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機械仕掛けの神の国  作者: 壷家つほ
第三章 赤き眷族
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21. 緑の園

 木界中心部、中央政庁――。木漏れ日が降り注ぐ執務室にて椅子に座ったまま瞑想をしていた木神イスターシャは、自身の領地の中に入り込んだ異物の気配を察知して静かに瞼を開いた。侵入者は旧知の神だ。彼女は相手の名を呟く。

「アエタ?」

 その言葉を彼女の眷族が耳にしたら、ちょっとした騒ぎになっていたかもしれない。だが、幸いにも室内には彼女の他に誰もいなかった。だからこそ、彼女も安心して風神アエタの名を出した訳である。

 間を置かず、木神は微かに眉を動かす。

(――と、誰かしら。精霊? いいえ、僅かながら神気を感じる。下位神、或いは昇神か。私の知らない――。ともあれ、何時も他神の領域に何食わぬ顔で無断侵入してきて。《風》の性質の一つとは言え、本当に困ったこと)

 木神は気怠げに風神がいるであろう方向へと顔を向けた。すると頬に影が差し、徐々に温度が下がっていく。それが気に食わなかった木神は目を閉じ、顔の位置を元に戻した。

「揉め事を起こさなければ良いのだけれど」

 小さく淡々とした彼女の声は、木々の騒めきによって打ち消された。



   ◇◇◇



 それから一刻半後、風神アエタと彼女の同行者は木界南東部にある街の外縁に到着した。森の中に造られた集落で、全ての建造物が木々を傷付けないよう、その合間を縫って配置されている。故に、視界が悪く身を隠し易かった。事前の作戦会議には打って付けの環境である。

「さてと、香木の仕入先はどの辺りだったかしら?」

 光精マティアヌスの〈人形殻〉を被った渾神ヴァルガヴェリーテは、火界を出る前に火人族の王子キイルより受け取った資料を確認する。彼女の顔は曇りのない笑みで飾られていた。不謹慎にも今回の潜入調査を遊戯の如く楽しんでいるのだ。だが片や風神はと言うと、渾神を見て顔を引き攣らせていた。

「全くの別人の身体から貴女の声が出て来ると少し混乱するわね」

 せめて同性のキロネの姿であったならば、今程には違和感を覚えなかっただろう。しかし、最初に渾神から打診を受けた彼女は固辞し続けた。〈人形殻〉を貸し出している間、醜い本性を晒し続けることになる為だ。嘗て美貌を誇りとしていた彼女には、堪えられなかった様である。

 渾神は苛立ちを滲ませて、風神の言葉に答えた。

「慣れてよ。ずっと声真似を続けるのは疲れるの」

「はいはい。でも、本当に大丈夫? 彼の知人に見付かったら一巻の終わりよ。やっぱり時間が掛かっても新しい『皮』を作ってもらって、その完成を待ってから合流した方が良かったんじゃないの?」

「だから……大丈夫って言ったでしょう。ここ数日の間に随分と心配性になったじゃない。らしくもないわよ」

「だって、ねえ……」

 資料を睨んだまま冷ややかな声で返す渾神に、風神は不安気な視線を送る。

 火界で作戦会議をした際、同じ指摘はシャンセからも上がっていた。しかし、渾神は譲らなかった。彼女の言い分としては「この〈祭具〉の見た目はマティアヌスに寄せて作られているが、性質については人族の肉体に近い。つまりは光精共通の性質である光の放出がない為、彼の知人に見られても顔が似ているだけの別人と誤認する筈」「マティアヌスが〈永獄〉に送られてから既に長い年月が経過しているので、過去に付き合いがあったとしても顔を忘れている可能性が高い」とのことだった。

 ならば、と風神の出立を延期する案も出たが、渾神は此方も却下する。どうやら彼女の頭の中では、今回の敵は相当に動きが早く、且つ危険度の高い存在であるらしい。

 とは言え、作戦成功が確約されない状況なので、憂慮の念は常に付き纏う。既に彼女達は木界へ足を踏み入れてしまっているし、渾神は何を言っても考えを曲げないだろうから、風神は深く追求しなかったが。

「まあ、良いわ。で、結局例の物、鍛冶の種族の方の入手先は判明したの?」

「闇市で入手したって所までは分かったのだけど、売ってた商人には逃げられたんですって。取引相手の記憶以外に、一切痕跡を残さなかったそうよ」

「つまり、火神宮殿や眷族の王城とは別経路だったのね。中央からの横流しではなかった、と」

「ええ。でも、ちょっと悪意というか、執念を感じるわよね」

 続いて、渾神は火界の文官から入手した情報を語る。

 反乱軍の残党の証言に拠れば、オイロセからの下賜品にも使用されているあの恋郷という香木は、彼等の間では火神の愛用品と伝えられており、転じて「火神の神意の象徴」或いは「火人族の王権の象徴」と見做されていたのだそうだ。王位を狙っていた鍛冶の種族は、闇市に通っていた木界の商人に粘り強く交渉し、香木の入手経路の確保に成功する。以降、彼等は長く恋郷を使用し続けて来たのだという。

 そして、その証言を裏付ける様に囚人数名の体内から恋郷の成分の一部が検出された。中央で出回っている品よりも質が落ちるのか、彼等の症状は官吏達程には重くはなかったが。

 風神は暗い顔をして俯く。

「やっぱり、先に兄さんに報告した方が良かったかしら。でも、そうなるとペレナイカの立場が……」

「ペレナイカを救う最善の方法は、全ての責任をイスターシャに押し付けることよ」

「それは彼女の有罪が確定してから考えるわ」

 二柱の女神はほぼ同時に顔を上げ、街を見た。薄暗い森の中にある彼の街では、昼間だというのに照明が灯っている。それらの照明は皆、火を利用しない〈祭具〉であった。



 街の中に入った二柱の女神は、地図を見ながら目的の店を探した。無用な騒ぎを避ける為、この時には風神の方も〈神術〉で姿を変えた。女神達は慣れぬ土地で幾度も迷いそうになるが、やがて道すがら「ラゼブゼラ商店」と書かれた看板を発見する。そして、その看板に描かれた道案内に従い、彼女達は漸く目的地へと到着したのである。

 女神達はまず眼前の建物を上から下まで眺める。恋郷の出荷元というこのラゼブゼラ商店は、主に二つの建物で構成されていた。通りに面した真新しく小綺麗な小屋と、奥にある無骨な造りの大きな建物だ。恐らくは手前の小屋が商店で、奥の建物が倉庫であろう。火界の御用商人の証言に拠れば、卸のみならず小売も行っている店らしいから、特徴に違和感はない。

 女神達は顔を見合わせた。間を置かず風神が先頭に立って小屋へと向かい、扉に手を掛ける。主業が店頭販売の方ではない為か、店内は閑散としていた。

「あの、済みません。他のお店から紹介を受けて来たのですけれど、此方で取り扱っている商品についてお伺いしても宜しいでしょうか?」

 店員が挨拶をする前に、風神はそう話を切り出す。声を掛けた相手は、扉の近くにしゃがみ込んでいた木人族と思わしき中年の男性だ。何かの作業をしていた彼は起き上がり、客人に作り笑顔を向けた。

「はい、私が店主のラゼブゼラです。何方のお店の紹介で御座いますか?」

「火界の香料専門店『香香火舎』さんです。私共が探している香の仕入先が此方とお聞きしまして」

 突如、ラゼブゼラの顔色が変わった。室内奥にいた若い女性店員も「火界」と呟いて硬直する。渾神はそんな彼等を冷静に観察した。

(怪しいなあ、その反応。でも、余りにも露骨過ぎて逆に何もないような気もするわね)

 次に渾神は風神の様子を窺う。彼女の表情は全く変わらない。火界の住人とは懇意にしているのだから、彼等の反応に対して何か思う所はある筈だが、それを全く表に出していなかった。

 風神は彼等を気遣う様な声音を吐く。

「あの、どうかされました?」

 するとラゼブゼラは正気を取り戻したものの、再び顔に張り付けた笑みは、先程とは違ってやや歪な形をしていた。

「失礼致しました。お客様は火界の方でいらっしゃるのですね?」

「いいえ、私共は風界の住人です。名前は未だ伏せさせて頂きたいのですが、然る尊い身分の御方にお仕えしております。先日主が火界を訪問された際に、先方が使用しておられた香を大層気に入られ、その品を求めて参りました。具体的には火神宮殿で使われていた物なのですが」

 風神の虚言を聞いたラゼブゼラ達は、一様に呆気に取られた顔をする。だが一拍置いて我に返り、安堵の色が混ざった表情になった。

「ああ、成程。彼方は官庁や上流階級への販売を専業にされていますからね。他の取引は仕入以外では行わない方針なのでしょう」

「ええ、そう伺いました。仕入先に問い合わせてほしい、と」

「それで態々……。大変でしたね。ようこそお越し下さいました。当店で承ります。商品名はお分かりになりますか?」

「香香火舎さんが仰るにはこの香なのだそうですけども」

 風神は手に持っていた紙をラゼブゼラに見せた。キイルより渡された資料ではなく、そこに書かれていた内容を書き写した物である。自身の振る舞いをより自然に見せる為に用意した小道具だ。その企ては功を奏してラゼブゼラは風神達に対し疑いを抱かなかったが、代わりに別の思いから渋面を作った。

「これは……少し難しいかもしれませんね。希少な品ですので」

「駄目ですか」

「供給が不安定なのですよ。この香――恋郷は『紫沼木』という種類の樹木の加工品なのですが、木界の南方にある自然保護区のみで自生している物でして」

「『自然保護区』って……」

 今度は風神が警戒心を露わにする。相手の考えを察したラゼブゼラは、慌てて両手と頭を横に振った。

「いえいえ、不正な手段は一切使っておりませんよ。保護区とは言っても定期的に研究目的の採集が行われているそうで、使用後に不要となった採集物の一部を当店が引き取り、加工と販売を行っているのです。公的な許可はちゃんと取っておりますから、ご安心下さい」

 ラブラゼラの弁明を聞いても風神の内に湧いた疑念は晴れなかったが、今は話を進めることを優先させるべき場面である。故に、彼女は「そうなのですね。失礼致しました」と言って終わらせた。

「つまり、時期が来ないと商品の供給がない訳ですね。それにしては、火界の方には安定して商品が流れている様に見受けられましたが」

「ええ、紫沼木については研究所と交渉し、なるべく在庫を切らさない様にしております。しかし、今の所は香香火舎さんにしかお出ししておらず、彼方のお店も納品先を限定しているとのお話でしたので、それで何とか間に合っている状況なのかと。ですから、今より更に範囲を広げるとなると……」

「失礼ですが、他のお店で取り扱っているといったことは?」

「当店の独占販売の筈です。まず原材料の紫沼木は他には渡していないと聞いておりますし、加工も当店で行っておりますので。その加工方法や必要設備も特殊で、研究所の方に直接ご教授頂いたものでして」

「容易く真似出来るものでもない、と」

 相手の「はい」という返事を待たず、風神は俯いて考え込んだ。一方で、今迄無言のまま彼女の背後に立っていた渾神は目を瞬かせる。

(んんっ! じゃあ、闇市で売られていた香木片は一体何だったの? やっぱり、中央から不正流出した物?)

 初めは戸惑い首を傾げていたが、やがて――。

(黒幕は果たして誰なのか。火界の眷族か、この店か、研究所か)

 考えを纏め、今後の方針を決める。一先ず渾神はこれまでの会話で気になった点を確認することにした。

「『加工方法や必要設備が特殊』というお話でしたが、その香木は何か他の物とは異なった性質でも持っているのですか? 普通の手段では匂いが出ないとか、素の状態では有毒とか」

 男の声音で渾神がそう尋ねると、ラブラゼラは違和感を覚えることなく彼女に顔を向けて返答した。

「ご明察の通りです。特殊な環境下で育つ樹木で御座いまして、そういった環境に適応して商品としてお出しするには少々厄介な性質を持ってしまっているのですよ。勿論、加工後には安全にご使用いただけるのですが……。申し訳御座いません。これ以上は企業秘密ということで」

 上司を差し置いて口を挟んだ従者風の男にも、ラブラゼラは可能な限り誠意のある態度で接する。上司役の風神は従者役の渾神の袖を引っ張って注意を促す振りをした。

「まあ、連れが失礼を。後でしっかり言い聞かせておきますので、どうぞお許し下さいね。ともあれ、恋郷については承知致しました。主には入手困難である旨をご報告申し上げます」

「誠に申し訳御座いません。態々ご足労頂いたのに」

「いいえ、必要な成果は得ました。問題は御座いませんよ。仕事故、本日はこれにて失礼させて頂きますが、また木界に立ち寄った際は此方へも買い物に寄らせて頂きますね」

「有難う御座います」

 そうして別れの挨拶を交わし、女神達はラブラゼラ商店を後にした。



 店から出ると、渾神は「ちょっと話したいことがあるから、街の外まで戻りましょう」と言った。風神は素直に同意し、共に速足で街を離れる。その間会話はなく、人気のない場所まで遣って来てから、漸く渾神は足を止めて口を開いた。

「取り敢えずこの街の調査は後回しにして、先に自然保護区へ向かいましょうか」

「良いの?」

 風神は渋面になる。他所の調査が不発に終わり、再度この街の調査の為に戻って来るのは面倒だと思ったのだ。まずは可能な限りここで情報収集を行ってから、次の目的地へ向かった方が良いのではないか、と。だが、渾神は必要ないと断じた。

「店主が言っていた『厄介な性質』というのが気になる所ではあるけれど、まあ十中八九例の効果のことでしょうし、後ろ暗そうにしていたから、これ以上は拷問でもしない限り吐かないと思うの」

「まあ、流石にそれを実行に移すのは悪手よね」

「でしょ。しかも恋郷がラゼブゼラ商店専売商品って話が真実なら、他の店を当たっても大した情報は出て来ない可能性が高い訳だしね。勿論、多少は得る物もあるのでしょうけど、その時間は自然保護区や研究所の調査に当てた方が有意義だと思うのよ。こっちの調査は時間に余裕があれば、で」

 一拍置いて、風神は短い溜息を吐いた。その顔からは反抗の色は既に消えている。

「成程ね。了解。貴女の指示に従います。それにしても、あのラブラゼラとかいう商人、何だか癪に障るわね」

「どうして?」

「理由を聞かれると困るわね。感覚的なものよ。……ああ、外向きには非力で小心な小物である様に見せることで、自己保身を卒なく完遂してしようとしているからかしら。私、嫌いなのよね、そういうの。しかも、今回の影響範囲を考えると余計に許せないわ」

「確かに。全てを知った上でああいった態度を取っているのだとしたら、随分と肝の据わった悪党だわ」

 憤慨する風神とは逆に、渾神の口からは笑声が漏れる。無論、本心ではない。手法は様々あれど、本音を隠すのが彼女の癖なのだ。旧知の仲である風神も彼女の悪癖は知っていたが、流石にこの時は苦々しい顔になった。

「笑ってる場合じゃないからね。で、貴女は何方だと思う? 彼は何処まで知っているのかしら?」

 そう問われて、渾神はまた短く笑う。

「さあ。でも、最初の彼――と言うか彼等の反応は見たでしょう? 《木》の種族は《火》の種族に対し、本能的な忌避感を持っている。そして、その感情を抑えられないまま、彼は今回の騒動に関与した。最も考慮すべきはそこよ。悪意はあった。真相を知っているかどうかなんて大した意味はないわ」

「悪意があるならあるで、もっと分かり易く振る舞っていて欲しいものだわ。卑怯な男。誰かさんと同じね。益々気に入らない」

 風神の言う「誰かさん」とは、恐らく木神イスターシャであろう。確かに、内に秘めた不満をほんのり漏出させる様は彼女と重なる部分がある。火神ペレナイカを筆頭とする《火》に属する存在を遠ざけている点も。

 火神と親しい風神にとって許しがたい問題であるとは理解出来るのだが、話が脱線し掛かっているのは都合が悪いので、渾神は「ふうむ」と唸った後に軌道修正を行う。

「気になるのは、ラブラゼラが火界の商人と繋がりを持つ様になった切っ掛けね。その辺りにオイロセが絡んでいるのかしら。間にラブラゼラが言っていた研究所を含む幾つかの組織を挟んでいるかも、だけど」

「木界上層部に圧力を掛けたとか?」

「現段階では断言出来ないわね。でも、可能性の一つとして念頭に置いておいても構わないとは思うわよ」

 そこで、渾神は唐突に胸の前で手を打った。ぽんっという軽快な音が重い空気を幾許か払った様に感じさせる。

「さて、オイロセの媒体と思わしき件の香木がこれから向かう自然保護区にしか存在しないと言うのなら、恐らくその場所こそが彼の生地でもある筈よ。何が起こっても大丈夫な様に、気を引き締めて行きましょう」

「そっか、そうよね。分かった。気を付けるわ」

 風神の肌を薄く覆っていた神気が、俄かに厚みを増す。彼女が再び歩み出すのを確認すると、渾神もまた足を動かした。

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