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機械仕掛けの神の国  作者: 壷家つほ
第二章 埋没都市
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22. 大地の審判

 ティファズ達がカンブランタ王宮内にいるタルティナの許へ到着した時、彼女は煌びやかな玉座に姿勢正しく座っていた。この場所の本来の主たるセケトは、側近達と同様に冷たい床の上で蹲っている。

「来たわね」

「ええ、来たわよ」

 互いに挨拶はない。二人がこの悪趣味な遊戯を始めてから数ヶ月が経ったが、両者は以前よりも親密になったとも溝が深まったとも言える。だが、少なくとも今この場面に於いて、礼儀を弁えずとも互いに咎めない関係にはなっていた。

 タルティナはちらりと冥神の方を見た。

「どういうつもり。私達人族の遊戯に、畏れ多くも神を巻き込むなんて。しかも、その御方は――」

「遊びは終わりよ、タルティナ。私は全ての罪を受け入れるわ」

「どういうこと?」

「頭の良い貴女にしては、察しが悪いわね。負けを認めると言ったのよ」

 タルティナはまず困惑した顔を見せたが、次に表情を消して淡々と言葉を返した。

「ああ、そうなの。当然よね。だって、貴女の駒であるアージャはもう死んでいるのだもの。それで、《闇》側の神と共に現れた言い訳はどうするつもり」

「私は《理》に反した死をばら撒くお前達を止めに来たのだ」

 ティファズの代わりに冥神が答えた。タルティナは嘲る様に含み笑いをする。彼女の主神の敵とは言え、神族相手に無礼が過ぎる振る舞いだった。増長している、と冥神とティファズは感じた。

「冥神様、宜しいのですか? 現在、《光》側と《闇》側は冷戦状態。相互不可侵により『辛うじて』平和が成立しています。貴方の此方側への干渉は、その危うい均衡を崩しかねませんよ」

「そうかもしれぬな。だが、だからと言ってお前達の暴挙を見過ごす訳には行くまい。出来ることは然して多くはないが、可能な限り手を打っておいた方が良いと考えたのだよ」

「愚かな」

「いいえ、愚かなのは貴女の方よ。聞いてなかったの? 冥神様は先程『《理》に反した』と仰ったのよ」

「……!」

 神を前にしても尚揺るがなかったタルティナの顔に、漸く焦りの色が現れた。

「ああ、そうだ。今回の件は理神タロスメノスも既に把握している。自分の領土を荒らされた地神もだ。遠からず、天帝の耳にも入るだろう」

「そんな馬鹿なこと!」

 肘置きに添えられていた手が拳を作った。タルティナの手が微かに震えているのが、ティファズからも見て取れた。〈星読〉の力を持つが故に、黒天人族は比較的他種族よりも《理》に近い場所にある。《理》や理神への畏怖の念もまた、他者より強い筈だ。これを見て、ティファズは今ならタルティナの説得が可能なのではないかと思い始めた。

「タルティナ、カンブランタから手を引いて。地上人達を開放して。勝敗は既に決した。貴女の価値は定まった。だから、もう彼等は必要ないでしょう。こんな惨い扱いをして……」

「自分だけ身綺麗な振りをしないで頂戴。貴女だって同罪でしょう!」

「罪を犯した自覚はあるのね。なら、罰も受け入れなさい。私も一緒に受け入れるから」

 だが、タルティナは頭を幾度も横に振りながら、ぶつぶつと何かしら呟いている。まるで正気を失ったかの様な素振りだ。

「いいえ、罪ではない。これは只の失態よ。そして、失態はより大きな功績で上書きしてしまえば良い」

「タルティナ!」

「まだよ、ティファズ。カブランタには、まだ利用価値がある。私はこれから彼等を国外へ侵攻させるわ。そうして、地上人族の全てを私の手中に収めるの。私は彼等を啓蒙し、正しい形へと進化させる。どう、良い案でしょう。これならば、天帝様だってご納得下さるわ。予てより不仲であられた地神様の鼻を明かすことだって出来るのだし」

「何てことを言うの!」

「黙りなさい! 私達には、もう後がないのよ!」

 俯きながらタルティナは喚き散らす。今更ながら、ティファズは彼女の目が薄っすらと赤くなっているのに気が付いた。精神的なものか体力的なものかは分からないが、疲労の表れとティファズは直感的に判断した。

「忠誠心が空回って自滅しただけの貴女達と、初めから叛意があって罰せられた私達とじゃ、世間の評価は全く違うの! 察しなさいよ!」

「タルティナ……?」

 ティファズは初め相手が何を言っているのか分からなかったが、少し考えて天人大戦の引き金となったアイシアとシャンセのことだと気付いた。それが、今迄タルティナを蝕み続けてきた元凶の一つであるのだとも。彼女が地上人族に殊更厳しいのも、彼等と関わったが為に兄が反逆者となるに至ったという思い込みからだったのだ。

 タルティナは息を整えた後、引き攣った笑顔を冥神に向けた。

「冥神様、これは貴方様にとっても悪くない話なのではありませんか? 冥界でも地上人族は迫害されていると聞き及んでおります」

「確かに内心疎んじてはいるが、迫害までは至っていない。地上人族もそれ以外の種も、結局の所、末路は同じだ」

「ご協力頂けないと?」

「当然だろう。お前の計画によって生ずる死を私も理神も決して認めはしない」

 予想通りの反応だったのか、タルティナは別段感情を揺さぶられる様子は見せなかった。笑顔は消えたが、淡々とした声音で高位神の一柱たる相手に向かって言い放つ。

「ならば、全てが終わるまでこの地に留まってもらいます。御身は貴方様が可愛がっていたあの娘にでも世話をさせましょう」

「人族風情にそれが可能だと思うのか?」

「こちらには人質がおります。リリア王女を含めたカンブランタの住民全てが」

 沈黙が落ちる。暫くして、冥神は溜息を吐いた。

「まあ、想定の範囲内だな。良いのか? その一言が出た時点で、最早天帝もお前を庇い立て出来なくなったぞ。本来人族について生殺与奪の権を持っているのは、各種族の主神だけだ。お前は神族の権限を侵害した。縦え主神に見放された地上人族が対象であっても、お前の行いを認める神は一柱も存在しないだろうよ」

 父が子へするように、冥神は穏やかな口調でタルティナを諭した。邪神と見做されはいても、彼は間違いなく神族の一柱であった。

 しかしながら、案の定タルティナは耳を貸さなかった。

「邪神の虚言など、聞く価値もない。まずは退路を塞がせて頂きます」

 彼女の言葉の意味するところを察して、冥神とティファズは共に背後を振り向いた。正確にはカンブランタの城壁付近にある地下通路の出口の方角を。

「いけない。タルティナ、それは――」

 ティファズが再びタルティナの方を向いた瞬間、タルティナは片手を上げて城壁内部に設置していた〈祭具〉へ指示を送った。指示を受けた〈祭具〉は壁を割り、白く硬質な姿を現す。続いて、円形〈祭具〉の上部の板がするりと横に滑った。すると、下にあった容器状の部位の内部が晒され、中に入っていた鈍色の柔らかい物質が急速に膨張して溢れ出した。その物質は意志を持った生き物の様にうねうねと地下通路へと向かい、内部を徐々に埋めていった。



   ◇◇◇



 同刻、地界の居城で微睡んでいた地神オルデリヒドは、びくりと大きく身体を震わせた後に飛び起きた。

(《地》に《天》の精気が流れ込んだ!)

 全身が総毛立つ。ただただ気持ちが悪い。

(場所は何処だ)

 意識を大地に溶け込ませ、汚染の元を探る。然して間を置かず、彼は目的の場所を探し当てた。近くに居たのは――。

「天人族……」

 地神は忌々し気に声を漏らした。彼の視界に冥神の姿は入っていない。

(汚された。私の大地を!)

 地神も地界の一部である地上界も共に《地》の《元素》から《顕現》した物だが、地神と地界は同一ではない。しかしこの時、地神は我が身が脅かされた様な錯覚に陥っていた。

「よくも――」

 地神は叫んだ。

「よくも!!」

 その瞬間、大地が戦慄いた。



   ◇◇◇



 カンブランタ全域の地面が地神の神気で満たされる。神気には強い怒りや恨みの念が込められており、ティファズ達の足をびりびりと刺激した。神意を知る術を持たない地上人達も、次に起きた大地の揺らぎで神の怒りを知ることとなった。

「何!?」

「まさか、これは――」

「しまった、先にそちらが来たか!」

 カンブランタの大地は横にも縦にも波打ち、やがて陥没と隆起を激しく繰り返すようになった。地上人族の造った柔らかな建物は衝撃に耐え切れず倒壊し、タルティナの強化兵から逃れる為に身を潜めて暮らしていたカンブランタの住人達を呑み込んでいく。だが、そんな中でも王宮だけは、僅かに罅割れながらもタルティナが施した保護の〈術〉のお陰でまだ残っていた。それが気に入らなかったのだろうか。地神は次の行動に移った。

 揺れの大きさは変わらないまま、地面から岩や土が蛇の様な形状になって幾つもせり上がる。やがて大蛇達は、初手で辛うじて生き残った人々や建造物の残骸へと襲い掛かった。蛇の口内へ収められた物体が、次々に地中へと引き摺り込まれていく。これについては、王宮内部に居た者達も例外ではなかった。

 冥神は思わず舌打ちをする。嘗て神戦の折に、彼等《闇》側勢力が散々苦しめられた地獄が目の前で再現されていた。脆弱な地上人族相手にやることではない。

 問題は他にもある。冥神の読みでは、カンブランタ王国の大地震は数年後に発生する筈であった。しかし、現実にそれが起こったのは今この瞬間だ。如何なる理由でそうなったのかは不明だが、時期を外したならば生死の判定についても外す可能性がある。生き残る筈の者が死に、死ぬ筈の者が生き残る。冥界にとっては非常に拙い事態だ。

「タルティナ、貴女何てことを!」

 惨事を目の当たりにしたティファズは、声を上擦らせてタルティナを責めた。タルティナはよろよろと立ち上がり、耳を塞いで頭を振る。

「違う。私じゃない。私の所為じゃない! ティファズ、貴女が地下に穴なんて掘ってくるから!」

 その時、冥神が迫りくる存在に気付いて「危ない!」と声を上げた。ティファズは、彼が切羽詰まった表情を浮かべて此方を見ているのには気付いたが――。

「え……?」

 最期に間の抜けた声を出して、彼女の意識は永遠に失われたのである。

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