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機械仕掛けの神の国  作者: 壷家つほ
第三章 赤き眷族
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11. 喧嘩の側杖

「ということが、今日あってだな」

 マティアヌスとキロネが待つ天幕へと戻ったシャンセは〈守秘陣〉を発動させた後、闇市での出来事を彼等に語って聞かせた。案の定、光精達は嫌そうな顔をした。

「うわあ。きっついな、それ……」

「その神の正体は何方だったの?」

「砂神ブレスリト、で間違いないと思う」

 地神オルデリヒドと風精サンチラの息子であり、身分的には中位の雑神に当たる砂神ブレスリトは、現在父親とは決別して母親の主神である風神アエタの傘下に入っている。袂を分かった理由は、当事者達が言うには《元素》の特性から生じた性格の不一致と政治的な方針の違いからなのだそうだ。風神は地神とは冷戦状態にある天帝を支持しているので、彼は公的には父親の敵に当たる立場だ。しかし、闇市での発言を聞いた後で今迄の彼の行動を振り返ってみると、彼は地界から天帝側に送り込まれた間者であったのだと推測出来た。

「つまりは天界、地界、火界、風界を巻き込む大戦争が勃発する可能性があると」

「は、は、はっ。お前達、光神様を救出するなら今が好機かもしれないぞ」

「笑い事じゃないぞ。こんな状況下にあの御方を放り込めるか!」

「そ、そうよ! ふざけんじゃないわよ!」

 光精達は肩を怒らせて言葉を返す。期待通りの反応にシャンセは満足げであった。その態度を見て、マティアヌスは正気に戻る。深い溜息を吐いた後、彼はシャンセに尋ねた。

「天帝傘下の勢力では、後は木界と水界が残っているが、実際に戦争が起こったら彼等はどの陣営に入ると思う?」

「木界は今の体制に不満を持っていない様子だから、天界に力を貸すだろうな。水界は、多分主神の気質的にその時優位に立っている陣営に味方すると思う。現時点で地界に味方しそうなのは火界だけだが、〈祭具〉流入の件が明るみに出れば、彼方に不信感を抱いて天界側に転ぶかもしれない。そうなれば、確実に水界も天界の方へと傾くだろう」

「砂神様の仰る通りに、天界が火界を糾弾して地界側に追い遣る可能性もあるんじゃないか?」

「否、恐らくそうはならない。天界の住人も馬鹿じゃないんだ。流石に地界の思惑は読んでいる筈だ。ならば、勝利を優先して少しでも味方を増やす方向に動くに違いない。今回の失態を許してみせて、関係が芳しくない火界に対して貸しを作ることも出来るしな」

「確かに」

 マティアヌスは腕を組んで俯いた。シャンセの言葉に頷きつつも、頭の中では彼が気付かない別の可能性を探っているのだ。

「で、次にこれだ」

 シャンセはマティアヌスが何かを思い付くのを待たず、皺だらけになった一枚の小さな紙を敷物の上に置いた。それを覗き込んで最初に声を上げたのはキロネだった。

「何これ、数字?」

 彼女は怪訝な顔をして首を捻った。紙に書かれているのは、確かに地上界以外で使用されている共通語の数字である。だが、何を意味したものであるかが分からない。そんなキロネの考えを読み取ったシャンセは、自身の推測を簡潔に述べた。

「日付だと思う。闇市でぶつかった男に握らされたんだ」

「ああ、そういうことか。これはちょっと拙いんじゃないか? 巻き込まれるぞ」

「さて、どうしたものかな。果たして彼等を味方と考えて良いものか」

「どういうこと?」

 自分を置き去りにして話を進めていく二人をキロネは慌てて止める。事態の把握は出来ないが不穏な空気は伝わったので、彼女の胸の内では除け者にされたことへの怒りよりも恐れる気持ちの方が勝っていた。水を差されたシャンセは、苦い表情をして溜息を吐きながらも、相手の質問に対して誠実に返答した。

「手紙を渡してきた男はヴリエ女王の配下、日付は鍛冶の種族へ攻撃を仕掛ける日、相手は造反についても我々の所在についても把握していて、協力なり逃走なりを要求してきている」

「あ……ええっ! 大丈夫なの、それ!」

「だから、不味いって言ってるだろうが。相手さんが味方に付いてくれるってんなら俺達は今敵地に居ることになるし、敵であるなら十中八九天界に通報される。どっちにしても、詰むんだよ」

「仮に一時味方であったとしても、作戦の詳細を書かなかったのは此方を完全には信用していないという意思表示だろうしな」

「あああああ……」

 漸く状況を理解したキロネは頭を抱えた。シャンセは彼女の様子を見て更に苛立ちを覚えたが、無理矢理に気持ちを落ち着かせて北東の方角――火界の中心部の方へと視線を送った。

「アミュは……今何処に居るのだろうな。焼物の種族と行動を共にしているのかな?」

 唐突に話題を変えられてマティアヌスは呆気に取られていたが、やがてシャンセと同じ方向を見てこう返した。

「成程、そういった想定も出来なくはないのか。協力者なのか人質とする為なのかは分からないが」

「アミュが渾侍の肉体を得たのは、火神が彼女の地上人としての肉体を焼き滅ぼして、体内に隠されていた〈神術〉を解放したからだ。つまり、少なくともその時点では火神は渾神の協力者だったと考えられる」

「今もその協力関係が続いていると?」

「不明だ。そもそも、焼物の種族は独自に動いている可能性もある。火神は長らく火界を不在にしているらしいからな。果たして彼等にきちんと指示を与えているかどうか。ただな、それでも火界はアミュのことも我々のことも天界には報告していないし、天界から火界への派兵もない様な気がするんだよ」

「どうして?」

 マティアヌスは険しい表情をシャンセへと向ける。次に語られるであろう話に、更なる面倒事が隠れている様な気がしたからだ。事実、その予感は間違いではなかった。

「〈星読〉を信じるならば、前にも話した通り火界内部で当分大きな変革は起きない筈だから。加えて、天界の方にも火界に関する目立った動きはない。火界の外では多少のいざこざもある様だがな」

「焼物の種族は天界に対して密かに叛意を抱いているという見解か」

「楽観的な見方をすればだぞ。大戦の火種は地界や《闇》側世界のみに存在している訳ではない。火界でも以前から燻っていた。彼等が変革を求めて今回の様な行動を取っても、何ら不思議ではない。まあ、前回我々が火界を訪れた際には、完全に敵であったけれども」

「渾神と共にある今はそうとも限らない、か。例え、火神様がいらっしゃらなくても……。うん? ひょっとしてあんたが傘下に加わろうとしている相手って、火神様か? 地神様については天帝に勝てる見込みがないって認識なんだろう?」

 少しばかり表情を明るくしたマティアヌスに対し、シャンセの方は逆に暗い内心を隠す様に目を反らした。

「一応、候補の一つではあるがな。前に言ったのは別の相手だよ。昔、声を掛けられたんだ。向こうはもう覚えてすらいないのだろうが、この私を利用しようとした責任は取ってもらう。火神は私よりも、私を陥れたアイシアの方を気に入っていたから、共闘は難しいかもしれない。地神にも少しは期待していたのだがな。相変わらずだったし」

「魔神は?」

「論外。渾神については聞くな」

「了解。で、どうする。焼物の種族に味方するとしても、この里の中で命を守る算段は立っているのか? 一種族を丸ごと相手に出来る位に高威力な武器は、殆ど地上界に置いて来てしまったのだろう? 殺神戦で使った物は手元に残っているが……」

「策はある。耳を貸せ」

 シャンセの手招きに従い、マティアヌスは彼に近付く。耳を澄ましても内容を聞き取り辛い音量の声が天幕の内に響いた。

「ちょっと、私には内緒なの!?」

 再び会話の輪から排除されたキロネは、今度こそ怒りに身を震わせた。すると、シャンセは心底不快という顔を彼女へと向けた。

「お前はうっかり他の者に喋るだろうが」

「そんなことなーいっ!」

 叫ぶキロネにシャンセは呆れ返る。〈守秘陣〉がなければどうなっていたか。

「信用出来るものか。マティアヌス」

「はいはい」

 愚か者は無視をすることに決め、二人は密談を再開した。



   ◇◇◇



 翌日正午、天宮内にある白天人族の王族専用の休憩室にて、第三王子トリトメイ・カンディアーナが第三王女レイリーズ・カンディアーナからある報告を受けていた。話を聞き終わったトリトメイは一先ず返事をせず、卓上に置かれていた硝子製の杯に口を付ける。中に入っているのは喉に良いという天界産の薬草茶だ。僅かな間その香りを楽しんだ後、彼は再度レイリーズを見た。

「成程、そうなったか」

「如何致しましょう?」

 彼の上には三人の兄姉がいたが全員に先立たれた為、現在ロジェス王の子供達の中で最も高齢且つ高位であるのはトリトメイだった。実務の最高責任者も彼だ。故に、レイリーズは彼に指示を仰いだ。彼女もまた王族の一員ではあるが、今回の件に関しては独断は避けるべきと判断したのだ。

「遠からず行われるであろう地界への対応も視野に入れて、出来る限り此方の戦力は維持しておきたい。故に直近の討伐や確保は難しいが、さりとて放置もするべきでもない。ふむ、暫くは火界に足止めしておくのが最善かな。行動を起こすのは地界の件が落ち着いた後に」

「承知致しました」

 必要な言葉を貰ったレイリーズがお辞儀で返すと、トリトメイは「ところで」と次の話題を振った。

「地界へ送る使者の人選は終わったのかい? 私の所には話が伝わって来ていないが」

「それは……! ご報告が遅れて申し訳御座いません」

 レイリーズは動揺を露わにする。どうやら彼女の方は既に情報を入手していて、当然トリトメイの耳にも入っているものと思い込んでいた様だ。

 トリトメイは心情の見えない微笑を浮かべた。

「良いよ。報告だけ下さい」

「使者にはリシャが選ばれたそうです。天帝様が執務室で其方の話を出された際、側で控えていた彼の者が直様立候補し、天帝様もその場でお許しになったと聞いております」

「ああ、話が一瞬で終わってしまって、此方へ相談する必要もなかったから、報告する必要すらないと勘違いしてしまったのかな。問題だね。しかも、リシャまでもが新人の様な間違いを」

 白天人族の長老の一人であるリシャの天宮における勤務年数は非常に長い。天帝と地神が明確に仲違いを始める前から勤めていた者だ。彼は予てより両神の離別を快く思っていないと明言していた。

「報告を差し上げる前に片を付けようしたのかもしれません」

「信用が無いな。例え意に添わずとも、それが天帝様のご命令であるなら、私は邪魔なんてしないよ。ところで、地界に送っていた間者とは未だ連絡が取れないのかい?」

「はい」

「其方はもう駄目かもしれないね。可哀想なことをした。地界との交渉は失敗に終わるだろう。天帝様のお叱りを受けるかな。不要な姦計の所為で、と。此方にとって都合の良い方向に動いてはいるが」

 トリトメイは苦笑し、卓上へと戻していた杯に再び指を添える。

「分かった。もう下がっても構わないよ」

「『彼』の方はどうされますか? 邪魔をしてくるかもしれません。現在は件の女神に随伴して火界に滞在しているようですが」

「君の予想通りにはならないんじゃないかな。渾神が邪な謀をしない限り、彼は基本的に冷静で聡明だよ。困った人だが、腐っても《天》の種族だけあって《地》の種族よりは優秀だ。誇り高き我等の中に、地を這う虫と内通する者など存在しないことも重々理解している。此度の策についても、地界の反逆行為を誘発するのが目的だと気付く筈だ。力を得れば勝てると思い込んで、安易に挑んでくる。そんな彼等には勝ち筋どころか利用価値すらないというのにね」

「酷い仰り様ですこと。その様な方だったかしら、私のお兄様は」

 兄妹らしく親しみを込めた口調でそう言われたトリトメイは、態とらしく首を傾げてみせた。

「おや、自分では気付かなかったよ。少し気が立っているのかな。どうか怒らないでおくれ、レイリーズ」

「怒ってはおりません。驚いてはおりますけれども。ところで、私からもう一つ意地悪な質問が。聡明ではない《天》の種族への対応は、一体どうされるおつもりですか?」

「ブリガンティのことかい? 当面は好きにさせておくよ。野心の強さや機密情報の流出は目に付くが、今の所は同胞にとって大きな害になる程ではないからね。正神六柱の侍神位の一つを身内が埋めてくれるのは寧ろ良いことではないのかな」

「そこだけ見れば、確かにその通りなのですが……」

 トリトメイはくすくすと笑い出す。

「大丈夫だよ。彼女はメリルとは違う。あれの行いは、本当に身内の恥以外の何者でもなかった」

 初めの内は爽やかな声音で紡がれていた言葉が、徐々に刺々しいものへと変化していく。彼らしくない感情の発露だ。戦闘種族と呼ばれる白天人族の王子でありながら、普段のトリトメイは柔和な雰囲気を持った青年で、尚且つ他者を気遣って内心をありのままに表現することは滅多にない。そんな彼から思わず漏れ出た本音は、誰にとっても耳触りの良い言葉ではなかった。しかしながら、レイリーズは彼に反論しなかった。彼女にもトリトメイの心情は理解出来たからだ。故に、彼女は憂いを帯びた顔になって呟くだけだった。

「お父様はどうしてあの子に侍神選定への参加を許可されたのでしょうか?」

 表情を消したトリトメイは、不意に宙を見る。視線方向にある壁面には雲上を舞う天女が描かれていたが、彼の目はそれとは別の場所を捉えていた。

「さあ。尊き方のお考えは、私如きには想像することすら難しいよ」

 彼の本音は再び奥底に隠された。頭は既に冷え切っている。遥か昔に出ている答えを彼は実の妹にさえも打ち明けなかった。

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