第三十四話
結局、一同がゴズの森にたどり着いたのは、深夜を回った時刻になってからだった。
敵には、あれから遭遇しなかったが、小さな【灯り】の魔法の光だけでは足元も十分に照らせず、その先はもしかしたら崖かもしれない、という恐怖心から遅々として歩は進まなかった。
実際、踏み出した先の足元に地面は無く、危うく奈落の底に転落しかけた事も何度かあった。
宿営場所は、雨風が凌げる大きな木の下で、適当に切り出してきた草木で簡単なテントを、ものの三十分で作ってしまった。
その間、竜也は火の番をしていた。適当に枯れ木を集めて焚火にくべ、先程倒して持参してきた『コウモリ』を火で炙る。香ばしい食欲を誘うような香りは……してこない。というより、おおよそ食べ物とは思えないグロテスクな容姿は、見るだけでも受け付けがたいものがある。口に入れるなんてとんでもない事だった。
皆がテントを張り終えて、焚火の周りに集まってくる。
「ちゃんと焼けた?」
エレーナが『コウモリ』の焼き具合を確かめる為に一つ手に取る。
「ちょっと焼き過ぎかな……。もうちょっとレアな感じが良いかも」
革袋の中から取り出した氷漬けの『コウモリ』の内臓を取って下処理をする。塩コショウを振り、内臓の代わりに香草を詰めて串に刺す。そして火で適当に炙る。遠火で翼の被膜がイカを焼いた時のように丸まってくると、いったん火から外す。ナイフを取り出して翼を切断する。
「翼はコラーゲンが多くて美容に良いのよ」
そう言いつつ、まるでスルメでも食べているかのように噛み千切り噛んで食べる。残った胴は直火に掛けて手早く表面を炙る。中心まで火が通らない内に引き上げる。これでは中身は半生だ。
「これくらいの焼き加減が、一番いいのよ」
他の皆を見てみると、おおよそ同じような工程を経て、焼いた『コウモリ』を口に運んでいる。
上品に口に運んでいるが、そのモノ自体と食べている様子は悍ましすぎる。
「食べないの?」
エレーナが、怪訝そうに聞いてくる。
「しっかり食べないと、体力が持たないわよ」
竜也は首を振るばかりだ。
「タツヤ殿は、エレーナさんに食べさせて欲しい様です」
ロベリアが、また余計な事を言う。皆に取り押さえられ、無理やり口をこじ開けられて、身の毛がよだつ『カツオのたたき』ならぬ『コウモリのたたき』を無理やり口に突っ込まれるところを想像して怖気立つ。
「食べるよ……」
竜也は、翼の部分を小さくちぎり口に持って行く。何も味がしなかった。それはそれで有り難かった。
胴の部分は、ヴェリーウェルダンになるまで徹底的に火を通す。炭になっても構わないという気持ちで焼き焦がす。
エレーナが何をしているのかと、心配気にチラチラ此方を見てくる。皆は半生で次々に『焼きコウモリ』をたいらげていくが、竜也はまだ一匹目だ。
半ば炭化した『コウモリ』を口に運ぶ。塩コショウと香草でも臭みは消せていないし、骨ばかりで食べられる所も少ない。
—— 美味しく無いのは分かますが、しっかり食べないと身体が持ちませんよ。
エレーナの心配気な思念に、涙目になりながら『コウモリ』を平らげていく。
食べるという行為に、これだけ精神力を使った事は初めてだろう。皆は、あらかた食べ終わって焚火に当たりながら寛いでいる。
「では、夜も遅いので寝るとしましょう」
ジェレミーの提案に、皆は満腹になって眠そうな顔を見合わせる。
「もしかして、これからは使い魔に火の番や見張りをやらせておいて、私達は寝ていられるのでは……?」
ドリーヌの提案に、皆の眼が輝く。今まで使い魔が居ない時の野営は、交代で歩哨に立たなくてはならず、最低二人は起きて居ないといけなかったのだ。
「まさか僕にも、寝ずの番をしてろとか言わないよね……」
竜也は、恐る恐る尋ねる。
「セシルさんの使い魔のヒロシだけで十分よ。念のために私の使い魔のユウスケに落とし穴を仕掛けておいてもらうから、私達は早く寝ましょう」
皆は、さきほど作ったテントに向かう。
「胴鎧は脱がない事。寝る場所は右からロベリアさん、ドリーヌさん、私、セシルさん、エレーナさん、タツヤ殿です」
「僕も一緒に寝て良いの?」
「かまいません。明日も早いので早く寝た方が良いですよ」
皆は、我先にとテントに向かう。
簡単な木の骨組に、バナナの葉のような大きな葉を屋根にした簡素なテントには、毛布が一人一枚置いてあるだけだった。
皆は毛布にくるまると、すぐさま寝息を立て始める。
竜也も毛布にくるまって横になりながら、隣をそっと盗み見た。エレーナは、すぐさま安らかな寝息を立て始める。
小さなテントに六人が押し込められているので、肩が触れ合うくらいの距離にエレーナは居るのだ。この状況をどう解釈したら良いのか思い悩む。
信用されているのだろうか……? 悲しいかな、それは無いと自分で言いきれる。もしかして、誘ってる……? 一応、超のつくお嬢様方だ。それはあり得ない。ならば無警戒、こういう状況で襲われるとか思いもしてないのだろうか……?
色々考えていると、意識が朦朧としてくる。疲れている事は確かだった。停学初日、今日一日だけでも随分たくさんの出来事があったからだ。
朝一番にスベントレナ学院長から呼び出しを受けて停学になり、ジャイアント・スパイダーとの戦闘では、自分の身体を裁縫用の針で縫う事までした。
昼からは、この世界に来て初めて学院の外に出た。サラスナポスの町では、学院の外の世界の人々を初めて眼にした。
コルネホ山は凄まじく険しく、高山病の症状までは出なかったが、それに近い状態になりかけていた。
そしてヴァンパイア・バットとの戦闘では己の未熟さに歯噛みもした……。そして不味かった……。
取り留めもない意識の流れに、奈落の底に飲み込まれそうになる。必死でおっぱいに手を伸ばし、意識が飛ばないように掴み取ろうとしたが、エレーナの胸は掴みどころが無かった。
二つのおっぱいの質量の積に比例する淫力も、質量が無い場合は淫力も発生はしなかったのだ。
竜也の意識は、成す術も無く奈落の底に落ちていった。




