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機械仕掛けの神の国  作者: 壷家つほ
第二章 埋没都市
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20. 戴冠

 怪物と化したセケト達がカンブランタ本国を制圧するのに掛かった時間は、僅か四日だった。マルゴ軍を含む抵抗勢力の全てと一部の民間人を殺害した後、彼等は真っ直ぐに王宮を目指した。

 一先ず脅威が去ったと気付いた生存者は国外への脱出を試みたが、タルティナは強化兵を増員し街中にばら撒いていた。その為、犠牲者は更に増えた。運良く城壁まで辿り着けた者もいたが、今度はカンブランタを囲う〈結界〉に阻まれて外に出られない。結局、彼等は野宿を嫌って戻って来ざるを得なかった。力なき人々は家の中で少ない備蓄を消耗しながら、ただ身を寄せ合って震えていた。

 因みに、タルティナが一般人の脱出を阻んだのは、彼等を何かしらに利用したいと考えていたからである。しかし彼女は、カンブランタの民に〈術〉を施して戦力とするか、軍備を生み出す奴隷として使うかという、具体的な所までは未だ決めかねていた。

 こうして、凡そ半月が経過した。表側の大神殿も掌握して即位式の準備を整えたタルティナは、意気揚々と戴冠の間へ入ってきた。その頭上には黒水晶を散りばめた細身の冠を頂き、胴には夜の色をした黒天人族の盛装を纏っている。そんな彼女の背後には、赤黒い染みがこびり付いた襤褸布を纏った醜い異形達が十数名従っていた。群れの先頭中央に居るのはセケトだった。

 タルティナは、しげしげと辺りを見回す。〈遠見〉を使わずに彼女がこの部屋を見るのは、今が初めてであった。

「ふん、地上人族に似つかわしくない豪勢な部屋だこと」

 鼻を鳴らしたタルティナは、ひらりと裾を揺らして振り返り、両手を広げた。

「さあセケト、こちらに来なさい。神族の王の眷族――黒天人族の王女たるこの私が、直々に戴冠の儀を行ってあげましょう」

「ぐぅお……」

 呻き声の様な返事を返したセケトは、覚束ない足取りで前へと進み出る。そしてタルティナの前まで来ると、糸が切れた操り人形の様にくたりと蹲った。

 タルティナは雑に片手で掴んで持ってきたカンブランタ王国国王の王冠を両手で持ち直すと、態とらしく恭しい手付きでセケトの頭上に載せた。同時に、背後に控えていた側近達が歓声を上げた。

「うおおおおおおお!」

「ぅあああああーっ!」

「おおおおお!」

「素晴らしいわ!」

 場の雰囲気に飲まれたのだろうか、タルティナもまた愉悦の笑みを浮かべて手を打った。

(余計な拘りなど持たず、初めからこうしておくべきだった。やはり、どれ程贔屓目に見てもこの男は天帝様とは違う。地上人族は、神族は疎か他の如何なる種族にも遠く及ばない。よって、この盤上遊戯も天界の投影にはならない。此度の遊びにはティファズを黙らせる以外の意味はなかったのだわ。とは言え、厄介な問題が一つ――)

 今もカンブランタ大神殿の内に捕らわれているリリアの姿を思い浮かべ、タルティナは表情を暗くした。

(冥神様にだけは今回の件が知られているということ。ならば何れは縁の深い理神様へ、然る後に理神様より天帝様の御耳へと入る恐れがある。天帝様は私達の行いをどう思われるのかしら)

 ティファズが強化した地上人達をすぐさま抹殺し、役割を終えたセケト達も処分して証拠を隠滅出来ていれば、まだ白を切ることは可能だったかもしれない。少なくともあの時点では、天界が動いている気配はなかった。だが相手はしぶとく生き残り、今尚抵抗を続けている。制圧が長引けば長引く程に情報漏洩の危険性は高まっていくだろう。否、既に手遅れなのかもしれない。

 しかし、そうであるならば、だ。

「国一つ調教しただけでは足りないかもしれない」

 紅を引いた艶やかな唇から、誰に向かうでもない呟きが漏れた。

(冥神様が直接こちらへ干渉してこられないのは、人質がいる為だろう。カンブランタの民と恐らくはあの王女。まだ猶予はある筈だ。今の内に次の一手を)

 タルティナは面を上げ、複雑な装飾の施された高い天井を仰ぎ見た。



   ◇◇◇



 同じ頃、土煙で汚れた城壁を力強く殴り付ける者がいた。ティファズである。

〈術〉で強化した拳は城壁のやや手前で弾力のある無色透明な何かにぶつかり、音もなく弾き返された。その「何か」の正体について、彼女は既に見当を付けていた。任意の空間への出入りを阻む〈結界〉だ。効果範囲がカンブランタ本国を丸ごと囲う程に広く、且つ黒天人族は白天人族程には空間操作系の〈術〉が得意ではないこと、白天人族の王族たるティファズでさえもこの〈結界〉を突破出来ないことから、恐らくは〈術〉ではなく〈祭具〉を使用しているのだと推測する。

(対神級と言う程ではないとは思うけど、これはちょっと厄介ね。タルティナの奴め、こんなに強力な〈祭具〉を持ち込んでいたなんて。端から大暴れする気満々だったんじゃないの)

 もう一度、今度はより力を込めて壁を殴り付ける。だが、結果は今迄と全く同じであった。

(駄目だ。何度やっても弾かれる。地上経由の侵入は諦めた方が良さそうね。天界から強めの〈祭具〉を持ってくるという手もあるけど……)

 ティファズは視線を足下へと向けた。

「地下、か……」

 暫く考えた後、ティファズは頭を振って踵を返した。入れ替わりに、彼女と共にカンブランタの街を脱出した地上人達がこちらへやって来るのが見えた。彼等は各々農具やら木材やらを抱えている。擦れ違う際、彼等は持ち物を地面に置いてティファズに丁寧な挨拶をした。そして、再び荷物を抱えて城壁の方へと歩み出した。

 ティファズは首を傾げて一旦は通り過ぎたが、やはり気になって駆け戻った。すると、先程擦れ違った者達が城壁近くに群がり、下を向いて何かしら作業をしていた。

「何をしているのですか?」

 少し離れた場所からティファズが尋ねると、男達は汗ばみ始めた顔を上げる。彼等の内の一人が問いに答えた。

「天女様が下さった怪力を使って、これから穴を掘るのです。カンブランタの中心部まで」

 そう言って若者は道を空けた。彼等の足元には、確かに掘り始めの穴があった。しかし、ティファズの気を引いたのは穴の方ではない。

「まだ、力が残っているのですか?」

「はい。えっ、そういうものではないのですか?」

「……!」

 思わずティファズは息を呑んだ。本来ならば〈術〉の効果はとっくに切れている筈だ。縦え、相手が〈術〉に対する耐性が低い地上人であっても。少なくとも最初の一回はティファズの予測通りの結果だった。だが、それは彼女が異変に気付いていなかっただけなのかもしれない。

 絶句するティファズの内心を知らず、若者は何故か照れ臭そうな笑顔を浮かべて話を続けた。

「初めの頃は数刻もすれば力が抜けてしまっていたのですが、今は身体に馴染んできているようで」

「少し身体を見せて下さい」

 やや早口でティファズはそう言い、彼の肩を掴んだ。

「はい、承知致しました」

 戸惑いながらも応じた若者の上衣を脱がし、胸筋にそっと手を当てて、相手の上半身を凝視する。その後、彼女は無言のまま眉を顰めた。

(確かによく馴染んではいる、悪い意味で。肉体が徐々に汚染されていってる。地上人族が他の種族よりも脆弱だということは、重々理解していたつもりでいたけれど、まさかここまでとは……)

 若者の両肩に手を置いたティファズは、目を閉じて俯いた。真面に視線を合わせられない。

「御免なさい。私は貴方達に無理をさせ過ぎました。少し休んで下さい。このままでは、身体が壊れてしまいます」

「いいえ、どうか止めないで下さい。窮地に陥った祖国から逃げ出して、ここ暫くは何事もない日々が続いていますが、皆何かをせずにはいられないのです」

 若者は少しだけ目を見開いた後、穏やかに微笑んでその様に答えた。ティファズは涙を滲ませて顔を上げ、相手を真っ直ぐに見た。彼女には、若者がなけなしの虚勢を張っているように感じられた。周囲の者達の様子を伺えば、皆作業の手を止めて若者と同様の表情をティファズへ向けていた。

(皆、不安なのね)

 立ち上がり、若者の上衣を拾って羽織らせる。彼は促されるまま衣服を整えた。

「カンブランタの中心部までは遠いですよ」

「分かっています。でも……」

 そこで、ティファズは溜息を吐いた。

「私も手伝います。本当はここまで介入すべきではないのかもしれませんが、とても見てはいられませんから」

「天女様、その様な――」

「取り敢えずご覧なさいな」

 ティファズはまず作業を行っていた人々に下がるよう指示を出し、彼等が離れたのを確認してから、胸元まで右手を上げてすっと横へ薙ぎ払った。すると、腕から風が放たれて地面を大きく抉った。

「おお!」

「流石は……」

 様子を見守っていた者達は、感嘆の声を上げた。逆に、ティファズは彼等に聞こえないよう、小さく息を吐いた。

(ああ、流石に地神様にも気付かれたかなあ。私、殺されるかも。でも――)

 歓喜に満ちた人々の顔と薄汚れた身形を見て、ティファズは表情を曇らせた。

(一刻も時間を無駄には出来ない。彼等と私達とでは時間の流れる速度が違う。地上人族に与えられた寿命は、あまりに短いのだから)



   ◇◇◇



 地界、地神オルデリヒドの居室――。

「お前は何をしているのだ」

「……」

 苛立たし気に尋ねる冥神ザクラメフィを無視し、地神オルデリヒドは何時もの様に薄暗い部屋に浮かぶ地上界の映像を眺めていた。冥神は思わず舌打ちした。

「理神にも言われただろう。『お前が何とかしろ』と」

「私は彼等を殺さない。お前の予知は当たらない。《理》からも外れない。よって、何も問題ない」

「お前……」

 言葉が途切れる。呆れるより他はない。

(そうならない可能性が高いから、お前も行動しろと言っているのに!)

 それでも根気強く冥神は地神に話し掛けた。

「お前が動かなくても、私と理神は動くぞ。良いのだな」

「……」

「話にならんな……」

 どうにもならないと悟って、冥神は地神に背を向けた。遠ざかっていく足音を聞いても、地神が振り返る気配は一切ない。逆に、冥神は扉の前に立った時に一度だけ足を止めて背後を振り返ったが、変わらない様子の相手を見て深々と溜息を吐き、部屋を去っていった。

 暗く硬質な廊下に靴音が響く。何時もは考え事の最中であっても意識の何処かしらで存在を主張しているその音も、今だけは冥神の内側には届かない。彼の胸中は不快感で満ちていた。先程の地神の態度、敵の言葉に耳を貸さないという意思表示で無視を決め込んでいたならばまだ救いもあるが、あれは本当に興味がないが故なのだろう。大問題である。

(結果の分かっている検証実験を何時まで続けるつもりなのか。今のお前の姿を見て『王の器』と評する者は微塵も存在しないだろうに)

 冥神は地神に期待するのは止めて、他の手を考えることにした。



 地上界へ戻った冥神は、その場で文を認めると眷族を召喚した。人骨の様な見た目をした死精は、主神の姿を見ると恭しく跪いた。

「御神意に従い、参上致しました。何なりとお申し付け下さい、冥神様」

「天帝へこちらの書状を持って行ってほしい。危険な目に合わせるが……」

「御心配には及びません。私は元より死者の様なもの。討たれてもまた冥界に戻るか、ただ消え去るのみに御座います」

「出来れば無事に届けてもらいたい。重要書類だ」

「畏まりました」

 書状を受け取った死精は、霞が晴れる様に姿を消した。彼を見送ると、冥神は長い息を吐いて晴れ渡った空を見上げた。

(元凶の天人二人を消し去るのは容易いが、彼奴等は腐っても天帝の眷族だ。手出しをすれば大戦の火種となろう。《光》側に対抗する準備も徐々に進めてはいるが、今この時点で表だっての対立は望まないとコルトやステラスフィアも言っていたからな)

 実神コルトと智神ステラスフィア――元が《幻》の《顕現》神であるが故にやや世俗に疎い傾向がある闇神ユリスラに代わって、《闇》側世界の政を担っている神々だ。今回の件に関して、冥神は事前にこの二神にも相談し対応を一任されていた。

 ふと、不穏な気配を覚えて叢を見ると、その影の中に複数の小さな眼球が現れた。彼等は此方の様子をじっと窺っている。冥神は低く唸り、彼等を睨み付けた。すると、高位神の怒気に恐れを成したのか、矮小な者達は一斉に目を瞑り見えなくなった。

(魔物、なのだろうな。《理》と世界との間に生じた歪みに引き寄せられたか)

 太古の頃には数多く存在していた彼等であったが、長い時を経て徐々に数を減らし、近年では滅多に見かけなくなっていた。世界の節理を司る理神は、嘗て「魔物は不具合」と説明した。《理》や《顕現》世界が安定するにつれて消えていくものだと。

「残念だ」

 カンブランタの城壁のある方角を向いて、冥神は呟いた。

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