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機械仕掛けの神の国  作者: 壷家つほ
第三章 赤き眷族
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06. 白い影

 火界南部、黒色砂漠の西端に「黄金泉の街」と呼ばれる場所がある。嘗ては中央の官吏でもあった交易の種族の有力者が治める街だ。この男は高位神の眷族らしからぬ問題人物で、度の過ぎた不品行と欲深さを咎められて失職。地方へ流れて行ったのであった。そして彼の地に落ち着いてからは、不正な手も多分に使ったものの渡り者の身に余る程の財を成し、領主同然の影響力を待つまでになったのだから、全くの無能という訳でもなかったのだろう。だが、そういった男の支配する土地が真っ当に運営されている筈はなく、彼の性根を写し出した様な不正の横行する無法者の都となってしまっていた。

 その黄金泉の街の一角で、商人風の衣服を纏った男が使用人と思わしき者達と共に売り物の〈祭具〉を磨いていた。砂漠が近い所為で街の中は常に砂っぽく、外に物を出しておくと直に砂塗れになってしまう。故に、商品の手入れは日課の一つとなっていた。他の場所ならばたまにしか必要とはならない面倒な作業であったが、彼等は顔色一つ変えない。この程度の労働は苦になる筈もなかった。火界においてこの街以上に彼等が拠点とするのに都合の良い場所はないのだから。

 早朝のまだ日が昇る前の時間に彼等が天幕の中で作業をしていると、外から声を潜めて呼びかける者がいた。

「ご報告を」

「うん?」

 壁を挟んではいるが、声の主は商隊の長の耳元近くに膝を突いている。内密の話らしい。長は愉快そうに口元を綻ばせた。

「鍛冶の種族の里に動きがあった様です」

「知ってる。俺も数日前から彼方の方角で強い《天》の精気を感じていたんだ。しかも、覚えのある感触だ。長い牢獄生活で気配の消し方を忘れちまったのかねえ」

「ご報告が遅れ、誠に申し訳御座いません」

 部下の声音が苦々しい心情を混じらせたものに変わる。だったら早く言ってくれ、と言いたげなのが伝わって来る。彼の主はくつくつと笑声を漏らした。

「此方に来るかな、あの坊やは」

「如何致しましょう?」

「里の監視は継続。後は親父殿にも報告を。と言っても、今はそれどころじゃないって感じだろうがな」

「何事かあったのでしょうか? 先日報告の為に城へ帰還した際には、取り次いですらもらえませんでしたが……」

 部下が不安気に言うと、長は低く唸って考える素振りを見せた。心当たりはあるのだが、不確かな話を下の者にするべきではない。故に、暫くして彼は「さあ」と返した。

「何かしら進展があったと思いたいがな。そろそろ重い腰を上げて頂きたいものだ。ともあれ、情報共有は必要だ。今度は粘れよ」

「畏まりました。行って参ります」

「ああ、行ってこい行ってこい」

 部下の気配が去った後、商隊の長は磨いていた商品を箱に仕舞い、天幕の外へ出た。空は赤味を帯びた紺色をしていたが、これは火界においては夜空の色で、日が昇るまではまだまだ時間がありそうだった。そこで漸く彼は疲労から来る溜息を吐いた。

 次の瞬間、天幕の周辺を突風が襲う。地面の砂が舞い上がり、彼へと向かって来る。だが、砂はぶつかる寸前で速度を落とし、彼の身体を優しく撫でるだけに留まった。他の者が砂の直撃を受けて悲鳴を上げる中、彼だけは冷静な様子で風上の方を向いた。

「風、か……」

 眉間に皺が寄る。

(作戦は続行するとしても、俺自身はそろそろ引き上げた方が良いのかもしれんな)

 容易く舞い上がる砂の如く、彼は身軽で思い切りの良い気質だった。決断した後、彼は表情を何時も通りの笑顔へと戻し、背伸びをした。そして、そのままの姿勢で顔を上に向けた。

「さて、最後にお兄さん、頑張っちゃいますか!」



   ◇◇◇



 同日正午過ぎ、鍛冶の種族の里ではナルテロがシャンセ達を軟禁している天幕を訪問していた。シャンセが監視役の兵士を通じて彼に要請したのだ。

 天幕の中に入るとシャンセは中央に、他の二名は部屋の隅に並んで座っていた。前回の会談時には同行者も口を挟んできたが、今回はシャンセのみが交渉を行うということなのだろう。それを身分の差に因るものと捉えるべきか、彼等の間で意見の相違があったと捉えるべきか。

「長である私を招いた限りは、余程重要な話があるのでしょう。渾侍様が見つかる前に気持ちが定まったと考えて宜しいのですかな?」

 シャンセの前に座ったナルテロは、言葉程には期待を抱かずにそう尋ねた。すると、シャンセは憮然とした態度で返した。

「申し訳ないが、そういう訳ではありません。少し懸念事項があってお呼びしたのです。我々を火界へ呼び寄せた経緯について」

「ほう」

 思い掛けない言葉――しかもナルテロからすれば至極どうでも良い質問が返ってきて、彼は少々不快な気分になった。斯様な下らない話をする為に種族の長たる自分を態々呼び付けたのか、鍛冶の種族も自分も随分と見縊られたものだ、と。だが、高慢な黒天人族の元王太子はナルテロの思いを無視して話を続けた。

「まず、ナルテロ殿が私に目を付けたのは我々が前回火界を訪れた折、ということで宜しいでしょうか? その頃から我々は鍛冶の種族に監視されていたと」

「いいえ、貴方が永獄を脱出したと聞いた時から共闘できないかと思っておりましたよ。前回火界へお出でになった際にも接触を試みましたが上手く行かず、以降も行方を追わせておりました。そして漸く地上界にて足取りを掴み、此方へ招いたのです」

「私が脱獄したという情報は何処から? 貴方がたの境遇を見る限り、中央からの情報伝達は困難である様に見受けられるのですが」

「今はまだ言えませんな。味方になって頂かない限りは」

 沈黙が落ちる。ここで漸くナルテロは彼の疑問の重要性に気が付いた。恐らく彼等は鍛冶の種族が天界か、或いはそれに追従する者達と内通しているのではないかと疑っているのだ。強力な後ろ盾があるからこそ、死に体に近い状態でありながらも中央に対し反乱を起こす気になったのだと。無理もないとは思う。ここに至るまでにナルテロを諫めた者は少なくなかった。しかし、彼に賛同してくれる者も多くいた。思いを同じくする大勢の仲間達が支えてくれるからこそ、本来ならば実現不可能な偉業を達成可能な所まで持って来ることが出来たのだ。火界全土に張り巡らされた情報網もその賜物の一つで、だからこそ現時点では部外者に過ぎないシャンセに情報を漏らして彼等に迷惑を掛けたくはないとナルテロは考えたのだ。

「では、質問を変えましょう。我々を火界へ転移させた――恐らくは〈祭具〉でしょうが、其方は何処から入手した物ですか?」

「それも言えませぬ」

「現物を見ていないので正確なところは分かりませんが、あの〈祭具〉は白天人族の手が入った物ですね。貴方がたの背後にいるのは彼等ですか?」

「何ですと?」

 胸の内を悟られぬよう、作り笑顔を張り付けていたナルテロは、思わず顔色を変えた。火界外との内通を疑われたことに憤ったからではない。思いも寄らない事実を聞かされたからである。

 シャンセはその隙を見逃さなかった。瞬時にナルテロの懐まで詰め寄った彼は、片手で相手の首を掴み、もう一方の手で傍らに置かれていた剣を弾き飛ばした。剣は音を立てながら天幕の入口付近へ転がっていく。背後に控えていた鍛冶の種族の戦士達は色めき立ち、各々の武器を抜こうとした。それをシャンセは一睨みで制した。

 ナルテロの部下達が怯んで動きを止めたのを見計らい、シャンセは視線をナルテロへと戻した。

「戦場も政の世界も知らぬ若造が。斯くの如き有様で私を謀れると思ったか? 随分と侮ってくれたものだ。手持ちの武器では里を丸ごと吹き飛ばすは難しいが、素手であってもお前の首一つ取る位は容易いぞ」

 怒りに満ちた低い声だ。鍛冶の種族が天界の走狗であると確信を持っている証である。ナルテロは一層慌てた。自分の生死以前に、この誤解を解かねば大事になりかねない。

「待って下さい! そんなつもりはないのです! あの〈祭具〉、確かに白天人族の製造した物なのですか?」

「効果だけ見れば、その可能性は十分にあるな。心当たりはないと?」

「否、心当たりだけなら全くないことも……。否、しかし、だとしたら……」

 困難しながらもナルテロは必死に頭を動かす。将来的にどうなるかは分からないが、少なくとも現時点で鍛冶の種族と白天人族に直接的な繋がりはない。問題は件の〈祭具〉の入手元だ。明らかに天界の住人の嫌いそうな風体と身熟しであったので彼等との繋がりは考えもしなかったが、もしシャンセの言う通りならば、今後ナルテロ達の活動に支障が出てくる可能性は高い。

 押し黙るナルテロの様子を窺ったシャンセは、相手の表情で彼等の無実を悟った様で、彼の首から手を放し元の場所へ戻った。それを確認した鍛冶の種族の戦士達も、怪訝な顔をしながらも武器を収めて姿勢を戻した。

 暫くして考えを纏めたナルテロは顔を上げ、シャンセに尋ねた。

「シャンセ殿、〈祭具〉の分析は可能ですか?」

「一応、私の荷物の中に必要な道具は入っておりますが」

「では、お願いしたい。白天人族の関与は我々も意図していないものです。正確な情報が欲しい」

「貴方がたを信じろと?」

「本当に知らなかったのです。ただ、入手先が白天人族と繋がっている可能性があります。それを知る為にも、どうか」

 シャンセは少し考える素振りを見せたが、ややあって――。

「分かりました。協力しましょう」

 そう返答した。上手く此方の演技に騙されてくれた、と内心でほくそ笑みながら。



   ◇◇◇



 問題の〈祭具〉は容易に持ち運び出来る大きさや重さではないらしく、ナルテロは保管場所まで連れて行く為にシャンセのみを天幕から出した。マティアヌスとキロネは天幕に残したままだ。シャンセに対する人質のつもりなのだろう。お互いに何時でも相手を切り捨てられる程度の関係だというのに。

 ともあれ、ナルテロは集落の中でも比較的頑丈そうな煉瓦造りの建物へとシャンセを導いた。建物の内部には地下へと続く隠し通路があり、地下部分は地上部分よりも部屋数が多い様に見受けられた。この施設は地下部分が本体で、上に建ている建物はそれを誤魔化す為の物なのかもしれない。

 地下を最奥まで進むと〈祭具〉置き場となっている部屋があった。目的の品もそこに保管されていた。埃を被らないよう、布が被せられている。ナルテロは従者に命じてその布を取らせた。

〈祭具〉の全容が明らかになると、シャンセはまずは少し離れた場所からそれを眺めた。大きさはシャンセの身長よりもやや高いくらいで、形状は姿見に似ている。次に近くへ寄って、解析用〈祭具〉を用いず肉眼で具に観察する。そして、第一印象を述べた。

「〈関門〉に似ていますね。あれよりは大分小さいですが。この大きさだと〈封印門〉に見えなくもないか」

「そう、なのですか」

 ナルテロは己の無知を恥じた。

《顕現》世界間の移動を補助する〈関門〉は、渾神の影響力を排除するだけでなく戦術的にも非常に有効だ。故に、《光》側《闇》側両勢力で製造と設置を制限されていた。また、通路の出入口となる二つの《顕現》世界の主神の承認を得た上で関所を設けて文官や兵を置き、その施設の中に設置される決まりとなっていた。火界において関所を守っているのは中央の役人――つまりは殆どが焼物の種族と火精である。無位無官で、尚且つ焼物の種族を敬遠している鍛冶の種族の中には関所内へと踏み入った者は誰もおらず、〈関門〉も見たことがなかったのだ。

 よってこの時、自分が恥を掻く原因を作った焼物の種族をナルテロは大いに憎んだ。シャンセにもそういった心情は伝わったが、構ってはいられないという感想を抱き、相手を気遣わず次の作業に移る。

「ふむ、流石に製作者の銘は無いか……。解析用の〈祭具〉を取り付けさせて頂きますよ」

「お願いします」

 ナルテロの言葉に首肯で返答し、シャンセは懐から収納用〈祭具〉を取り出した。



 それから半刻が調査の為に当てられた。解析結果が表示された画面を覗き込む者もいたが、シャンセ以外は誰一人として内容を正しく理解出来ず、改めて自分達の適性は戦士か鍛冶関連の技術者であるのだという自覚が鍛冶の種族の中に湧いていた。また、族長であるナルテロは文官の必要性を再認識した。シャンセから何か学び取れるものがあれば、と彼の一挙一動を隈なく観察する。

 ところが、シャンセは突如作業の手を留め、眉間に皺を寄せた。暫く眼前の〈祭具〉睨み付けていたが、腕を組み小さな唸り声を上げる。雲行きが怪しい。そう思ったナルテロは、不安気に尋ねた。

「どうですか?」

 すると、シャンセは明らかに戸惑っている様子を見せた。

「これは……〈祭具〉なのか? 確かに白天人族の〈術〉に似た構成も一部に見受けられますが……」

「申し訳ない。どういうことなのか……」

「分かり易く言うと、この〈祭具〉らしき物には〈神術〉を搭載しようとした形跡があるのです。〈関門〉も理論を生み出したのは神族ですが、製造は空間系の〈術〉を使用可能な眷族達が行っています。神族が使用する〈神術〉は、仕様上〈祭具〉に組み込むのが難しいですからね。研究は誰かしら続けているのだとは思いますが、成功したという発表は未だされていない筈です。恐らくは此方の〈祭具〉もそういった研究の産物の一つなのでしょう。ですが、その試みは失敗している。失敗の結果がこの瞬間移動の効果です。不安定な力だ。多用はお勧めしません。何が起こるか分かりませんので。しかし、一番の問題は『この〈祭具〉擬きを作った神が何の目的で研究を行い、且つ失敗作を流通させたのか』です。単純な好奇心からなのか、或いは――」

 ナルテロは驚きの表情を浮かべ、次にきらきらと目を輝かせた。素直に好機だと彼は思った。

「どちらの神の物か、分かりますか?」

「恐らくは《地》に纏わる神でしょう。しかし、だとしたら一部に《天》の種族の〈術〉が組み込まれているのが引っ掛かります。両者は光神様が定めた括りに従えば辛うじて同じ陣営と呼べますが、内幕は敵対関係に近い状態にありますからね。《地》の神々が敵の戦力を研究するのは理解出来るとしても、白天人族側の事情が分からない。裏切者が居るというだけならまだ良いが、何かしらの罠である可能性もある。何れにせよ、両勢力が衝突する日は近いのやもしれません」

「火界を巻き込もうという算段なのでしょうか?」

「断定はできませんが、全く可能性が無い訳ではありません。否、兎にも角にも情報が足りない。流通経路の調査は可能ですか? と言うよりも、何処からこんな危うい代物を入手されたのです?」

 不快というよりも怪訝な顔をして、シャンセはナルテロに聞いた。鍛冶の種族が天界と組んで彼を陥れようとしているという疑いは晴れつつある様に見えたが、自覚なく利用されてしまっている疑いが彼の中で広がりつつあるのをナルテロは感じた。否、後者についてはナルテロ自身も同じ考えを抱き始めていた。

「それは……それが分かれば、我々に協力して頂けますか? 正規の経路ではないのです。信頼できる相手でないと教えられません」

 正直な所、シャンセを頼りたかった。だが、彼は信用の置けない相手だ。恐らくは制御も難しいだろう。その様な相手に自軍の補給経路を明かすのは危険極まりない行為だ。縦えそこに問題があったとしても、である。打ち明けるなら、せめて彼が味方となる確約が欲しい。

 シャンセも彼の葛藤を理解はしていたようだが、「申し訳ないが」と続けた。

「私が貴方がたを信用する為の情報が足りていないのですよ。外側からは非常に危険な綱渡りをしているように見えます。想定出来る最悪の事態の被害規模が余りに大き過ぎるのです」

 シャンセは鍛冶の種族ではない。身を挺してまで彼等を救う理由がない。それを要求するのは健全な協力関係ではない。ナルテロにも彼の判断が正しいことは理解出来ていた。理不尽な要求をしているのは自分達の方だと。かと言って、力尽くで言うことを聞かせようとするのは、シャンセの能力と元の立場を考えれば悪手だ。

「シャンセ殿の言い分は尤もです。しかし、今この場では返答致しかねます。時間を頂きたい」

 まず、沈黙があった。暫くして、シャンセは溜息を吐きながらも同意する。

「構いませんよ。ただし、その時間には期限があると覚えておいて下さい」

「分かりました」

 ナルテロは、相手とは逆に安堵の息を漏らし表情を明るくした。

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