09. 反逆の神
アミュは渾神の意向で彼女と共に一旦火人族の王城に戻った。これから渾神が語る話は大半が地上人族以外の種族に広く知られているものだが、それでも野外で大っぴらにするべき内容ではない、ということだった。無能の罪の件を知った後で火人族の根城に戻るのは抵抗があったが、「当面の間は大丈夫」という主神の判断を信じることにした。アミュ一人では何も出来ないので、渾神を信じるより他はないというのが実情であるが。
城に戻った後、渾神は仮宿としている部屋に盗聴防止の〈神術〉を施した。それが終わるとアミュと向き合って座り、魔神シドガルドについて語り始めた。
「魔神の出生に関する情報は伏せられているの。公に姿を現したのは、彼がある程度成長してからだったわ。先代の闇神ウリスルドマが自身の後継者としてお披露目したのが始まり。その頃の彼の名前は『ザガルラ』と言ったの。神語で『悪い神』という意味よ。『決して他者が干渉してはならない』という念まで込めてね。名付け親は他の多くの神々と同じで理神タロスメノス。酷い名付けだと思ったわ。でも、残念ながら彼は本当に大戦勃発の要因の一つとなってしまったのよね」
魔神の存在が公表されるまでは《闇》から最初に分裂した《元素》である《幻》の《顕現》神――つまりは幻神ユリスラが闇神の後継者とされていた。しかし《幻》とは存在感が薄く不安定なもの、そして見る者を惑わせるものだ。その《顕現》たる彼も似た性質を持っていた。一見真っ当な価値観や倫理観の持ち主なのだが、屡々現実的ではない行動を取ることがあったのだ。俗事に惑わされない真の聡明さと好意的に捕らえる者がいる一方、考えが浅い、地に足が付いていない、と酷評する者もいた。実際に彼の行動の結果、死傷者が出たこともあった。故に、彼は統治者向きではないという意見が少なからず存在していた。そういった者達は、大抵次子である実神コルトを推した。要するに、《闇》側の《顕現》世界にはまずこの両勢力の水面下の争いがあったのだ。そこへ魔神ザガルラが現れた。
「当時《光》側と《闇》側の勢力はまだ分断されていなくて、先代の神族の王であった光神プロトリシカは正しく全神族の王だったの。その偉大なる王が何故か魔神を支持した。だから何処の馬の骨とも分からない若き神は、皆に認められる――認めることを強制される後継者となった」
魔神は光神と闇神の間に生まれた私生児とする説もあったのだという。闇神の後継者を名乗るに相応しい強大な神力の出所、光神が後見者となった理由、光神の正妃である理神が行った酷い名付けの訳――それら全てに説明が付いてしまうからだ。しかしながら、彼の出自が明かされなかったのは神同士の交わりによって生まれた「雑神」は、神族の中では本来下位に位置付けられていることや理神への配慮もあったのだろうと推測される。
「『説』というか、実際に私はプロトリシカから直接『魔神は自分の実子だ』って聞いたんだけどね。ああ、これは内緒の話よ」
口元に人差し指を当てて渾神はアミュに注意を促した。
「出だしは兎も角として、彼は万人から嫌われた状況に納得しなかったの。努力家なのか野心家なのかは分からないけどね。本当の意味での支持者を獲得する為に奮闘した。そこはまあ、評価に値するわね。見捨てられた者、嫌われた者、時には罪人にさえ手を差し伸べた。けれど、彼は断じて善神ではなかったの。平気で嘘を吐くこともあるし、手段を選ばず非道を成す場面も度々あった。手法は少しコルトに似ているかしらね。彼からやや下衆の方向に寄った感じ。でも、驚くことにそういう綺麗事のみを言わない所に惹かれる者も少なくなかったのよ。こうして、魔神は着実に支持勢力を拡大していったって訳」
因みに、彼が改名したのもこの頃だ。「シドガルド」は神語に於いては『悪いもの』という意味で旧名と然程変わらないように見えるが、入れ替えられた文字に込められた力は「決して他者が干渉してはならない」ではなく「強く結び付ける」であった。
「放蕩者の夫がとうとう妹同然の神にまで手を出して不愉快に思っているのは確実なのだけど、この『悪いもの』という名前に関しては理神は継子に対する嫌がらせではなく、他神と同様に彼の本質を表しただけだと思うのよね。あの子は公私混同が出来る性格ではないし。彼自身にもそれが分かっていて、全く違う名前への改名はしなかったんじゃないかな。雑神であれ昇神であれ神族に分類される以上は神体と接続している《元素》が必ず存在する訳だし、《顕現》側の定義を曲げるということはその接続を弱めて神力を削ることにも繋がるからね。じゃあ、そもそも理神の定義する『悪』とは何なのかって話になってくるのだけど」
不意に渾神はアミュに尋ねる。
「貴女、外神について何処まで教わってる?」
「ええっと、何時何処から生まれたのか分からない《元素》が四つあって、それらの《元素》から《顕現》した四柱の神様が『外神』と呼ばれていると聞いています。その四つの《元素》は時間を司る《時》、運命を司る《理》、虚無を司る《虚》、不確定を司る《渾》だと。また、この四つの《元素》は《天》を含む十二の《元素》より先に生まれたことが分かっていて、外神様達は天帝様より強く地位が高いと」
「成程、教科書通りの内容ね。了解了解。では、ここから先も内緒話ね。命の保証が出来ないから、絶対に他の人には言っちゃ駄目よ。シャンセにもね。貴女にとっては負担になっちゃうかもしれないけど」
「分かりました」
アミュが頷いたのを見て、渾神は話を続けた。
「まず、外神の基礎たる四つの《元素》は世界の原初の形である《塊》から生まれたの。時期は《光》と《闇》よりずっと前ね。ああ、ただ《顕現》した時期は神によっては光神より後の者もいるから混同しないでね。当時私はまだ《顕現》してなかったから伝聞になっちゃうんだけど、プロトリシカが神族の王に擁立された時にタロスメノスの提案で、その四《元素》は《光》よりも後に生まれたことにしようって決まったそうよ。彼よりも上の立場の者を作らない為にね。だから、公に出ている情報は間違い。実際には、最初に《塊》から分離したのは《理》で、最初に《顕現》したのも《理》の神たるタロスメノスだった。彼女の誕生が切っ掛けで世界は今の形になったのよ」
「《理》――『運命』ですか」
「『節理』と言った方が分かり易いかもね。《理》とは、言わば設計書の様なものなの。ほら、複雑な建物や道具を製造するには、大体設計書を用意するでしょ? 世界にとってはそれが《理》だった。《理》に沿って万物は成った。《元素》も《顕現》も、本当に何もかもが。そこでさっきの話に戻る訳だけど、今言ったことを踏まえて世界にとっての悪――つまりは敵となる存在とは一体何だと思う?」
再び渾神はアミュに問い掛ける。ただ一方的に説明するだけでなく、話の内容をきちんと理解させようとしているのだろう。シャンセの教え方とも通ずる手法だ。
「《理》に反する者、でしょうか」
大して間を置かずアミュが期待通りの答えを返したので、渾神は満面の笑みを浮かべて喜んだ。
「正解! 設計書はそれを基準に作られた物を最善の状態で運用する為の物でもあるわ。設計書通りに作られ運用されている物は、基本的には設計書を書く際に想定した通りの動きをするでしょう。でも、同時に《理》は設計書の別の側面も踏襲しているの。物は必ず設計書通りに動く訳ではないって所も。時には設計者が見落とした粗が蓄積して誤動作を起こすこともある。ましてや、意図的に想定されてない動きをさせたらどうなるか。修正困難な不具合を発生させ、最終的には想定より早く寿命を迎えてしまうかもしれないわね。それこそがタロスメノスが一番恐れていることなのよ」
「魔神様の本質は『《理》に反すること』なのですか?」
「若しくは《理》には全く記載のない存在だった、とかね。本当の所は私も知らないのだけれど、兎も角タロスメノスは彼のことを世界に害を成す『悪』と断定してしまったのよ」
「そんなことが有り得るのですか? 運命に存在しないだなんて……」
「驚くことに意外とあるのよね。世界が出来立てほやほやだった頃は特に。実は私も《理》に載り難い存在ではあるのだそうよ。《理》が『万物を確定させるもの』であるとするなら《渾》は『不確定』を示すものである訳だし。あと、まあ諸事情あって《渾》は《理》よりも優先度が高いから」
少しだけ誇らしそうに笑った後、渾神は「でも」と言って視線を窓の方へ向けた。窓は閉まっていたが、彼女はその向こう側にある何処か遠い場所を見ている様子だった。
「私はタロスメノスが妄信する『《理》からの逸脱は必ず世界の崩壊に繋がる』という思想には否定的でね。何糞って思っちゃうのよね。勿論、私はそんなつもりで動いてはいないしね。多分、シドガルドも同じ気持ちなんだと思うわ。設計書と違うことをして、偶然に生まれてくるものだってあるでしょう。それが意外と期待していたもの以上に良かったりして。だから、彼の性質が一般的な倫理観に基づく『悪』であるかは疑問なのよね。……否、違う。やっぱり悪党だ。奴は手段を選ばない下衆野郎だったわ」
渾神は眉間に皺を寄せて文句を呟く。その横でアミュは暗い顔をして俯いた。これは本当に自分が聞いても良い話なのかと胸をざわつかせながら。すると、渾神は好奇心に満ちた表情で彼女の顔を覗き込んだ。
「貴女はどう感じた? 彼のこと、悪い神に見える?」
重苦しい空気を纏ったままアミュは答える。
「分かりません。ただあの方、シャンセさんに似てると感じる時があるんです。正確には猫を被ってた時のシャンセさんに」
「ああ、確かに」
「でも、シャンセさんの場合は時々素の部分が表に出て来るので、『ああ、演技なんだな』って分かるんですけど、あの方は違っていて」
「うん」
「何と言うか隙が無いというか、ひょっとしたらこれが本当にこの神様の本性なんじゃないかって思ってしまったりもするんです。多分シャンセさんより演技が上手いだけなんでしょうけど、でもそれが『悪』の証拠になるかと言われるとちょっと……」
筋が通っているのか不安に思いながら、アミュは彼女にしては長めの言葉を発した。すると――。
「偉い!」
「ええ?」
何故か嬉しそうに発せられた渾神の大声に驚いて、アミュは反射的に身体を仰け反らせた。続いて、後方にある扉を気にし始める。音声を遮断する〈神術〉を施したという説明は受けていたが、〈術〉の類に疎いアミュは本当に声が漏れていないか気になって仕方がなかった。だが、彼女の心情などお構いなしに渾神はアミュを強く抱き締めて全身で喜びを表現する。
「貴女、成長してる! 良い子ね、その調子よ。どんな相手であっても、まずはしっかりと観察するのよ!」
「は、はい。有難う、ございま、す?」
言い終わった後、渾神はアミュの身体を解放する。再び感情を排した理知的な笑顔に戻った彼女は、講義を再開した。
「貴女の見解は的を射ているわ。《元素》の図形化された像である神という存在が、基となる《元素》の性質から外れた行動を取ることは難しい。だから、容易く嘘を吐く気質も嘘を吐く行為そのものも彼の本性の一部なのよ。《魔》という《元素》は『正道に反する』という側面も持っているからね。ただ、正道は即ち善かと言うと少し怪しい所があるから、《魔》もまた即ち悪とは言い切れないと」
「そう、ですよね……」
一部にやや難しい表現が混じっていたので完全に理解することは出来なかったが、アミュは話に水を差すことを嫌って相槌を打つだけに止めた。口振りからしても恐らく今は余り重要ではなく、深く考える必要はないのだろう。
「随分と脱線しちゃったわね。まずは歴史の話をするつもりだったのに。何処まで行ったのかしら。闇神の後継者に指名された魔神が支持勢力を拡大していった所まで?」
「はい」
「分かったわ。続きを話しましょう。――魔神の信奉者が増えても、幻神や実神を支持する者は根強く残っていたの。彼等は魔神派の急成長を快くは思わなかった。だから、小競り合いは日増しに増えていったのだけど、頭の良い魔神はこうなることを早い段階から予測していてね。対策を模索し、やがてある二つの技術に着目した」
魔神に対して嫌悪感を露わにしながらも、変革の神を自称するだけあってやはりこの手の話は好きなのか、渾神は歌う様な調子で語って聞かせた。
「一つは光神プロトリシカと闇神ウリスルドマが知恵と技術を司る智神ステラスフィアや空間操作の〈神術〉を得意とする天神ポルトリテシモから助言を受けて創り出した『永獄』、もう一つは天神固有の〈神術〉である〈異層〉。それらの技術を研究し、彼は『魔界』という空間を新たに創造する。そして、彼の支持者を全員魔界へと移住させたの。住み分けをしようとしたのね。でも、必然的に《顕現》世界――特に《闇》側の《顕現》世界の人口は減少し、一時的ではあるけれど衰退する。となると、敵対勢力の者達は当然焦り憤って精神的な分断も一層深まる、といった状況になってしまったの」
同時期、《光》側でも変化が起こり始めていた。光神プロトリシカの狂乱だ。
「先に断っておくと、彼がおかしくなったこと自体は私の所為じゃないからね。そうなった後に余計なことは言ったかもしれないけど」
光神が狂った直接の原因は、彼の神力の衰えであると渾神は解釈している。そして、弱体化の原因は《元素》の度重なる分離により《光》の権能が目減りしてしまった為であった。優れた者しか許さない《光》の神は、自分が虐げられる側へと回った時に正常な心を保てなくなってしまったのだ。彼は神力回復の為に他の《元素》を吸収して欠けた部分を補おうと考える。そうして真っ先に目を付けたのは、自分の傘下の神々ではなく権力闘争によって結束力を失った《闇》側世界であった。
「まあでも基本的には頭の良い子達だから、危機が迫ると知るや否や、日頃の蟠りは脇に置いて強い結束力を見せ付けてくれたのだけどね。ただ、魔神が神戦の元凶の一つと言われているのはこうしたことが理由なのよ。彼が原因で《闇》側世界は荒れ、《光》側に付け入る隙を与えてしまったから。彼さえこの世に生まれて来なければ神戦という悲劇は起こらなかった、とまで言う者もいるわ。光神の血を引く彼は《光》との親和性も高いから、当時は敵方の第一目標でもあったのにね」
「それは流石に……」
アミュは言葉を濁した。哀れだとは思ったが、彼女を振り回した相手に対して同情を向けるのには抵抗がある。しかし、アミュの沈黙を渾神は善意だと誤解した。
「そうね。彼の性格の良し悪しは別にしても、これは完全な言い掛かりだとかりだと私も思うわ。けれど、彼には物申す術がない。今も尚。だって、彼は敗者だから。結局、《闇》側の権力闘争に負けてしまったから」
「え?」
「闇神は今、幻神が兼任しているでしょ」
「あ……」
「ウリスルドマの今際の際に彼女の傍らに居たのはシドガルドでもコルトでもなく、ユリスラだった。そうなったのは本当に偶然だったのでしょうけど、ウリスルドマは敵方に《闇》を渡さない為に闇神位をその時目の前にいたユリスラに譲るしかなかったのよ」
思い掛けない内容だった。アミュは魔神とは非常に短い時間しか関わっていないので、彼の全てを理解していた訳ではないのだろうが、傍から見てその振る舞いは神族の一柱に相応しく常に悠然としていた。渾神が話したような理不尽な扱いを受けている様にはとても見えなかった。しかし、思い返せば心当たりが全くない訳でもない。彼は神族の排除を謳っていた。同胞と上手く行っているのならば、その様な言葉は確かに出て来ないだろう。分かり難いが一応彼なりのやり方で救いを求める合図は出していたのだ。
アミュの深刻な表情に釣られたのか、渾神も真顔になって目を伏せた。
「戦後、何だかんだ言ってもユリスラとは付き合いの長かったコルトは、引き続き宰相役を任されることになったのだけれど、魔神の扱いは違った。彼が治める魔界は《闇》側《顕現》世界の外周を囲う様に存在していたから、それを口実に《光》側世界への盾の役割を与えられたの。実質左遷――中央からは排除されたということね。そして《光》側との諍いが減った今では、閑職同然の状態となってしまった。まあ、彼自身はその程度のことを気にする性格ではないのだけれど、支持者達は歯痒い思いをしているみたい」
「戦争をしたがっている?」
「彼の真意は分からないけど、少なくとも一部の支持者はそうなのでしょうね」
「成、程」
そこで渾神は深々と溜息を吐き、視線をアミュの方へと戻した。
「魔神の境遇や本性はさて置いて私達との関係のみを考えると、友好的ではない相手と言って差し支えないと思うわ。貴女に近付いてくるのは貴女を利用する為。どれ程耳触りの良い言葉を吐いても、決して信用しては駄目よ」
渾神の言葉を聞き終わるより先に、アミュの中で警戒心が湧いてくる。彼女は自分を気遣う言葉が信じられない病に掛かっていた。実際、過去に似た様な状況で彼女の期待が裏切られたことは多々あった。誠実な者もいないではなかったが、痛ましい記憶の方がより強く残るものである。だが、この時の彼女は相手を信じたいという気持ちも少しだけ持ち合わせていた。故に、迷いながらも彼女は尋ねた。
「あの、これを言ったらきっと不快に感じられると思うのですが、渾神様はどうして私に構って下さるのですか? 魔神様やシャンセさんは確かに私を利用しようとしているのだと思います。特にシャンセさんの方はちゃんと意思表示していますし。あの方達、理由をはっきりと言ってくれるので、事情を良く知らない私でも理解し易いんです。でも、渾神様は本当に分からなくて……。どうして私を渾侍にして下さったのか、どうして私を不死にしたのか……」
話しつつ、アミュは過去にも別の相手に本心を問う質問をしていたことを思い出した。疑り深い性なのだ。周辺環境が悪いのだから仕方がない、と自己弁護に走る性格の悪さも自覚していて嫌な気分になる。
「貴女を愛しているからよ。利用する為じゃないわ」
アミュの心情を察して渾神はそう答える。
「でも……」
「そうだった。私にとっては至極当前ことだったのだけれど、貴女にはちゃんと話していなかったわね。私は貴女に恩があるの」
「『恩』?」
渾神は宙を眺め、アミュはその視線を追う。しかし何も見付からず、短慮な娘は眉を顰めた。
「ずっと、ずうっと昔の話よ。貴女にとっては前世の話。私は貴女に救われたの。あの頃の私はささくれ立っていた。大切にしていた世界が少しずつおかしくなっていって、大切にしていた者達に裏切られて。そりゃあ、私にも悪い所はあったのかもしれないけど、全部を私の所為にすることはないじゃない。私は私なりに頑張ったのよ。それで、私自身がおかしくなってしまっていた時に現れたのが貴女だったの。貴女だけが純粋無垢な目で私を見詰め、私の手に触れてくれた。それがどれほど傷付いた心を癒してくれたか。《元素》に縛られ変われない筈の《顕現》神に変革を齎した。これは凄いことなのよ。だから、私は私を救ってくれた貴女を愛します。大切に思います。何時までも側にいてほしい。でも――」
渾神はアミュの目をまじまじと見る。今にも泣き出しそうな表情だった。
「私はきっと貴女に都合の悪いこともすると思うの。地上人の貴女を神である私の側に置くには余りにも障害が多い。私の『邪神』という立場もそうだけど、何より貴女自身の能力の低さが問題になる。だから、私は貴女に幾度となく試練を課すでしょう。成長を促す為に」
「え?」
「天界、それからサンデルカ――。カンブランタの件は私も把握していなかったから除外するけど、貴女は様々な者達と出会い、降り掛かった苦難を彼等の力を借りて乗り越えてきたわね。だから、一応及第点には到達している。でも、試練を自力で乗り越えるまで成長して、尚且つ他者を手助け出来る所まで行けば満点だった」
「そんなこと……」
アミュは雷に打たれた様な衝撃を感じた。厳し過ぎる判定だ。
(そんなの無理だよ)
やはり裏切られた、という思いしかなかった。好意的な顔を向けておきながら、眼前の女神は真にアミュの味方となってくれる存在ではなかったのだ。絶望へと叩き落とされた彼女は再び俯き、膝の上で両手を強く握り締める。渾神はその拳に優しく触れた。
「確かに貴女はこの先も苦しむことになる。でも、悪意があってやっている訳ではないの。試練の意味合いだけではない。私が味わった変化の喜びを貴女にも感じてもらいたい、共感してもらいたいという気持ちもあるの。だから、本当に貴女の為を思っての行動なのよ。……大丈夫。心配しないで。貴女はきっと出来るようになる。どうか自分を信じて」
「私、何も覚えてなくて……」
「そうでしょうね。でも、良いの。もっと素敵な思い出をこれから沢山作っていきましょう。貴女がどんな窮地に陥っても、命だけは必ず私が守るから。必ず――」
「……」
両者の認識と心情が微妙に擦れ違ったまま、その日の会話は終了した。渾神に促されアミュは寝床に入ったが、目は冴え切っている。胸の内を掻き毟りたいのにそれも叶わず、彼女は寝具に頭から包まって安心感を得ようと藻掻くのであった。




