に変動があったのは、尻尾の攻撃を盾で真面まともに受けてしまった時だった。真横にある岩に叩き付けられて体力ゲージが少しだけ削られる。その後も『大トカゲ』との取っ組み合いで微量だが削られていく。


 相変わらずその他のステータスに変動は無かったが、『大トカゲ』を倒した直後に大きな異変が現れた。


 戦士のレベルが2になったのだ。体力や精神力の最大値が微量だが上がっている。計算してみると体力が11、精神力が3上がっていた。その他にもSTR(ストレングス)VIT(バイタリティー)といった他のステータスも1ずつ上昇していた。


「これはいったい、どういう事なんだい?」


 スベイルは顎先に指を持って行き、神妙な顔つきでロベリアに問い質す。


「実は、『将軍ジェネラル』の技能スキルを持つ者だけが、閲読えつどくを許されている古文書があります。王家の血を引く儀兄上なら存在くらいは知っていましょう」


 スベイルは、曖昧な態度で肩をすくめてみせた。知っているけど知らない、とでも言いたげな仕草だった。


「コスタクルタ王国の建国王サトシ・コスタクルタの書いた古文書です。何が書かれているのかは、ここでは言えませんが、実は建国王は異世界人なのです。そして、タツヤ殿同様、特殊な体質の持ち主でした」

「つまり、タツヤ殿は建国王と同じ世界から来たという事ですか?」

「現時点では、可能性があるというだけですが……」


 ロベリアは、サーヤの問いに曖昧に頷く。


「それで、これからタツヤ君どうするつもりなんだい?」

「タツヤ殿を、ぜひ我が夫に迎えたいのです」


 スベイルの問いにロベリアは、顔を赤らめながらもキッパリと宣言する。


「「えっ?」」


 スベイルとサーヤの言葉がハモった。その後の言葉が出て来なかった。相手は使い魔として召喚されたしもべなのだ。主人マスターとの絆は生半可な物では無い。そこへ割り込もうとでもいうのか。


 サーヤは泥沼の三角関係を想像して昇天しかけていた。勇者育成計画はどうなるのか? コスタクルタ王国の行く末はどうなるのか? 古文書の内容は、タツヤ殿を伴侶にする事と関係があるのか? そしてなにより、それよりも……。


 —— どうしてこうなった?


 スベイルとサーヤは顔を見合わせ、なぜこんな早朝に呼び出されたのか、もう一度考え直していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ