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機械仕掛けの神の国  作者: 壷家つほ
第三章 赤き眷族
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29. 破滅の先触れ

 火界を離れた白天人族の王女達は、一度ブリガンティの職場である氷の神殿に寄り、休暇取得の手続きを行ってから天界へと帰還した。日神とは滞在期間が重ならなかった為、謁見していない。但し、日神は二人の予定を把握しており、事前に「天界へ戻り次第ブリガンティを召喚する」とレイリーズに伝えていた。

 二人が天宮に降り立つと、トリトメイの命を受けた同族の官吏が二人待機していた。レイリーズは彼等にブリガンティを引き渡す。

「じゃあ、後は宜しくね。ブリガンティ、ちゃんと大人しくしていなさいよ」

「お姉上様の仰せの通りに」

 不遜な妹は冷笑を浮かべて肩を竦める。レイリーズは苛立ちを覚えたものの、罪なき官吏達の足を引っ張る訳にも行かず、相手を叱責しないままその背中を見送った。ブリガンティへの説教はトリトメイが代わってくれるに違いない。

 一仕事終えて、レイリーズは長い息を吐き、肩の力を抜いた。心身の疲労は大きく、肉体は彼女の意に反して休息へと入り始めている。だが、ややあって駆け込んで来た別の官吏がそれを妨害した。レイリーズ直属の部下でもある彼は、上官の名を叫んだ後に乱れた息を整えず報告を行う。聞き取り辛い話を何とか聞き終えたレイリーズは、部下程ではないにせよ動揺を露わにした。そして官吏に休むよう命じ、一人で走り出した。



 移動距離は然程長くはなかった。目的地は天宮内で、天帝の寝所にも近い場所だ。レイリーズが到着すると、現場には既に人だかりが出来ていた。群衆の中には神族や天界外からの訪問者もいる。異なる見た目、異なる性質の者達が、何故か皆一様に斜め上に位置する尖塔の天辺を見詰めているのだ。レイリーズも同じ方向に視線を送った。しかし、彼女よりも身長の高い者達が視界を塞いでおり、問題の建物は確認出来なかった。

 群衆は騒ぎ立てる。

「何と惨い」

「早く降ろして差し上げましょう!」

「駄目だ。まずは現場検証をしないと」

「ですが、このままでは余りにもお気の毒で……」

 中には新たな騒動の火種を生み出さんとする者もいた。

「リシャ様は地界へ遣わされておられたのだろう? では、これを成したのはやはり――」

「断定するのはまだ早い。発言には気を付けろ」

「そうですとも。幾ら天帝様を恨んでいらっしゃるとは言え、流石に、ねえ」

 唐突に、月神メーリリアの金切り声が響く。

「天軍兵は何をしていたの! 昨晩のここの警備担当は誰!?」

 声の聞こえた方を見ると、夜神ヌートレイナの頭らしきものも覗いている。行くべき先を確認したレイリーズは、人込みを掻き分けながら進んだ。

「月神様、夜神様!」

 レイリーズの姿を視界に入れた女神達は、僅かに安堵の表情を見せた。続いて、夜神が口を開く。

「戻っていたのね。トリトメイは一緒ではないの?」

「申し訳御座いません。つい先程天宮に到着したもので、本日はまだ兄の姿を見ておりません。天宮内にいるとの報告は受けましたが……」

 夜神は少し気落ちした様に「そう」と呟いた。次に、レイリーズの方から質問する。

「リシャは何処に?」

 神族に向けるには聊か無礼にも感じる簡潔な物言いであった。だが、誰も気にしない。斯様な些事に気を取られている余裕は何者にもなかった。

「塔の先。覚悟して見なさい」

「皆、道を開けてあげて!」

 月神が返答し、夜神が観衆に命じる。すると、前方の人だかりが左右に分かれ、通り道が出来た。レイリーズは一瞬不安気な表情になった。けれども、意を決して前へ進み出る。塔を見上げる。周囲の視線が彼女に集中した。彼女の反応を待っていた。

 塔の屋根には鋭く尖った金属製の装飾があった。それ自体はレイリーズも見慣れた物だ。普段と違うのはそこに何かが刺さっていること、そして屋根全体が赤く染まっていること。異物の正体を知って、レイリーズは思わず息を呑み口を覆った。

(まさか、地神様がここまで? これではまるで宣戦布告ではないの!)

 装飾が貫いていたのは、三分割された白天人族の古老リシャであった。地界へ使者として送り出された彼が、死体としても無残な姿に変えられて戻って来た。その事実は集った者に新たな大戦の始まりを予感させた。

 レイリーズは後退る。事前に報告を受けて覚悟は出来ていた筈なのに、身体が震え、吐き気が込み上げてくる。不意に、彼女の肩に背後から手が置かれた。虚を突かれた彼女は驚いて振り返り、そうして「あ……」と声を漏らした。

「天帝様!」

 天界の女神達が同時に声を上げた。けれども、天帝は反応しない。彼は片手をレイリーズの肩に添えたまま、赤く染まった塔の先端を睨んでいた。



   ◇◇◇



 火界辺境にて――。

「やあやあやあ。お帰り、リリャッタ。私が貸し与えた剣と香炉は役に立ったみたいだね」

 胡散臭いと感じさせる程に晴れ晴れとした様子の魔神シドガルドが、遅れて待ち合わせ場所に現れた殺神リリャッタを出迎えた。殺神は嫌悪感を露にして黙り込む。片や魔神は笑顔のまま話を続けた。

「渾侍を殺すにしても、まずは渾神や《渾》との接続を切っておかないとまた復活される恐れがあるからね。前回対策を取らないで突っ込んで行ったのはやはり迂闊だったよ、君。まあ、ともあれこれで渾神を足止め出来る。彼女が地神に助力する可能性は消えた。近い内に奴は破滅することになるだろう。君の望み通りにね。《闇》側世界と地神の共闘、地上人族が彼の情緒不安定な言動に振り回される未来も潰える訳だ」

 良く回る舌だ。それとなく殺神向けの言い訳も混ぜている。彼女は遥か昔にカンブランタの王宮を闊歩していた老獪な奸臣達を想起した。当時は忌々しく思ったものだが、今となっては哀愁漂う思い出の一部だ。

「味方振るのは止めてくれる? 私は冥神の意志に従ったまでよ。貴方の手助けを受けたのもその延長。って言うかさあ……」

「うん?」

「私、あんたが嫌いなんだと思うわ。何となく根っ子が《光》側種族の近縁に見えるのよね」

「ええっ、そうかい? 傷付くなあ。私も彼等のことは余り好きではないのだけれど」

「どうかしら」

 死後実際に接してみて、大半の神については地上人であった頃に聞いた有り様との乖離に驚かされたが、魔神だけは本質的には伝聞と全く違っていないと思わされる場面が多々あった。決して心を許してはならない神――彼に「悪い神」と名付けて警戒を促した理神タロスメノスの判断は間違いではなかったのだ。

 相手の胸中を察した魔神は苦笑し、首を傾げつつ蟀谷を押さえる。

「ううん、その様子だと以前頼んだ件、受け入れてもらえなさそうかな?」

「同じ陣営にいるのだから、別に今のままでも構わないでしょ。何の為の勧誘よ。闇神様に謀反でも起こすつもり?」

「おや、鋭いね」

 軽い調子で危うい言葉を魔神が返すと、殺神は深々と溜息を吐いた。

「上辺だけでも否定はしておきなさいよね。敵ではないにしても、完全な味方とは言い難いのだから」

「心配してくれるんだ。嬉しいな」

「あんたね……」

 色々と言いたいことはあるが、言葉が上手く紡がれない。仮に都合良く発言出来たとしても、この神はきっと詭弁で巧みに誤魔化すだろう。全てが徒労だ。会話自体無意味だ。殺神は早く帰りたい、と思い始めた。しかし、残念ながら魔神の方はまだ会話し足りないらしい。

「彼等は君のことを便利な道具としか思っていないよ。そんな燃費の悪い器を押し付けられて、不満には思わないのかい? 『昇神』等と耳触りの良い言葉でお茶を濁してはいるけれど、知性体の血肉を取り込まなければ維持出来ない肉体なんて、魔物と何ら変わらないじゃないか」

 一瞬無意識に得物を握る力が増したが、殺神は直ぐに平静さを取り戻す。彼女は大鎌に神力を注ぎ込み、内部に収納していた異物を表面へと押し出した。

「誤情報を振り撒くんじゃないわよ。私の身体が吸収しているのは、対象から分離した魂の動力部分だけ。魔物とは違って肉の方は栄養になっていないわ。……ってか、貴方も実神達と同じじゃない。道具としての利用価値を見出したから、私に声を掛けたんでしょうに」

 大鎌の柄の表面に模造〈大祭剣〉が浮彫の如く現れる。けれども、二つの武器が完全に分離する前に魔神は模造〈大祭剣〉を手で押さえ付け、大鎌の中に戻した。その行動の意図が分からない殺神は、怪訝な顔を彼へと向ける。すると、魔神は微笑みを返した。

「憐れみ位は持ってるさ。だからこそ、君を選んだ訳で」

「嘘臭い」

「信用ないなあ。当分の間は彼等と戦争をする予定はないよ。安心して。君の大切な冥神にも、まだ手を出さないから」

「死ね!」

 生前は決して口にしなかった汚い言葉を吐き、殺神は模造〈大祭剣〉を内蔵した大鎌を振るう。だが魔神は物ともせず、笑声を上げながら後方に飛び退いた。

「そうそう、次のお願いはそれなんだ」

 殺神は困惑し切って「ええ?」と間の抜けた声を出した。片や魔神は笑顔を維持しつつも神妙な空気を醸成する。やがて、真に災厄なる神は告げた。

「リリャッタ――」



   ◇◇◇



 同刻、地界では火界より攫われた黒天人族の元王太子シャンセ・ローウェン・ヌッツィーリナと地神オルデリヒドが対峙していた。

「今、何と仰いました?」

「お前の耳にも十分届く声量で告げた筈だが? 理解出来なかったのであれば、もう一度言ってやろう」

 悲願成就を望む神は命じる。



   ◇◇◇



 奇しくも異なる地に立つ二柱の神が、同じ瞬間に同じ言葉を吐いた。

「私を〈大祭剣〉で殺せ」

 そして、神命を受けた者達もまた同じ表情になった。

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