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機械仕掛けの神の国  作者: 壷家つほ
第二章 埋没都市
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09. 黒い思惑

 やがて昼は終わり、夜がやってくる。

「第一王子セケト、か……」

 タルティナは橙色の明かりの灯ったセケト王子の宮殿を見ながら溜息を吐いた。

(武勇だけが取り柄の筋肉馬鹿に見えるが、取り立てて愚鈍という訳でもない。評判もそこまで悪くはないが……)

「次期国王の座が確約されていないのは、第二王子に比べて『華』がない、ということなのかしら?」

 黒天人族の王女はふっと鼻で笑った。

(下らない諍いね。どちらを選んでも所詮は地上人族、家畜にすらなれない野生の獣と何ら変わりないというのに)

 そうして、憎々し気に地上人達の巣を睨み付ける。

 ころころと表情が変わるその様は、まるで少女の様に幼く見える。今のタルティナを同族の者達が見たら、きっと驚くに違いない。普段の大人びて見える彼女にはない、表情の豊かさだからだ。

 しかしながら、人の居ない所で見せるこの姿こそが彼女の本性という訳ではなかった。今の状態は、以前から彼女の中にあった地上人族に対する強い嫌悪感が影響していた。

「そうね。獣には躾が必要だわ」

 タルティナは静かに吐き捨てる。

「私は決して足を踏み外さない。お前達に対して不自然な程に甘かったシャンセお兄様とは違うのよ!」

 その近くで、ことりと小さな物音がした。



   ◇◇◇



 翌朝――。

「せいっ!」

「はっ!」

 今日も王宮内に設けられた訓練所では、威勢の良い掛け声が響いていた。

「よし、そこまで! 今日はもう終わりにしても良いぞ」

 太い腕を上げて、兵士達に指示を出したのはカンブランタ王国第一王子セケトである。

「ご指導有難うございました!」

 若い兵士達は声を揃えてそう言うと、訓練所の脇にある控室へと去っていった。

 セケトの傍らに立っていた高位武官は、満足そうに何度も頷きながら彼等をにこやかに見送っていた。そして彼等の姿が見えなくなると、セケトの方を向いて笑顔で言った。

「いやはや、見違えるようですな。つい数か月前、入隊したての頃の彼等とはまるで別人だ。流石は、武勇の誉れ高きセケト殿下のご指導。この国の未来も安泰ですな」

「世辞は止せ。全ては、彼等自身の努力と才能の賜物だよ。今年の新兵の中でもあの者達は筋が良いのだ」

「ご謙遜を。セケト殿下のご威光があるからこそ、民も皆、獣や賊に怯えず安心して暮らせているのです」

 武官の男性は心の底からその様に思っているようで、混じり気のない満面の笑みを浮かべている。そうして、何度も何度も頷いた。

 彼の純粋さに気圧されたセケトは、思わず苦笑いしてしまった。

「私一人の威光では困るのだがなあ。他の王族はなかなか外に出たがらないものだから」

 セケトは王宮の本殿のある方角に目を遣った。今の時間は異母弟のアージャや文官達が国王の御前で不毛な議論を続けている頃だろう。

 忌々しいと言わんばかりに、セケトは木刀を地面に打ち付けた。土の抉れる音がした。

「健康な身体は、健康な精神を育む。武を修め兵として務めることは、国を守る責任感と連帯感を生む。そして、その思いは愛国心にも影響する。なればこそ、戦のない平和な時代であっても軍は必要なのだ」

「……一部の王族の方々が、軍費の縮小を陛下に上申しておられましたな」

「まったく、愚かな者達だよ。軍を縮小しても自分達だけは安全圏に置くつもりなのだから、言葉に全く説得力がない。会議で物事を決定すること自体は、悪いとは言わないがな。奴等はもっと現場に出て、下々を見るべきだ。故に、だ。何れ贅を凝らした居室から引き摺り出し、怯懦な性根ごと鍛え直してやらねばならんと思っておる所だよ」

「はっはっはっ、怖い怖い。果たしてあのご兄弟達に下々の生活が耐えられますかな?」

「うん?」

 含みのある言い方だ。やや短絡的な思考回路の持ち主であるセケトは、普段はこういった裏のある言葉にも気付かず聞き流してしまうのだが、この時は珍しく気付いてしまった。

「ああ、失脚させるという意味ではないぞ。私は弟達を愛しているからこそ、純粋に心配してだな――」

「殿下、大変です!」

 話の途中で、彼の側近の一人である別の武官が息急き切って訓練所に駆け込んできた。

 相手の只ならぬ様子に非常事態の気配を察し、セケトは殺気を漲らせる。

「何事だ?」

「今、外に――」

 武官が説明しようとしたところで、王宮兵の一群が実戦用の武器を持って訓練所に雪崩れ込んできた。

 セケトや今迄彼と談笑していた高位武官は唖然とした。だが、次の瞬間には双方共に剣を抜く。

「お前達、一体どういうつもりだ?」

「無礼者め! ここが何処か知っての狼藉か」

 高貴な身分の者達に恫喝されて、王宮兵は怯んだ。兵士達の顔にも動揺が浮かんでいる。きっと本意の行動ではないのだろう。

 だがそこで、王宮兵による囲いの外から聞き覚えのある厭味ったらしい声がした。恐らくは彼等に指示を出している者の声だ。

「勿論、存じ上げておりますとも。ここは第一王子直属軍の練兵所でありましょう?」

 兵士達が道を開ける。そこに現れたのは、やはりセケトも良く知る人物だった。

「カイゼル将軍」

 軍務大臣の取り巻きの一人で、この国に十数人いる将軍の内の一人だ。今セケトの隣にいる武官のずっと後輩に当たるが、地位は彼より遥かに高い。

 セケトは抑えの効いた声で問い質した。

「これは父上のご命令によるものか?」

「ご冗談を」

 武官には似つかわしくないと言われる程策謀に長け、普段余り感情を表に出さないこの将軍が、憎しみと蔑みに満ちた視線でセケトを睨み付けた。

「陛下は貴方が弑逆なさったのでしょうに」

「……は?」

 セケトは口をあんぐりと開けて、静止する。

 少し間を置いて正気に戻った彼は、ぽかんとした表情のまま尋ねた。

「何だと?」

「第一王子セケト殿下、貴方を謀反の疑いで拘束させていただきます」

 相手の返答を待ちきれないとばかりに、カイゼルは左手を上げて王宮兵達に命じた。



 その様子を地上人族よりも遥かに優れた視力で遠方から眺めてる者達がいた。

 一人は白天人族の王女ティファズ、そしてもう一人は――。

「どうやらお前は自他を鍛え、高めることを好むらしい。ならば、試練を与えましょう。お前自身を強く成長させる為の試練を。だってお前は『理想の王』には程遠いのだから」

 黒天人族の王女タルティナは、虫けらを見るような目でセケト達を見下ろしながら、冷ややかに言い放った。



   ◇◇◇



 その頃、同じく王宮内にあるリリア王女の宮殿では、宮殿の女主人が枕を抱えたまま寝台の上をごろごろと転がっていた。何か考え事をしているようだ。

 そんな主の様子をお付きの侍女は呆れた表情で見詰めていた。

「姫様、最近お戯れが過ぎるのではありませんか? 先日の外出の件、伺いましたよ。何方にお出向きになっていらしたのです?」

「うーん、近場?」

「だから、それは何方なんです! 御側付きの私にすら何も仰らずに……」

 この侍女は、最初に呪い師の屋敷を訪れた時に同行した者である。面倒臭いことこの上ない。そろそろ配置転換してもらえないだろうか。

(置いて行って正解だったわね)

「私にも色々あるのよ……」

 そう言って侍女に背を向けた時であった。宮殿勤めの若者が息を切らせて室内に駆け込んできた。

「ひ、姫様、大変です! 国王陛下が崩御なされました!」

「えっ……?」

 衝撃的な報告に侍女は暫く呆然としていたが、やがてはっと覚醒し、慌てて姫君のあられもない姿を天蓋の布で隠した。

 召使もリリアの様子に気付き、顔を赤らめて俯く。

 隠し終えた後、侍女は何事もなかったかのように、召使の男性に言った。

「真の情報なのですか? そんな、突然……」

「それが、確定情報ではないのですが……第一王子セケト殿下の謀反によるものだと」

「……!」

 薄布の向こうで、リリアはばっと起き上がった。

「宮殿の守りを固めなさい。焼け石に水だとは思うけど」

 低く落ち着いた声だった。

 命令を受けた侍女と召使は「畏まりました」と答え、同時に立ち上がった。焦りを隠せない様子で退室の挨拶を述べた後、彼等は共に部屋から出る。直後に、慌ただしくばたばたと速足で歩く音が聞こえた。

 一人取り残されたリリアは、寝そべったまま横を向いて枕に肘を突き、掌の上に顔を乗せる。その眉間には深い皺が刻まれていた。

(まさか、彼が言っていたのは……!)

 襤褸布の隙間から覗く表情の抜け落ちた彼の顔が、鮮やかに脳裏に浮かんだ。

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