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ここだけの話=拡散希望ですよね

 久々の短編です!

 その日、王国の上流階層である王族と貴族の間に激震が走った。

 きっかけはたった一人の少女だった。


「――ヘテンナイク、お前の王位継承権および王籍を剥奪する」

 年に一度、開催される国内の貴族たちにとっての最大のイベントである建国記念式典。その中でも目玉とされる国王主催の舞踏会は開会式よりも先に国王の息子が廃嫡されるという異例の始まりだった。


「……なっ!?なぁああああああ!??」

 これにはいつもは偉そうにしている王子も驚きを隠せなかった。

「…理由はわかっているな?」

 まさか、ここで全く分かりませんなどと言えるはずもない。というよりも王子自身も舞踏会で重大発表しようとしていただけに、この情報は寝耳に水過ぎてどうするのが正解かさっぱりわからなかった。

 ――ので、とりあえず周囲を見渡しドッキリの可能性を探してみた。


「皆の中にも理由を知る者はいるだろう。だが、あえてここで正式に発表する。余はヘテンナイクを王籍から外す!理由は――」

 語られたのは、これから王子が発表しようとしていた内容だった。

 ただ、結末は予想を大きく裏切っていた。

「――婚約者である侯爵家令嬢エテカーナとの婚約を己の身勝手で破棄しようとし、さらにその際王権を振りかざそうとしたためだ!!」


 ここまで来て、王子はようやく状況を飲み込んだ。

 そして、この結末を迎えることになった原因の人物の名を叫ぶ。

「お前か!チュクアピア!!」

「……ええ、そうですよ」

 名を呼ばれた少女は、いつも通り表情を変えることなく頷いた。





 事の発端は一か月前のこと。

 ある日、王子は幼馴染であり従妹でもあるチュクアピアにあることを打ち明けていた。


「チュカ、決めたぞ。俺は愛に生きる」

 チュクアピアはこの時、「…そうですか」と答えたそうだ。国の将来を左右するかもしれない人物の発言なのに、関心がなさそうな態度だが、これが彼女にとっての正常運転であった。

 彼女、チュクアピアは生来の生真面目さと無愛想が売りという変わった少女。そのため、公爵家という王族と縁戚関係にあるにも関わらずすり寄ってくる取り巻きすらいない。


 そんな従妹の性格を知り尽くしている王子は自分の考えを語っていく。

「…元々、エテカーナとは相性が悪かったんだ」


 婚約者であるエテカーナは勝気な性格で、常に自分が勝者であろうとし周りにも完璧さを求めていた。

 そして、ヘテンナイクはむしろダメなところが目立つタイプの人間だった。

「いつも比べられて息苦しく、生きた心地がせなんだ。そんな俺に彼女は優しく接してくれたんだ」

「……要約すると、他に好きな女ができたということですか?」

 チュクアピアは自分には理解できないが、こういうことかなと推察して尋ねる。

 すると、ヘテンナイクは面白いように顔を赤らめ、肯定した。


「こ、ここだけの話だぞっ!」


 ――とまあ、ここまでならばよくあること。


 それからヒートアップしたヘテンナイクは暴走を続け、終いには

「建国記念式典でエテカーナとの婚約を破棄し、彼女を妻に迎える!!」

 そう宣言するに至ったのだった。

 まあ、経緯を鑑みるともしかしなくてもチュクアピアが悪いような気がしてこなくもなかったりする。

「あっ、言っておくが今のはお前だから話したのだからな!『ここだけの話』だ。誰にも言うなよ!」

 早速計画を練らねばと足早に去っていくヘテンナイク。場にはチュクアピアだけが残されていた。


「……ふむ、『ここだけ』ですか」

 もしも、この時その場に残っていれば未来は少し変わったかもしれない。あるいは、チュクアピアのいつもと違う感じに気づいていれば…。

 まあ、今更言っても始まらない!




「陛下、妃殿下――お話があります」

 チュクアピアは王子が去った後、しばらく考え込むようにしていたが何かを思いついたかのように動き始めその足で国王夫妻を訪ねていた。

「実は先程、ヘテンナイク様より大変なことを告げられまして……」


 先に断わっておくが、チュクアピアは本当に生真面目な少女だ。彼女はこれまでも『ここだけ』や『内緒』の話を多くの者から語られているが、それを第三者に話したことは一度もない。

 では、なぜ今それを破ったのか?

 ――それは、いつもいつも真面目過ぎてつまらないと言われていたからだった。

 別に好き好んで真面目にしているわけではない。

 生来の性格がそうなのだ。ただ、周りからの評価はつまらない人間という枠を出ない。それならば、勉強してそれを破ろう!

 どこかずれているチュクアピアはそう考えた。


 そして、学んだ事柄の中に『ここだけの話』はほぼ拡散希望と同義語だということがあったのだ。

 だからこそ、チュクアピアは真実を噂として広げるために行動することにした。

 最初に国王夫妻を選んだのだって、一番影響力があって拡散力が強いと考えたからに他ならない。そこに息子のことだから親に相談したなどという合理性や優しさは一切存在しない。


「なっ、なんということだ……」

「信じられないわ…。まさか、そんな……」

 信頼をしている姪っ子から告げられた内容に国王夫妻は頭を抱えた。


「チュカ、この話は他には漏らしておるまいな?」

「もちろんです」

「では、これは()()()()に留めておいてくれ。儂らは対応をせねばならん」

「わかりました」


 もちろん、この時もチュカは学んだとおりに行動した。

 そして、その日のうちには王宮全体でヘテンナイクが婚約破棄をするという噂が広まった。国王夫妻はチュクアピアが漏らすとは思えないから、バカ息子が暴走したかとさらに頭を悩ませることになったという。






 ――そして、当日。

 ほぼほぼ出来レースだが、当人であるヘテンナイクが知らないままに彼の廃嫡が告げられたというわけだ。

「ここだけの話だと言っただろう!?俺はお前を信頼して話したのだぞ!」

 王子の言葉に、チュクアピアは親しい人間ならば辛うじてわかる程度に頬を緩め、

「わかってますよ?だからこそ、噂を広げたんじゃありませんか」

「……へっ!?」

「――だって、ここだけの話っていうのは拡散してほしい事柄について言うときの常套句でしょう?」

 理解を示すように優しく告げたのだった。


「ほら、いつも王子がおっしゃってたじゃありませんか。私は無愛想だし、真面目すぎてつまらないからジョークでも学んだ方がいいって」

 だから頑張って勉強しましたと胸を張って答える彼女に、被害者である王子――元王子は開いた口がふさがらなかった。まさか、こんなタイミングでその勉強の成果が発揮されるなんて…………空気を読めないにもほどがある!

 絶望で膝を付く王子というのはこの先見られない光景かもしれない。もしも余興だったら結構ウケたのではないだろうか。


「チュカ!あの時のは、本当の意味で『ここだけ』の話だったんだ!」

 おかげで計画が台無しだと叫ぶ王子に対し、やはり空気が読めていないチュクアピアは逆に質問を返した。

「…そうだったのですか。では、どの時の『ここだけの話』をすればよかったのでしょうか?」

 この時の質問に深い意図などなかった。

 ただ、裏切られた気がして彼女を責めただけのはずだった。それがまさかあんなことになろうとは…。






「例えば、王子が昔壊した国宝のことでしょうか?たしかあの時は、壊れたのはここだけの話で絶対の秘密だとおっしゃっていたような気がしますが?」

 語られた内容に王子だけでなく、その場にいた全員がギョッとした。

「それとも――女体に興味があるから浴場を覗きに行って王妃様の裸を見たことでげんなりして帰った時のことですか?」

 世間知らずで王族専用の大浴場に女性の裸を見に行ったという消し去りたい過去を暴露され、今度こそ王子は意気消沈した。

 何よりも母親からゴキブリを見るような目で見られることに恐怖を感じていた。


 そこからもチュクアピアの暴露話は止まらない。


「も、もう……やめ、て」

 次々と黒歴史を白日の下に引っ張り出され、とうとうヘテンナイクは懇願した。

「あら?違いましたか?」

「……俺が言いたいのは、そういうことじゃなく………」

 明らかに元気のない王子の様子を訝しむチュクアピアはまたもや見当違いも甚だしい方向に舵を切った。

 それはこの場の雰囲気を壊してほしいと願っている王子の願いを叶えるものになった。


「もしかして、王妃様のことでしょうか?」

 思いついた言葉をそのまま声に出したチュクアピアだった。

 それまでどことなく愚息の公開処刑を楽しんでいる雰囲気すらあった王妃が、初めて怒り以外の感情をあらわにする。そう、焦燥を。


「チュクアピア?もうその辺でいいんじゃない?」

 宥めるように猫なで声でチュクアピアを止めようとする王妃の様子に――このままでは一人だけ大けがを負うと察した王子が立ち上がり、強引に説明を求めた。


「――それは、王子がまだ王妃様の胎内にいた頃のお話です」

 太后と王妃は仲があまり良くなかった。

 俗にいう嫁姑問題が勃発していたのだ。

「王妃様はストレスを溜めこむのはお腹の中の王子によくないと考えました」

 かと言って、誰かに愚痴を溢すわけにもいかない。

 そんなことをすれば、子供が生まれた瞬間に王宮を追い出されかねない。

「…そう考えた王妃様は苦肉の策として、太后様への愚痴と呪詛を歌にして歌い続けました」


「……そう言えば、よく王妃の部屋から何か聞こえていたな」

 このタイミングでわざわざ口を挟まなくとも…。誰もがそう思ったが、一度口から出てしまった言葉を元に戻すことはできない。

 王妃から睨まれ、気まずそうな表情を浮かべる王に対し居並ぶ諸侯からは同情と呆れの混ざった視線が向けられた。


「王子は無事に誕生しました」

 話もいよいよ佳境――そこで王妃はすすすとチュクアピアに近づいていく。

「(チュカ?あの、どこまで話すつもりなのかしら?)」

 ここにきて往生際の悪いと誰もが思っても口にすることはできない。だが、やはりここでもバカな王子は行動してしまった。

「母上!往生際が悪いですぞ!チュカ!ここだけの話はすべて暴露せねばならんのだ!言えっ!」

 王子はすでに廃嫡されたことを忘れていた。

 おそらく、この騒動の後で王妃様は最後に親子としてお話合いをすることになるだろう。

「…では、失礼して」

 そして、この状況でも空気を読まない。それがチュクアピアクオリティー!

 チュクアピアは王妃が最も嫌だった爆弾を投下する。


「…誕生された王子ですが、呪詛の言葉が効果を表したのかそれとも日頃の愚痴が影響したのか太后様にはついぞ懐くことがなく……」

 ふいと感慨にふけるように視線を逸らすチュクアピア。

 話を聞きながら、王宮勤めの者たちは事実そうだったなと亡き太后の姿を思い浮かべていた。だが、これは爆弾ではない。じりじりと導火線は燃え続けている。

「――そして、王妃様はその様子を見て一人万歳三唱をして喜んでいたそうです」


「…………」

「…………」

「…………」

 爆弾が爆発した。

 王も王妃もその息子も誰一人として言葉を発しようとはしなかった。

 いや、誰も何も言えなかったという方が正しいかもしれない。

 投下された爆弾のあまりの威力に普段は王族の弱味をそれこそ重箱の隅をつつくように探る諸侯たちでさえ音一つ立てないように細心の注意を払っていた。

 緊張が高まる中、ついには王妃が立ちくらみを起こしたようにその場に倒れる。しかし、それでも王妃が怖いのか誰一人助けようとはしなかった。

 見かねた侍女が助け起こすが、その際体を支える以上に手足を押さえるほうに人員を割いていたように見えたのは気のせいではないだろう。


 ――それからもチュクアピアによる暴露大会は続いた。

 皆、真面目で無口だからと色々な相談に乗ってもらっていたのか災いして会場は阿鼻叫喚に包まれる。


 中でも一番怒声が上がったのが、国王の秘密であり、国宝であり王の証を以前うっかり壊してしまいこっそり直したという秘密には自身の秘密をばらされて意気消沈していた官僚たちも一斉に王に詰め寄ったほどだった。


 こうしてただ王子への制裁の場だったはずの舞踏会は誰も踊ることなく閉幕を迎え、チュクアピアは国内で最も敵に回してはいけない人物として集まった者たちの頭にインプットされた。

 おそらく最後に放ったあの一言が効いたのだろう。


 チュクアピアはひと通りの秘密を暴露した後、こう言った。

「――言い忘れていましたが、ここだけの話」

 この前フリのようなセリフに、元気のある一部の者は行動に移そうとしたものの大半が逆らう気力を失っておりなされるがままだった。

「私、こう見えて意外とおしゃべりが好きなんですよ」

 にこやかに自分の持つ手札がまだまだあることをアピールする彼女に、王たちは一斉に行動した。

 自分たちの秘密をばらさない代わりに要求をのむとたった一人の少女に大のそれもこの国重鎮たちが詰め寄る様は……ハッキリ言って見苦しかった。


 多くの秘密を知る彼女は下手に手元に置くわけにはいかないということでヘテンナイクの弟を婚約者としてあてがわれたが、そんなことよりも生きがいを見つけた彼女は外交官となり、多くの国から有利な条件をもぎ取ることになるのだった。

 その時にはもはや無愛想で生真面目なチュクアピアは存在せず、どこか妖艶さを漂わせる魔性の女がいた。






 ちなみに、本来のメインであったヘテンナイクの処分はというと……王が初めに宣言したように廃嫡が決定し、舞踏会という名の暴露大会の閉幕と同時にただのヘテンナイクとして地方の労役に回されたという。

 彼がどのような人生を送ることになるのかは――ここだけの話よくわかっていない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 実は…… ここだけの話なんですけど…… 面白かったです。
[一言] 面白かったです。
2016/05/03 23:27 退会済み
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