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機械仕掛けの神の国  作者: 壷家つほ
第二章 埋没都市
36/77

14. 神に仕える者達

 何処までも広く青い天界に、雲の基にして天上の大地たる雲花の花畑が点在している。その一際大きな群がりの上に天帝の居城である天宮は建っていた。

 今は昼時。乳白色の宮殿は陽光を反射し、きらきらと白金の光を放っている。その輝きを見た白天人達はうっとりとして溜息を漏らし、逆に黒天人達は不安気に目を逸らして足早に通り過ぎるのであった。

 白天人族の王女ティファズも同様で、窓から見える景色に思わず目を奪われていたが、場所と時間が悪かった。彼女の正面から咳払いが聞こえ、はっと意識を取り戻して顔を正面へ向けると、座して書類に目を通していた天帝ポルトリテシモが真っ直ぐにこちらの様子を伺っていた。

(そうだった。天帝様の書斎へ伺っていたのだわ)

 ティファズは慌てて謝罪した。

「申し訳ございません!」

 数千年仕えてきて、初めてのことだ。まさか、よりにもよって天帝の御前で余所見をしてしまうとは。ティファズは全身から一気に汗が噴き出してくるのを感じた。

 一方、天帝はティファズの様子を見て少し眉を寄せたが、それ以上は追求せず彼女が持ってきた書類に視線を戻した。ティファズは気まずくなり、思わず俯いてしまった。

 書類に一通り目を通した天帝は、視線を手元に向けたまま彼女に命じた。

「問題ない。下がって良い」

「畏まりました。失礼いたします」

「うむ……」

 軽やかな衣擦れの音が聞こえ、彼女が遠ざかるのが分かった。しかしそこで、天帝は別の用事を思い出す。

「ああ、そうだ。ティファ――」

 ティファズを引き留めようと顔を上げると、既に相手の姿は何処にもなかった。一応廊下に出て探してみたが、影も形もない。

 書斎の中へと戻り扉を閉めながら、天帝は「ここ最近のティファズは少々不敬な態度が過ぎるのではないだろうか」と思った。元来この様な無作法を行う人物ではないから、恐らくは彼女の身に何かしら起こったのであろうが、それにしてもだ。

 再び椅子に腰掛けた天帝は、机上に置かれた〈祭具〉の呼び鈴を鳴らす。ややあって、別室に控えていた白天人族の官吏が数名書斎に入ってきた。

 天帝は彼等に命じた。

「トリトメイ、若しくはレイリーズを呼べ」

 白天人族の第三王子トリトメイ・カンディアーナと第三王女のレイリーズ・カンディアーナ。共に天帝の近侍であり、眼前の官吏達にとっては仕える主の一人でもあった。



   ◇◇◇



 暫く経って書斎を訪れたのは、レイリーズの方であった。トリトメイは仕事で日神カンディアの宮殿へ行っており、今は不在とのことだった。

「お呼びと伺い、参上いたしました」

 大振りの巻き毛と華やかな髪飾りを揺らして、レイリーズは膝を突く。肩辺りまでしかない長さの、天人族の女性としては比較的短めの髪に視線を向けた後、天帝は彼女に立つことを許可した。

「早速だが、白天人族の王女にして我が僕の一人たるレイリーズよ、問いたいことがある。最近のお前の姉の動向についてだ」

「姉――ティファズが何か粗相を致しましたか」

 第一王女のアイシアは既に故人なので、姉と言えば今は一人しかいない。次女のティファズだ。姉妹ではあるけれども長女のアイシアと同様、腹違いであるが故に仕事以外では余り付き合いのない相手である。しかし、レイリーズは彼女が常に職務を丁寧に熟し、大きな失敗をするような人ではないことは知っていた。それ故に、レイリーズは困惑の表情を浮かべた。

 天帝は低く唸る。

「些細な失敗が増えてきてはいる。私の前でも上の空であることが目立つが、それらについては今の所は良い。気になるのは、時間に追われているように見える所だ。今日も仕事が終わると一目散に姿を消した。用事を思い出して引き留めようとした時には、既に居なかった」

「それは大変な無礼を! 御用は私が代わりに承ります。ティファズについては、父ロジェスへ報告し、厳しく指導して――」

「用件はお前に頼むが、ロジェスへの報告はまだ良い。まだ大事にするな。必要となれば、後で私から言っておく。今は些細なことで火が付きやすい時期だからな」

「失礼いたしました」

 レイリーズは申し訳なさそうに目を伏せた。何処か覚束ない所作が、彼女の動揺をよく表している。身内のこととはいえ彼女自身が犯した過ちではないのに、と天帝は少々不憫にも思ったが、話を打ち切らなかった。ここからが本題なのだ。

「話の続きだ。お前も既に知っているだろうが、少し前からティファズと近侍長の座を争っている黒天人族の王女タルティナが長期休暇を取っている。少しでも功績を上げねばならないこの時期に余りに不自然な動きであるので、あれの父に尋ねてみれば、本人は修行の旅に出ると言って誰にも行き先を告げずに居なくなったそうだ。ティファズに対して引け目を感じていたのではないかと、グエンは嘆いていたよ」

「はい、承知しております。我々も不審に思って行方を調べているのですが、未だ見つからず……」

「気配を探ったが、少なくとも天界には存在しない。死んでいなければ、だが」

「天界ではない? それは……」

 細い眉を寄せて、レイリーズは黙り込む。天宮の要職を務める聡明な彼女なら、直に天帝が言わんとすることについて思い至ったであろうが、彼はそれを待たなかった。

「その上での、ティファズのあの様子だ。敵の不審な動きに動揺しているだけならば良いが、あれはあれで短時間の不在が多くなった。となると――」

「ティファズは何処かでタルティナと会っている、ということでしょうか」

「あくまで可能性の話だがな。私の目の届かぬ所で騒ぎを起こされるのは困る。それも大戦が終結して間もないこの時に」

 レイリーズは頷き、再び膝を突いた。

「畏まりました。私とトリトメイで調査に当たります。我等の不手際で御心労をお掛けし、誠に申し訳御座いません」

「うむ。くれぐれも内密に。だが、なるべく早急に報告を上げるように」

 天帝もまた頷き返し、去り行く彼女の背中を見送った。



   ◇◇◇



 昼の都カンディアーナ。天界の東部に位置し《顕現》以来夜の訪れを知らないと伝えられるこの一帯は、古く遡れば《昼》の《顕現》神にして天帝の妃だった故アルトレイナ神の領地の一部であったが、現在は日神カンディアが治めていた。また、彼女に仕える白天人族の国もこの地にあった。

 天宮から昼の都へ帰還したティファズは、白天人族の王城の内部に宛がわれた宮殿ではなく、彼女が所有する荘園の別荘に来ていた。鼻歌交じりに蔵を荒らしながら、鞄に食料だの〈祭具〉だのを突っ込んでいく。荘園には農場を管理する使用人が数人常駐しているのだが、この時は皆仕事で出払っていて、王族にあるまじき彼女の振る舞いを咎める者は誰も居ない。

 そこへティファズの居場所に見当を付けたレイリーズが遣ってきた。彼女は強盗さながらの姉の所業を見て、心底呆れ返った。

「まだ、こちらにいらっしゃったのですね。既にお出掛けになったやもと案じておりましたが」

「あら、どうして私がこれから出掛けると知っていたの、レイリーズ?」

 振り返らずにティファズが尋ねる。

「出掛ける準備をしながら、それを仰る?」

 レイリーズの指摘に、ティファズが動揺している様子はない。心ここにあらずか、心底どうでも良いと言った風である。

「外出自体は構いませんが、お姉様、天帝様の御不興を買っていらしてよ。『最近のティファズは時間に追われているように見える。用事を申し付けようとしたら、既に居なかった』と。あと、『常に上の空で失敗が増えた』、『不在であることが増えた』とも仰っていました」

「……それは不味いわね」

 天帝の話が出て、ティファズはせわしなく動かしていた手を止めた。その様を見て、取り敢えず主神に対する反逆の意志はないのだと悟ったレイリーズは、ほっと安堵の息を吐いた。

「裏で所在不明のタルティナと会っているのではないか、と勘ぐっていらっしゃったわ」

「それを私に話しても良かったの? 天帝様は秘密裏に私を探れと仰られたのでは?」

 ティファズは再び手を動かし始める。

「天帝様の御神意はそうでしょうね。私達、白天人族の都合は違います。探るだけではなく、自制してもらわないと意味がありません。止めて頂けませんか、皆の足を引っ張るのは」

「随分とはっきりした物言いね。貴女にしては珍しいこと」

「それで、一体何をなさっているの?」

 短い間を置いて、ティファズは答える。

「タルティナと会っているのは本当。強情な彼女を説得しているの。私の力を見せつけてね。好い加減、諦めれば良いのに」

「まさか、決闘?」

 レイリーズの動揺が、背を向けていても伝わってきた。ティファズは声を出して笑い、振り返る。

「流石にそこまではしないわよ。時期が悪すぎるもの。他種族に付け入る隙を与えては、元も子もない」

「場所は何処です?」

「内緒」

 険しい顔をして詰め寄るレイリーズに対し、ティファズは茶化すような言葉を返した。そうして再び視線を?き集めた荷物に戻し、作業を再開する。周囲への影響を一切考えていないようにも見える彼女の言動が、益々責任感の強いレイリーズの癇に障った。

「監視、付けますから。宜しいですね」

「勘弁してよ」

 荷物を詰め終わったティファズは、鞄の紐を肩に掛けた。

「心配しなくても、多分もうすぐ終わると思うわ。時間が押してるから、もう行くわね。天帝様やお父様には、まだご報告しないで」

「あ――」

 レイリーズの返事を待たずに、ティファズは〈術〉を使って姿を消した。咄嗟のことで追尾の為の〈術〉を施すのが間に合わず、ティファズを逃してしまったレイリーズは暫く呆然と立ち尽くす。その後、拳を机に叩き付けた。

「そんな訳にはいかないでしょう!」

 上品な見た目に反して、レイリーズは荒々しくそう吠えた。



 一方ティファズはと言うと、移動中に経過する異空間で「ううむ」と唸り声を上げる。

(風向きが悪くなってきてるわね。でも、何とか間に合うでしょう)

 視線は進行方向にある出口へと向かう。白光がティファズの目を刺し、彼女は微かに痛みを覚えた。だが、不快さはなかった。

「純朴で信心深いアージャよ、今こそ私に勝利を捧げなさい!」

 ティファズは光を抱かんとするように、両手を大きく広げた。



   ◇◇◇



「成程、報告の内容は理解した」

 レイリーズは大慌てで天宮へと舞い戻り、一部始終を天帝へ報告したのは翌朝のことであった。彼女の本来の出仕時間よりも幾分か早い頃で、天帝の起床を待つこととなる。

 報告を受けた天帝は玉座の肘掛けに肘を載せて頬杖を突き、これでもかという程眉間に皺を寄せた。そして、深々と溜息を吐いた。余りの機嫌の悪さにレイリーズは震え上がった。不誠実なティファズの身代わりになって、文字通り雷を落とされるのではないかと。

「不肖の姉が重ね重ね非礼を……」

 彼女は声を震わせて謝罪した。だが、天帝の態度はやはり冷雨の如しである。

「弁明は良い。ティファズ本人にさせる。お前は引き続き、姉の行方を追え。ロディスには内密に。あれは直情的で、何でも大事にしがち故」

「かしこまりました」

 レイリーズはそそくさと退散した。命からがらといった風にも見えた。その姿が天帝を余計に苛立たせた。

 然れども、今は兎に角ティファズのことだ。「ティファズとタルティナ」と言い換えた方が良いか。

(余計なことを仕出かしてくれたものだ。一体何処で何をしているのか……。だが、私や世界にとっては返って都合が良かったのかもしれんな。天人族を近侍長候補から外す口実が出来た訳だ)

 天帝は一度目を瞑った後にかっと見開き、〈千里眼〉を使って己が領地を見渡した。天界の至る所に天人族がひしめき合っている。白に黒、少数種族であるそれ以外の天人族も。大半の者が天帝や他種族の憂慮も知らず、朗らかに笑っている。

 天神ポルトリテシモが神族の王となり天帝を名乗るようになってから、眷族である天人族は増長し問題行動が目立つようになってきた。他の種族の評判も悪い。《天》は特別なのだと知らしめる為に天帝も彼等を優遇していたから、他種族の憎悪は天帝にも向いていた。

 特に先の天人大戦が起こってからは、不満は一気に膨れ上がった。最終的に元凶二人は処罰されたが、事態を悪化させた両天人族には未だ大した咎めがなく、相変わらず神族の王の側に侍っている。しかも彼等は全く反省していないようで、被害者意識を持ってすらいるのだ。如何に渾神が裏で糸を引いていたと言い訳したところで、納得できる者は少ないだろう。

 故に、天帝は次期近侍長の人選について真剣に悩んでいた。

(天人族は私の眷族であり我が子の様なものでもあるが、今の状況を捨て置くのは良くない。天人族だけが優遇され、近侍長の座も天人族だけで争っている――そのことに辟易している者も多いだろう。そろそろ、《天》以外の種族の顔も立てねばなるまい)

 これは他種族ばかりでなく、天人族の為でもある。その慢心は彼等の利益にはならない。引き離し過ぎても体制を損なうことになるであろうから、釣り合いを取るのは難しいが。

(いっそのこと近侍長の職は廃止し、私の副官として神族の誰かを据えるか。そうすれば、天人族も異議を唱えることは出来まい)

 高位神の顔を頭の中で並べる。適任者は数柱いる。

 さて、誰を使者に立てようかと考えて、天帝は黒天人族の第二王子アンタロト・アエト・ヌッツィーリナを選んだ。黒天人族の王グエン・ダイル・ヌッツィーリナと風精との間に生まれた混血児である。第一王子のシャンセが実質廃嫡となったので、今は彼が王太子の代わりを務めているのだが、混血であることと《風》の種族特有の奔放な気質から、天人族への思い入れは他の者程強くはない。此度の任務には適任だろう。

「アンタロトは居るか」

「お呼びでしょうか」

「……早いな。流石は風精の血を引く者だ」

 天帝は言葉の上では相手を褒めてみせたが、自身の呼び掛けから殆ど間を置かず背後から言葉が返ってきた時には、心臓が飛び出たかと思うくらいに驚いた。

(来るのが早過ぎる。よもや、私かレイリーズを監視していたのではあるまいな。今迄の話も、全て盗み聞きしていたということはないだろうな!)

 しかしながら、天帝は内心の動揺を決して出さず、王者然とした振舞いを保った。アンタロトは知恵者の多い黒天人族の中でも、とりわけ策略家の色合いが濃い。取り扱いが少々難しいのだ。

「お前に日神カンディアへの使いを申し付ける。他にも数柱、使いを命じるやもしれぬ」

 アンタロトは「何故白天人族ではなく自分に」とは言わなかった。疑念を表情に出すことすらなく、命令に従った。きっと全て把握した上で、同族ではなく主神を選んだのだろうと天帝は解釈した。



   ◇◇◇



 ティファズ達の動きを察知した天界が遅まきながら動き始めた頃、白い霧に包まれた理界では無数の柱が立ち並ぶ参道を一人の少女が所在なげに歩いていた。

 少女と言っても見た目だけで、彼女が《顕現》してから既に二千年以上の時が流れている。しかも、今は理神の侍神を務めるこの少女の前身は死精であった。この世に《顕現》はしていても誕生はしていない。言わば、幽霊の様なものなのだ。

 そんな不確かな存在だった彼女が、理神タロスメノスに見出されてから五百年経った。《光》側《闇》側問わず嫌われだった《死》の精霊が、今や精霊や人族からは畏怖され神族からも一目置かれる存在となったのだ。思い返せば実に感慨深いものである。理神には感謝しかない。

「理侍サラティ」

 サラティの背後から声が聞こえた。今日も彼女の偉大な主を尋ねて、参詣者がやってきたようだ。サラティは振り返った。しかし――。

「地上人族? どうして、理界に地上人が?」

 元死精であるサラティは、相手の肉体を一目見て、彼が地上人族であることを見抜いた。更に、その命数を見て驚愕する。

 だが、地上人らしき男はサラティの心情も構わず言葉を続けた。

「サラティよ、タロスメノスに取り次ぎを」

「その様なこと、出来る筈が――」

 言いかけて、サラティは漸く彼が纏う神気に気付いた。彼とは相性の悪い命ある世界に出でて、更には地上人の皮を被っているお陰で消え入りそうだが、確かに感じる。サラティにとっては、懐かしく心地良い神気だ。

「貴方様はもしや!」

「地上界に、《理》に反した死が訪れようとしている。国一つを滅ぼす、余りにも大きな死が」

「え? いえ、しかし《理》にはそのような……」

 唐突に話をぶつけてくる所も懐かしい。最初にその様なことを思った所為か、サラティは彼の言っていることが直には理解できなかった。

「『《理》に反した』と私は言ったぞ。鈍ったな、サラティ。元は死精の身でありながら、死の気配が分からなくなったとは」

 サラティは血の気のない顔を一層青褪めさせた。

「早急に手配させて頂きます」

「ああ、その様に」

 足早に走り去るサラティの背中を男は溜息交じりに眺めた。傍らにある柱の一本に凭れ掛かりながら、彼はぼそりと呟いた。

「モルドリス、お前は眷族達を甘やかし過ぎだな」

 死神モルドリス――嘗て光神の企みに依って、《冥》より無理矢理分かたれた《死》の神の名だ。彼は冥神ザクラメフィに補佐役として仕え、冥界の運営の一部を担い、冥界に属する神々や死精達の管理も行う勤勉な神でもあった。

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