02. 火の川
赤黒く硬い地面に乱れた足音が響く。追う者と追われる者のものだ。追っているのは屈強な火人族の戦士達であり、追われているのは渾神の侍神にして元地上人のアミュであった。
(怖くて振り向けない。ちゃんと逃げ切れてる?)
本来、火人族の身体能力は地上人族とは比較にならない程に高い。にも拘らず、彼等は未だアミュを捕らえられずにいた。一番の原因は大きな岩山が散在する見通しの悪い地形であるが、渾神が用意した侍神用の肉体のお陰もあった。とは言え、中に入っているアミュの精神は未だ脆弱な地上人の儘だ。散々走り回ったのに息切れすらしないことに気付く余裕は、彼女にはなかった。
左右を高い岩壁に覆われた細い道へと迷い込んだアミュは、突如として足を止めた。前方を遮るように帯状の巨大な炎が流れている。火の川だ。
(行き止まり!)
《火》の《顕現》である火界には、三種類の川が存在する。温水の流れる川、溶岩の流れる川、そして火の流れる川だ。火や溶岩の流れる川は言わずともがなだが、一見して害のなさそうな温水の川であっても、温度や成分等の都合で触れれば最悪命を落とすものもあり、何の手も加えずに飲料水や生活用水の為に利用できる水辺は火界ではそう多くはなかった。残念ながら、アミュはこの時高確率で遭遇する危険な方の川に行き当ってしまったのである。
「確かに此方の方角だったんだ」
「……!」
背後から男達の声が近付いてくる。追跡を始めてから、かなりの時間が経過した様に感じられるのに彼等は諦める気配がない。
アミュは周囲に目を配る。左右は切り立った崖、後方には追手、前方は飛び越えられない程度の幅の火の川。逃げ場はない。否、厳密には一つだけこの状況を切り抜けられる可能性のある方法は存在した。だが、予想が外れていたらアミュは確実に死ぬだろう。暴挙を制する彼女自身の声が頭の中に何重にも響いた。
(怖い、怖い。行きたくない。でも――)
火神は敵、追手は火神の信者。他に方法はない。アミュは大きく息を吸い込み、それを実行した。
緩やかな曲がり角の先へと勢い良く飛び込んだ火人族の戦士は、その先の景色を見て思わず足を止めた。彼の予想に反してそこには誰も居ない。眼前にはただ見慣れた火の川が流れているばかりであった。
「見つかったか?」
赤く輝く川に暫し心を奪われていた彼は、後からやって来た同胞の声を聞いて我に返り、振り返る。
「済まない。此方には居なかった」
「向こう側もだ。もう、この一帯には居ないのではないか」
もう一人別の仲間が現れて、確信に近い疑問を投げ掛ける。
「まさか。聞いた所によると渾侍は地上人族の筈。しかも、肉体は子供のままだったのだぞ。他種族には過酷な火界の環境下で、そこまで速く逃げられる訳がない。」
「主神が助けたのでは?」
「だとしたら拙いな。火界に災厄の神を呼び込んでしまった」
暗い顔付きで塞ぎ込む青年に、彼より少しだけ年嵩の行った男が嬉しそうに言った。
「否、これは寧ろ好機。彼の女神は我々にとっての災厄ではなく、偽王ヴリエにとっての災厄に違いあるまいよ」
一同に発破を掛ける意図で放たれた言葉であったが、それに励まされた者は誰も居なかった。やがて、別の戦士が務めて冷静にこう提案した。
「真相は定かではないが、何れにしても放置は出来ん。捜索は続行しよう」
「おう! 成果なしと長にご報告する訳にはいかないからな」
「違いない」
男達は改めて顔を引き締め、来た道を戻って行った。後には、めらめらと燃え盛る炎の音だけが残った。
(行ったか……)
火の川の深い場所――岩壁となっている川岸に指と足を引っ掛けて潜んでいたアミュは、追手の声が聞こえなくなったことを確認して安堵の息を漏らした。
そんな彼女の姿を見て、滑稽と言わんばかりに笑い声を漏らす者がいた。
「渾侍の肉体に備わった強い耐性能力を生かした訳だ。逃げるのが上手くなったね、アミュ」
アミュの背後で燃え盛る炎の中から、火人族の戦士達とは別の男性の声が聞えてくる。彼女は思わず「ひゃっ!」と声を上げ、岩壁から手を離してしまった。すると、炎の中から腕が延びて川の底へ落ちようとする身体を支える。その手に助けられ、アミュは岩壁を掴み直した。
「人族と言えど彼等もまた《火》の種族、この川を流れる炎程度は物ともしないが、他種族が同じことを出来るとは思わないだろう。良い判断だった。ところで、君は私のことをまだ覚えてくれているかい?」
後ろを振り向ける状態ではないので、止む無くアミュは己の記憶の中から相手の正体を探る。彼女が正解に辿り着くのに大して時間は掛からなかった。
「魔神様、ですよね」
「そう、魔神シドガルドだ。さて、そろそろ上がろうか。今の君ならこのまま火の川の中に居続けても死にはしないとは思うけど、一応不快ではあるのだろう?」
「ええ、まあ……」
アミュは曖昧な言葉を返すと、魔神の――正確には魔神が依代としている聖都サンデルカの第一王子シドガルドの――手から身体を離して岩壁をよじ登った。彼はやや意表を突かれた様な顔をした。
「手を貸すよ」
「いいえ、結構です。自分で上がります」
低く淡々とした口調で返し、彼女は羽化前の蝉の如くゆっくりと登って行く。
「何もしないよ……」
分かり易い拒絶の態度であった。サンデルカで会った時には動揺はあっても拒絶まではしていなかったのに、と魔神は少し悲しい気持ちになった。暫く会わない間にシャンセ達が何か余計なことを吹き込んだのではあるまいかと勘繰ってしまう。
彼女が上まで登り切り、魔神が後を追って火の川から飛び出した後も、お互いに気まずさがあって沈黙が続いた。しかし、やがて重い空気に耐え切れなかったアミュが話を切り出した。
「あの、今回の件は魔神様が?」
「『今回の件』が火界への強制転移の件を指すなら、私ではないよ。信じてもらえないかもしれないけどね。君達を火界へ引き摺り込んだのは火人族の様だけど、私はここ最近火界には手を出してはいなかったから、繋がりすら全くない筈だ。ただ、君達のことは時折観察させてもらっていたから状況は把握している。危なかったね、殺神の件。迂闊だったとも言えるが」
「そう、でしょうか」
「うん。危ういよ、君もシャンセも。今だって君はこうして味方かどうかも分からない様な神に絡まれている訳だし。……ああ、彼女は同じ《闇》側の所属だけど、君達が襲撃を受けた件についても私は関与していないからね。誤解なきよう」
魔神は敢えて自分に対して疑いを抱かせる様なことを言ってみせた。本当の敵ならば避けたがる行動だ。彼はアミュの警戒心を解かせる為に行ったのだが、その意図を理解出来る程度に彼女が臆病であったので、返って警戒させてしまう結果となった。
じりじりと後退りしながらアミュは尋ねた。
「魔神様はどうして此方に?」
「渾神の目が一時的に君から離れている様だったからね。今の内に話をしておこうかと」
そう言い終わると、魔神の顔が唐突に真面目なものへと変わった。
「アミュ、君が火界を訪れる切っ掛けは不慮の事故みたいなものだったが、恐らく今回の件は君にとって地上界の外を知る好機ともなるだろう。火界の住人達を隈なく観察しておくと良い。神族への依存から抜け出せない愚者の末路を」
「『末路』……?」
不穏な言葉にアミュは青褪めた。対して、魔神はまた何時もの人を食ったような笑顔に戻る。
「残念、時間切れだ。渾神が追い付いてきた。私はもう消えるよ。また今度機会があったらじっくり話そう」
「え?」
アミュがぽかんと口を開けた瞬間、彼女は肩を掴まれて後ろへ引き倒された。続いて柔らかな肉体と甘い香りが彼女の身体を包み込む。胸の内に自然と安堵感が満ちていった。
「お母さん?」
アミュは自分を背後から抱きしめる女神の顔を見上げた。
「無事で良かった……」
我が子同然と思っているアミュの傷一つない姿を確認した後、渾神ヴァルガヴェリーテは泣きそうな笑顔をアミュの肩に埋めた。
無言の時間は長く続いたが、やがて渾神は顔を上げ、アミュの身体を自分と向かい合わせにした。そして、母が子供にする様にしゃがみ込んで話し掛けた。
「魔神は? 何もされなかった?」
渾神の問い掛けでつい先程まで会話していた魔神の存在を思い出し、アミュは背後を振り返る。しかし、そこにあるのは煌々と輝く火の川だけだった。アミュは再び渾神の方を向き、彼女の問いに答えた。
「大丈夫です。あの……」
アミュは動揺して言葉を詰まらせた。彼女が渾神と直接会うのは今回が初めてだ。精神のみの状態で対話したことはあったが、肉の身体を持った状態で対面したことがない。にも拘らず、心の中にははっきりと渾神の姿と声が刻まれている。心の病や妄想の類ではないかと疑った時もあった。だが、実物を見て彼女の妄想は現実と全く差異がなかったのだと知る。その事実にアミュは感動よりも困惑や恐怖を感じていた。
その時だ。
「今、女の声が聞こえなかったか?」
「何処から?」
「多分、こっちだ」
聞き覚えのある声だった。火人族の戦士達のものである。アミュを探して此方に戻って来たのだ。まだ遠くに居る様だが、逃げ場のない状況は変わらない。
「ゆっくり話している時間はなさそうね。少しの間だけ身体を借りるわよ」
「え? あ……」
渾神の身体が陽炎の様に揺らぎ、アミュの身体へと吸い込まれた。次の瞬間、肉体の主導権が渾神へと渡る。アミュの姿をした渾神は声のする方角へと視線を向け、この身体の本来の持ち主には使いこなせない〈千里眼〉を発動させた。神の目は遠方にいる武装した男達の姿を難なく捕らえる。
(間違いなく火人族ね。どの種族かまでは分からないけど。一応、ペレナイカに話を通しておいた方が良いのかしら)
渾神は川の方へ向き直ると跳躍し、燃え盛る炎をひらりと飛び越えた。
◇◇◇
アミュが渾神と再会を果たした火の川と同じ地域にある集落に、三人の異種族の来訪者が遣って来た。「遣って来た」とは言っても、彼等は自発的にこの場所を訪れた訳ではない。この集落の者達に連行されてきたのだ。
「ここ、何処お……」
光精キロネは精神的にも肉体的にも疲れ果て、悲嘆の感情が混じった声を漏らす。しかしながら、彼女の問いに答える者は誰も居ない。旅の仲間でさえもだ。黒天人族の元王太子シャンセ・ローウェン・ヌッツィーリナと光精マティアヌスは周囲を隈なく観察し、情報収集に努めていた。
周囲には煉瓦造りの建物と天幕が立ち並んでいた。彼等の記憶の中にある火界の都と比較すれば、建物の様式は古く造りは荒い。炎を模った伝統的な文様は描かれていたものの、それ以外の非実用的な装飾は殆ど見られなかった。また、所々壊れ掛かっている箇所があったが、充分な補修は成されていなかった。戦士の武装や一般住民の身形も似たようなもので、人口密度が高い割に活気がない。総じて見窄らしい印象を受ける集落であった。
(山の形状や配置から推測するに火界の西端、否、南西側か。この辺りで暮らしているのは確か――)
「此方でお待ち下さい。長を呼んで参ります」
彼等を連行した部隊の隊長らしき男の言葉が、シャンセの思考を止めた。男は部下に天幕の入口を開かせ、片腕を内部へと向けている。天幕に焚き染められた香の匂いが、一同の鼻を擽った。辺境の貧しい集落であっても、香との結び付きが強い《火》の種族の風習は健在らしい。
「『長』?」
シャンセも同じことを思ったが、声に出したのはマティアヌスが先だった。彼の問いに対し返事はなく、戦士達はしつこく中へ入るよう促す。その態度に思う所はあったが、苛立った相手が手持ちの武器を鳴らし始めたので、仕方なくシャンセ達は天幕の狭い入口を潜り抜けた。
三人共中へ入り終えると、入口の垂布が下ろされる。天幕の内部にはシャンセ達以外誰も入って来ず、代わりに入口付近に数名の気配が感じられた。十中八九見張り役である。シャンセは少し思案した後、地面に敷かれている毛織物の上に座った。そして彼の後に続いて座ったマティアヌスに顔を近付け、声を潜めて先程の問いに対する自分の見解を述べた。
「恐らくヴリエ女王のことではない。ここは恐らく少数種族の里だ」
「あら、火人族って単一種族じゃなかった?」
「違うぞ。何を言っているんだ」
シャンセ以外の者も同じく小声で語り合う。普段は緊張感に乏しいキロネでさえも、危ない状況であることは理解出来ている様子だった。マティアヌスは言葉の選択に悩みながらもキロネへ説明した。
「火神様は、火人族に対して余り興味がお有りではない様でな。他の正神と同じく性質の異なる数名の始祖をお創りになったものの、個別の種族名はお与えにならず、統治を一人の王に任せてしまわれたんだよ。だが、そのやり方は一般的ではない。内外問わず問題は多く出てくる。仕方なく火人達は自分で種族名を付けて区分することにした訳だ。仮称だから公では名乗れないし、名付けの法則も正式な物とは異なるがな。種族の長も『王』ではなく『長』か『族長』と呼ぶ」
マティアヌスは憐れみの視線を天幕の外で控えている戦士達へと向けた。そういった境遇であっても、彼は火人の口から火神を恨む声を聞いたことがない。歪であると彼は感じた。
顔を再びキロネの方へと戻し、マティアヌスは話を続ける。
「それで、だ。各種族には各々得意とする技能があってだな。その得意分野を基準に、鍛冶担当の種族、狩猟担当の種族、商売担当の種族といった風に役割分担を行っているんだ。種族名は夫々の担当分野に因んで付けられている。今、火人族全体を仕切っているヴリエ女王は確か『焼物の種族』――つまりは容器の製造とそれに関連して竈の扱いを得意とする種族の出身だった筈だ」
「そう、だった、かしら?」
「やっぱり忘れてたんだな。加齢って怖いなあ」
軽蔑の眼差しを向けるマティアヌスに対し、キロネは声を潜めたまま癇癪を起こした時の口調で返した。
「初めから知らなかったの! 興味も関係もなかったから! 永獄送りになる前は、ずっと光宮で侍女をしてたのよ。仕方ないじゃない!」
「そんな言い訳が通るか。侍女でも光宮勤めなら必須の知識だろうが。百歩譲ってお前の主張を認めたとしても、投獄中は一体何をやってたんだよ。時々放り込まれる新参から情報収集だって出来ただろう。お前は単に怠惰なだけだ」
「むっきーっ! 腹立つー!」
「お前、外に出てから日に日に幼児に近付いていってないか?」
高慢なキロネは自分の非を認めることが出来ない。真っ当な指摘にも納得がいかず、彼女はきーきーと騒ぎ始める。それを見て、マティアヌスは思わず冷や汗を掻いた。ここが敵地で自分達は拘束されているのだということを彼女はすっかり忘れてしまっているらしい。いっそのこと口を塞いでしまおうかと思った所で、シャンセが割り込んできた。
「まあ、そう強く責めなよ、マティアヌス。キロネが可哀想じゃないか」
「シャンセ?」
マティアヌスは唖然とした。先程まで騒いでいたキロネも同じ顔をして押し黙る。普段のシャンセなら、キロネに対して否定的な感想を抱く筈である。特に緊急時には実質頭分である彼に一番負担が掛かるのだから。故に二人は今の状況を憂慮した。
「珍しいじゃない、貴方が私を庇うなんて。一体どういった風の吹き回しかしら?」
「どうして? 私は当たり前のことを言ったまでだよ。悲しいかなあらゆる存在には《理》によって定められた能力の限界というものが存在する。マティアヌスよ、キロネの目を見るが良い。あの目に知性が宿っているように見えるか? 見えないだろう。だが、是非もなし。キロネの無知蒙昧はあれが《顕現》世界に誕生する以前から決まっていたこと、どうやっても動かしようのないものなのだ。断じてキロネの罪ではない。故に、これ以上あの哀れな者を咎めるな」
「あんたの方が酷いわ!」
キロネは叫んだ。聞いたことを後悔した。やはり、シャンセは不愉快に思っていたのだ。その心情を率直に表さず皮肉をぶつけられたことが、余計に彼女の癇に障った。
そんな彼女の感情を無視して、シャンセは突如視線を天幕の入口へと向ける。
「さて、そろそろ静かにした方が良い。お待ちかねの相手は既に来ているぞ」
彼が言い終わってからやや間を置いて、光精達は漸く彼の言葉の意味と行動の理由に気付く。そして、二人同時に入口を見た。すると、外から中年とも老人とも感じられる含み笑いの声が聞こえ、入口に取り付けられた垂布が巻き上げられた。入口の向こうから姿を現したのは、赤銅色の髪と髭を生やし、筋肉質な肉体を簡素な鎧と布で覆った中年男性であった。先程の声の雰囲気と見た目が一致している。彼こそがあの声の主であったのだろう。また、背後には従者らしき男が数名立っているのが窺えた。
「やれやれ、気付かれておりましたか。流石は御伽噺にさえ名を残す大賢者だ」
赤銅髪の男はにこやかな顔付きで天幕の中へ入り、シャンセ達から少し離れた場所に腰を下ろして胡坐を組んだ。
「シャンセ・ローウェン・ヌッツィーリナ殿、お初にお目に掛かります。私は鍛冶の種族の長ナルテロ・ベル・ペレナディアと申す者。以後、お見知りおきを」
「『鍛冶の種族』……。確かに、私が天界に居た頃に族長を勤めておられたニンデ殿の面影があるように見受けられますが……。あの方はどうされたのです?」
「ニンデは初代の長ですよ。当の昔に冥界へと旅立っております。私は彼のずっと先の子孫に当たります。成程、シャンセ殿は黒天人族の二世代目と伝え聞いておりましたが、祖先と面識がお有りになったとは」
ナルテロは膝を打って大笑いした。直情的な振る舞いと年季の入った戦士に相応しい体躯とが相まって「豪快」という印象を与える男であった。
「『祖先』? 失礼、ナルテロ殿は何世代目でいらっしゃる?」
シャンセが訝しみながら尋ねると、ナルテロはやはり面白い物を見る様な態度で、こう答えた。
「我が祖ニンデから数えて十八世代目、族長としては十六代目となります」
「『十八』!?」
「それはちょっと、王族にしては聊か代替わりが早すぎやしませんかね? 平民ならまだしも……」
シャンセは彼らしからぬ声を上げ、マティアヌスも思わず口を挟んだ。
創造に失敗し短命種族となってしまった地上人族は例外だが、一般的な人族というものは長寿である。特に種族の長に据えられるような力のある一族はほぼ不老であり、事件事故に巻き込まれない限りは死ぬことがない。必然的に子を成す頻度も緩やかとなる。戦時中でもない限り、急いで増やす必要がないからだ。だからこそ、「十八」という数字は異様であった。
「そう、それについての話もせねばならぬのですが……シャンセ殿、まずは単刀直入に此方の要望を申し上げます。貴殿の〈祭具〉作りの力を我々にお貸し頂きたい。偽王ヴリエから全ての火人族と火神様を解放し、火界を正常化させる為に」
ナルテロは自身の両膝を毛深い手で握り締め、今迄とは打って変わって険しい眼差しをシャンセに向ける。逆に、彼の背後に控えている従者二人は、憂慮に堪えないといった表情を浮かべて視線を伏せる。呆気に取られたシャンセ達は、掛ける言葉を思い付かないまま彼等を見詰め返すだけだった。
(これは――)
(予想通りに芳しくない事態だな)
今後の方針を問わんとするマティアヌスの視線を感じながら、シャンセは小さな声で唸った。




