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機械仕掛けの神の国  作者: 壷家つほ
第二章 埋没都市
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21. 道理の外

 その朝、天宮の中心部にある謁見の間は騒然となった。

「ポルトリテシモ」

「理神、タロスメノス」

 名を呼ばれた天帝は、玉座の正面に立つ女神の名を呟いて返した。何年振りの訪れだろうか。前回彼がその顔を直接見たのは、少なくとも先の大戦の最中であった筈だが。

「お久しぶりですね。随分と――」

「タロスメノス、申し訳ないが私は貴女に対して入界の許可を出してはいない。早々にお引き取り願いたい」

「当代の神族の王に対する非礼は詫びます。しかしながら、急ぎの要件なのです」

「ええ、そうでしょうとも。緊急時でもなければ、貴女は自分の神殿から出ようとすらしない。ですが、今は微妙な時期なのです。お分かりでしょう?」

「それはその通り、なのでしょうが……」

 天人大戦は渾神の陰謀により発生したものと結論付けられたが、直接の切っ掛けを作ったのは誤解を招く予言で世界を混乱させたこの女神と言えなくもない。しかも、彼女は大戦中に〈星読〉の基盤となる星精達を全て隠し、自らも理界へ引き籠ってしまった。〈星読〉で未来を知る黒天人族以外の種族にとって不公平だからと言い訳して。だが彼女の行動は、黒天人族同じく〈星読〉を使い尚且つ戦争の終結を望む第三者にとっても弊害となってしまった。故に、理神は無責任だと批判する者も少なからず存在していた。

「本音を言えば、私も貴女に対して不満を感じてはいます。しかし、今回は貴女を蔑ろにするつもりで言っている訳ではありません。光神プロトリシカが私の父親代わりであるならば、父上の妻である貴女は母親の様なもの。それはありえない。ただ本当に、時期が問題なのです」

「私も悪意があってあのような助言をした訳ではないのですよ」

「分かっています」

「では、これだけ言わせて下さい。地上界で《理》に反した死者が出ています。冥神の見立てでは、遠からず国一つ分の死者が出るとのことです」

 話を聞いた天帝は一瞬だけ目を剥き、次に軽く眉を寄せた。

(神戦により《光》側と《闇》側が分断されてから数千年を経ても、まだ彼方の神と繋がっているのか。光神の正妃という立場でありながら!)

 心中をよく表した声音で、彼は突き放すように言った。

「地上界は地神の管轄です。彼の方に伝えて下さい」

「既に伝えました。貴方には、この件の元凶となっている天人族を止めてもらいたいのです」

「何ですって?」

 不快感が天帝の内側で増す。だが、ややあって彼は先日レイリーズ達と交わしたやり取りを思い出した。調査を任せたレイリーズやアンタロトからはまだ何の報告も上がっておらず確証はないが――。

(ティファズ達か?)

 天帝は片方の手で頬杖を突き、もう片方の手の指でとんとんと肘掛けを叩いた。

 一方、事情を知らない天人族の官吏達は、白も黒も一様に反論の声を上げた。

「理神様、お言葉ですが――」

「止めよ。お前達の発言を許した覚えはない」

「しかし――」

「二度は言わぬぞ」

「……失礼致しました」

 官吏達の声が静まった所で、天帝は視線を理神へと戻した。意識が他に向いたお陰か、頭は若干冷えている。

「タロスメノス、それは確かな情報なのですね?」

「冥神の報告に加え、私自らが現地に赴き確認しました。また、この情報は地神の城を訪れ対応を要請した際に、必要事項として彼にも知らせてあります」

「そうですか。では、後日私から地神に使いを送りましょう。『問題があると感じたら、煮るなり焼くなり好きにして良い』と」

 理神は驚いた様に少しだけ目を見開いた。

「良いのですか?」

「先の大戦では地界にも被害が出ました。今、不用意にオルデリヒドを刺激したくはない」

「分かりました。貴方の思う通りになさって下さい。私はこれで失礼します」

「境界まで送って差し上げろ」

 天帝は傍らに居た高官に目配せをする。命じられた者は言外に「余計な謀をせぬよう、しっかり見張っておけ」という指示を受けたと理解し、緊張の面持ちで返事をした。

 理神が数人の天人達を伴って退室した後、天帝は椅子の頑丈な背に凭れ掛かって、長い息を一つ吐いた。

(オルデリヒド、か。厄介なことになったな。誰を使者に立てようか。当事者である天人族は流石に使えないし……)

 室内のさざめきを意識の端で聞きながら、天帝は高位神の幻影を脳裏に並べた。



   ◇◇◇



 同じ頃、地上界のカンブランタ王宮では、神々にとっても憂慮の種となったタルティナが玉座に腰掛け、〈遠見〉を使ってティファズ達の様子を監視していた。彼等がカンブランタを囲う〈結界〉を避けようと地下通路を掘っているのに気付いた時には、タルティナは怒りよりも寧ろその粗野な発想に呆れ果てて憐れみすら感じたものだ。

「まるで土竜ね。みっともない」

 天上の住人たるティファズに、果たしてこの発想が浮かぶだろうか。タルティナには何となく発案者は地上人である様に思えた。形ばかり天帝を祀ってみせても、窮地に陥れば結局は本来の主神に縋る生き物なのだ。

 畜生を見るような目で地上人達を睨め付けた後、タルティナは意識をティファズに集中させる。彼女には本当に失望させられてばかりだ。天人族の風上にも置けない。

(さて、どうしてくれようか)

 タルティナは思案する。

(今は気付いていない振りをして、アージャ派が地下通路へ入った所を狙って生き埋めにするか。でも、浅はかな地上人族達は兎も角、流石にティファズはその程度の策は予測して対策を取るだろうし……)

「まだ暫くは様子を見ましょうか」

 正面を向いたまま前のめりになったタルティナは、肘置きに両肘を突き口元で手を組んだ。



   ◇◇◇



 それから数日の後に、地下通路は完成した。ティファズも時折手伝いはしたものの、地上人達の要望で基本的に掘削作業の殆どは彼等が行った。相手方に人外の敵がいることを考慮して、力を温存しておいてもらいたいと言われたのだ。

 そして完成後、ティファズは味方の地上人全員を〈術〉で眠らせた。丸一日は起きてこない筈だ。念の為に彼等を一か所に集め、保護の為の〈結界〉も施した。

「タルティナは万全の備えで迎え撃ってくるでしょうね。だから、この通路を彼等に使わせる訳にはいかない。でも、私一人で行くのはやはり心許ない。だから――」

 城壁の前に立ち王宮の方角を眺めていたティファズは、急に振り返った。

「手伝って頂けませんか、冥神様?」

 彼女の視線の先には、地上人の肉体を被った冥神ザクラメフィが立っていた。神戦前から生きているティファズにとっても会う機会は少なかったが、全くの初対面という訳でもない神だ。見る度に器を変えているので、神気でしか正体を判別することが出来ないが。

「ふむ、全くの無能という訳でもなかったようだな」

「勿論。人族の頂点たる白天人族の第二王女でしたもの」

「過去形か」

「その地位は返上するつもりでおります。流石に皆に合わせる顔がありませんから」

 不意に冥神は背後を見た。彼が視線を向けた方向には、脱出したカンブランタ人の拠点がある。

「彼等は眠らせたのか」

「意識があれば率先して乗り込んでいくでしょうから。ここより先の道は、地上人には余りに危険です。連れては行けません。ただ、私は行きます。後一度くらいはタルティナと話しておくべきかと」

「ならば、地上を通れば良いのでは? あそこで眠っている地上人達とは違い、お前は賭けの相手になる程度には仲が良かったのだろう。事情を話せば、入れてもらえるのではないか?」

「いいえ、地下を行きます。彼女の性格を考えれば、私の言葉を聞くとは思えません。それに、もしもの時の保険でもあるのです」

「どういうことだ?」

 冥神は怪訝な表情を浮かべた。彼が纏う肉体は彼の物ではないのに内心が忠実に表情として映し出されるのが、何時見ても不思議に感じる。

「《地》の神は長年《天》を嫌っておいでです。そして、私は《天》の種族。さて、死者の王たる冥神様にお聞きします。私の顔に死相が見えますか?」

 ティファズの意図を理解して、冥神は溜息を吐いた。

「ああ、それはもうべったりと。気味が悪いくらいに貼り付いているとも」

「ふふ、良う御座いました。安心して皆が作ってくれた道を行けます」

「戦争の火種になるやもしれぬぞ」

 やや軽い調子で話すティファズに釘を刺すように、冥神は低い声で言った。

「黒天人族が未だに動かない所を見る限り、《理》にはそう記されてはいないのでしょう? ならば、他神よりも《理》との関りが深い冥神様が、理神様に双方の仲裁を頼んで下さるのではないですか?」

「無論、いざとなればそうするつもりだが……本当に良いのだな?」

「ええ。私は私の犯した過ちの後始末をしなければなりません」

 覚悟はあれども考えが浅い。そう感じた冥神は首を横に振った。

「否、確かにお前自身のこともあるが、カンブランタの人間達についてもだ。死相は現在あの国に留まっている人族のほぼ全員に出ている。皆、地形が変わる程の大地震――もとい地神の〈神術〉によって死亡するのだ。お前と黒天人族の娘も地神に殺される」

「……何ですって?」

 目を見開いてティファズは立ち尽くす。逆に、冥神は落ち着いた様子で再び背後の方を向いた。

「あそこで眠っている者達は大丈夫だ。以前は彼等にも死相が出ていた筈だが、今は何も見えない。お前は正しい判断をしたな」

「待って下さい。縦え辺境たる地上界の出来事であっても、そこまで大規模な災害ならば、〈星読〉で読み取れない訳はありません。ならば、タルティナが真っ先に気付いた筈。まさか、彼女が〈星読〉を行ってから《理》が変わったなどということは――」

 言いかけて、ティファズは何かが引っ掛かり黙り込んだ。

(違う。それ以前にタルティナなら、誰が次の近侍長に就くか〈星読〉で知ることが出来たんじゃないの? 仮に能力不足で難しかったのだとしても、他の黒天人――例えばグエン王ならば不可能ではないでしょう。今回の勝負についてもそう。前もって知っていれば、私とタルティナのどちらが勝ったとしても黒天人族が何かしら行動を起こしたに違いない。でも、今迄誰も何も言ってこなかった)

 ティファズの頭の中で答えが出掛かっていた、正にその時だった。冥神の背後にある森で、がさりと音がした。叢から姿を現したのは――。

「魔物!」

 冥神が動くより先に、ティファズは片手を振り上げた、すると細い指先に光で出来た短剣が出現する。彼女はそれを金属製の短剣と同じ様に魔物へ向かって投げた。邪神や彼等の眷族が相手ならば、動きを止めるのが精々という〈術〉ではあったが、小動物程の大きさしかない魔物にとっては一溜まりもない。短剣が刺さると魔物は甲高い悲鳴を上げながら黒い煙へと変じ、やがてその煙も空気に混じって消えていった。

 魔物が消滅したのを確認すると、ティファズは冥神の方へと向き直った。

「私達は、《理》に背いたのですね」

 冥神は頷く。

「私が視たカンブランタの人々の末は、《理》には記されていないものだ。それが、お前達の『遊び』が原因で出現した」

 ――その「遊び」こそが、《理》から外れた行為だったから。

 だから、〈星読〉でも知り得なかった。しかし、タルティナはそれを「問題が些末過ぎて〈星読〉でも把握出来ない」と解釈したのかもしれない。勝敗が読めないにも拘らず、よくもこの様な勝負を挑んできたものだ。余程、自分の能力に自信があったのだろうか。

(どうして今迄気付かなかったのか)

 眩暈がする。タルティナのみを責められない。思い上がっていたのは、ティファズも同じだ。

 ふと、アージャの顔が脳裏に浮かんだ。

(彼も……?)

 ティファズは思わず身体を震わせた。よろけて傍らの木に手を突いた後、ずるずるとしゃがみ込む。自身の罪がより重さを増して彼女の身に圧し掛かってきたように感じた。

 だが、暫くして彼女は再び立ち上がった。

「終わらせないと」

「そうだな」

 何をしてもしなくても、地神は何れ必ず癇癪を起こすだろう。どうやったって犠牲は出る。ならば、その更に先のより良い未来を作る為に少しでも動いた方が良い。

(先程の問いに意味はなかったかな)

 状況は依然深刻だが、冥神は僅かばかり安堵を覚えた。

「地神様を刺激したくはありませんが、だとしても地下の道を行くのが最善でしょう。地上の〈結界〉を突破するのでは、余りに時間が掛かり過ぎてしまいます」

「ならば、王宮に辿り着く前にお前が黒天人に討たれぬよう、私が護衛をしてやろう。地下を行くなら、なるべく私がお前の気配を地神から隠してやろう。気休めにしかならないだろうがな。ただし、それ以上は期待するなよ。我々《闇》側は、今はまだ天帝や地神と事を荒立てたくはないと思っている」

「充分です。有難うございます」

「礼には及ばぬ。お前の為ではない」

 素っ気ない冥神の返事を聞いて苦笑し、ティファズは地下通路の入り口である穴に潜る。その後ろに冥神も続いた。

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