月と太陽
名は体を表す、という。
朋美と陽子は一年のときに同じクラスになって以来、仲が良い。
それは三年になった今も変わることはなかった。
朋美は月のよう。
美しく、気まぐれ。
陽子は太陽のよう。
おおらかで優しい。
そんな二人はいつも一緒にいた。
「雨」
下校しようとしたら雨が降っていた。
朋美は昇降口で立ち止まる。
隣には陽子がいた。
「大丈夫。折りたたみ傘があるから」
そう言って笑う陽子。
朋美は陽子を見て言った。
「でも傘は一つしかない。
私は駅に陽子は反対のバス停に行くじゃない。
どうするの?」
こうするの、と陽子は朋美に傘を渡した。
「バス停まではすぐだから、私は走れば平気だよ」
折りたたみ傘は小さくて二人で入ることは出来そうにない。
「ありがとう。じゃあ、借りるよ」
朋美はそう言うと傘を広げ昇降口を出て行った。
少ししてから陽子は鞄を頭に乗せ、雨の中を走り去った。
心無いクラスメイトがこの日の二人のことを話しているのを聞いたのは、数日後のことだった。
「朋美って冷たいよね。
陽子の傘を奪って帰ったんでしょ?」
「うん、本当にすごいよ。
いくら美人だからって、それは酷くない?」
朋美は教室に入らずに聞いていた。
言いたい放題。
それでも別に構わない、と思った。
分かってくれるのは陽子だけでいい。
理解されたいとも思わない。
「どうして陽子は朋美と一緒にいるんだろうね?
私だったら絶対嫌だな。
だって彼氏だって取られちゃうじゃん」
そう言って笑う声は楽しそうだ。
朋美は目を閉じてそれを聞いていた。
「美人の隣にいたら余計自分が惨めなのにね~」
あはは、と笑い声が廊下に響いた。
朋美は閉じていた目を開けた。
そうして教室の扉を開ける。
中にいたクラスメイトは朋美の姿を見て驚いたようだ。
朋美は何も言わず自分の机に寄り、鞄を取ると教室を出て行った。
「何あの態度。ムカツク」
聞こえるようにワザと大きい声で言い放つクラスメイトの声が背後から聞こえたが、朋美は気にしなかった。
分かるものか。
お前たちに分かってたまるものか。
私たちの関係はそんなに簡単に崩れたりはしないのだ。
陽子と仲良くなって半年が経った頃だろうか、朋美は陽子に聞いたことがある。
「どうして私と仲良くしてくれるの?」
陽子はキョトンとした顔をして朋美を見た。
「どうしてって、気が合うからだよ。
一緒にいると楽しいし。
それがどうしたの?」
さも当たり前、というように言う陽子。
朋美はあまり友達がいなかった。
容姿のせいもあり、それから性格のせいもある。
「だって、私といると彼氏を取られるって皆言うし。
性格悪いでしょう?」
「平気よ。
彼氏いないし、性格悪いなんて思ってないし。
それに美人の傍にいると私にも何かおこぼれがあるかもしれないし」
ほら、私の方が性格悪いよ、と陽子は笑った。
何それ、と朋美も笑った。
嬉しかった。
陽子はきっとずっと仲良くしてくれる。
初めて親友と呼べる存在。
おおらかな陽子の性格に、朋美は何度救われただろう。
だから、陽子が理解してくれればいい。
他に何を言われようと、気にしなくていい。
何も悲しむことなどないのだ。
朝、教室に着いたら声が聞こえた。
陽子の声だった。
「自分の言っていることが分かっているの?」
それは怒っている声。
どうしたのだろうか?
「何よ、陽子だってそう思っているんでしょう?
自分はいい子ぶって、バカみたい!」
それは、この前朋美の悪口を言っていたクラスメイトだった。
「人の気持ちって考えたことある?
傷つかない人なんていないんだよ?
ずっと前から言いたかった。
朋美はいつだって人の気持ちを考えている。
誰かの悪口なんて言った事ない。
それなのに、朋美の事を悪く言って、恥ずかしくないの?」
ああ、陽子が怒っている。
それはとても珍しい光景だ。
しかも朋美のことで。
止めなければ、と思ったが動くことが出来なかった。
「あなた達に何が分かるの?
私達の何が分かるの?」
怒りを抑えた静かな陽子の声に、朋美は我に返った。
「陽子。いいよ」
そう言って陽子の傍による。
陽子はまだ言い足りない、という顔をしている。
「大丈夫。私は陽子が分かってくれればそれでいい」
だから平気、と朋美は笑った。
「…朋美がそう言うのなら。
でも、今後一切朋美の悪口は言わないで!」
と陽子はクラスメイトに釘をさした。
その様子に朋美は苦笑する。別にいいのに、と。
月と太陽は正反対でも傍にいることが運命なのだろう。
離れられない運命なのだ。
だから私達もきっとそう。
これからも、一緒にいるだろう。
大学に行って、就職して、結婚して、それでも私達は離れることはないのだ。