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機械仕掛けの神の国  作者: 壷家つほ
第二章 埋没都市
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15. 崩壊

 その日は目も覚めるような青空で、取り分け日差しが強かった。昼の都で生まれ育った白天人には実に快適な、逆に夜の都で生まれた黒天人にとっては不快極まりない環境だ。ティファズとタルティナの表情もその環境に見合ったものであった。

 カンブランタの上空に浮かんだまま遥か遠方を見詰めていた天人族の王女達は、外壁の北方に広がる森から武装した地上人達が続々と出て来るのを目撃する。カンブランタ王国第二王子アージャの派閥を支援するティファズが、この日待ちかねていたものである。

「来たわね」

「第五王子マルゴの軍か……」

 タルティナが、如何にも苦々しいといった声を捻り出した。彼女の低い声音は、対戦相手であるティファズを益々高揚させた。満面の笑顔を浮かべてティファズはタルティナの方へと振り返る。勝利を確信した表情だった。

 だが、手負いの獣はなかなか負けを認めない。相手の駒は増えたが、まだ巻き返しは効く段階だと思っている。

「勝てると思う? 兵の数だけなら圧倒的にセケト派が有利よ」

 そう言ってタルティナは、ティファズを睨み付けた。しかし、自軍の優勢を確信するティファズは動じない。

「手負いのセケト派にまだ勝算があると?」

「最後まで軍を使わず対処できていたなら、政治に長けたアージャの勝利で終わったでしょうね。でも、武力行使に突入してしまえばこちらのものだわ」

 負けず嫌いで自尊心の高いタルティナは無理矢理笑顔を作ってみせたが、内心の焦りは目の動きによく現れている。ティファズは思わず噴き出してしまった。

 タルティナの指摘は確かに的を射ていたが、彼女が指摘したことは当然この国の内政を預かるアージャもよく分かっている筈だ。分かった上で敢えてこの策を取ったということは、彼には勝算があるのだ。数より質。セケト軍の数の有利は、アージャの根回しと策謀、マルゴ軍の熟練度で克服できると。

 ティファズはカンブランタの城壁に迫るマルゴ軍の方へ視線を戻す。

「まあ、正解は実際に斬り結んでみれば分かる話――」

 そこで彼女は急に真顔になり、黙り込んだ。

「何? 負け筋でも見えた?」

 ここぞとばかりにタルティナはティファズを冷やかすが――。

「違う。待って。兵の動きがおかしい」

 そう返して、ティファズは口元に手を当てて再び沈黙した。彼女の只ならぬ様子を見て漸く頭が冷えたタルティナは、向かってくる隊列を具に観察した。

 マルゴ軍は、やはりカンブランタ本国のセケト軍の総数よりは遥かに少なかった。しかしながら、攻城戦用の大型装置やカンブランタ本国では見かけたことのない兵器を何種類か所持していた。また武具の種類も豊富で、その何れも本国の物よりはやや上質であるに見受けられる。それらの入手先も気になるところではあったが、ティファズが一番引っかかっているのは恐らくそこではあるまい。

(兵を分けた?)

 カンブランタの城壁よりやや離れた位置で、一部の兵士が本隊から抜け出たのだ。別れた方の兵達は統率された動きで真っ直ぐに別の方向へと向かっていたので、脱走という訳ではないようだが。

(普通に考えれば、正門へ向かっているのが本隊で離脱したのが遊撃部隊だけど……。そもそも今回は名目上、戦闘目的での参集ではない筈。否、仮に戦闘を想定していたとしても無謀だわ。如何に辺境守護の精鋭とは言え、数と地の利ではまだまだ本国のセケト軍の方が優勢だというのに)

 軍備の質で勝ちを得ようというのだろうか。それとも、何か奇策があるのだろうか。タルティナは首を傾げる。

(一体、何を考えているのかしら? 小部隊が向かう先は――)

 マルゴ軍の別動隊が進行する方向に視線を送る。だがその目的地を彼女が推測するよりも、ティファズの方が数手速かった。

「違う。こんなものは、アージャの策じゃない!」

 そう叫んだティファズが、タルティナの目の前から瞬時に姿を消した。

「え? あっ、ティファズ!?」

 置き去りにされたタルティナは、慌ててティファズを〈遠見〉で探した。去り際の彼女は明らかに様子がおかしかった。何をするか分からないと察せられたのである。



   ◇◇◇



「よく来てくれた、マルゴ!」

 前もって訪問の報せを受けていたアージャは執務室を片付けさせ、何時も以上に身形を整えて戦装束の異母弟を迎え入れた。アージャの左耳には、この時もティファズから与えられた耳飾りがきらきらと光を反射しながら揺れている。

 一方のマルゴの装いは、流石に着慣れているだけあって彼の引き締まった肉体によく馴染んでいるように見えた。その所為だろうか。入室時からずっと微笑んではいるが、マルゴの顔は何処となく影を帯びていた。まるで、戦地にでも居るかのように。

「リリアが失踪したとか」

 挨拶もそこそこにマルゴは尋ねた。

「ああ、そうなのだよ。リリアと面識は?」

「王宮の宴でたまに顔を見るくらいで」

「そうか……。ともあれ、事態は良くない方向へと動き出してしまった。火種は小さい内に、早急に対処すべきだと私は思っている」

「ああ、だから」

 くつくつとマルゴは含み笑いをした。

「何か疑問点でもあったのか?」

「少々参集が早すぎると思ったのですよ。未だ反セケト派への根回しが終わらず戦力も足りないこの時期に、と。火種が小さいからこそ、今の状態でも十分間に合うと思われたのですね」

 マルゴは不機嫌そうに眉を寄せたアージャに対し、返答だけは誠実に行った。

 彼が思い付く限り、今回の招集には問題点が三つあった。一つ目はセケト派を始めとする他派閥を刺激するであろうこと。アージャが軍事力強化の口実の為にリリアに危害を加えたと勘繰る者も出て来るだろう。二つ目は政情不安により王侯貴族に不満を募らせている民衆が、アージャ派の軍備拡張で一層不信感を増すであろうこと。そして、何より重要な三つ目は――。

 マルゴの真意に気付かないアージャは、身体の緊張を解いた。

「そうだ。故に――」

「その様な緩み切った顔をされて。アージャ秘書官は誤解をしておられるようですな」

「何?」

 相手の言葉を途中で遮り、マルゴは硬質な声音で突き放すように言った。表情は相変わらずの笑顔であったが、困っているような呆れているような色が加えられる。蔑んでいるようにも見えた。

 アージャは初め呆気に取られた風であったが、次に怪訝な顔を浮かべてマルゴに視線を返した。一方のマルゴは本心が漏れ出た顔を隠すように、アージャに背を向けた。

 ふと、執務室のある装飾がマルゴの目に付く。壁面に飾られた剣だ。儀式用の物で実戦向きではない。以前彼が来た時には見かけなかったように思うが、アージャの決意表明の様な物なのだろうか。

 立場の差を弁えない態度を取る弟にアージャは警戒心を募らせ、黙したまま相手の背を睨み付けた。暫くの間沈黙は続いたが、マルゴは剣柄に触れた所で再び口を開いた。

「私は幾つか嘘を吐きました。軍部の反セケト派の懐柔、本当は既に八割方完了しています。皆、快く受け入れてくれましたよ。終わっていないのは、主に中央の高位文官への対応の方です」

「早いな! どうやら君は、私の想像以上に優秀だったようだ」

「『何時から?』とは問われないのですか?」

「え?」

 剣の装飾のごつごつとした感触を指で確かめた後、マルゴは振り返る。

「先日の会合から、まだ大して日にちは経っておりませんよ。にも拘らず、私はこれだけの戦力を掌中に収めている」

「……」

「昨日今日の話ではないのです。交渉は国王がお亡くなりになるずっと前から行ってきたのですよ。無論、貴方の為ではない」

 マルゴの声音が徐々に低くなっていく。失望の表れだ。

「それだけではありません。辺境軍が本国へやってくる日数、いくら何でも早過ぎるとは思われませんでしたか。私の任地は、間に衛星国の領土を挟んだ飛び地です。早馬だけ寄越しても手続等に阻まれて片道十日前後は掛かりますよ。それを歩兵を含んだ軍隊が一月足らずで? あちらへ使者を送った日数も含めて?」

「お前……」

 そこまで聞いて、漸くアージャはマルゴの考えを理解し、じりじりと後退った。マルゴの部下達が固めた扉の方ではなく、反対側の露台の方へ。アージャは無意識に逃げようと――逃げられると思っていたが、ここまで来ては無駄な抵抗だ。

「辺境軍は一歩も動かしておりません。長距離の行軍を晒して、敵に動きを気取られたくはなかったのでね。今城壁を囲っているのは本国周辺の植民地や衛星国家に送られていたカンブランタ兵、現地の元政府と取引して借り受けた外国軍です。烏合の衆ではありますが、皆自分の利益のみを追求して集った仲間。少なくとも今の時点では、私と彼等の利害は一致している」

「お前、まさか私を?」

「貴方は聡明と評判の王子でした。だから、私の動きなど全て把握した上で敢えて交渉してきたのだと思っていました。大したものだと感嘆しましたよ。だが、それは私の考え違いだったらしい」

 滑らかな手付きでマルゴは腰に提げた剣を抜く。その剣は真っ直ぐにアージャの心臓を刺し貫いた。

「あ……」

「中途半端な狡っ辛さは要らない」

 マルゴは冷たく言い放った。

 驚きと痛みに目を剥き己の肉体を穿つ剣を恐る恐る見下ろしたアージャは、一度だけ噎せた様に咳を吐くと床に崩れ落ちた。

「無駄な時間を取らされたな」

 そう吐き捨てたマルゴの声にはやや怒りの感情が混じっていた。彼自身にも自覚はなかったが、優秀と評判で横暴なセケトにも物怖じしなかったアージャに対し、何かしら期待していた面はあったのかもしれない。実際には全くの期待外れではあったが。



   ◇◇◇



 金糸の様な解れ毛を靡かせて、ティファズは王宮を駆け抜ける。石造りの廊下にこつこつと靴音が響いたが、ティファズを認識できる者は誰もいなかった。取り乱してはいたが、この時のティファズにはまだ身を隠す〈祭具〉を使うだけの精神的な余裕は残っていたのだ。

(アージャ、アージャ……何処に?)

 足を使う前に〈遠見〉を使って探ってみたが、人が多過ぎてアージャを見付けることは出来なかった。取り敢えずティファズは地上へと降り、彼がよく訪れる場所を手当たり次第探してみることにした。

 まず最初に向かったのは、アージャの居宮内にある寝室だ。こちらには部屋を整える為の使用人が数名居るだけで、アージャ本人は不在だった。寝室を出てから宮殿内の彼が立ち入りそうな場所を探すも、やはり姿が見当たらない。

 ならば既に本殿の方へ向かった可能性が高いと、ティファズが次に向かったのが彼の執務室であった。古びた柱が立ち並ぶ回廊を通り抜けて数部屋先に目的の場所が現れる。

 その時だった。ティファズは薄い履物の下から圧迫されるような痛みを感じ、思わず足を止めた。

(これは……)

 足を退けると、見覚えのある物が落ちていた。以前、ティファズがアージャに与えた耳飾りだ。踏んだ時にそうなったのだろうか、金具が少し歪んでいる。ティファズはその耳飾りを拾い上げ、少しの間眺めた。そしてこの先にアージャがいるのだと確信し、ゆっくりと顔を上げた。

 執務室の前には武官が何人か立っており、扉は開かれていた。人混みの隙間から僅かに室内が見え、ティファズは思わず身を乗り出す。すると、内部の床に文官らしき人物が何人か倒れているのが見えた。その中に、突っ伏してはいたが体格や髪型からアージャと判断できる男性を見付け、ティファズは――何故かこの時、彼の状態にまでは考えが及ばず――安堵の息を吐いた。彼女の口から無意識に彼の名が零れ出す。

「アージ――」

「静かに。早まらないでよ」

「むぐぅ!」

 名を呼ぶ途中で、ティファズは追い付いてきたタルティナに背後から口を塞がれた。腕力は本来ティファズの方が上である筈だが、冷静さを欠いた今の彼女にはどれ程藻掻いてもタルティナの拘束を外すことが出来ない。

 間一髪で彼女を捕獲したタルティナは、ほっと胸を撫で下ろした。そして、ティファズの肩越しに室内の様子を伺った。

「アージャは……」

(もう、駄目そうね)

 乱心したティファズに配慮し、後半の言葉は胸の内に留めておいた。

「一旦神殿へ――私の〈結界〉の中へ退避しましょう。話はそれからよ」

「ふむぅっ、ふむううううっ!」

 タルティナは暴れるティファズを〈術〉と〈祭具〉で抑え込み、彼女を連れて執務室から離れた。離脱する瞬間、事件の犯人と思わしき男の邪な笑顔が、ティファズの潤んだ瞳に一瞬だけ映り込んだ。

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