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機械仕掛けの神の国  作者: 壷家つほ
第二章 埋没都市
32/77

10. 踊る王宮

 数日後、宰相の求めに応じて、王族を含めたカンブランタ王国の高官達が王宮の一角に集った。議題は勿論、先日発生した国王の暗殺事件とその後の対応について、である。

「それで、陛下は最期に何か言い残されては……」

「いいえ、何も。我々が駆け付けた時には、既にお隠れになっておいでだったので」

「実行犯は?」

「自害を……」

 議場がざわついた。各々、隣席の者と話をしている。

 暫くして、セケト派の高位武官が声を上げた。

「であるならば、セケト殿下が暗殺の首謀者だと確定した訳ではないのでは? 如何に犯人が殿下の近侍であったとは言え……」

「そうですとも。万が一、セケト殿下に国王陛下に対する叛意がお有りになったとしても、武勇に秀でたあの御方のことです。暗殺などという卑怯な手は使わず、正々堂々ご自身が直接陛下に挑まれたことでしょう」

「滅多なことを言うものではない。殿下は御父上を本当に敬愛しておいでだった。叛意など持っておられよう筈がない」

 それを別の王族を支持する官吏が否定する。

「だが、暗殺者がセケト殿下の側近であったことは事実だ」

「だから、ただそれのみで殿下を犯人と決めつけるなど……」

「無関係と見做す方が不自然ではないのかね」

「仮に首謀者でなかったとしても、謀反人の関係者であるということが問題なのだ。責任は取って頂かないと」

 発言者達の声に、次第に熱が籠っていく。

 然もありなん。この会議の結果次第では、次代の王宮の勢力図や自身の立場が大きく変わってしまう可能性もあるのだ。皆、常の会議とは比較にならない程に懸命であった。

「そもそも、今実行犯とされている殿下のご側近は本当に陛下を暗殺なさったのか? 誰もその瞬間を見てはいないのだろう?」

「近衛兵でもないのに、王の間で帯刀していた」

「偽装の可能性がある」

「これはセケト殿下を陥れる陰謀ではありませんか?」

「セケト殿下の次――王位継承権第二位は、第二王子のアージャ殿下であられるな」

 セケト派の高官達がちらちらとアージャを見る。

 彼等の反応は予想通りであった為、アージャは動揺する素振りを見せなかったが、彼の取り巻き達は一斉に顔を赤らめて怒声を発した。

「御本人を前にして、何と無礼な!」

「セケト殿下ならまだしも、聡明なアージャ殿下に限ってその様なこと、起こり得る筈がない!」

「そうとも! アージャ殿下とセケト殿下では王としての器量の差は歴然。余計な策を弄さずとも、何れは自力で王座にお就きになられたであろうよ。陛下とてそう思っていらっしゃったからこそ、最期まで長子であられるセケト殿下を『世継ぎ』とは明言なさらなかったのではないか?」

 すると、今度はセケト派の武官達が声を荒らげた。

「不敬であるぞ! 第一王子殿下に向かって!」

「アージャ殿下の中にあるその驕りこそが、犯行動機だったのではないか?」

「貴殿の方こそ、不敬であろう!」

 議論は日が落ちた後も続いたが、結局当日中には話が纏まらず、後日改めて同様の場が設けられることになった。

 だが、その後度々行われた会議はやはり紛糾し、結論を出せないままに終わる。第一王子が失脚したので次点の第二王子を王に、という意見が優勢だったが、アージャ派による陰謀を訴える声は止むことなく、アージャは中々王位に就かせてはもらえなかった。

 そうこうしている内に、セケトとアージャ以外の王族達も次々と名乗りを上げ始める。彼等は取り巻きの貴族を巻き込み、幾度となく諍いを起こした。

 やがて、王宮内の混乱は城下にも波及していき、遂には死傷者を出すに至る。

 しかしながら、そこまでしても誰も王位を得ることはできず、王座の空いた状態が数ヶ月続いた。



   ◇◇◇



 国王が崩御してから今に至るまでの数か月間、セケト派は証拠不十分として幾度となくセケト王子の解放を求めた。しかし、他の王族の派閥がそれを許さなかった。彼等は、時に証拠や証言を捏造してまでもセケトを牢の中に繋ぎ止めた。

 結果、セケトは長きに渡り不当に拘束されたままだった。薄暗く冷たい石牢の中で、屈強な肉体と精神も次第に衰えを見せ始める。セケトは痩せ衰えていく自分の身体を見る度に、屈辱と焦燥感を味わうのであった。

 ある夜、王宮内に古くから存在している貴人用の地下石牢に、どんっと鈍い音が響き渡った。セケトが拘束具の嵌った手で牢の石壁を殴り付けたのだ。

 物音と振動に驚いて看守が一瞬だけ振り向いたが、直に状況を察して溜息を吐き、再び書き物を始めた。

(有り得ん、有り得ん。有り得んぞ、こんな馬鹿なことは!)

 嘗ては王位に最も近いとされながら、今は冷たく黴臭い牢屋の中に閉じ込められている王子は、心の中でそう叫んだ。

 幾度胸の内で同じ言葉を叫んだかしれない。実際に声に出して訴えたこともあった。看守達は誰一人耳を貸さなかったが。

(私は無実だ。何もしていない! 私の善良な部下達もその様な罪を犯す筈がない!)

 武を重んじ謀を嫌うセケトは、策謀型の人間を自分の周囲から排除し続けてきた。また、彼は自分を慕う者達を信じていた。だから、自分の派閥に暗殺や王位簒奪を目論む者などいる筈がないと彼は確信していたのだ。

 裏を返せば、国王を弑逆した犯人は他派閥の人間であるということだ。恐らく彼はその真犯人に罪を擦り付けられたのだ。

(父が死に私が失脚して一番得をするのは、アージャだ)

 セケトの脳裏には、真っ先に長弟の取り澄ました顔が浮かんだ。アージャ派は文官が中心で策謀を好む者も少なくない。

(だが、奴がその様な大事を? そこまでのことを?)

 セケトから見れば、アージャは頭でっかちで相手に対してはっきりと物を言わず何処か気弱な印象があったが、ただ単に惰弱なだけの人間という訳でもなく、良くも悪くも頭が回り、父王にも誠実に仕えていたように思えた。彼なりに国や民を思って動き、二心があるようには見えなかったが。

(だからこそ、多少の不満はあれども奴に国政を任せていたというのに!)

「アージャめ……!」

 セケトは唸る。

(父上の、皆の……俺の信頼を裏切って!)

 彼の中では既に、国王暗殺の真犯人はアージャで確定していた。思慮の浅い彼には、他の可能性が思い浮かばなかった。



   ◇◇◇



 アージャは、私室にて側近から国王暗殺に関する報告を聞いていた。何でも中流貴族の一派が、セケト暗殺説を裏付ける動かぬ証拠を発見したと言上して来たらしい。アージャへ擦り寄って今以上の地位を得ようという魂胆だろうか。

 残念ながら、彼等が自信満々に提示してきた話の中には幾つか不自然な点があり、アージャは側近に今後その一派を相手にしないように命じて下がらせた。

「それにしても、信じられんな」

 今回に関しては偽証であろうとの判断を下したが、今迄上がってきた証拠の中には疑いようのない物もあった。

 だが、あの兄が果たして自分の父親を殺すだろうか。それも、あの様な正道とは言えないやり方で。

(確かに兄上は頭が悪く直情型であったが、流石にあれ程の不手際を犯す愚か者でもない)

 ましてや、長子である彼は他のどの兄弟達よりも父王を慕っていた。親としても王としても。国王の方も、誰よりセケトを可愛がったように見える。

 故に、アージャは未だにこの状況が信じられなかった。起こり得る筈がないのだ。それこそ、人知を超えた不可思議な力が働きでもしない限り――。

 ふと、光に包まれた天女ティファズの顔が浮かぶ。

(まさかこれが、天女の恩恵だとでも言うのか?)

 彼はつい数か月前、実際に奇跡を体験した。人知を超えた不可思議な経験を。

 彼女とセケト、果たして関連性はあるのだろうか。

 そこで、アージャは苦笑する。

「寒気がするな」

 斯様な卑しい謀が天女の御業である筈がない。もし、今の状況を作り出したのが本当にティファズであるというのなら、彼女はきっと神の使いではなく魔性に違いない。

(しかし――)

 アージャは机の上に置かれた細工物の小箱を引き寄せ、そっと蓋を開く。中には柔らかい布に包まれた彼女の耳飾りが入っていた。

 頭の中に再び、眩いばかりに美しいティファズの顔が浮かんだ。記憶の中の彼女は、何故か心配そうにこちらを見詰めている。

「ティファズ様……」

 耳飾りを手に取ったアージャは静かに目を伏せ、額にそれを当てた。



   ◇◇◇



 ふと、彼が瞼を開くと、目の前を円い物体がひらひら舞っていた。

 彼には馴染みのない物だが、存在は知っている。確か――。

麺麭パンを持ってきたのだけれど、要る?」

「……結構だ。間に合っている」

「お腹空いてないの?」

「特には」

「そう……」

 しょんぼりと肩を落としたのはカンブランタの王女リリアだ。王女としては非常に変わった娘である。

「私に食べ物を与えることが目的で来たのではないのだろう? 本題を話せ」

 リリアは一瞬驚いた顔をしていたが、少し悩んだ後、漸く話を切り出した。

「……どう思う?」

「『どう』、とは?」

「貴方は確か、死者専門の占い師だったわよね」

「正確には違うが、似たようなものだ」

「だったら、お父様――カンブランタ国王を殺した犯人も……」

 案の定、である。今この時に話す話題ならそれしかないだろうとは、男も予測していた。

「分かるには分かるが、お前に伝えるべきかは悩み所だな」

「分かるの!?」

「少なくとも、第一王子と第二王子ではない」

 一拍置いて、リリアはあんぐりと口を開けた。

「え? ええっ!  じゃあ、誰なの!?」

 話の内容までは聞こえていないだろうが、遠くの方で控えていた彼女の従者達が主人の奇異な動きを見て身体を浮かせたのが、男からはよく見えた。甚だ迷惑である。

 男は見なかった振りをして、視線をリリアの方に戻した。

「真実を伝えても、恐らくお前は信じまいよ」

「それは侮辱かしら? 身内への情で目を曇らせるほど、私は愚かな人間ではないわよ。今回の件だって、何時かは起こり得る事態だと、ちゃんと覚悟してました」

「……」

 本当だろうか。時折大人びた顔を覗かせるが、基本的にこの娘は迂闊な言動が目立つように思える。

 男の向ける疑いの目を知ってか知らずか、彼女は真剣な面持ちで彼に問い掛けた。

「貴方、以前言ってたわよね。カンブランタの終焉について」

「信じないのではなかったのか?」

「信じたくはないし、王族の私がそれを真実と認めるべきではないとは思っているのだけれど、でも今回の件は……」

「ああ、そういうことか。違うぞ」

「え?」

 虚を突かれた様子の彼女に、男は淡々と、まるで神を降ろした巫覡が如く神秘的な空気を纏って告げた。

「カンブランタを滅ぼすのは、王位継承争いではない。確かに、此度の諍いでも大勢の死者は出るが、実際にこの国を壊滅状態に追いやるのは『地震』だ」

「え……?」

「不自然な時期、不自然な規模で発生する大地震だ。その原因も既に理解した」

「げ、原因? 地震の原因なんて言ったら……」

 彼女にはきっと今の言葉は理解し難かったであろう。神族とも他種族とも離れて久しい「地上人」には。

 だから、彼女が理解できる言葉だけを彼は告げることにした。

「リリアよ、カンブランタから出ろ。なるべく早い内に。お前を殺す要因がすぐ近くまで迫っている。このままこの国に留まれば、お前は成す術なく終わりの日を迎えることになるだろう」

 リリアは言葉を失った。荒唐無稽で信じがたいこと、理解できないことばかりを彼は言う。きっと信じない方が正解なのだろう。

 しかし、彼女は彼の言葉を信じた上で敢えてこう返した。

「それは……出来ない」

「何?」

「出来ないと言ったの。下位とはいえ、私は王女。縦えこの命が失われることになったとしても、最期の瞬間まで、国と民の為に尽くさなければならない。私達王族はその為に生まれて来たのだから。私の身を案じてくれる貴方の気持ちは嬉しいのだけれど……」

 男は低く唸り、溜息を吐いた。

「残念だ。だが、一つ助言を。お前達の真の敵は、地上の人間ではない。また、地上の人間ではどうすることも出来ない。そのことを肝に命じて行動することだ」

「わ、かったわ」

 彼女は泣きそうな顔をして答えた。そんな表情をするくらいなら、逃げればよいのに。

 けれども、彼女は次の瞬間には王女らしい作り笑顔を浮かべて、男に礼を言った。

「ありがとう、教えてくれて。この国の未来は必ず私が変えてみせるわ」

 そうして彼女は踵を返し、従者達と共に街の人混みの中へと消えていった。

 物乞いを「装った」彼は、彼女の小さな背中を見送りながらぽつりと呟いた。

「きっと、その願いは叶わないだろうよ」

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