表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機械仕掛けの神の国  作者: 壷家つほ
第四章 傀儡の葬送
78/78

01. 目覚め

 昼夜なく濃紺の闇に沈む冥界地下最深部――その一角に黒水晶に似た巨大な結晶で埋め尽くされた洞窟が存在する。これらの結晶は自然発生した物で、稀に素材として使用されることもあるけれども、基本的には景色を彩る装飾として放置されていた。

 だが、内一本だけは趣を異にした。問題の結晶は一際大きく、内部に罪人の魂を封じ込めている。

 結晶に囚われた罪人は、凡そ千年の歳月を眠ったまま過ごしてきた。〈神術〉による深い深い眠りだ。にも拘らず、どういう訳か今この瞬間に罪人は目を覚ます。ぼやけた頭の中で、彼の者はまず「此処は?」と呟いた。続いて、こう考える。

(ああそうか、私は死んだのだった。ならば、此処は冥界か)

 不意に、彼女は郷愁と嫌悪の両方を覚える。洞窟から然程遠くない場所に漂う気配に誘発されたのだ。

(この神気は……)

 ややあって、彼女は内側を黒い感情で満たす。直後、檻代わりの結晶は彼女の怪力によって叩き割られた。



   ◇◇◇



 同じく最深部にある湖の畔では、二柱の神が黒く視界の悪い水中を睨んでいた。一方は大柄な人骨の見た目をした死神モルドリス、もう一方は元水精という出自に見合った青い肌を持つ腐神オデュレッタである。

 腐神は櫂の如き木製の棒を握り、水中に沈ませたものが他所へ流れていかぬよう、神力を込めて押さえ付けている。表情は険しい。

「オデュレッタ、そろそろ休んではどうだ? 冥界に属する神の一柱とは言え、働き詰めでは疲弊もしよう」

 腐神の顔に疲労の色が浮いているのを見て取って、今まで腕を組んで眺めるだけだった死神が声を掛けた。しかし、相手は頑なだ。

「いいえモリドリス様、どうか止めないで下さいまし。私は己が失態の後始末をしなければならぬのです」

 呼吸器官を持たないのに、死神は溜息に似た素振りをする。

「此度の件は其方に非はない。誰も責めてはおらぬ。何せ相手はあの渾神だ。出し抜かれても仕方がない」

「いいえ、『仕方がない』で済ませてはなりません。災厄の火種、今度こそ必ず消し去らねば」

「オデュレッタ……」

 再び作業に没頭する部下を見て、死神は肩を落とした。無論、命じた側である彼もこの仕事に失敗や手抜きが許されないことは承知している。ただ、彼女にしか熟せない仕事という訳でもない。だから、彼は交代を提案するつもりいたのだ。相手の気迫に負けて、言い出し辛くなってしまったが。

 死神は腐神から離れる。然る後に、密かにまた溜息を吐こうとした。必然的に意識が腐神以外へと向き、結果として彼は第三者の気配に気付いた。死神はこれまでとは打って変わって高位神に相応しい威厳と冷淡さに満ちた声音で告げた。

「不敬であるぞ。姿を見せよ」

 すると、意外にも相手は素直に彼の言葉に従った。樹木の陰より現れた不審者を視界に収めた死神は、中身の入っていない眼窩を赤く光らせて驚いた。

「其方は――」

 言い掛けて、死神は「ぐっ」と苦悶の声を出す。突如側に迫った不審者に、首を締め上げられたのだ。直前までは「大方眷族が何かしらの報せを持って現れたのだろう」と高を括っていた腐神もその声で漸く危機を察し、櫂の先を固定したまま振り返った。身動きがし難い状態だ。お陰で彼女もあっさりと不審者に打ち倒されてしまった。

 不審者は腐神の手から離れて倒れ掛ける櫂を代わりに握った。次に、櫂の先端に目を遣る。そこにあるのは死者の魂体だ。十歳位の子供の姿をしている。黒色の水によって少し色褪せて見えるが、恐らくは赤い髪をした少女だ。

「これは……」

 不審者は目の色を変えた。少女の気配には覚えがある。

(あの時の娘か。……否、違う。別人だ。しかし――)

 暫し考えた後、不審者は死神と腐神のいる方へ顔を向けた。

「冥界の神よ、お聞かせ願いたい。この子供は渾神に連なる者ですね。彼の女神は貴方がたからも邪神と認定されていた筈。その渾神の関係者を抱え込み、冥界は一体何を成すつもりですか? 但し、返答次第では無事では済まないと、予めご承知おき頂きたく」

「モルドリス様を離しなさい。我々は自身の役割を正しく果たさんとしているだけです。渾神の企みによって死ねなくなった者を死へ返す為に」

 言葉を返したのは腐神だ。彼女は寝そべったまま櫂を掴み、それを相手の武器にさせまいとした。

「『企み』?」

 この場における不審者にして黒色結晶に封じられていた罪人、白天人族の第一王女アイシア・カンディアーナは、怪訝な表情を浮かべて再度水中に眠る少女を見詰めた。



   ◇◇◇



 同刻、火界の片隅で悲鳴交じりの声が響く。

「アミュ、ああ、アルマカミュラ!」

 赤黒い大地に外傷のない少女の遺体が横たわる。その傍らで渾神ヴァルガヴェリーテは人知れず泣き叫んでいた。

 殺神リリャッタがアミュを殺害して去った後に遅れて到着した渾神は、一先ず遺体を火神宮殿の外へと移動させた。本当は自領たる渾界まで連れて行きたかったのだが、途中で異変に気付いた為、アミュの身体に大きな刺激を与えぬよう火界に留まる決断をしたのだ。

(目敏い冥界の神共め、アミュの魂体から〈神術〉の核を見付け出したか。何時も通り見逃してくれれば良いものを)

 異変の原因は、今正に腐神オデュレッタが冥界の湖に沈むアミュの魂体に行っている処置だ。これが成功すれば、アミュは蘇生も転生も出来なくなる。永遠に失われてしまう。渾神にとっては許し難く耐え難い事態だ。故に、彼女はアミュの肉体を介して魂体に干渉し、作業を妨害し続けていた。

 けれども、集中しなければならないという焦りが、返って渾神の心を雑念へと逃避させる。彼女は頭の隅で事件の犯人捜しを始めた。

 まず、実行犯が殺神であるのは渾神も既に知っている。離れた場所にいても、渾神は常にアミュを観察していた為だ。見ていた上でしてやられたのは、第一に渾神自身の油断の所為に他ならない。分体から完全体に戻り、気が緩んでいたのだ。加えて「《闇》側は政治的要因から今はまだ火界で大胆な行動を取らない」という思い込みや、元地上人族の殺神が地上人に偽装して神気を消す特殊能力を持つことを失念していたのも災いした。

 しかしながら、渾神は最後にこう結論付ける。

(魔神の仕業か。あいつが余計な入れ知恵をしたのね)

 この説は殺神については正しく、腐神については誤りであった。だが、渾神はそう締め括ることで頭から雑念を排除した。

「しぶとい。そろそろ諦めてよ!」

 生者を死へ導くこと、物事に終焉を与えることは冥界の住人の権能にして特技だ。高位神であっても、これらの性質で彼等に勝るのは難しい。勿論、渾神も例外ではない。

(人殺しの技で相手に勝る必要はない。ただ、冥界の住人の目を誤魔化すだけでも良い。何か良い策はないものか。いっそ分体か、味方の誰かを冥界へ送って対処させる? いいえ、今はその準備を行う余裕すらない。少しでも気を抜けば、アミュが連れて行かれそうになる。でも、このままでは――)

 アミュは少しずつではあるが確実に「本物の死」へと近付いていた。渾神は耐え切れずまた叫んだ。

「ああ、消えないで! ああ、ああっ、どうしてこんなことに!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ