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機械仕掛けの神の国  作者: 壷家つほ
第二章 埋没都市
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16. 抗う者

 カンブランタを囲う城壁の付近では、マルゴがアージャを殺害する少し前から、既に戦闘が開始されていた。

 本国の兵士達は練度の上ではややマルゴ軍に劣っていたものの、兵数や設備は遥かに上回っており、敵を内部へ寄せ付けなかった。押し切れる気配を悟った本国軍は兵力を城壁周辺へ集中させる。それが陽動――罠であるとも気付かずに。

 マルゴ軍と内通していた反セケト派は、本国軍が城壁に引き付けられているのを確認した後、予め造っていた秘密の抜け道からマルゴ軍の奇襲部隊を内部へと招き入れた。無事に本国入りを果たした奇襲部隊は、城下のある区画へ攻め入る。その場所は、兵士や軍属の居住区であった。

 マルゴ軍の将は、まず敵兵達の目の前でその区画の住人の一割を貴賤を問わず殺せと命じた。そしてその死体を本国軍の前に積み上げて、残り九割の住民を人質に取り、武器を捨て降伏するよう要求する。

 それに対し親族を殺された者や職付きの武官達は強く反発したが、まだ身内が生存している一般兵と軍の居住区住まいではないが心身共に未熟な農兵の一部が戦意を喪失。反逆者まで出始めた。

 こうして、ある者は拘束されある者は殺害され、数と地の利に恵まれていた筈のカンブランタ本国軍は徐々に瓦解し始めたのであった。



   ◇◇◇



 奥の数段高い場所に王の為の煌びやかな椅子を据えた謁見の間は、ひそひそと声を抑えた騒めきに包まれていた。カンブランタ王国の政に関わる官人は所属不明の兵士達によって引っ立てられ、今その殆どが謁見の前に集められている。現況を正しく把握できいる者は一人もいない。皆、ただ不安気に語り合っていた。

 そこへ、貴族達から見れば身分に合わず大層質素に見えるであろう鎧を纏った若者が、数名の異装の兵士達を従えて入室してきた。背後の扉から現れた彼は真っ直ぐに玉座の前まで歩いていくと、椅子には座らず立ったままで居並ぶ官僚達の方へと振り返った。

「聞け、軟弱にして愚鈍なる奸臣達よ!」

 意気揚々と声を上げる若者。その顔には微かに今は亡きメルセト王の面影があった。

「あの青年はマルゴ殿下か?」

「間違いない。第五王子のマルゴ様だ」

「北方の任務に当たられていたのではなかったのか?」

「静粛に! 王の御前であるぞ。私語は慎め」

 マルゴの傍らに侍る武官が、玉座のある高い場所から命じる。主人であるマルゴよりは幾分か年嵩が行っているように見えるが、この国の重鎮達に比べれば遥かに若造だ。不遜な彼の態度にも高官達は思う所があったが、それより何より――。


 ――「王」。


 その一言に謁見の間はどよめいた。「一体どういうことだ」と声を上げ、マルゴの言葉に聞き入る。

 マルゴはにやりと笑って、共に入室した兵士の一人に手で合図を送った。その兵士は革製の包みを持っており、マルゴの側に近寄るとその荷物を手渡す。革袋を受け取ったマルゴは、それを眼前に掲げた。

「私は先程、第二王子アージャをこの手で討ち取った。彼の者は私欲の為に父である先王を弑逆し、その罪を他者に被せて、自らは王位に就かんとした大罪人である」

 そう言い終わると、マルゴは包みを開いて中身を前方の床へ転がした。ころころと床を転がる首級。やがて勢いを失い止まったそれを、一同は一斉に覗き込み、口々に叫んだ。

「この御尊顔は間違いなく!」

「アージャ様!」

 悲鳴、怒号、嗚咽。謁見の間が声で揺れた。人々の視線がアージャの首に釘付けになる。

 マルゴは尊大さが過ぎる言葉で以て、彼等の視線を自分に戻した。

「本来ならば、この王座、王位継承権第一位のセケト王子に渡すべきだと諸君は言うだろう。彼が無実であるならば尚のこと。しかし、しかしだ。彼の者はアージャが如き姦賊に容易く陥れられるような凡才である。とてもではないが、この大いなるカンブランタを任せられる器ではない。また、先王が逝去してから今迄アージャを野放しにし続けた他の王族にもこの国は任せられない。故に、謀反人を討ち取ったこの私が責任をもってカンブランタを治めんと決断した次第である」

「そんな、勝手な」

「我々に何のご相談もなく」

 否定的な言葉を漏らす重臣達をマルゴはぎろりと睨み付ける。老獪な高官達は思わず黙り込んだ。彼の眼差しには、最前線で戦い生き延びてきた戦士特有の凄味があった。

「諸君の意見は必要ない。アージャを見逃し続けたのは、諸君も同様だ。そのお陰で、遂に我が兄弟の中からも犠牲者が出てしまった」

「それは……リリア殿下はまだお亡くなりになられたとは……」

 マルゴが言うより早く、側仕えの武官が嘲笑しながら返した。

「言い訳のつもりですか? 何十年と先王をお支え申し上げてきた方々が見苦しいことですな」

 恐らく彼はマルゴが現地で任じた副官か参謀なのだろう、と高官達は当たりを付けた。中央では見かけたことがなかったからだ。

 田舎者の若造に馬鹿にされた官僚達はいきり立った。

「無礼者めが!」

「分を弁えぬ若造が、偉そうに――あっ、ぎゃあああああ!」

 老臣の一人が罵倒の言葉の途中で悲鳴を吐く。一同がそちらを向いた時には、彼は既に身動き一つ取れなくなっていた。その身体には、幾つもの槍が刺さっている。マルゴはそれを胸のすく思いで見下ろした。

 彼から見れば、今この場に居る者達は兄セケトと共謀して自分を中央から追い出した悪漢でしかない。左遷されてから暫くは、「それが国の為ならば」と謙虚にも自分に言い聞かせて耐え忍んでいたこともあったが。

「我が王宮に獅子身中の虫の居場所はない。不穏分子は徹底的に排除する」

「マルゴ殿下、何というご無体を!」

 惨事を目の当たりにしても放心するのなかった一人の文官が、諫めるような目でマルゴを睨み付けた。彼は他の者と同様に貴族の出身だが、まだ年若い。少なくともマルゴが本国に居た頃には、この場所にはいなかった者だ。文官の相貌や言動には幼さが浮き出ていたが、同時に汚泥に染まり切っていない清らかさも垣間見えた。

 マルゴは嬉々として若者を見返した。害になると分かってはいても、こういう手合いは嘗ての自分を見ているようで嫌いではないのだ。そして、彼は子供を諭す様な口調でこう返した。

「『陛下』、だ」



   ◇◇◇



 カンブランタ中心部の地下を通る古い隠し通路の壁面に、二つの人影が走る。第一王子セケトと彼の側近の武官のものだ。軍部を担うが故に王都の異変に一早く気付いたセケト派は、混乱に乗じて彼等の主人を石牢から脱出させるよう動いたのだ。

「セケト様、お早く!」

 数か月の幽閉生活ですっかり体力が落ちてしまったセケトを武官が言葉で追い立てる。緊急時であった為に、脱出作戦の実行役となったこの武官は詳しい説明もないまま彼を石牢から連れ出していた。セケトも緊迫した空気を感じ取って今この場で問い質すようなことはしなかったが、一方で自らの置かれている理不尽な状況に不満を抱き歯軋りをした。

「よくも、よくもよくもよくも! 何故この私が卑しい鼠の様に逃げ回らねばならんのだ!」

 独り言である。返答は求めていない。だが、武官は主の呟きに対し律儀に返した。

「そう仰られましても、このままでは……」

「それもこれも全てはアージャの所為だ! アージャは何処だ! 私が直々にその首を――」

「アージャ殿下はお亡くなりになられました」

「は、あ……?」

 セケトは思わず足を止めた。怒りの表情から一転、ぽかんと目と口を開く。

「第五王子のマルゴ殿下に討ち取られたのです。その後、マルゴ殿下はカンブランタ国王を僭称し、今またセケト様の御命までも狙っておられます」

「では、この追手は?」

「マルゴ軍です」

 セケトは呆然と立ち尽くした。軍の人間でありマルゴの性格や周辺環境もよく知っている彼には、マルゴ軍が他国や支配地域の原住民と手を組んで本国に攻め込んできたことが容易に想像できたのだ。

「何ということだ。私のいない間に!」

 元々土気色だったセケトの顔が、一層青褪める。

「どうして、その様なことになった! 奴の恨みを買っていた私ならまだ分かる。何故、無関係のアージャがマルゴに殺された!」

「マルゴ殿下は、アージャ殿下が先王を弑逆した為、と仰っていたとか」

「……!」

 力ない口調で語られた武官の答えを聞いて、セケトは言葉を失った。

(ああ、そうだ。私も同じことを考えた。父上を殺め私を失脚させて、一番得をするのはアージャだと。何の証拠もないのに。そんな訳ないじゃないか、あの聡明で誇り高いアージャに限って。アージャの気質を私は良く理解していた筈なのに……。愚かなセケトめ! 何故、自分の一番近しい弟を信じてやらなかったのだ!)

 目の前の武官もセケトと似たような考えでいるのだろう。後ろめたそうな顔をして顔を伏せていた。

 アージャの線の細い面立ちが思い起こされる。今や記憶の中にしかいない弟は、邪念のない綺麗な顔をしていた。セケトの胸は罪悪感と焦燥感、そして何より深い悲しみに支配された。

(アージャはマルゴに嵌められたのだ。奴の気質ならばやりかねない。父上も恐らくは――)

 セケトから見れば、マルゴという人物は血に飢え承認欲求に支配された獣であった。常に戦闘による勝敗だけを考えていた男だ。しかし、武力というものは只それだけの為にあるのではない。幾ら勝利を積み重ねても、連戦し続ければいずれ資金も人材も底を突く。敵を威圧し、戦わずして勝つことも必要なのだ。マルゴは最後までそれを理解できなかった。甘ったれた綺麗事とは言え、軍費を削って経済や福祉に回すべきと主張したアージャの方が、まだセケトには幾分か増しに思えた。前線に送れば変わるかもしれないと期待したこともあったが――。

 マルゴの野心に満ちた顔がセケトの脳裏に浮かんだ、その時だった。傍らに居た武官が「セケト様!」と叫んで、主君を前方へと付き飛ばした。衰えたとはいえ巨漢の部類に入る肉体が、冷たく黴臭い地面を転がった。衝撃に一瞬気を取られたセケトは、よろよろと身体を起こし背後を振り返る。すると、付き飛ばした武官が彼の身体の上に倒れ込んできた。

 武官は既に虫の息であった。身体に複数の矢を受け、その内一本は喉に刺さっていた。最早助からないであろう。だが、そんな状況にあっても彼は主君の無事を確認しようと顔を上げ、無傷と知って少し微笑んだ。程なくして、彼は静かに瞼を閉じた。

 セケトの目頭が熱くなった。けれども、彼は涙を流すことはなかった。きっと相手もそれを望むまい。

「我が側仕えの務め、誠に大儀であった。有難う。どうか安らかに眠ってくれ」

 セケトは遺体の姿勢を整えた後、胸元で手を組ませた。次に、横たわる身体の向こう側を睨み付けた。薄暗い闇の中に数人の兵士の姿が見える。

「手応えがあったぞ!」

「間違いない。あれは、セケト王子だ」

「マルゴ軍か……」

 どうやら正規兵ではなさそうだ。一人はカンブランタ軍の鎧を着ていたが、他の者は鎧も武器も見覚えのない物だった。

(マルゴの奴め、本当に祖国の敵と手を組んだのだな。学も視野も堪え性もない癖に、満足に外交の舵取りが出来るつもりでいるのか。混乱と弱体化の隙を突かれて、国を乗っ取られるだけだぞ)

 最悪カンブランタは分割され、諸外国の領土へと変わるだろう。激情や私欲だけで、よくもここまでやってくれたものだ。

「まだ倒れてはいない。殺せ!」

 小振りの異民族風の弓矢を向けてくる兵士達に向かって、セケトは憤怒の雄叫びを上げながら突進していった。



 矢傷を負いながらも敵兵を全て倒した後、セケトは動かなくなった相手から武器を幾つか調達した。そして一旦、武官の遺体の許まで戻った。

「お前達の敵は必ず取る。見守っていてくれ」

 セケトは足元に眠る忠臣と今は亡き弟にそう告げ、走り去っていった。

 そこへ、ティファズをカンブランタ大神殿へ避難させて戻ってきたタルティナが現れた。〈術〉で姿を隠してはいたが、彼女は少し前からセケト達のやり取りを見ていたのだ。

 正気に戻ったセケトを見て、タルティナは僅かながら希望を取り戻した。まだ巻き返せる、と。

(一応、セケト派の者をこちらへ誘導しておくか)

 タルティナは再び〈術〉を使って、薄闇の中へと消えていった。

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