表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機械仕掛けの神の国  作者: 壷家つほ
第三章 赤き眷族
61/77

13. 誤断の結果

 それから凡そ半月後――即ち火軍による鍛冶の種族の里への侵攻が予定されている日の前々日、天宮内にある神族用の宿舎に日神カンディアが訪れた。書類仕事を投げ出して酒浸りになっていると噂の火神ペレナイカの様子を見に来たのだ。

 火神の命令で室外に追い出されていた侍女達に扉を開けさせた日神は、部屋の中へ足を踏み入れるや否や口元を押さえて咳き込んだ。室内に充満していた煙草の煙と酒の臭いを不用意に吸い込んでしまったのだ。

 息が整った後、日神は部屋の荒れ果てた状態を見て柳眉を吊り上げたが、まずは窓を全て開けるよう、侍女達に命じた。涼しい外気が当たり、卓に突っ伏していた火神がぴくりと身動ぐ。それを見た日神は苛立ちを募らせ、彼女を叱り付けた。

「ちょっと、ペレナイカ。あんたねえ、この部屋どうにかしなさい!」

「んー、何?」

 火神はゆっくりと上体を起こした。意識は未だ朦朧としている様子だ。

「『何?』じゃないわよ。汚くし過ぎ」

「別に良いでしょ。その内、貴女の眷族が片付けるんじゃないの? ……って、私が追い払ったんだったわ」

「貴女ね……。それから、あの書類の山は何? ちゃんと仕事してる? 天帝様は怠けさせる為に貴女をここに置いてる訳じゃないのよ」

「分かってる分かってる……」

 言葉だけは理解を示しつつも、火神は再びゆっくりとした速度で卓に突っ伏し、眠りに付こうとする。日神は深々と溜息を吐いた。

「そりゃあ、こんな調子じゃ、スティンリアも愛想を尽かすわ」

「大きなお世話だ!」

 元部下であり想い人でもある氷精の名を出されると漸く眠気が去った様で、火神は勢い良く飛び起きて日神を睨み付けた。対する日神も、義務より私情を優先しがちな火神の姿勢に不快感を露にする。両者は短い間睨み合ったが、やがて火神の方が口火を切った。

「ってか、貴女こそ最近ポルトリテシモとどうなのよ?」

「どうって、何がよ?」

「昔、付き合ってたでしょ。最近話を聞かないけど、どうなったの? 上手くいってないの?」

 弱点を突いてやったつもりでいるのか、火神は嘲りの混じった笑みを浮かべる。日神は困り果てた顔をしている侍女達をちらりと見た後、片手を上げて退室を促した。

 侍女達が下がって室内にいるのが二柱の神だけの状態になると、日神は火神に先程の問いへの返答を行った。

「古い話を持ち出すのね。まだ意識が戻っていないのかしら。彼方はどうだか知らないけれど、私の方はもう別の恋人がいるって知ってるでしょ。ああ、分かった。話を逸らそうとしてるのね。駄目よ。許さないから」

「むううっ」

 冷静に返された上に恋人の有無で優位に立たれて火神は剥れた。頭の中で反論の言葉を模索し、やはり天帝の件が一番勝算があると踏んで、彼女は何とか話題を戻そうとする。

「でも、本当にどうなってるの? 少なくとも私からは、ポルトリテシモには長いこと相手がいない様に見えるけど」

「今は本当に仕事上の付き合いだけよ。あの御方に特定のお相手がいるという話については、私も聞かないわね」

 日神は火神の行動の真意を察しはしたが、向き合わなかった。彼女は自分と相手の立場を思い出す。そして、火界側に天界側へ付け入る隙を与えまいと考え、務めて淡々と公にして良い情報だけを答えた。火神の方も途中からこの会話が政治的な取引にも利用出来ると気付いたが、自分に有利な情報が得られなかった為、やや不機嫌になった。

 火神は酒瓶に手を伸ばす。しかし持ち上げると軽く、中を覗けば空であった。彼女は子供の様に頬を膨らませた。

「やっぱり死んだ妃が忘れられないのかしらね」

 未練たらしく酒瓶の中を見詰めながら悪意なくそう呟いた火神に対して、日神は一瞬だけ鋭い視線を送ったが、直に不自然な程に曇りのない笑顔を作る。

「さあ。貴女が代わりになってみる?」

 その言葉の意味が「出来るものならやってみろ」であるのか「お前も独り身だろう」ということなのかは定かではないが、日神が怒っている気配だけは伝わって来る。

(面倒臭いなあ)

 火神は率直にそういった感想を抱いた。日神の態度だけではない。発言内容についてもだ。政治的な言い訳を付ければそれが実現しかねないのが、面倒臭さを助長していた。

 天帝は神族の王ではあるが、神としての位は火神と同じ「正神」だ。しかも、幼い頃より兄妹同然に育てられた者同士でありながら、実際には血縁関係が存在しないのだ。この話を聞けば、婚姻に賛同する者も少なからず現れるに違いない。敵味方を問わず今の話を聞いている者が他にいなくて良かった、と火神は安堵した。

「無理。勘弁して。私はスティンリア一筋なのお」

 火神は床に寝転がり、座布団を抱え込む。

「過去に後宮まで作ってた女が、よくもまあ……」

 一方の日神は呆れて前髪を掻き上げた後、室内をうろうろと歩き回った。そして、時折床に落ちている紙を拾って凝視し、再度室内を彷徨くという行動を繰り返す。火神は寝そべったまま彼女に尋ねた。

「何してるの?」

「重要書類が混ざってないか、確認してるの」

「ふうん」

 床に散らばった書類を集め終えた日神は火神の側へと戻り、持ち帰った紙束の中から数枚を抜き取って卓の上に置いた。次に、残りの紙束も先に置いた物と分けて卓上に載せる。そうした後に、日神は先に置いた方を指差した。

「こっちは優先的に目を通してね」

「うん」

 火神は素直に頷くが、起き上がらない。その様子に不安を覚えるも相手を窘めるのは後回しにして、日神は回収し忘れた書類がないか、立ち止まったまま室内を見回した。そこで不意に屑箱が目に入る。中には未開封らしき書簡が二つ放り込まれていた。日神は屑箱へ近寄り、二通の書簡の内の片一方――透かしの入った白色の紙を摘まみ上げた。

「何これ。矢鱈上等な紙を使っているけど、公式文書の用紙じゃないわね。誰から?」

「さあ、誰だったかしら。中身を確認してみたら?」

「貴女が確認しなさいよ、貴女宛てなんだから。まったくもう……」

 ぶつぶつと文句を言いつつ、日神は書簡に掛かっていた紐を解き、広げて中を確認した。目が動くに連れ、彼女の顔は徐々に険しいものへと変化していく。

「どうしたの?」

 火神が問い掛けるも返事はない。一度書簡を読み終えた後も、日神は数回重要な部分を見返した。その後に彼女は漸く口を開いた。

「ペレナイカ、今直火界へ戻りなさい。天帝様へは私がご報告申し上げておくわ」

「ええっ、何でよ?」

「これを見なさい!」

 乗り気ではない火神に対し、日神は怒りの形相となって持っていた紙を彼女の胸元に叩き付けた。

「本当に面倒なんだから……」

 突如避け続けていた書類仕事に引き戻された火神は、ゆっくりと身体を起こして卓の前に座り、書簡へ目を通した。ややあって、彼女も日神と同様に顔色を変える。

 全ての文字を確認し終えた火神は、慌てて立ち上がり日神を見る。彼女の顔からは先程までの気の緩みは消え去っていた。

「天界で一番足の速い獣は?」

「戦車で行った方が良い。直に用意させるわ。それから念の為、天軍兵を何人か付けさせてもらうわよ」

「《天》の種族? 出来れば《風》の子にして。それが一番速い」

「分かった。呼んで来るから、ちょっと待っていて」

 日神は速足で部屋を出て、外で待機していた侍女達に命じる。

「誰でも良いわ。ペレナイカを案内して頂戴」

 鬼気迫る様子の日神を見て深刻な事態であるのを察した侍女達は、一糸乱れず「畏まりました」と返した。そして、二人は火神の前後を守りつつ最寄りの門へ、別の二人は夫々天帝の執務室と天軍の司令部へ、後の者は日神の許可を得て部屋の片付けを受け持った。



 広く長い廊下を駆けながら、火神は小声で呟く。

「まったく、手間を掛けさせて。留守番すら碌に熟せないの?」

 彼女の声は足音に掻き消され、傍らを走る侍女の耳に入ることはなかった。



   ◇◇◇



 翌日の深夜、火界南西部にある鍛冶の種族の里に設置された客人用の天幕では、シャンセが時間を計る〈祭具〉を見詰めていた。同行者の光精二人は緊張を滲ませた眼差しを彼に送り、指示を待っている。

「そろそろか」

 暫くしてシャンセはそう呟き、手に持っていた〈祭具〉を懐に仕舞う。するとマティアヌスは顔を緩ませ、逆にキロネは一層身体を強張らせた。

「潜伏拠点への逃走を諦めてくれたのは幸いだったな。光軍の勇将マティアヌスの名声もまだ衰えてはいなかった様だ。称えるが良い」

「自分で言うなよ」

 お道化けた口振りのマティアヌスへ適当に返して、シャンセは収納用の〈祭具〉を物色する。その後に彼は中から幾つかの武器を取り出した。彼等の策が成功していればこれらの武器は必要ない筈だが、万が一の事態も有り得る。備えをしておくに越したことはない。

 マティアヌスは床に転がされた〈祭具〉の内の一つ――剣の形をした物を拾い上げて眼前に掲げた。

「しかし、危うい賭けだったぞ。此方を信用させる必要があったとは言え、火軍の襲撃を教えるのみならず、逃走の助言までするなんてな」

 一方のシャンセは短い杖の形をした〈祭具〉を拾い上げ、キロネの方をちらりと見る。しかし、彼女は頬を膨らませて睨み返すだけだ。自身が戦うつもりは全くないという意思表示なのだろう。シャンセは呆れたが、今回はカンブランタの時程に危機的状況ではない。故に強制はしないことにした。

 広げた〈祭具〉を仕舞いながら、シャンセはマティアヌスに言葉を返す。

「だが、作戦は成功しただろう。我々の意見が纏まっていない様子を見せて、裏がないように思わせることが出来た」

 鍛冶の種族はシャンセを取り込みたいと考えており、彼等は一次的な協力関係を結んだが、本当の意味での味方ではない。現状は双方に信用や信頼が存在しない状態だ。シャンセがどれだけ彼等にとって都合の良い言葉を吐いた所で、相手は半信半疑でしか受け取らず、逆に警戒心を抱かせる恐れすらある。これまでは問題なしとして放置してきたが、相手を謀らんとする今のシャンセ達にとっては即座に対処しなければならない事案である。こちらの一挙一動足に注目されたのでは、仕掛けを施すことすらままならない。

 故に、シャンセは更に策を講じた。鍛冶の種族の前でシャンセとマティアヌスの間に意見の対立がある様に演じてみせたのだ。具体的には「鍛冶の種族が所有する〈祭具〉の強化と戦闘知識の提供による戦力補強を行う」とシャンセが表明したのに対し、マティアヌスが「陣営に加わっていない今の段階では、逃走の助力のみに留めるべき」と物申したのである。最終的にはシャンセに説得されてマティアヌスの方が折れた様に見せたのだが――。

「いやいや、それでも奴等が逃げを選ぶ可能性だってあった訳だからな」

「無論その想定は否定しないが、彼等がこの里を手放し難く感じていたのは確実だ。長きに渡る苦難の末、漸くここまで立て直したのだからな。劣悪な環境であったとしても多少の愛着はあるだろうし、また一からやり直しというのは出来る限り避けたいと思っているに違いない。それに、憎きヴリエ女王の差し向けた兵を前にして、刃を交えず逃げ出すことにも抵抗がある筈だ。逃げずに済む方法を提示してやれば、其方に飛び付くのは必然だよ」

「そういうもんかねえ」

「実際言った通りになっただろう」

 偽りの議論の途中、前もってシャンセに指示されていた通りにマティアヌスは次善の策として「逃走せずに敵を迎え撃つ」道を提示する。火神の不在により火界正規軍である火軍を動かす承認が得られない筈なので、里に送られてくるのは焼物の種族の私兵となるであろうこと、鍛冶の種族の里が如何に地の利に恵まれているか、主要拠点の喪失によって起こる今後の自軍の損耗について、地界や火界在住の他種族に対する鍛冶の種族の印象の変化等々、彼は虚実を織り交ぜながら鍛冶の種族の前でシャンセと意見を戦わせた。

 すると傍で見ていたナルテロ達は、未知で難解な情報の奔流に時折飲まれそうになりながらも、やがてシャンセ達の思惑通りに理解し易く自分達にとって益のある道を選んだのである。

「前回俺達が火界に来た時に様子を窺っていたなら、相手方が火神様の許可なく火軍を動かしていたこと位は気付いてもおかしくない筈なんだけども、そんな気配もないのがなあ。正常な思考でないのは、頭の悪さか不慮の事態への弱さの表れか。まあ、何れにせよ退役軍人が久方振りに現役張りの労働をさせられたんだ。後で労っておくれよ」

「よく言う。その様な身体になったというのに、殆ど衰えてなかったじゃないか。全くもって羨ましい限りだよ」

 シャンセは苦笑し、武器を握るマティアヌスの腕を見た。作り物の腕だ。シャンセが作った〈人形殻〉という〈祭具〉だ。嘗ての彼の姿に似せてはいるが、完全な偽物である。〈人形殻〉の中にある本物の腕は、今は全く違う歪な形状をしているのだ。しかしながら、鍛冶の種族の戦士達に指導していた時の動きは、昔の彼のものと何ら変わりがない様に見えた。天性の才能の持ち主なのかもしれない。

「そりゃあ、どんな状況であっても鍛錬は欠かさなかったからな。此方の指導に対し及第点を出してくれる生徒が居なかったのは残念だが」

「何、期限まで残り少ないのだから仕方がない。火軍と共倒れになる位まで成長してくれるのが最善ではあるが、強くなったと思い込ませるだけでも取り敢えずは良いさ」

 男二人が戦談議で盛り上がる最中、萱の外に置かれたキロネは居心地が悪そうにもじもじと身動ぎしていた。そろそろ作戦を決行する頃合いではないのか、自分はどう動けば良いのか、と計画の詳細を知らない彼女は焦り始める。やがて耐え切れなくなり、彼女はシャンセ達の会話に割って入った。

「ねえ、好い加減私にも教えて頂戴。作戦の決行時間なんでしょ。どうするつもりなの?」

 会話が止まる。シャンセとマティアヌスは、そこで漸くキロネに計画の内容を伝えていなかったことを思い出した。知る者同士が無言で顔を見合わせた後、彼女の同胞であるマティアヌスの方が率先して口を開いた。

「ここ最近、俺やシャンセが天幕の外で走り回っていたのは知っているだろう? 里の連中を信用させて外出を許可させたんだけど」

「うん」

「隙を見て里中に〈睡燐〉の種をばら撒いていたんだ」

 マティアヌスは懐から巾着を取り出し、口を縛っていた紐を解いて指を差し入れる。そして、中から一粒の種を摘まみ上げてキロネの眼前に差し出した。キロネは一瞬呆気にとられた様な顔をしたが、直後にそれを凝視しながら尋ねた。

「〈睡燐〉って、あの眠くなる奴?」

「そう、黒天人族が使う〈術〉の一種だ。この種状の物質の一定範囲内にいる者を睡眠状態にする効果がある。種へ命令を送ることが出来るのは黒天人だけだが、種に触れることは黒天人以外にも出来るからな。俺も設置を手伝ったんだよ。因みに命令を送る手段は複数あるそうで、今回は時限式。発動時間は現在に設定してある。ああ、今俺が持っている物は大丈夫だぞ」

「成程……」

 要するに〈術〉で鍛冶の種族を眠らせている内に脱出、後からやって来るであろう火軍が彼等を捕縛する、という手順である。鍛冶の種族の逃走を阻んだのも、彼等が里を離れると〈睡燐〉の仕掛けが無駄になる上、火軍が彼等の所在を見失う可能性があったからだ。シャンセの策の全容を理解したキロネは安堵の息を吐いた。

 勝利を確信したのか、はたまた悪戯を仕込んだ子供の心境なのか、光精二人は俄に燥ぎ出す。

「外に出て確認してみるか?」

「え、良いの? やったあ! やっと外に出られるう」

 対してシャンセは冷静で、大人の姿をした子供達を叱り付けた。

「おい、騒ぐなよ。その程度で奴等が目を覚ますことはないが――」

「あれ?」

 真っ先に飛び出したキロネの呟きが、シャンセの言葉を途中で遮った。彼女の声に危機感はなかったが、シャンセは直感的に異常を感じ取って状況報告を求める。

「どうした?」

「ねえ、シャンセ。〈術〉の発動時間は本当に今で合ってる?」

「何が言いたい?」

 シャンセは要領を得ない返答に苛立ちを覚えて低い声を出す。しかし、キロネは動じなかった。何故なら彼女の視界には、それとは比較にならない程に危うい光景が広がっていたのだから。

「だって――」

 キロネは表情を変えないまま何度も瞬きをする。

「皆、起きてるわよ」

 金色に輝く大きな目に武装した戦士達の姿を宿して。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ