表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の勇者様 ~勇者育成計画~  作者: 荒木 リザ
第二章 竜也受難編
31/93

第三十一話 

 竜也が次に眼を覚ました時、まず眼に飛び込んできたのはエレーナの横顔だった。ほんの数センチ真横に自分と同じ方向を向いている顔がある状況に頭が混乱する。シャンプーのいい匂いと甘酸っぱいような汗の匂いが鼻をくすぐる。


 頭が覚醒してくると、どうやらエレーナに背負われているらしい事が分かってきた。ドーム広場からの帰り道らしく、鍾乳石を人工的に削って造られた洞窟の途中だった。


「気が付きました?」


 エレーナが竜也の様子の変化に気付き声を掛ける。


「うん……。降ろして」


 竜也は弱々しく懇願こんがんする。女性におんぶしてもらっているなど恥ずかしすぎる。


「大丈夫なの?」


 エレーナは心配気だ。自分で自分の身体を縫うという、かなり気力を要する作業をした後で、精神力が尽きて倒れたばかりなのだ。まだ安静にしていた方が良いのでは? と思っていた。


 竜也は自分の両足で地面に立った。脇腹の傷の様子は微かなしびれを感じる程度で痛みはほとんどない。巻かれた包帯が、かなり冷たい事に気付く。


「氷温麻酔よ。マンドレイク程の麻酔効果は無いけれど、副作用もやりすぎると凍傷になる位と比較的安全だから安心して」


 いぶかし気に包帯に手を当てて確認してみると、確かに氷を当てられているように冷たかった。


「ありがとう。痛みもほとんど無いし大丈夫だよ」


 一同は程なくして女子更衣室まで戻って来た。チラリと呪われた腕時計で時間を確認してみると、もうお昼過ぎだった。


 着替えを済ませ、食堂に上がる。食堂に居る全生徒が一斉に此方こちらを振り返った。六人が停学なった事は、もう全学院生の知る所となっているようで、みんな遠回しに此方こちらの様子をうかがっている。


 ジェレミーは、食堂の手前で立ち止まった。食堂に居る皆の様子や視線に怖気づいたように半歩後退る。真後ろを歩いていたエレーナに押されて、食堂内に無理やり入れさせられる。


「ちょっと……。エレーナさん……」


 エレーナは、ジェレミーの抗議の声を無視して、そのまま彼女を押しながら食堂に入っていく。


「じきに慣れますわ」


 そう言いつつ、空いているテーブルを見つけてそこへ座る。他の皆もそれに習う。ジェレミーも渋々そこへ腰を下ろした。


 停学になってさらし者にされる事になんて慣れたくはない。剣術教官なんて引き受けなければ良かったと後悔の念に駆られるが、いったん引き受けたものを途中で放り出すような真似は出来ない。


 他の皆はどう思っているのかと、こっそり様子をうかがう。ロベリアは、細かい事には無頓着な性格なので、視線を意に介している様子はない。


 ドリーヌも、まったく平常心だ。町に出れば全ての男の視線を一身に受ける彼女は、場馴れしているようにも見える。その様子は、CHR(カリスマ)の特殊技能を持った女優としての才覚が垣間見える。


 唯一親近感がわく反応を示しているのがセシルだった。落ち着かなげに、こっそり周りの様子をうかがっている。


 皆が、席の予約代わりに私物を机上に置いて席を立つ。竜也だけがエレーナに待っているように言われて席に座ったままだった。


 ジェレミーも厨房のカウンターへ向かおうと席を立ちかけた時、ジェレミーの前に人影が立ちはだかった。いぶかしげに見上げると、シェリルが満面の笑みを浮かべて此方こちらを見下ろしていた。


「ごきげんようジェレミーさん」


 粘つくような声のトーンは、満面の笑みと相まって底知れぬ嫌悪感を抱かせる。何時も連れ立っている侯爵三人娘の一人だが、親友という間柄では無い。能力的に優秀なのでよくパートナーとしているだけの関係だった。


「エレーナさんと親しくするようになったのですね。せいぜいエレーナさん共々、成績を落として下さいね」


 シェリルは満面の笑みで毒を吐くと、カウンターから帰って来て不審そうに首を傾げているエレーナに会釈をしてその場を立ち去っていった。


「どうかしまして?」


 エレーナの問いにジェレミーは、何でもないと答えて厨房のカウンターへ向かうため席を立つ。

 頭の中は先程のシェリルの言葉で埋め尽くされていた。エレーナばかりを敵視して、他を顧みなかったのだが、すぐ真後ろにはシェリルが爪を研いで待ち構えていたのだ。


 シェリルだけでは無い、ローレンスもおっとりした性格であるものの、魔力総量はシェリルの上を行く。もしローレンスがミルドレッド程のしっかり者であったなら、間違いなくシェリルの上を行く逸材なのだ。


 そしてドリーヌと熾烈な学年五位争いを繰り広げているミルドレッドも侮れない。侯爵三人の中では一番のしっかり者のミルドレッドは、この気に策略を巡らせるくらいの事はする。もしかしたらシェリルを使って揺さぶりを掛けてきたのは、ミルドレッドではないかと勘繰りさえしてしまう。


「シェリルさんに、何か言われたのですか?」


 無意識に厨房のカウンターへ行き、トレーに山盛りのサンドイッチとシチューの皿を持って帰って来たジェレミーに、エレーナが心配気に声をかける。


「別に何でもありません」

「シェリルさんの事は、気になさらなくて大丈夫ですよ。私も気にしていません」


 ジェレミーは釈然としない疑問に眉をひそめる。エレーナは、現在シェリルにさえ序列を抜かされているのだ。もう学年首席争いを諦めたのかといぶかしむ。


「私は貴女をも気にしていません。必ず私が学年首席に返り咲くからです。ですから貴女は、私の事だけ気にしていれば良いのです」


 エレーナは、絶対的自信を見せて豪語する。

 それを見てジェレミーは、普段の余裕を取り戻し、不敵に笑ってみせた。


「ご忠告、感謝いたしますわ。では、私からも忠告を……」


 ジェレミーは、意味深な視線を竜也に向ける。


「タツヤ殿との逢瀬おうせを楽しむ暇は与えませんので、そのつもりでいて下さい」

「それは私も全力で阻止いたします」


 余計な所でロベリアが、しゃしゃり出てきた。そして二人の冷たい視線を、ものともせず続ける。


「私も皆に、どのように思われようと気にしていませんよ」

「ロベリアさんは無頓着すぎるので、むしろ気にした方が良いですよ」


 すかさずドリーヌが、突っ込みを入れる。


「ごきげんよう皆さん」


 そこに声を掛けてきた者が居た。ナターシャだった。ゴシップクィーンの彼女は情報収集がやたらと早い。停学の件でなにか聞かれるのかと一同が身構えていると、その先を話し出した。


「アルゲントゥム・ウィーウムの件、聞きましたわよ」


 『銀のスライム』の名が出た途端、食堂内に居るすべての者の注目が、ナターシャに移った。隣の席で、エレーナと竜也の関係について必死で聞き耳を立てていた者達までナターシャに視線を向ける。


 『銀のスライム』の件は大半の生徒達が知らない事柄のようだった。いったいあの凶悪なモンスターが、この六人とどう関係しているのか聞き逃すまいと、ナターシャに視線が集中する。


 目立ちたがり屋でもあるナターシャは、皆の視線を一身に浴びている事に歓喜の笑みを浮かべながらテーブルに着いている六人を順に見回し、竜也に視線を止めた。


「タツヤ様は、かの悪名高いノトーリアス・モンスターであるアルゲントゥム・ウィーウムの新しい攻略方法を考案されたとか……。その知識は失われた旧世界の知識にる物なのですか?」


 学年トップクラスの精鋭であるとはいえ、六人で『銀のスライム』と戦ったという話に皆が集まってくる。


「確かに新しい攻略法をタツヤ殿が考案いたしましたが、検証も済んでいない状況ですので発表していないのです。それに無謀極まりない行為である事には、変わりありません。皆さまも騒がれないようにお願い致します」


 ジェレミーが皆を鎮めようとするが、人だかりは増す一方だ。停学になった経緯から、ジャイアント・キャタピラーの殲滅の理由まで色々と聞いてくる。


「いったい何を騒いでいるのですか?」


 不意に食堂入口から声が掛かった。スベントレナ学院長だった。後ろには三人の先生方の姿も見える。食堂での騒ぎにやって来たようだった。


 スベントレナは、六人が座る席まで移動する。


「ジャイアント・キャタピラーの死骸の処理は、終わったのですか?」

「すべて私とロベリアさんの使い魔で埋め立てました」


 ジェレミーの返答に、スベントレナは小首を傾げる。ジェレミーの使い魔はモグラなので埋め立てられるのは分かる。しかしロベリアの使い魔は、蝶のようなはねを持つ妖精竜なのだ。その姿からは、穴を掘る姿は想像できない。


「私のソウイチロウの特殊能力である、他の使い魔の特殊能力コピーを無理やり使わされたのです。私のソウイチロウが、モグラの真似事をさせられたのです」


 ロベリアは、今にも泣き崩れそうな表情で涙を拭うジェスチャーをして見せる。


 ジェレミーは、その芝居がかった仕草に、眉根が痙攣けいれんする事を抑える事が出来なかった。


「ユウスケ一人では『芋』の死骸を埋め尽くすのに時間が掛かりすぎるので、仕方が無かったのです。せっかく他の使い魔の特殊能力をコピー出来るのですから、有効に使わないといけませんわ」


 ロベリアの泣き真似と、真似事などとユウスケをおとしめられた事に、ジェレミーは憤慨しながらロベリアを睨み付ける。


「作業が終わったのなら、まず報告をお願いします」


 スベントレナの注意にジェレミーは素直に謝った。今までは、エレーナが上位者で報告などは彼女がやっていたのだ。忘れていた自分が悪いのだが、助言くらいくれても良いのにとエレーナを見やると、竜也とアイコンタクトの真っ最中だった。


 その様子に、またしてもイラッとさせられる。今までは、心を読まれる事に嫌悪感を抱いていた彼女だが、二回目の停学の日以降、竜也との思念のやり取りを楽しみにしている節が見受けられるのだ。食堂で、ラウンジで、果てはシャワー室でまで寮謹慎中に彼女は竜也との交信に夢中だった。

 絶対にエレーナには負けたくない、という思いが再燃焼する。


「午後からは、ゴズの森へ行ってもらいます。戦闘はタツヤ殿メインで行う事。他の方々はバックアップに徹して下さい。それで四月三十日、氷曜日の十七時までに出来るだけ多くのジャイアント・キャタピラーの卵を、この袋に詰めて持ち帰って下さい」


 ジェレミーは、スベントレナ学院長が差し出す袋を受け取る。魔法袋マジックバックという国宝レジェンダリー級のアイテムだ。中は亜空間となっていて、袋の口の大きさくらいの物なら際限なく詰め込めるという、とんでもないアイテムだった。この大陸の魔法技術では作成不可能で、現在貿易も途絶えている事から、入手は困難を極める一品だった。


 その魔法袋の価値を見抜いた数人が、どよめきの声を上げている。ジェレミーも震える手で受け取った魔法袋を眺めていた。


「この学院の運命は、彼方達にゆだねます。このアイテムを託すという事は、それほど重要だという事です。では、くれぐれも安全第一でお願いしますよ」


 スベントレナ学院長と、他の先生方が食堂を出て行くと、生徒達は声を殺してはしゃぎだした。


 ジェレミーは、皆の要望に応えて魔法袋の口を開けて中身を見せたり、何処から取り出してきたのか、誰かが持ってきた二メートル近い大剣を魔法袋に入れたり出したりして遊んでいた。


「皆さん、国宝レジェンダリー級アイテムで遊ばないようにお願いします」


 エレーナにピシャリと言われ、皆は落ち着きを取り戻す。ジェレミーは一緒になって舞い上がっていた自分を恥ずかしく思いながら身を縮める。


 それから六人は食事を終え、ゴズの森に行く準備に取り掛かった。

 いったん装備を整えるために、地下迷宮ダンジョン入口の武具の格納庫へ向かう。竜也以外の装備は先程と同じものだ。変更点は鎧の上にマントを羽織っている事だ。エレーナとセシルはフードを被り日除け対策万全だった。


 問題の竜也の装備は、全員が頭を捻っていた。女性用の鎧で外を出歩くのは、さすがに恥ずかしいと駄々をこねだしたのだ。確かにゴズの森へ行くには、いったんサラスナポスの町に出なければならない。人目にも付くので、真面まともな身なりをさせてはやりたい。


「エレーナさんの鎧なら、男性用の鎧とまったく区別が付かないのでは?」


 と、ロベリアがまたしても失礼な提案をしてきたが、肩幅が合わずに着る事が出来なかった。


 結局、初期装備である皮の服で町まで行き、そこで既製の鎧を買う事に決定した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ