第三十八話
レクス・エールーカは大暴れをしていた。ボウフラのようなクネクネダンスを炸裂させている。ジャイアント・キャタピラーの倍はあろう巨体が暴れると、地響きは地震と勘違いをする程の揺れを惹き起こしていた。
「そこ、焼けてるわよ」
エレーナがコモド・ドラゴンの肉を取り分けた皿を竜也に渡す。
「ありがとう。ドラゴンの肉って初めて食べたけど、結構おいしいね」
「栄養満点。滋養強壮、疲労回復に強い効果があるから、いっぱい食べて体力付けてね」
竜也は、不思議な味がする竜の肉を頬張る。尻尾の部分は、たっぷりと脂がのっていてジューシーで甘い。
背の部分は鶏肉のようにさっぱりしているという具合に、部位によって味は全く異なっていた。
しかし、どの部位も珍味で絶品だった。
結局『大トカゲ』をさばいて肉にして、魔法袋に詰め込んで持って帰って来たのだ。国宝級アイテムに、生臭い匂いが付かないのか心配なところだ。
「ジェレミーさんとセシルさんは、食べないの?」
竜也は戦闘を繰り広げているロベリアとドリーヌと、それを見守るジェレミーとセシルを見やる。戦闘を繰り広げているロベリアとドリーヌは食べられない事は分かるが、ジェレミーとセシルは食事が出来るような気がする。
「万が一の為に戦闘員以外にも二名ほど控えておいた方が無難なので、ジェレミーさんとセシルが、戦闘している二人を見守っているのよ。心配しなくても交代で食べに来るわ」
竜也はテールスープを飲みながら、戦闘の様子を眺める。ブラックペッパーと岩塩、謎の香草だけで味付けされたシンプルな味だが、素材の珍品さも加味されて元の世界では真似の出来ない絶品グルメになっていた。
辛いわけでは無いのだが、食べているだけで身体が熱くなってくる。力がみなぎって来るのが分かる。竜也は夢中でエレーナの取り分けてくれた料理を平らげていった。
「私達の控えは十九時からで、戦闘は翌朝三時からなので、今のうちに仮眠を取っておきましょう」
エレーナに促されてテントに向かう。現在の時間は十三時半だ。寝るには早すぎるが、今晩は徹夜が予想されるので、眠くは無いのだが仮眠を取る事にする。
テントで横になって眼を瞑り寝ようとするのだが、なかなか寝付けない。当然だった。起きてまだ数時間しか経っていないのだ。寝付ける訳が無かった。
もう一つ寝付けない理由があった。身体が妙に熱いのだ。竜の肉の滋養強壮効果の表れだった。強壮剤には強精効果もあったのだ。
「ねぇ、エレーナ……」
隣で寝ているエレーナの肩をゆする。
「寝られないのは分かるけど、ちゃんと寝なさい。眼を瞑っているだけでも休養は取れるのよ」
声の調子からしてエレーナも、完全に寝ている訳ではなさそうだった。
竜也は、エレーナの毛布に潜り込む。
「ちょっと! なに入って来てるのよ!」
エレーナは竜也を追い出そうと蹴飛ばすが、竜也はしぶとく毛布の中で居残っていた。意外なところで竜也が強くなっている事を発見する。竜也を力で追い出すことが不可能な事に愕然とする。強くなった事は喜ばしい事なのだが、この状況では素直に喜べはしなかった。
「エレーナの嫌がる事はしないよ。ただこうやって一緒に寝るだけだから……良いでしょう?」
「本当に何もしない?」
「心を読んでくれても良いよ」
「本当に一緒に寝るだけだからね……」
エレーナは仕方ないというように、溜め息を吐きながら許可を出す。
しばらく二人は、一緒の毛布にくるまって眼を瞑っていた。
この状態で寝られる訳が無かった。余計に神経は研ぎ澄まされていく。相手の荒っぽい呼吸だけでなく、心音までもが感じ取れた。
エレーナは、いま自分が何を思っているのかを自覚して、その考えを読まれているのではないかと、固く身を縮めていた。
竜也の手の平が、そっとエレーナの胸に触れる。エレーナは、ピクリと身体を震わせた。
「こんな事は嫌?」
「嫌……じゃない…かも……」
エレーナも、大いに強精効果のある竜の肉を食べていたのだ。竜也以上に食べている彼女は、そのぶん効果も強大だった。
竜也は、そっとエレーナを抱き寄せる。エレーナは竜也に身体を任せていた。
その時だった。バナナの葉で出来たテントの屋根部分が吹き飛んだ。爆風のような風がテントを吹き飛ばす。レクス・エールーカは、テントの真横で大暴れを始めたのだ。
慌てて起き上がろうとした竜也とエレーナ目掛けて、粘着性のある糸が吐き出された。
「あらら。せっかくテントを作って下さったのに、壊してしまって申し訳ありません」
ロベリアは、竜也とエレーナを見下ろす。二人は一つの毛布に包まったまま、粘着性のある糸でグルグル巻きにされていた。
ジェレミーもやって来て、笑いを必死でこらえた顔で、その様子を見やる。セシルは呆れ顔で肩を竦めてみせた。
「ドリーヌさん。少しタゲを取っていてもらえませんか?」
「ええー! こんな面白い場面を逃したくないのにー」
ドリーヌは不承不承【閃光】の魔法で『R芋』の注意を引くと、元の戦闘場所へ戻って行った。
「さて、エレーナさん……。一つの毛布に二人して包まって、いったい何をしていたのですか?」
エレーナは、身動きが出来ない状態で必死にもがいていたのだが、やがて脱出を諦めた。
「仮眠を取っていたのです。私達の出番は十九時からで、戦闘は翌朝三時からなので、今のうちに仮眠を取ろうと思ったのです」
ジェレミーが、これ以上ないというくらいの嫌らしい笑いを顔に張り付かせて見下ろしている。セシルが呆れてものが言えない、というように溜め息を吐く。いつもは無表情なロベリアも、さすがに怒っているような顔立ちだ。
三人の顔を順に見回しながらエレーナは、パニック気味に言い訳を放つ。
「三日間くらいの連戦を、ものともしないエレーナさんらしからぬ発言ですね」
「私は大丈夫でも、タツヤの体力はそんなに持ちません。タツヤの為に仮眠を取ろうと思ったのです」
「エレーナさんも一緒に? 一つの毛布に包まって?」
「それは……」
エレーナは言葉に詰まる。
「ごめん。僕が夜這いをかけたんだ。エレーナは何も悪くは無いよ」
竜也は、エレーナを庇おうとする。
「あらあら……。まぁ、この状況で殿方が女性を守ろうとするのは当然ですよね。でもエレーナさんは主人として全責任があるのです」
ジェレミーは、ヤレヤレというように肩を竦めてみせる。
「タツヤ殿の腕にはめられたセンサーを、エレーナさんが学院を卒業するまで外れないように設定しなおしてもらいます。
あと、本当にタツヤ殿がエッチな事を考えると、アレが締まって激痛を与えるというアイテムを作ってもらうので、アレにはめて下さい」
「いや……それは本当に勘弁して下さい。もう二度とこのような不埒な真似はしないので、この糸を解いて下さい」
竜也とエレーナは『R芋』の強力な粘着糸に絡め取られたまま項垂れていた。
「罰として、このまま貴方達の出番が来るまでそうしていなさい」
ロベリアはそう言い残すと、戦闘に復帰していった。ジェレミーとセシルも控えの仕事に戻って行く。
「このまま十二時間以上も放置って……。これはご褒美?」
「何を言ってるのよ。変な事を考えていたら、またセンサーに感知されてしまうわよ」
懲りていない竜也にエレーナは、冷たい視線を向ける。
竜也が、もそりと身体を動かす。何か硬い物が下腹にあてがわれている感触に、エレーナは瞬時に腰を引こうとした。しかし、二人は抱き合ったような状態のまま『R芋』の強力な粘着糸に絡め取られているので、逃げる事は出来なかった。
「こんな時に何考えてるのよ! その狂暴化したモノを収めなさい!」
「これは自分の意思で、どうこうできる物じゃないんだよ」
竜也はそう言いながら、今度は手を動かす。手の平はエレーナの胸に添えられていた。
「あんっ!」
思わず声が漏れる。身体を動かして逃れようとするが、余計に色々と刺激が加わってしまう。
—— これは非常にまずい状況になってしまった……。
エレーナは二人抱き合った状態で、このまま十二時間以上も過ごさなければならない事に身悶えしながら、溜め息を吐いていた。




